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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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毒花 3

「あら?ルイシス君は、今日もお休みなのかしら」


 二日続けてマリオス候補生の教室には、同じ空席が出来ていた。それに気付くと、クルーセルは少し心配そうな目でセリアに向き直る。


「どう思う、セリアちゃん。そんなに具合が悪そうに見えた?」

「はっ!え、えっと、そこまでは。でも、多分……」

「そう。何時もは元気そうなのに、二日も寝込むなんて。心配ね」


 ルイシスが始めて欠席した日、具合が悪そうだったと述べた当人のセリアにクルーセルは再度尋ねる。本当の事を言う訳にもいかず、セリアは曖昧な答えでそれをやり過ごした。



 どうやら、ルイシスはまだ学園に戻って来てはいないようである。その最後の姿を見ているだけに、セリアも徐々に不安と焦りを覚え始めた。

 三日間は絶対に他言するな、と彼は言った。けれど、それほどの間彼は何処に行ったのだろう。もしや、あの花にそれ程深い意味があったのだろうか。


 胸騒ぎを覚えるが、候補生達に相談するとすれば明日まで待つべきだ。けれど……


「セリア。どうかしたのか?」


 唐突に背後から掛けられた声に、それまで考えに耽っていたセリアはハッと我に返った。ぼんやりと歩いていたらしい、振り返れば廊下の向こうでランが心配そうにこちらを見詰めている。


「何でもないよ。気にしないで」

「……ルイシスの件だが、一体何があったんだ?」

「それは……」


 セリアがルイシスと出掛けた事を知っている彼は、ルイシスが体調不良などではなく、実際に学園内に居ないのだと気付いている。けれど問いつめればセリアが懸命に内密にしておいてくれと頼むので、そうしていたのだが。


「その、色々とありましてでして。私にも何が何なのか解らないと言いますですか」

 流石に何も無かったとはいえない。かといって、セリアとて事態を把握している訳ではない。取り敢えず、ルイシスの帰りを信じて待つしか。


「ルイシスが帰って来たら、その時に……」

「アイツとは二度と関わるな」


 唐突に横から新たな声が乱入し、セリアは言葉を切った。視線を向ければ、これでもかというほどに眉を顰めたイアン。明らかに苛立った様子とその台詞に、セリアも思わず眉を寄せる。


「いいか。もうアイツに近付くんじゃねえ」

「どうしてそんな……」

「何考えてるか解らねえ奴だろう。どうせ碌なことにならない」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 一方的なその言葉に、セリアも思わずイアンを諌める様に向き直った。


「確かに、何を考えてるのかは解らないけど。でも悪い人じゃないわ」

「そうやってすぐに他人を信用するから、厄介事に巻き込まれるんだ」

「そんな話してるんじゃないでしょう。彼だって、立派なマリオス候補生よ」


 イアンのキツい言葉ににセリアもつい反抗的な態度になる。

 ここ二日、丁度ルイシスが居なくなってからか。随分と機嫌が悪かったのは知っているが、一体どうしたと言うのか。

 気にはなるが、ルイシスをそこまで警戒する言葉には賛同出来なかった。実際、彼には何度か助けられているのだ。そうセリアは強く言い返すが、それもまた気に入らなかったらしい。周りの空気が一層険悪になる。


「イアン。どうしたの?」

 何時もはそんなこと言わないのに。むしろ、周りに対して友好的な人間だ。それが、まるで敵を相手にする様な形相で。


「とにかくだ、奴とは関わるな」


 心配そうに見詰めるセリアの問いには答えず、それだけ言うとイアンは背を向けてしまった。彼らしからぬ行動に、セリアはランに視線をずらすが、彼は無言で首を振るだけだ。


「追いかけた方が良いのかな?」

「いや。君は行かない方がいい」


 ランも心配そうにしているが、彼の後を追う様な事はしない。本当に、何があったのだろう。と小さくなる背を見詰め、セリアは再び首を傾げた。





  まるで内の苛立ちを発散するように、イアンがガツガツと乱暴に音を起てながら廊下を進むと、先の方にまるで待ち構える様にして立つ人物の姿を捉えた。


「イアン。落ち着いて下さい、と言っても無理でしょうが……あれではセリア殿に何も伝わりません」

「……退いてくれ」

 立ち塞がるザウルの脇をすり抜けようとするが、後ろから腕を掴まれ動きを封じられた。それに思わず睨む様に振り返るが、相手がそれで怯む筈もなく。一瞬の沈黙の後に、ザウルは瞳を細めると静かに声を出した。


「貴方のお気持ちは解ります」

「なに?」

「全てを投げ打ってでも、あの方が欲しいという思いは」


 それまでの苛立ちを忘れる程、イアンは驚きに目を見開いた。探る様に見返せば、まるで確固たる意志を表すような、揺れの無い琥珀色の瞳。


「まさか、帰らないって決めたのはそれか?アイツの為か」

「……はい。あの方の傍を離れまいと。それだけが自分の望みです」

「急に心が決まったなんて言うから、何があったのかと思えば…… ハハッ。そういうことか」


 納得と同時にふいに襲った脱力感にフラリと蹌踉け、イアンは横の壁に背を預ける。軽く洩らされた笑いに、ザウルも掴んでいた腕を解放した。


「いいのか?もしアイツが他の奴に惚れたら、お前は」

「貴方にも、同じ事が言える筈です」

「そうだな…… ったく。なんだって、こうも敵が多いのやら」

「お互い様ですよ」


 ああ、とイアンは何故か漏れた溜息に目元を覆う。一人で猛進していたと漸く悟ったのか、張り詰めていた肩の力も抜けた。


「また、お前に見抜かれちまったな」

「……一度決めたら突き進まれるのは、セリア殿と同じですから」

「おいおい。そりゃねえだろ。俺はあそこまで酷く無い」

「似た節はありますよ。お一人で抱え込んでしまわれるところも」


 だからこそ、放って置けない。そう言うザウルに、イアンも僅かに苦笑した。








 酷く苛立ったイアンと別れて、セリアは一人温室で悩んでいた。その場所に、他の候補生の姿は見られない。ランも用事があったようであのまま別れてしまったし、ルネも丁度席を外している。ザウルもカールも何処に行ったか解らない。


 セリアは静かな温室のベンチの端に座って、どうしたものか、と考えを巡らせていた。イアンの苛立ちの理由がどうしても思い付かない。もしやルイシスが何かしたのだろうか。とはいえ、だからといって自分にまで近付くな、なんて言うとは思えないのだが。


 まるで出口の見えない迷宮に放り込まれたようだ。と一人でうー、とか、あー、とか妙なうめき声を上げていると、ふいに温室の入り口に影が立つ。誰かが来たのか、とそちらに目を向けたセリアは、その人物に驚いて目を見開いた。


「ル、ルイシス!!」

「よう、お嬢ちゃん。ただいま」


 フラフラと力無く温室に滑り込んだ彼の表情は、疲れ切った者のそれだ。クリーム色の髪も乱れているし、普段はギラリと妖しく光るオッドアイにも何時もの力強さが見られない。


 その姿に心配して立ち上がろうとしたセリアだが、ルイシス本人に手で制される。

「ああ、そのままで頼む」

 そう言ってセリアの座るベンチまで近付くと、心底疲れた、と言わんばかりに息を吐き出しながらセリアの隣に腰掛けた。


「駄目や。疲れて死にそう」

「ええっ!」

 ルイシスの言葉に思い切り驚くと、セリアはオロオロと慌て出した。そんなに疲れるまで、一体コイツは何処に行っていたのだ。というより、何をしていたのだ。


「そ、そうよ。帰ったら教えてくれるって。今まで何処に行ってたの?」

「ああ、悪い。きちんと説明するけど、その前に少し休ませてくれ」


 そう言うと、ルイシスはそのままゴロンと横になった。長めのベンチは、ルイシスが横に足を投げ出せば十分に寝れる。けれど、その端にはセリアが座っていた訳で。


「ひぃああっ!な、何をしているでありますですか!?」

「煩い。俺はあれから一睡もしとらんのや。頼むから少し静かにしててくれ」


 だったら寮の自室で一人で寝てくれ、と内心で叫びながら膝に感じるルイシスの頭の重みに、セリアは思い切り渋い顔をした。とはいえ、ルイシスは本当に疲れているのか、五月蝿そうに眉を寄せると、そのまま瞳を閉じてしまう。すぐに安らかな寝息まで聞こえて来た。


 こうなっては、この所謂膝枕という妙な状況から抜け出すには、ルイシスを叩き起こす以外道は無くなってしまった。けれど、目の下にうっすらと隈まで浮かべる彼には、それが少々酷に思え。仕方なく、セリアは脱力してルイシスの眠りを妨げるのを止めた。




 まったく。どうして自分がこんな目に合わなければならないのだ。


 ブツブツと内心で文句を洩らしていると、ふいに背後からただならぬ気配を感じた。首筋にジリリと痛いまでの視線がぶつかり背筋が凍り付く。


「何してるんだ?」

 低い、それはもう恐ろしくなる程の低い声に、セリアはギシリと固まる。ひえっ、と内心で悲鳴を上げつつ、その気配が近付くのを感じ取っていれば、トンと肩に手を置かれた。決して体重を乗せられている訳ではないのに、何故か重い。


「何してるんだ?」

 繰り返される質問。そのただならぬ雰囲気に、セリアはダラダラと冷や汗を流していた。


「え、えっとですねぇ。なんだか、私も知らぬ内にこの様な訳の解らぬ事態になってしまったといいますでしょうか。とにかく、深い意味は無いと思うのでありますですが。どうにもお疲れのご様子ですでして。気付けばこの様な状態になりつつあったと申すのが正しいと思いましてでして」


 恐ろしさから早口で必死に言い訳を並べるが、後ろで怒りのオーラを纏ったイアンは納得した様子を見せない。あのカールにも匹敵するのでは、と疑いたくなる程、恐ろしいまでの怒りだ。

 オロオロと振り返ると、イアンがカッと目を見開いた。


「さっさと叩き起こせ!」

「だ、駄目だってば。イアン落ち着いて。ルイシス凄く疲れてるみたいだから」

「そんなこと知るか。さっさとそいつを退けろ!」

「だから、待ってってば」


 瞳を閉じるルイシスに、今にも掴み掛からんとイアンが手を伸ばすと、後ろから正に救いの神が姿を表す。

 イアンの後ろから羽交い締めにして、その拳が突き出されるのをなんとか防いだのは慌てて駆け寄ったザウルだ。


「イアン。落ち着いて下さい!」

「煩ぇ!今回ばかりは勘弁ならねえ」

「どんな場合でも、暴力はいけません!」

「くそっ!放せって」


 温室内から響く怒声に、外からどうかしたのか、と口論を繰り返していたランとカールも中の様子を窺う。丁度ルネも到着したようで、その惨状に驚いていた。


「……何をしている?」

 こちらは相変わらず不機嫌そうな顔で、カールが真っ先に口を開いた。またしてもセリアは縮み上がることになってしまって、どうして自分がこんな目に、と内心で恨み言を事の元凶であるルイシスに向けた。


「な、なんだか、疲れたって言われて。私にも、なんだかよく解らなくて」


 イアンはザウルと攻防を繰り広げているし、後の候補生達には睨みつけられるしで、踏んだり蹴ったりだ。

 それもこれも、ルイシスの所為ではないか。と視線を下に移動すると、それまで寝ていた筈のルイシスがうっすらと目を開けた。


「煩いのぅ。まったく」

 何処か寝ぼけた様な声色でそういうと突然、それまで横に垂らしていた腕をグルリとセリアの腰に巻き付けた。


「……ンン。柔らかくて気持ちいい」

「ぎゃ、ぎゃああっ!ちょっ!ルイシス!?」


 急にあり得ない程密着してきた身体に、今度は流石のセリアも堪忍袋が限界になったのか。必死に引きはがそうとするが、以外にもその腕はがっちりとしていて、ビクともしない。


 どうだ、羨ましいだろう。などと心の声が聞こえそうな瞳で、チラリと背後の候補生達を見遣ったルイシスに、幾つかの血管が切れた様な音が温室内に響く。


「てめえ!ぶち殺してやる」

「ああ、煩い煩い。ったく。仕様の無い連中や」


 怒りを爆発させる候補生達にそう呟くと、ルイシスは服のポケットに手を伸ばし、そこに入っていたものをポイッと後ろに向かって放った。まるで狙う様に自分に向かって飛んだそれを受け取ると、ルネはそれを凝視する。それまで暴れていたイアン達を押しのけると、ズイッとルイシスに近寄った。


「これ、何処で?」

「ああ、その辺は後で説明する。その前に、それが何かお嬢ちゃんに説明したって。俺はその間もう少し寝る」


 再び瞳を閉じてしまったルイシスに、セリアはもうどうしたら良いか解らなかった。諦めた様に顔を上げれば、あのオレンジ色の花を持ったルネが、何かを考える様にそれを見詰めている。


「ルネ。どうかしたの?」

「セリア。これ、何か知ってる?」


 その真剣な声色に、それまでルイシスに意識を向けていた候補生達も何事かと視線を移動させた。


「えっと、二日前にそれと同じ花を街で見て。女の子が持ってたんだけど。どうもつい盗んじゃったみたいで、追いかけられてて」

「……他にもあったの?」

「なんだか、沢山あったって言ってて。口ぶりから、馬車に一杯くらいはあったんじゃないかと」

「馬車に一杯!?」


 詰め寄られてセリアは慌てて頷く。ルネの迫力に思わず仰け反りそうになったが、膝の上のルイシスの頭の所為で思う様には動けなかった。


 何だかただならぬ雰囲気で真剣な表情のルネに、他の候補生達も怒りを忘れてそちらに意識を向ける。


「ルネ。その花が何か問題あるのか?」

「ああ、うん。僕も偶々知ったことなんだけど、これカブフラっていう花でね……」


 ーー 強い毒性を持ってるんだよ


 その一言で他の者が顔を青くする中、眠っている筈のルイシスは僅かに口の端をつり上げた。




 



 彼がここまでするなんて驚いた。でももっと驚いたのは、その理由を聞いた時。

 今まで、彼の言葉を深く考えてこなかったから。だから気付かなかったけど、やっぱり彼と私は、似てるのかもしれない。

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