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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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斥候 1

「いやあ、そんな面白いことになっとるとは。俺はええ時代に生まれたで」

「……やはりこうなったか」


 ニヤニヤと満面の笑みのルイシスに反し、周りは何処となく複雑な表情だ。とはいえ、セリアの判断に任せるとしたこの場合、文句を言う訳にもいくまい。

 そんな微妙な空気を解消しようと、セリアもオロオロと己の判断の理由を説明する。


「え、えっと……その、ルイシスもマリオス候補生なんだし。それに、凄く頼りになるし。それに、ルイシスは良い人だよ。だから、あの……」


 身振り手振りで懸命に説得しようとするセリアに、候補生達も一応納得した様子をみせる。まあ確かに、簡単に信用は出来ずとも、彼も彼なりの思想がある筈だ。協力しあって、決して不利益にはならないだろう。


「取り敢えずセリアの考えは解ったよ。それより、コーディアス侯爵の意図は?」

「さあ。そこまでは解らん」

「やっぱり……」


 さてここで困った。違法な毒物を大量に入手しているのだ。明らかに何かを企んでいるコーディアスだが、これ以上はどうすることも出来ない。かといって、このまま捨て置くなんて、セリアがする筈もないであろうし。


「けど、其処はきちんと考えとるで」


 どうやって探りを入れようか、などと考えていたセリア達に、ルイシスは勝ち誇った笑みを向ける。そしてクルリとセリアに向き直ると、満面の笑みを作った。


「実はな、その屋敷で働いとる使用人の女と偶然知り合いになったんやけどな」


 甘い仮面で女中に近付いたな、と嫌でも解った候補生達は途端に顔を渋くする。この場合、ルイシスの機転に感心するべきか、その手の早さで犠牲になった女性に同情すべきなのか。

 僅かに呆れた様なその視線に構わずルイシスは続けた。


「なんや、侯爵様の屋敷も人手不足みたいでなあ。俺の知り合い紹介したい言ったら、快く引き受けてくれたで」


「反対だ!」

 

 途端に上がる声。多方面から向けられる厳しい視線に、すっかりその気になっていたセリアは思わず怯んでしまう。それに続いてルイシスが、さも可笑しそうにニヤニヤとしながら口を開いた。


「なんでや。一番手っ取り早いやろ」

「君の意見は解るが、賛成出来ない。セリアを一人放り込むなど」

「心配なのは解るけど、お嬢ちゃんなら上手くやるやろ」


 だからこそ反対なのだ、とランは食い下がった。その横のイアンも同意する様に頷く。


「大体、コイツ一人に背負わせることないだろう。それに、目を離したら何をしでかすか」

「だ、大丈夫よ。絶対に何か見つけて来るから」


 猛反対の候補生達にセリアは思わず声を上げる。心配せずとも、きっと何か手掛かりを掴んで来る、と腕を振ってやる気を表現する。が、それが逆に彼等が一番心配している理由だとは、どうしても気付かないらしい。


「セリアはそうやって張り切るから、僕達も不安なんだよ。だってまた無茶するでしょう」

「そ、そんなことない。ちゃんと注意する」

「そう言って僕達が、はいそうですか、って信じると思う?」

「うっ……でも、でもやっぱり」

「それに、何日も学園を休むのに、どうやって言い訳する積もり?」


 珍しく言い含める様な口調のルネに、セリアも返す言葉が見つからない。ルネとしても、この花の恐ろしさを知っている分、それがどんな思惑に利用されようとしているのか、余計に不安なのだろう。



 渋る候補生達に、平気だと必死に訴える。しかしセリアに候補生達を丸め込めるだけの説得力のある発言をしろ、というのが無理な話だ。一向に進む様子を見せない話に、セリアも僅かに青ざめた。

 このままでは、折角ルイシスが持って来てくれたチャンスを潰してしまう。彼の言う通り、自分が屋敷内に入り込めれば一番確実なのに。


 まるで進展しない口論を繰り返していた候補生達だが、そんな中カールがスッと瞳を閉じた。


「入り込む隙があるのならば、利用しない手は無いだろう」

「カール!お前は、解っていないのか。また万一以前の様な事態になれば」

「状況の選り好みは出来まい。第一、何を言った所で、それがこの場で大人しく待つのか?」


 ギラリと冷たい瞳が向けられたと同時に、多方面から責める様な視線が集まる。ひっ、と内心で悲鳴を上げるものの、ここで挫けるものか、とセリアは懸命に相手を見返した。


「学園側には、ここ最近続いた心労の為に体調を崩した、とでも言っておけ。丁度、都合の良い理由があるだろう。それなら、他人が深入りすることもない」


 カールがチラリと寄越した視線を、イアンは不服そうな顔で撥ね除けた。

 確かに、青の盟約への応えに悩み、それ故に臥せっている。と深窓の令嬢なら尤もらしい言い訳に、突っ込む無粋な輩はこの学園には居ないだろうが。



「証拠が揃うまでなら構わないだろう。よっぽどそれが愚かで身の程知らずな振る舞いをしないのなら、少しの間嗅ぎ回ってみる価値はある」


 愚か、身の程知らず。その言葉を嫌味ったらしく強調したカールを、セリアは少なからずショックを受けながら見返した。すると、まるで嘲笑うかの様な、冷たい瞳に見下ろされる。これには思わずセリアもカチンときた。


「解ってるわよ。余計なことはしない、無茶は控える。これでいいでしょう」

「フン。言葉の意味を理解しているのか、怪しいものだな」

「なんですってぇ!私だって、きちんと考えて行動出来るもの」

「口先だけなら、子供でも可能だ。本当に実行出来るのか、見せて貰おうか」


 ニヤリと口の端を吊り上げたカールを、セリアは力一杯睨む。ここまで言われては、何が何でもまた下手をして彼等に迷惑を掛ける訳にはいかない。証拠が揃うまで、と言っていたが上等だ。自分の本気を見せてやる。

 とセリアは上手い具合に、慎重に行動することに闘志を燃やした。果たしてカールもそれを意図したのかは、謎であるが。



「はあ。仕方ないね。それじゃあ、僕達の方も考えなきゃ」


 セリアがこうなってしまっては仕方がない。未だ心配は拭い切れないものの、事を進める方向に考える必要があるだろう。

 そう言ったルネに、候補生達も渋りながら納得する。やはり彼等もマリオス候補生だ。また王弟が何かしら企てている可能性があるのに、それを見過ごす訳にもいかない。


「何を考えているのかは気になるが、あまり深追いはしないと、約束出来るか?」

「うん。無茶はしない。大人しくちゃんと機会を探るわ」


 下手に動いて正体がバレれば、それこそどうなるか解ったものではない。敵の懐にたった一人で乗り込もうという状況だからこそ、セリアもグッと覚悟を決めた。


「解った。それで連絡はどうする。あまり目立った行動はさせられないが」

「ああ。それもきちんと考えとるで」


 非常に積極的なルイシスが再びニヤリと浮かべた胡散臭い笑みに、候補生達も僅かに不安が増す。が、その内容を聞いて逆に呆れを覚えた。









「んで、これがこないだ話した俺の従妹」

「よ、宜しくお願いします」


 目の前で自分を値踏みする様に眺める女性に対し、セリアは深々と頭を下げた。


「フウン。あまり似てないのね。髪の色は同じだけど。貴方の身内っていうから、どんな美少女かと思ってたけど」

 今セリアは、クリーム色の髪のかつらをかぶっている。特に必要は無いように思ったが、念の為だ、とルイシスに渡された。


「見た目が地味、おまけに人見知りときて、中々仕事が見つからんのや。少しの間でも世話して貰えるか?」

「まあ、あのお屋敷は人手が足りていないから。口を利くのは簡単よ」


 そう言って承諾した女性の手を、ルイシスはスッと自然な動作で取る。そして、それはもう見事に甘い仮面を貼付けた。


「ありがとうな。けど、不器用な従妹で、俺もまだ心配なんや。もしよかったら、コイツの様子を聞きたいんやけど、また俺と会ってくれるか?」


 耳元にとろける様な声で囁かれ、女性は途端に赤面する。脳を溶かされる様なその声色に敵う筈も無く、うっとりとした表情でコクコクと頷いた。それにルイシスは再びニコリと笑うと、先程から握っている女性の手に口付けた。


「悪いなあ。アンタに迷惑掛けてしもうて」

「そんな。いいのよ。また貴方に会えるなら」


 すっかりルイシスに心奪われてしまったらしい女性は、彼の囁く甘い言葉に交じった頼みを快く聞き入れる。その様子を見ながら、セリアは目のやり場に困っていた。よくもそんな恥ずかしい台詞が次から次へと出て来るものだ。しかも、そんな真顔で。


 何だか疲れた、と肩を落とす内に彼等の話は終わっていたらしい。遠くから手を振るルイシスと、それにうっとりとした表情で見惚れる女性の姿がある。


「行きましょうか。貴方、名前は?」

「あ、はい!サラ、と言います」

「じゃあサラ。解ってると思うけど、旦那様は貴族で侯爵様なんだからね。失礼の無い様に」

「はい!頑張ります。宜しくお願いします」


 そう言って歩き出した女性の後を、サラと偽名を名乗ったセリアも慌てて追った。


「何か困った事があったら言ってね。彼によく頼まれたんだから」

「……ありがとうございます」

「それにしても素敵ねえ。あんな人が従兄なんて、羨ましいわ」

「あ、あははは」


 ほんのり頬を染める彼女に、何だか騙していることを申し訳なく思うが、こればかりは致し方ない。と、セリアは罪悪感を胸の隅にそっと押しやった。












「そうですか。コーディアスが……」


 外がすっかり暗闇に覆われた時刻。テーブルに置かれた小さなランプが灯され、部屋の中の人物をぼんやりと映し出した。

 淡い光が照らした顔の一つ、ヨークが静かに頷く。それに対し、男はまたもや確認する様に言葉を掛けた。


「貴方はそれを、一体何処から」

「蒔いた種が芽を出した、とでも言いましょうか。信頼に値しますよ」

「……成る程。なら、事実と捉えて良いでしょう」

「ええ。それで、どうします?」


 ヨークの問いに、男は一度肩を落とす。落胆しているかと思われたが、どうやら違うらしい。僅かに肩が揺れると、クックッ、と不気味な笑いが部屋に響いた。


「愚かな。大人しくしていたなら、もう少し好い夢を見られたものを」


 残忍な表情でニヤリと口元を歪める姿に、ヨークは心の中で賛同した。

 それはそうだ。元々、コーディアス本人が我々の言葉を無視し、必ず上手くいくと力説した計画だった。それが、強引に押し進めた上、こともあろうに厄介な存在であるあの少女達に尻尾を掴まれたのだ。


「早めに対処しますか?」

「……その必要はありません。捨て置きましょう。場合によっては、邪魔な存在を一掃して貰います」

「それは無いでしょう。あの娘が絡んだ場合、きっと彼は失敗しますよ」

「それならそれで構いません。死期を早めたのは彼自身です」


 確かにそうだ。とヨークはそれ以上の言葉を飲み込む。どの道、彼が今後長く生きる可能性は薄い。まあ、計画が早まったと考えれば、それだけだが。


「しかし貴方が育てている芽とやらは気になりますね。彼等の動きを、こうも早く掴むとは」


 感心する様に言われたヨークは、今度は笑みでそれに返す。学園に居た頃からは考えられない程、冷徹な笑みで。




やっとここまで来たのに、何も見付けられないなんて。何がなんでも、このままなんて嫌。

絶対に何か手掛かりを探し出してみせるわ。

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