4.茨の鬼の行方
鬼神さまが、バラに手を伸ばす。あっと声をかける前に、刺のある茨を両手で強く握った。
誉が手をとったが、それを振り切り、駆け出す。
「今世さま!」
慌てて後を追う。だが、童子姿の鬼神さまに、どういうわけか、追いつくこともできなかった。息が荒くなってきた辺りで、鬼神さまが止まった。
その前には、茨でできた壁があった。天高く伸びた茨の壁は、頑丈そうに見える。到底、人の力では開けることができない代物だ。
「今世さま、アカン!」
鬼神さまが、その茨の壁を何度も強く拳で叩く。その度に、刺で傷がつく。鬼神さまの血で、茨が濡れていく。よく見ると、今立っている場所以外のところにも、血がついていた。
誉が抱えて離させる。すると、鬼神さまは、喉から血が出そうな鳴き声を上げた。鬼神さまは、茨の奥を指差していた。誉が茨の間から中を覗く。
「え……?」
中には、人が倒れていた。大きな体をしており、片腕がない。そして、頭には二本の角が生えている。
「い、茨木童子、だ」
鬼神さまを下し、
「失礼します」
その腰に提げている刀を手に取る。鬼神さまの身には重いのではないかと思う、重量感のあるそれを鞘から抜く。
「鬼神さま、ちょっと待っててください」
鬼神さまに鞘だけ返し、自分は茨に向かう。茨の間に刃の部分を通し、のこぎりの用法で前後に引きながら、切っていく。
やがて、中の様子が詳しく見えるようになってきた。茨木童子は、左胸の辺りに刀を突きさされていた。その手は、前にある小さなボロ屋へと伸びている。
刀を鬼神さまへ返し、刺のない部分を掴んで左右に広げる。そうして分け入った中は、冷え冷えとしていた。
鬼神さまが走って茨木童子の元へと向かう。そして、その背に深く突き刺さっている刀へと食らいつき、引き抜こうとする。だが、夢の中の鬼神さまでは力が足りないのか、一向に抜ける様子はない。
「手伝います!」
誉が鬼神さまの手の上から握り、渾身の力をこめて一息に抜いた。抜き終わると、茨木童子の指がピクリと動く。
まさかこの状態で生きていたのか、と誉は恐れて後ろに下がる。だが、起き上った茨木童子は、鬼神さまにも目をくれず、ボロ屋へと手を伸ばしながら歩いていく。
片方しかない腕でなにを求めているのか、誉は見つめ続けた。ボロ屋の戸を開け、大きな顔で家の中を覗く。その足元の土に、黒い染みをいくつもできている。
「おっとう……」
その声が耳に届いた瞬間、風景が変わった。
「ここ、もう……」
誉の目の前を、白い桜の花びらが横切ることはもうない。鬼神さまのいる空き地に誉は立っていた。
「今年は、あれで見納めじゃ」
黒い岩の上に座っている鬼神さまが、微笑んで桜を見上げていた。
「こちらへおいで、誉」
手招きされ、笑顔で誉は寄っていく。足元に立つと、鬼神さまは二色の目で見下ろしてきた。
「来春はあちらで見よう」
「はい」
満面の笑顔で頷くと、鬼神さまは微笑む。
「道が違わぬ限り、儂はお主と共にいよう」
現実と同じ、緑にあふれた空き地。秋になれば色づき、冬になれば枯れて葉が落ちる。その様子を、いつまでもいつまでも、この小さな姿の鬼と見ていこう。自分だけの神さまと、この身が果てても共にいよう。
「末永く頼むぞ」
この人が寂しくないように、もう泣くことがないように。自分が傍にいて、守り続けよう。
「こちらこそ、宜しくお願いします」




