それは、魔法の言葉 〜期間限定と数量限定の選択に迫られたとき、人はきっと本能に従うので軽く城の説明を一つ〜
「ちょっと、お父様! さっきから話を聞いていればグダグダと、なんで私にお小遣いをくれないの!? 私は城下町でオムライスを食べたいの!」
「だから、さっきから言っている通りだ。今月は、もうあげただろう? ゆるのことだから、まだ残っているはずだ」
残っているだけに反論できない。
「それに、そんなものは城にいても食べられる。城の外は危ないからな。せめて城の中で食べなさい。そこなら無料だから。まぁ、一番は私と一緒にいることだがな。ほら、お父さんと一緒にカードゲームでもしようか」
「ギャンブルなら付き合うよ」
「そこまでして金が欲しいのか!?」
これでは泣いてねだる気も起きない。一向に譲らない頑固親父に背を向けて、私は天守閣最上階にある部屋から飛び出した。……とはいっても、そこからの出口は階段しかないため、転げ落ちないように慎重に。ハラハラと見守るお父様の視線を背に感じつつ、私は次の階でエレベーターに乗った。
「ねぇ、柊?」
「なんです、姫様」
「なんでこのエレベーターは、天辺まで通じてないの?」
「敵に攻めてこられたら、困るから、……です?」
訊かれても困る。
「この国って島国でしょ? 南方遠江の国。世界の中枢である管理島と呼ばれている場所から南に離れた島で、仮に敵という存在がいたとしたら、そもそも上陸されたらお仕舞いじゃない? 四面楚歌だし」
「……ひ、姫様がそんな難しい言葉を!?」
「ふふーん。小説で学んだの」
「……ひ、姫様が漫画以外の本を!?」
「興味があるものは読めちゃうんだよ。まぁ、読めない漢字は雰囲気で、だけどね」
「ですよねー」
内面(知識)も磨いたほうが良いのかなぁ、なんて、密かに落ち込みながら天守閣を出た。
そんな始まりから、今回の話がどう展開していくのか。予想がつく人もいることだろう。そもそも、タイトルからして分かっていてもおかしくない。そう、つまり、おそらくグルメ回である!
※
ここで、城の地図について簡単に話しておこうと思う。先ず、一番北側に天守閣があって、そこから南に、扇形に城の敷地が広がっている。天守閣から伸びる通りによって左右で分かれており、天守閣から見て右手側が、おおよそ古来の江戸時代、と呼ばれていた時代を思い起こさせる、そんな“らしさ”が詰まった建物が並んでる。食堂に並ぶメニューも古くからの伝統的なものが多い。
そして反対側は各国の大使館が置かれていることもあり、かなり和洋折衷な装いを見せている。食堂のメニューも幅広いラインナップが取り扱われており、カフェもあるため、どちらかと言うと私はそちら側に足を運ぶことが多い。姫はナウいから。
その配置が分かってもらえたところで、私に突きつけられた究極の選択をご覧いただこう。
「あぁ!? 右手側の茶屋で数量限定の団子販売中の旗が立っているよ! で、でも左側のカフェでは期間限定のワンプレートナポリタンが販売中だって!」
「どうするんです?」
「んー、どうしようか。普通に考えて数量限定の団子に突撃するべきなんだけど、そもそも私はお昼ごはんを食べるために外へ出たわけ。そこでいきなり団子を食べる? 普通、それはデザートでしょ。その順番を崩して、美味しくお昼ご飯がいただけるの? ……ここは、姫特権で団子を確保しておいてもらおうか。控えの忍者カモン!」
うん、あっさりと結論が出た。私は姫ですから。支払いもお父様のツケなので、基本的には私は無料である。年末にまとめて払うらしく、たまーに、食べ過ぎだと怒られることも多々ある。たーまに、多々。
「たまにね? そういう事をしたら楽しみにしている人達に悪いかなぁ、って思うの。そうした時にね、ふとこう思うんだ。姫が喜ぶ以上の喜びがあるのかと! ……そこんとこ、どう思う?」
「んー、それで不自由がないってことは、それが正解だと思いますよ。姫様、悪意はないですし。……ないですよね?」
「姫が悪意を持つようになったら、それはこの国に悪意が溢れたときだと思う」
なんとなーく、そう思う。
つまり、私がのほほんとバカでいられるうちは、この国はきっと、平和なのだ。だから多分、私は悪いことなんてしない。精々、食料を運ぶアリの進行方向に小石を置く程度だ。あと、部屋に虫が現れたら騒ぐくらい。夜中でも。なんで、虫の中でも得意なものと嫌いなものが別れるんだろうね。テントウムシは好き。ダンゴムシも好き。アリは……、微妙。あんまりと多いと怖い。カブトムシやクワガタムシは、裏側を見せられると怖くなる。
あぁ、つまりはあれだ。足の動きが怖いのだ。テントウムシもダンゴムシも、カブトムシよりも小さいからそこまで気にならないだけで、それをまざまざと見せつけられると、怖くて仕方がなくなるのだ。
もっとこう、可愛く歩いてくれないものかなぁ。イモムシの頃はあんなに可愛く動くのに。……でも、触りたいとは思わない。子供の頃は平気なのに、なんでいつからか虫が駄目になるんだろう。いや、好きな人はいつまでも好きだと思うよ? でも、好きでいられなくなる瞬間というものは、いつかは現れるわけで。
「虫と恋って、なんか似ているね」
「ホラーですもんね」
なんか違う。
ともあれ、私達は進路を左側へ取り、カフェへの入店を果たした。店内は昼時らしく混んでいて、各々好きなメニューを楽しんでいる。食後の人もいるようで、チラホラと甘い匂いが漂い、涼しげな器から伸びる白い塔が視界に、入って、入って……。うん、これはもう辛抱たまらん。
「とりあえず、パフェ」
私は甘味で腹を満たすことに決めた。前言撤回の鑑であると自負しよう。
「期間限定は良いんですか?」
「うん。メニューを見たら、まだ期間があるみたいだから。だから私は、本能に身を任せようと思う。甘いものが食べたい。パフェを食べて、ケーキも食べて。クリームソーダで喉を潤したら団子を食べるの」
忍者の伝言が届いているはずだから、きっと団子は残っているはず。あぁ、楽しみだ。あそこの団子は餅の硬さが私好みなのだ。何を食べても外れなし。故に、期間限定に対する期待値もうなぎ登りだ。あぁ、甘いものでお腹を満たせる幸せ。こんな日も、たまには良いよねって思う。
だからこそ、なんだかこう、テンションが上がってきた!
「ねぇねぇ、パフェって何の略が知ってる?」
「パンダが増える」
意味わかんない。
「違うよー。もっとちゃんと考えて」
「そうですねー、パーフェクトフード、とか?」
「んー、なんか違う気がする。もう少しひねって」
「パーフェクトフェルト」
「それ食べ物? もっと美味しそうな感じで」
「パーフェクトパーフェクト」
「二回言うのが流行った時もあるよね。でも、なんか違う気がする。もう一声」
「パパパパーフェクト」
「……なんでもっとふざけた回答ができないの?」
「例えば?」
「ゆにばーす!」
……うん、視線が痛い。
「で、正解は?」
「知らない」
視線が痛いパートツー。
「私、パフェが来るまで、こんな感じでテキトーなことばかり言うから」
「それはお気の毒です。私は注文したドリアが届いたら、食べることに集中します」
「ドリア! ドリアは良いよねー。グラタンと双璧を成すと思う。ではここで問題です。ドリアはドリアでも食べられるドリアってなーんだ? はい、正解はドリアでしたー!」
……頭に糖分が回ってない。多分お腹が空きすぎているのだ。早く糖分を摂らないと、大変なことになるぞー。
「ドリアとドリアンの違いってなんだろ?」
「なんだと思います?」
「んー、あんこが入ってる。あー、あんこが食べたい。なんで私、先にこっちの店に来たんだろう。先にあんこを食べればよかった」
「食べるのは団子ですよ」
そうだった。これは、本格的に頭が回らなくなってきたと思う。パフェはまだ届かないし、クリームソーダもパフェの後にしてもらうように頼んだ。今あるのは水だけ。この水だけで、なんとか頭を働かせなくてはならない。
「……水にさぁ、砂糖とミルクを入れたら牛乳にならないかな?」
「そこは、普通に牛乳を頼めば良いと思いますよ」
……あ。
※
というわけで、あま~いホットミルクで頭がはっきりしてきました。心にも余裕が出てきたので、少しばかり店内を観察しながらパフェを待とうと思う。
入り口から伸びる通路の右手側には、十席ほどが置かれたカウンターテーブルがある。その奥ではコーヒーを淹れる店員が三人。それぞれ淹れ方が異なっているが、私にその知識はないため解説は出来ない。興味はあるのだけれど、まだ、危険だからと言う理由で台所への侵入許可は得られていないため、今のところは無縁である。
私達がいるのはテーブル席で、カウンターとは通路を挟んで反対側にある。テーブルの数は六つ。通路を進んだ先は右に折れ曲がって階段となっているため、二階にもまだ席はある。この席に通された時に聞いた限りでは、二階も殆どが埋まっているほど盛況だそうだ。
パフェが出来るのも、多少は待たなくてはならないだろうなぁと、特権を使うのは止めておいた。流石に、目の前で順番が変わったしまった風景を見るのは、流石に忍びない。団子の時は、私は店に行かなかったから出来たことなのだ。もしも店に行って、目の前で数量限定が売り切れたとして、目の前の人から奪うようなことも、譲ると言った人から貰うこともしない。私は、そういうのが好きではない。
コメディの中にも矜持があると、念の為に知らせておこうと思う。……まぁ、その矜持もギャグになる可能性があるのだけど。
そんなことを考えながら、ぼーっと、じーっとコーヒーが出来上がるのを見つめていると、一人の店員と目が合った。
見つめ合う。何秒くらいだろうか。確かに視線は合って、互いの存在を認識している。でも、お互いに何の反応もしない。私はただ、見ているだけなのだから反応なんてしないのが普通だ。視線を外さないのも、なんとなく。でも、店員はこちらに視線を向けたまま微動だにしない。じっと動かず、ただひたすら、こちらに視線を向けている。
……容器からお湯が溢れた。
「私は石化の魔法が使えるかもしれない!」
「あの人は、ただ見惚れていただけです」
現実はそんなもんか。姫が美しくてごめん。
「ともあれ、野放しにしておくと店の営業が危ういかもしれませんし、姫様、少しゲームでもしませんか?」
「いいよー。どんな?」
「メニュー表にある料理に指をさすので、それでボケてください」
なんという無茶振り。大好物だ。
「先ずは、これ」
「あぁ、麻婆豆腐ね。……え、なんでカフェに麻婆豆腐があるの?」
一応、ここは馴染みのカフェではあったのだけど、こんなメニューがあるとは気が付かなかった。……あれ、でもこのメニュー表、普段私が見るものとは違う気がする?
「え、このメニュー、なに? 私知らない」
「期間限定メニューと数量限定メニューを載せているものだそうです。僅かな時間にしか提供しない、これまた期間限定メニューですね」
メニュー表を期間限定する店って凄い。
なんて感心している場合ではなく、私は何も見ずに欲望に駆られてパフェを選んだのだよ? 期間限定のワンプレートナポリタンは店内のポップやら何やらにも載っているから、大人しく諦めたのだ。そこに、なに? そんな物を提示されたら……、困っちゃうじゃん。
この困った感情を表現しようとすると、原稿用紙三枚くらいは使わないければならないだろう。それを熟考に熟考を重ねて短歌のようにして表現するのなら――。
唐突に、現れたりは禁断の。姫の強権ほれ見たことか!
「これをグランドメニューにしてやりたい」
「経営戦略が乱れますよ」
乱れるか乱れないかは、中身を確認してからにしよう。ボケるかボケないかもそれ次第だ。
「先ずは、ご飯もののページですね。カツ丼にしましょう」
カツ丼が期間限定とか、経営戦略が乱れまくってるでしょうよ。経営戦略が何なのか分かっていないから、どう乱れているのかは説明できずにノリで言っているだけだけど。それでも、どこかおかしいのだけは察せられる。
いや、違う、ここカフェだ。そもそもなんでカフェでカツ丼なんて提供するの? そんなの、……昔ながらの喫茶店みたいで興奮する。
私、そういうレトロ感大好きです。
「カツ丼を滑舌よく言います。かてぃどぅん」
「なるほど」
そういう反応が一番傷付く。
「次は麺類にしましょう。たらこパスタで」
王道では? たらこパスタはカフェの王道では? たらことバターをパスタに絡めた、子供から大人まで大好きな定番メニューであるはずなのに。……え、ギャグ?
「ヘイ、カノジョー? タスパのこたら、一緒にどう?」
「すみません」
マジレスきつい。
「次は肉料理ですね」
「トンテキは普通に食べさせてよー。この店普段何食べさせてんの? 私、いったい何食べてたんだっけ?」
「オムライスじゃないですか?」
「オムライスは通常メニューなの?」
「隔週ですね」
意味わかんない。経営戦略乱れすぎでしょ。
「ふぅん。なんか、不思議な店だね」
「そりゃそうですよ。城の中にあるんですから、誰かしらが食べに来るのは確定してます。適当なメニューでもやっていけますよ。店がなくなって困るのは城で働く人たちなんですから。むしろ善意の表れとして、マンネリを防ぐことのほうが大事なんだと思いますよ」
なるほど、それが経営戦略か!
「じゃあ、私もマンネリしない姫を目指さないと。美しいだけではいずれ見飽きてしまうと思う。ちょっとこう、アレンジ的なものが欲しいのかな? スパイス的な?」
「例えば?」
「ツッコミに鞍替えするとか」
「では、届いたパフェにツッコミを一つ」
テーブルに置かれたそれに向かって、私は叫ぶ。
「団子が刺さったパフェとか聞いてない! この後団子を食べるんですけど!」
あの白い塔は団子を抜き去った後だったか! あーあ、大人しくナポリタンを食べればよかった。




