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1.鬼神さまと過ごす朝

 白いカーテンを掴んで、左右に開ける。そうすると、陽の光が部屋の中に入ってくる。窓も開けると、清々しい夏の空気が入り込んできた。

「んー、ええ気持ちっ!」

 背伸びをして、大きく息を吸う。脱力をして、壁にかけている制服を手に取る。着替えて、手早く髪を整える。それから、ベッド上のスペースへと向かっていく。

「今世さま、朝ですよ」

 そこに設置している薄茶色のカゴの中を覗く。白い布が上下しているのが見てとれた。その白い布をめくると、丸まって寝ている真っ白の猫の姿が出てきた。

「起きてください」

 撫でると、ふわふわの毛の感触が気持ちいい。

「む、もう朝か」

 身じろぎしながら起き上った鬼神さまは、おはようと言った。それにおはようございます、と誉は返す。

「しかし……猫ですね」

「うむ、さぞかし可愛かろう」

「可愛いです」

 白い毛並の、赤と金のオッドアイ。誉の掌サイズしかない子猫に、鬼神さまはなってしまっていた。

「ホンマに……猫です」

「お主の霊力が増えるか、霊力を食わせれば元に戻るぞ」

 誉と契約したのだが、力不足のために鬼神さま自身の姿が縮んでしまったのだ。

「が、頑張ります」

 失礼します、と鬼神さまを手で包んで、ポロシャツのポケットの中に入れる。そして、スポーツバッグを持って下へ行く。

「母さん、父さん、おはよう」

「おはよう、誉。今日は早いな」

「うん!」

 洗面所に入り、歯と顔を洗う。鬼神さまのお顔は、誉が濡れたタオルで丁重に拭った。タオルをカゴの中に置き、出る。

「あ、誉。おはよう」

「姉ちゃん、おはよう。帰ってきてたん?」

 すると、階段から姉が降りてきたところに、丁度出くわした。姉は眠たそうに欠伸をし、

「昨日の夜にな」

 と言った。

 化粧もなにもしていない顔を擦った後、誉の胸元を見、目を大きく見開く。

「鬼神さま」

「あ」

 母と父には視えないけれど、姉には視える。そんな単純なことを誉は失念していた。

「おはようございます」

「うむ、おはよう」

 営業スマイルになって誉に頭を下げている姉を見て、両親が不思議そうに首を傾げる。

「そっかあ。良かったやん、誉。夢が叶って」

「う、うん」

 顔の筋肉を緩めて笑ったが、姉がいきなり鋭い目つきになったので、その顔のままで固まってしまう。

「アンタ……」

「な、なに」

 腰に手を当て、顔だけを近づけてきた姉の気迫に押され、のけ反る。

「鬼神さまに何を食べさせるつもりなん」

「え」

 まぬけな声を出すと、姉はさらに目を吊り上げさせた。

「え、やないやろ。なんでもアンタと同じもんをってわけにはいかへんねんで」

「そ、そっか。神様やもんね……」

 忘れてた、と肩を落とすと、姉は仕方ないわねーと言いながら食器棚からコップを取り出す。台所を横切り、裏の洗濯場に下り、何かをしてから上がってくる。その次は小皿を出した。その辺りで茫然と見ている誉に気づいたのか、座っていなさい! と指示を出した。

「は、はーい」

 炊飯器のある方へと向かっていく姿を横目で見ながら、誉は自分の席に座る。隣に座っている父に首を傾げられたが、曖昧な笑みを浮かべることでやり過ごす。

「鬼神さま、どうぞ。召し上がってください」

 姉が自信満々に誉たちの前に、コップと皿を置いた。

「なに……これ」

 それは、誉がついそう言ってしまうような代物だった。

「なにて、井戸水とご飯や」

「姉ちゃん、ヒドイやん! 井戸水なんて!」

 思わずイスを蹴って立ち上がる。

「井戸水のなにが悪いねん!」

「全てやろ! あんまりやで姉ちゃん!」

 体をのりだし、近くで睨みあう。父は子どもたちの勢いに黙り、母は呆れて物も言えない様子だ。

「これ、誉」

 その二人を止めたのは、誉のポケットの中に入っている鬼神さまだった。

「やめんか」

「今世さま、なんでっ」

「いいから、やめよ」

 胸ポケットに手を当てて、鬼神さまを見る。鬼神さまよりもよほど鬼らしい顔をした姉の方をもう一度見てから、誉はやっとイスに腰を下ろした。

 鬼神さまは誉の胸のポケットから、食卓に飛び降りる。コップの前まで歩いていき、中の井戸水をピチャリと一舐めする。それから、誉の方を見た。

「誉、地面の下を流れておる井戸水は、清らかなものじゃ。わずかばかりじゃが、霊力もこもっておる」

「え……」

 慌てて姉を見ると、眉間に皺を作った怖い顔のままで頷かれた。

「ご、ごめん……俺、知らんくて」

「ええよ」

 姉は表情を緩めて、誉の頭を荒めに撫でる。それに安心しかけた瞬間、頭をわしづかみにされた。

「ただ、この世界は知らんかったなんかで済まされへんことが多いから、甘ったれんやないで」

「は、はい……」

 何度も首を振って、頷く。顔を引き攣らせていたら、手に柔らかい感触がした。下を見ると、鬼神さまが誉の手に頬を摺り寄せている。上目がちに見られ、胸がきゅんと跳ねる。

「あ、誉。これは間に合わせやから、今日の放課後にでも、神社にお水貰いに行きや。連絡は私がついでにしとたげるから」

 誉の分の朝食までよそって持ってきてくれたのか、美味しそうな母の料理が鬼神さまセットの奥に置かれた。

「あ、ありがとう!」

 頭を下げると、姉は苦笑しながら、いいわよと言った。ゲンキンな奴め、と思っているのかもしれない。

「さっさと食べへんと、遅刻すんで!」

「うん! いただきます!」

 姉に急かされてからやっと、箸を手に持つ。

「美味しいの」

「はい!」

 鬼神さまと初めて一緒に食べる朝ごはんは、甘い味がした。

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