1.雷光と呼ばれた人
室内が光った後にすぐ、雷鳴が轟く。朝から降り続いている雨は、止みそうになかった。
「こんなに降ったら、本当に農作物が痛みそうですね」
「そうじゃな」
夕飯に清水を飲んだ鬼神さまは、カゴいっぱいの大きさになっていた。
もう一度雷が落ちる。鬼神さまは、小さく息を吐いてカゴの中から出てきて、誉が横になっているベッドの上に跳びのってきた。顔の近くに下りてきた白い猫に、誉は目を丸くさせる。
「雷は嫌いですか?」
だが、自分の胸辺りで丸まった姿を見て、目を細めて微笑む。背中を撫でてから、ブランケットを少し上げた。
「らいこうは嫌いなんじゃ」
その言い方に、そういえばそういう名前の人がいたような気ぃする、と誉はうつらうつら思った。
「明日、岸辺くんに訊いてみよ」
***
「それなら、源頼光じゃないかな。古い読み方をすれば、らいこうになるから」
ハードカバーの小説から顔を上げた岸辺が、そう教えてくれる。
「岸辺、おはよう!」
「あ、三和。おはよう」
珍しく、騒々しく入ってきた三和が、ドアを閉めることもせずに岸辺の元に一直線に向かっていく。
「試験合格したんやってな!」
挨拶をさせる間もあげず、机に手を置いて訊く。慣れてきたのか、岸辺は本を机から上げただけで、背を反らすことまではしなかった。
「ち、小さいやつだよ。手が触れただけで消えちゃったし。もしかしたらやっちゃいけないやつだったんじゃないかって……」
「いいやつだったら、成仏させたのかもしれへんなあ。でも、ちょっとコツをつかめたやろ?」
「え、いや、そんな、全然……」
照れたように言う岸辺を、三和は笑顔で見つめる。本当に、浄霊師マニアだ。自分の時は信じられないという対応しかしなかったくせに、誉は頬を膨らませた。
「岸辺も夏、一緒に稽古せえへん?」
「稽古?」
「俺、毎年夏は山で稽古してんねん。でも一人だと味気ないさかい」
「じゃ、じゃあ……行く」
岸辺が頷くと、やっと三和は誉の方も向いた。
「日諸祇も行くよな」
「行ってほしいんなら行ってあげるで」
という言い方をすると、三和はなに拗ねてんだよと眉を曇らせたが、すぐに厭な笑顔に変わる。
「あ、伊瀬先輩と多谷先輩も参加してくれるらしいから」
「嘘! さっ、先にそれ言ってや三和ー!」
伊瀬の冷ややかな顔を思い出した誉は、情けない声を出した。
***
夏だというのに、吹雪が降っている。
「お前もか」
「はい」
そう誉は思った。
夏だというのに、伊瀬は全身真っ黒だった。男は黙ってブラック! といったところなのだろうが、こちらからすると喪服だとしか思えない。
「あの、他の人は……?」
「まだだ」
人を誘っておいて遅いなどとのたまっているが、まだ約束の時間の二十分前だ。
「今日はええ天気ですね」
「そうだな」
あの事件以来、会話をする機会もなかったため、誉は気まずい思いを感じていた。
「おはよーさーん。どないしたん二人共。地蔵さんみたいやで?」
「地蔵さんですか」
ベンチの隣で二人して立っていたら、三和と岸辺を連れた多谷が茨木駅の方からやって来た。後ろの三和と岸辺の顔が引きつっている。
「お前、なんだその服は」
「ジャージ」
「……まあ、ジャージだが」
左胸の辺りに多谷と刺繍された、小豆色のジャージだ。世間的に芋ジャーと呼ばれる類のジャージなのだが、恥ずかしくはないのだろうか。
「男は黙ってブラック! ですね、先輩」
「あ、ああ」
小さな声でそう言うと、額に手を当てている伊瀬は頷いた。




