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狸の使い

作者: 雉白書屋

 むかしむかし、ある町にたいそう羽振りの良い商家の旦那がいた。金があるのをいいことに、昼間から酒をあおってはご機嫌。家族もそんな旦那にほとほと呆れ果てていた。

 そんなある日のこと。旦那はいつものように縁側で寝そべり、一人酒をあおっていたが、ふと酒瓶が空になっていることに気づいた。


「おい、誰か酒屋へ行ってくれ!」


 家の奥へ向かって大声で叫ぶが、返事はない。どうやら家の者は皆、出かけているらしい。酒は飲みたいが、わざわざ自分で出向くのは面倒くさい。なあに、誰か帰ってきたら金をやって買いに行かせればいい。

 旦那はそう思い、大きなあくびを一つすると、ぼんやりと庭を眺めた。すると、庭をちょこちょこと横切る一匹の狸が目に入った。


「おい、そこの狸。ちょっとこい」


「へえ、なんでしょう?」


 呼び止められた狸は、トコトコと縁側までやってきた。


「お前さん、ちょいと酒屋まで行ってくれ。ほれ、これが酒代だ。ついでに、駄賃もやる」


 旦那がそう言って懐から小銭を取り出すと、狸はこくんと頷いて両手でしっかりと受け取り、駆け出していった。 


「へへっ、こりゃ楽でいいや」


 旦那はご満悦で空を仰ぎながら、のんびりと帰りを待つことにした。ところが、しばらくして戻ってきた狸の手には、渡した金がそっくりそのまま残っていた。


「おい、酒はどうした?」


 旦那が怪訝そうに尋ねると、狸は申し訳なさそうに耳を垂らして、ぽりぽりと頭を掻いた。


「すみません。飲み屋の女将に『狸に酒なんか売れるかい』って門前払い食らっちゃって……」


 それを聞いた旦那はふんぞり返って鼻を鳴らした。


「はっ、狸には売れない? それでおめおめと帰ってきたのか。まったく、情けない奴だ! わしなんかよく“狸親父”なんて呼ばれるが、ちゃんと酒は買えるぞ。お前はわしの代理なんだから、ちゃんと役目を果たしてこい!」


「へえ、へえ」


 狸はぺこぺこ頭を下げると、再び駆け出していった。そして今度は見事、酒瓶を抱えて戻ってきた。


「おお、よしよし、ちゃんと買ってきたか!」


 旦那はご機嫌で酒瓶を受け取り、「これからもわしの代理を頼むぞ」と言って、酒をぐいと喉に流し込んだのだった。

 それからしばらく経ったある夜のこと。旦那は辺りを気にしながら、とある家を訪れた。


「あい、あい、あーい、ご無沙汰ちゃん。愛しの旦那のご登場だよお」


 そこは愛人の家。旦那は猫なで声を出しながら、中へ上がり込もうとした。しかし、出てきた女がくすくすと笑って言った。


「あら旦那、昨晩もうちにいらしたじゃありませんか」


「なに?」


 旦那は思わず、動きを止めた。はて、酒の飲み過ぎで記憶が飛んだか? いやいや、昨晩の記憶ははっきりしている。ここには来ていない。どういうことだ? 

 困惑しながら玄関先で立ち尽くしていると、ふいに背後に気配を感じた。

 振り返ると、そこにはあの狸が立っていた。

 狸は、にやりと笑ってこう言った。


「旦那、あっし、立派に“代理”を務めましたよ。なーに、あっしもよく、『あんた、男だねえ』なんて言われますからねえ」

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