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夢解く見習い除霊師と桜の鬼  作者: 結月てでぃ
夢解く見習い除霊師と桜の鬼
12/16

12.百合の姫君

 額に滲み出た汗を手の甲で拭いていると、三和が振り返った。

「最近暑いよな」

「せやなあ。雨降らへんし」

「そういえば、今年は梅雨があらへんかったな」

「温暖化が進んどんのかな」

 うわっそれ嫌やな、と言った三和が、あれ? と誉を見る。

「そういえば日諸祇、自分なんで今日も遅いん? 先輩たちの試合をって感じちゃうかったよな」

「あ、うん。ただの寝坊や」

 下足室で靴を履きかえながら、三和の質問に答えた。

「寝坊?」

「昨日、なかなか寝れへんくて」

「ふーん、なんで? その日の内に試験合格したのに」

「それがな、三和! 鬼神さまにパートナーお断りされてもうてん。俺、あの人と一緒に浄霊師をすんのが夢やのにー!」

 めっちゃ断られた、めっちゃ嫌がられたっと手で顔を覆う。

「鬼を使役するのは難しいやろ」

「えっ、そうなん!?」

「……おい、これは習ったで」

「あ、あれっ? そうやっけ?」

 冷ややかな目を向けられた誉は、あははと後頭部に手をやる。

「『源氏物語』の「手習いの巻」、この前古文でやったやろ。浮舟の女君に、法師が「鬼か、神か、きつねか、木霊か」って呼びかける場面」

「え? あー、そういえばそうやったかも」

 スポーツバッグの中から古文のノートを探し出し、ページをめくる。半ば辺りで、あーこれかあ、と嬉しそうな声を上げる。ノートを顔の上の高さまで上げて見る誉を見て、三和はため息を吐いた。

「お前な、いつか山茶先生に怒られんで」

「だ、大丈夫大丈夫!」

 ノートを片手に持ち直し、もう片方の手を横に振る。

「お前が口癖みたいに言ってる鬼神さまも、鬼を先に言うやろ」

「神鬼さまなんて言わへんよ。噛みそうやし」

「で、そこでなんで高位の神よりも鬼の方が先に言われるんかは覚えてるか?」

「ううん、覚えてへん」

 頭を振ると、三和は即答するなよ、という顔をした。

「この神は、神やない。神隠しをしたりするような、人に害を与える、悪いモノや。落ちぶれた神でもない。『源氏物語』では、光源氏がこのカミに狙われるんやないか、って心配される描写が何度も出てくるんや」

「マザコンでロリコンなのに、なにがええんやろな」

「せやから、顔やろ」

 顔かあーと呟くと、三和もイケメンは罪だなと呟く。

「ああいう行為をする神は、精霊や、祖先の霊みたいな、魂のような存在なんちゃうかっちゅー学者もいるんや。そういう場合は、漢字やのうて、カタカナ書きされることが多いんやけど。西洋でいう、妖精みたいな感じの存在ちゃうかな」

「よう分からへんけど、妖怪とかの中じゃ鬼が最強だぜ! ってことやんな」

「そや。やから、使役するのが難しいんや」

 へー、と誉は感心したような声を出した後、あっと手を叩いた。

「マジックポイントをめっちゃ使う召喚獣みたいな!?」

「ああ、まあ、そうやけど……自分なあ」

 呆れつつもドアを開け、中に入る。誉も続いて入り、後ろ手にドアを閉める。

「けど、鬼神さまに誰かと約束したからアカンって言われたんや。ランクとかはあんまり関係あらへんと思うけどな」

「約束?」

「うん。昔、大切な人と約束をしたから、この町を守らなくちゃいかんのんやって」

 黒い岩の中に住んで、あの町を守っている鬼神さま。一体、誰とそんな約束をしたのだろうか。

「なら、地元の有名人やないんか?」

 多谷と伊瀬の試合を試験の参考に見ているのか、クラスメイトはほぼ全員いなかった。いるのは、誉の三つ後ろの席で本を読んでいる岸辺だけだ。

「あ、それなら確か……なんかすっごい美人なお姫様がおって、どこかの御殿様が求婚に来たことで栄えて、昔は馬町って名前で呼ばれとったんやでーって、父さんから聞いたことある。その人かな?」

 お前の家の近くのことを俺に訊かれてもなあ、と三和に返され、誉はえーっ絶対そうだよーと言い返す。

「あ、あの……さ」

「え。あ、どうしたん? 岸辺くん」

 静かに本を読んでいた岸辺が急に話し掛けてきたため、二人は岸辺の方を向いた。

「ごめん、うるさかった?」

「あ、いや。そうじゃなくて、その、日諸祇くんて確か、安威川近くに住んでるんだよね?」

「うん、そうやで」

「それなら、多分、媛蹈鞴五十鈴媛命ひめたたらいすずひめのみことのことだと思うよ」

 首を傾げると、岸辺は知らないの? と長い前髪に覆われた目を丸くさせた。

「ほら、溝咋みぞくい神社の主神だよ」

「ごめん、よう覚えてへん。夏祭りの時くらいしか行かへんから……」

 誉がそう言うと、岸辺は三和の方をチラッと見た。三和は顔を横に振る。

「媛蹈鞴五十鈴媛命は、出雲系の血をひく、神武じんむ天皇様の正后様だよ」

「神武天皇? あ、かんむ天皇のこと?」

「ち、違うよ。桓武天皇は、五十代目の天皇だろ! 神武天皇は、初代の天皇だよ」

 違う人なのか、と誉は心の中でツッコミを入れた。江戸時代の将軍を覚えることよりも難しいのに、よく覚えているなあ、とも思った。

「産鉄豪族の生まれだから鬼とも合うし、その人じゃないかな」

「あー、なるほど。岸辺、お前凄いな。むっちゃ色々知ってんのな」

「そ、そんなことないよ。別に、これくらい、この学校に来る人なら誰でも知ってると思うよ」

 机の中に教科書を入れた後、誉に呆れながら聞いていた三和がそう言うと、岸辺は照れたように顔を背けた。

「そんなことないで! 俺、知らんかったし!」

「ちゅーことを自慢するような奴よりかは百倍凄いって」

「三和!」

 半笑で自分を見てくる三和に、目を吊り上げて怒鳴ると、岸辺は少し笑った。その笑顔を、誉はなんかいいな、と思った。

「なあ、もっといっぱい教えてや、岸辺くん!」

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