婚約破棄された公爵令嬢ですが、王国最大の商会を経営していました。王都から撤退したら王子が泣きついてきましたがもう遅いです
「エレノア・フォン・ローゼンベルク。私は貴様との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業記念パーティー。
大勢の貴族が見守る中、王太子アレクシス殿下は私を指差してそう宣言した。
隣には男爵令嬢リリア。最近ずっと殿下の周りをうろついていた女性だ。
「エレノア様は商売のことしか考えていません!王妃になる方として相応しくないと思います!」
「その通りだ。私は真実の愛を見つけた!」
会場のあちこちから拍手が上がる。どうやら根回しは済ませていたらしい。
私は一つ息を吐いた。
「つまり婚約破棄、ということで宜しいのでしょうか?」
「もちろんだ!」
「分かりました」
私が素直に頷くと、殿下は逆に拍子抜けしたような顔をした。
もっと取り乱すと思ったのだろう。残念ながら、その予定は無い。
「では殿下。私も一つだけお伝えしておきます」
「なんだ?」
「本日をもって、ローゼンベルク商会は王家との全取引を終了いたします」
会場が静まり返った。だがアレクシス殿下は鼻で笑う。
「好きにしろ」
「承知いたしました」
私は一礼すると、そのまま会場を後にした。
◆
翌日。
公爵家には朝から来客が訪れていた。
国王陛下である。
「昨日の話は本当か?」
「はい」
応接室で私は頷いた。
「王家との取引を全て停止いたしました」
陛下は頭を抱えた。父も隣で難しい顔をしている。
「エレノア。お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「もちろんです」
私は紅茶を口に運ぶ。
「婚約が無くなった以上、王家を優遇する理由がありませんので」
「そういう話ではない!」
陛下が珍しく声を荒げた。
「騎士団の武器はどうする!」
「納品停止です」
「回復薬は!?」
「停止です」
「王都の食糧流通は!?」
「停止です」
「魔道具は!?」
「停止です」
私が一つずつ答えるたび、陛下の顔色が悪くなっていく。
難しい顔をしていた父も、この状況には苦笑するしかないようだった。
どうやら殿下は、私が経営している商会の規模を全く理解していなかったらしい。
◆
三日後、王都は大混乱に陥った。
パンの価格は二倍。回復薬は品切れ。騎士団の補給も滞っている。
当然だ。王国最大の商会——エレノアが自分自身で立ち上げた王国一の大商会『ローゼンベルク商会』が突然撤退したのだから。
「代わりの商会は!?」
「ありません⋯⋯」
宰相の答えに、アレクシスは青ざめた。
「そんな馬鹿な!」
「ローゼンベルク商会が長年かけて買収と提携を繰り返した結果です」
「たかが商会だろう!?」
その瞬間。国王の拳が机に叩き付けられた。
「その商会を経営していたのがお前の婚約者だ馬鹿者!!」
玉座の間に怒声が響いた。
◆
さらに一週間後。私は隣国に居た。
王都から移転した本店は既に稼働を始めている。
そこへ来客が訪れる。——アレクシス殿下である。
「エレノア⋯⋯」
「何か御用ですか?」
「頼む。戻ってきてくれ」
以前なら考えられないほど弱々しい声だった。
「王国が大変なんだ」
「そうですか」
「君が必要なんだ!」
私は少し考えるふりをしてから首を傾げた。
「不思議ですね」
「え?」
「私は王妃に相応しくないのでしょう?」
殿下の顔が強張る。
「それは⋯⋯」
「商売しかできない女なのでしょう?」
「違う!」
「違いませんよ」
私は静かに笑った。
「私を捨てたのは殿下です」
そして扉を指差す。
「お帰りください」
「エレノア!」
私は渾身の笑顔を殿下に向けた。
「今さら戻れと言われても遅いのです」
◆
その後。
ローゼンベルク商会は隣国最大の商会へと成長した。一方で、王国は立て直しに十年以上を要するだろうと言われている。
その責任を問われたアレクシス殿下は王太子の地位を失い、地方へ送られた。
私はその話を聞きながら書類にサインをする。
窓の外には忙しく働く商人たち。今日も商談の予定は山ほどある。
王妃になる未来は失った。けれど後悔はしていない。
私は自分の力で、自分の居場所を作ったのだから。
そうして私は次の書類へ手を伸ばした。
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