春の陽光
暖かな日差しが春という季節を感じさせ僕たちを包み込むような優しさを溢れ出している。
とはいえ、僕は春が好きになれない。4月生まれなのだが対していい思いをすることはない。何せ花粉が辛い。鼻水だったり目が痒くなったり、わかる人にはわかる辛さがあると思う。
春と言えば何を思い浮かべるのだろうか。入学式や卒業式、新生活など人生の中で切り替わりの時期と言ってもいいだろう。僕もその枠組みの中に入るのだから。
春の温かさを感じながらも僕は親と歩いていた。
新たな場所へと赴くというのは存外気分が昂揚する。小学校や幼稚園、はたまたその前からの馴染みのある人もいれば初対面もいる。学校とは新たな出会いを迎える場所であるが故に自分の愚かさも垣間見えてしまう。
変なことを言わないように、なるべく波風立たないように、そんなことを思いながら過ごす人が多いだろう。
そんなことを考えながら歩いていると見えてきた。公立中学校というわけあって古めかしく見えるし、お世辞にも綺麗とは言えない校舎だった。というか、にしてもでかい。僕の通っていた小学校が区の中ではかなり小さめだったこともあるがかなり広く感じた。あと人多い。去年までは1クラス25人ほどで2クラスあったため、学年で50人位だったのだがそれの3、4倍ほどの人数がいるのではないだろうか。驚きが隠せないのと同時に僕はそれに慄然としたのだ。親と教師らしき人からプリントなどを貰い1度自分のクラスに向かうけれど、意識するなとは思えないほどに異質な者がいた。髪は長く、サラサラとしていてロングに入るのだろうか?腰くらいまで伸びていた。目はぱっちりとしているが優しそうで鼻も高く綺麗だった。肌は冬を感じさせるような白色に近く、華奢で美しい彼女がそこにいた。
何故だろうか、彼女を見ると心が苦しくなる。怖いや恐れとはまた違った何かが心の中を切なく苦しめてくる。
分からないのだ、それが何かをまだ知らない。とはいえ、入学式である今日を台無しにしては行けない。とりあえず僕は貰った紙を見てクラスを確認し向かった。
1ー4は……どこだろうか。正門から入って3年生の下駄箱を超え、校庭の脇道を通りながら1年生の校舎へ向かう。1年生の後者は新設されたそうで、少し離れた場所にある。本校舎よりかは綺麗に整っており、少し小さくは思うがここで学校生活を送ることに少し喜びを感じた。
手前から右に1組、左に2組、奥の右側に3組、左側に4組がある。1番奥のあそこのクラスか、と確認し僕はそのまま歩を進めた。
中に入ると見覚えのある人もいれば知らない人もいる。当然だが緊張する。そんな僕の緊張とは裏腹に黒板に書いてある座席表の僕の周りには見覚えのある人しかいなかった。
「よっ、!お前と同じクラスかよ!今年もよろしくなっ」
そんなふうに声をかけてきたのは左隣の席の山峰だった。なんだこいつか。そう思った。小学校の頃からの友達だ。かなり仲が良いという訳では無いが話せるだけで十分だった。
「え!今年もクラス一緒なの?まじ何年目?ずっと一緒じゃんーーーー。」
いきなり悪態を着くように話しかけてくるのは前の席の原田だった。彼女とは小学校1年生の頃から6年間クラスが一緒で中学校に入ってからも同じクラスだとは流石に思わなかった。
「今年で7年目だね。よろしく。ちなみに阿部と小池とかも同じクラスだよ。」
「まじで?なんか全然クラスのメンツ変わんなくない?」
「そうかな?意外と別の小学校のやつらも多いよ。」
何気なくクラスの名簿をみながら原田と山峰と話してると、沢山の人がクラスに来るではないか。僕の通っていた小学校の人数とは大違いだった。全員が揃ったが数えてみれども40人ほどいるのではないだろうか。
僕は驚いた。彼女が居たのだ。同じクラスだとは思わなかった。ざわめくクラスを他所に彼女だけはその場の雰囲気に囚われない何かがあるような気がした。
ガラガラと物音を立てて戸が開く。50代、はたまた60代くらいだろうか、女性の少しふくよかな人が入ってきた。
「えー。みなさんおはようございます。私がこのクラスを担当することになりました、町田と申します。いくつかの小学校からあがって中学校に入ったと思います。ですが42人全員がこの1ー4に集まれたのは奇跡なんです。この1年を良い一年にできるようにしましょう。」
在り来りなことを述べているなとは思うが、この42人が過ごせるのは今年だけなのだ。
「入学式に呼名があるので、今から名前を呼ぶので練習をしましょう。」
次々に名前が呼ばれる。それぞれの呼応が始まる。
「七瀬 凛さん」
「はい。」
彼女の名前は七瀬さんというのか。長い黒髪が美しく揺れる。やはり他の人とは一線を画すような美しさに、見蕩れてしまうのだ。
「布施 賢司さん」
僕の名前が呼ばれる。
「はい」
七瀬さんのことばかりで頭がいっぱいになっていたが、落ち着いて返事を返す。
全員の名前が呼ばれ、体育館に向かう。一斉に教室を出て脚を運ぶ。そして体育館に並べられたパイプ椅子に一斉に座りギシギシという音を立てる。
次々に呼名が行われる。全クラス分が終わると七瀬さんが呼ばれ立ち上がる。新入生代表の式辞を行うのだ。
「誓いの言葉。暖かな春の日差しが降り注ぐこの良き日に私たち168名は72回生として御校に入学致します。」
可憐で美しい声だ。か細いようでどこか力強さを持って、でもどこか幼さを持つ声だ。
七瀬さんの声に聴き入りながら入学式の式辞は終わってしまった。校長先生の長ったらしい話で居眠りをしそうになりながらも、なんとか耐え入学式が終わりを迎えた。