第8話 僕と騎士と令嬢と
モナを何とか説得し、約束は数日後になった。
その約束の日、モナは外出用のドレスに着替えていた。
城にいた時は、すべて黒のレースが多いドレスだった。
今回も全身を黒でまとっていることには変わりない。
だが、フリルがさらに増え、厚底のヒール付きの靴。
顔には黒縁メガネではなくサングラス。
レース付きの黒い傘を手に持ち、外でリヒトを待っていた。
「お待たせいたしました」
「まったくだわ。遅すぎるのよ」
「そうですね。騎士として申し訳ありません」
リヒトはモナの言い方に怒りを覚えることもなく、冷静に腰を折って謝る。
「では、行くわよ。サグラモール、早く馬車を出してちょうだい」
「了解しましたよ~」
馬車に乗る前に、サグラモールがリヒトに近づいた。
「まだ約束の時間の三十分前なのに、あんな言い方されて悪いな」
「問題ない。一時間の余裕を持てなかったこちらの失態だ」
「だが、そちらの令嬢は聞き分けてくれたのか? 確か、リヒトしか世話役をさせないんだろう? 大丈夫なのか?」
オルレアン家の令嬢、エレナ・オルレアン。
話では、令嬢としての仕事もしっかりこなし、時間にも厳しい人物だとサグラモールは聞いていた。
だからこそ今回の件で、リヒトの令嬢が嫌がるのではないかと懸念していたのだ。
「説得には時間がかかったが、今度一日いっぱい遊ぶということで許してもらえた」
「そ、そうか……。そんな可愛いお願いされたら、断れないよな。普通にうらやましい」
サグラモールの言葉が聞こえたのかどうか。
ちょうどその時、モナの声が飛んできた。
「サグラモール、遅い」
ビシッと背筋が伸びる。
「た、ただいま行きますよー」
サグラモールはモナを馬車へ案内する。
続いてリヒトを中へ入れようと手を差し出したが──……
「待て。俺が馬に乗る。お前がモナ様と一緒に乗れ」
リヒトがそう言った。
「だ、だが、一応リヒトは今回、付き添い……」
そこまで言って、サグラモールは少し悩む。
リヒトは無口。
モナも無口。
二人きりにしても会話が続かないかもしれない。重い空気が自分にも届く可能性がある。
数秒考えた後──……
「任せた」
そう言って馬車の中へ入った。
リヒトは御者席に座り、手綱を握る。
「ハッ!」
馬を走らせ、慣れた道使い、創造館へと向かった。
※
「ふんふーん」
『今日はご機嫌だな、主よ。そんなにリヒトの令嬢が来るのが待ち遠しいのか?』
掃除をしながら鼻歌を歌っていると、クニーに突っ込まれてしまった。
「リヒトさんの令嬢というわけではないみたいだよ。なんでも、リヒトさんの友人の令嬢らしい。本が大好きで、ここにも興味を持ってくれたんだって」
昨日、リヒトさんは少しだけ今日のことを話してくれた。
サグラモールさんという騎士が仕えている令嬢。
名前はモナ・クラウド様。
少々癖があり、言葉がきついらしい。
それは少し緊張する。
けれど、どんなお客様にも癒しを届けるのが僕の目標だ。
そんなところで怖気づいてはいられない。
今回は初めてのお客様が二人も来てくれる。
気をしっかり引き締めないと。
「よし!!」
『気合十分だな、主よ』
「うん!」
掃除を終え、出迎えの準備が整ったところで、ちょうど外から蹄の音が聞こえてきた。
「あっ、来た!」
自然と笑顔になってしまう。
ドアに走ろうとした時、後ろからため息が聞こえた気がしたが、気にせずドアを開けた。
「リヒトさん!」
「ん? あぁ、また来た」
リヒトさんの笑みに、僕の心臓がドクンと跳ねた。
頬が熱くなるのを感じながら駆け寄る。
「今日も来てくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ、連日すまないな。気を使わせているだろう」
「いえ! そんなことありません! むしろ毎日来てくださって感謝しています! 遠慮せず毎日来てください!」
笑顔で言い切ると、なぜか頭を撫でられた。
リヒトさんの手、大きい。
外を馬で走ってきたからか、少し冷たい。
でも、なぜか温かい。
「おいおい、俺たちのこと忘れてないか?」
聞き覚えのない声が馬車の方から聞こえた。
見ると、見覚えのない騎士が呆れたようにこちらを見ている。
「こ、こんにちは!」
「はいはい、こんにちは。初めましてだな。ここがリヒトの大好きな創造館ねぇ〜」
そう言いながら騎士は、馬車へ手を伸ばす。
そこから現れたのは、本の世界から出てきたような美しい女性だった。
艶のある黒髪。
フリルのドレスがよく似合う。
サングラスは可愛さだけでなく、かっこよさまで引き立てている。
「――初めまして」
「は、初めまして!」
降りた瞬間、僕の方へ歩いてくる。
サングラスを外すと、深緑色の瞳が見えた。
すぐに黒縁メガネをかけ、傘を隣の騎士へ渡す。
「あなたが、本好きのこの館の主人かしら」
「は、はい! 創造館の主人を務めておりますクリエントです! 改めまして初めまして、ご令嬢。最大限のおもてなしをさせていただきます」
令嬢と話すのは緊張する。
けれど、ここで怖気づいてはいけない。
いつも通り。
いつも通り。
「そんなに固くならなくて大丈夫よ。ここでは令嬢ではなく、モナとして来ているの」
「は、はぁ」
「中に入っていいかしら。疲れるわ」
「はっ! すすす、すいません! どうぞ中へ!」
僕のバカ!
おもてなしすると言いながら、立たせたままじゃないか!
「モナ様、あまりわがままを言わないでください」
「わがままじゃないわ。当然のことを言っただけよ」
騎士を見上げ、モナが言い切る。
「やれやれ。悪いな、クリエントだったか。俺はサグラモール。呼び捨てで構わないぞ」
モナは腕を組み、視線で「早く」と訴えてくる。
「では、皆さまこちらへ。癒しの空間をお楽しみください」
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