オリジナルvs.コピー
〈春曇り透かした日には干し物や 涙次〉
【ⅰ】
幕末の上州に、伊達剣先と云ふ男がゐた。伊達と云へば、名門、奥州・仙台藩、伊豫の分家、宇和島藩の末裔であつたか。多分彼は勝手に「伊達」姓を名乘つてゐただけであらう。
その証拠、と云つては何だが、彼は「侍」としての身を持ち崩し、博徒の群れに身を投じてゐた。ヤクザだか侍だか、丁度その中間點にゐたと覺しい。
漫画に二次作品がある如く、オリジナルにはコピーあり。逆もまた然り、である。
鞍田文造はその伊達剣先をオリジナルとして、カンテラに投影してゐたのではないか、と云ふ事も考へられた。一本刀の落とし差し、左利きである事、赤銅色の肉體、一本に結つた赤髪、皆、カンテラと伊達剣先に共通した特徴である。
【ⅱ】
鍋屋横丁裏手の、安保さんの邸宅。人には、每夜惡夢を見る「魘され型」と、すやすやと眠る「安眠型」とが、ある。安保さんは後者であつた。と云ふか、每日の勤めを濟ませてしまへば、その身は疲れ切り、勢ひ、眠りの世界は恰好の逃避の場だと、云へなくもなかつた。
その安保さんが、今夜は魘されてゐた。秘書のロボテオ(1號)が、心配さうに彼の顔を舐めてゐる。
彼が今見てゐる夢は、ロボテオの技術を投入し、ロボットのカンテラを造る、と云ふものだつた。肉體の担当は安保さん自身で、それは完成し、後はテオが、カンテラの性格、彼の癖、彼の闘技に関する知識、をスーパーコンピュータの頭脳にインプットするだけ- だが、それは、安保さん自身の「掟」を破るものだつた。
それは、神の領域であり、一介の技術屋である、俺などが、その開發に手を染めるもんぢやない。事實上、「ロボカンテラ」の製作は可能であつたが、安保さん自身がそれを自らに禁じてゐる事だつたのだ。それもまた、オリジナルとコピーの問題、である。
【ⅲ】
鞍田文造がやつた事- それは、やはり「神の領域」を犯す事であり、それがゆゑに、彼は己れの「子」、カンテラに滅ぼされたのだ。安保さんは夢見、そして自分を責め、そして目醒めた。寢汗をびつしより掻いてゐた。
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〈神がゝり春眠短き朝であるその目醒めには違和感殘る 平手みき〉
【ⅳ】
魔界。ルシフェルは、魔道に墜ちた者の事を、よく記憶してゐた。従つて、鞍田なる男がゐた事も、よく覺えていた。伊達剣先の事も、薄々、使ひ魔たちの報告に訊いてゐた。
彼は、安保さんの夢にハッキングした。ハッキングは何もテオの専賣特許ではない。そこからコピーを取り、ロボ剣先を造らうとしてゐる- もし實現すれば、カンテラvs.カンテラ、と云ふ事も可能なのだ。ルシフェルの東京制覇のためには、だうしてもカンテラとその一味が、邪魔なのだ。コピーがオリジナルに克つ事が出來る譯はなからう。その目論見は、彼を鼓舞した。
【ⅴ】
目論見通り、ロボ剣先(伊達剣先、と作者は敢へて呼ぶ)は完成した。伊達剣先、この左利きの剣客を、カンテラにぶつける。カンテラが強いのは、彼が左手で剣を操る事に、多く拠つてゐた。(現代剣道は、右腕に比重を置き過ぎてゐる。左で剣をる繰る事は、それ自體、一つの大きな「技」なのである。)しかも、ロボットなら、同じ不死の身である。
夢の中での對決では、ルシフェルは滿足しない。そこに、前回の、遷姫奪回の為、また、悦美への忠誠から、魔界撲滅を獨り圖らうとしてゐたカンテラの思惑が、絡んだ。カンテラは私費を投じ、怪盗もぐら國王に、例の「思念上」のトンネルを掘る事、依頼してゐたのである。伊達を人間界に送り込む必要さへ、ない。敵は自分から魔界へやつて來る。何もかも、ルシフェルにいゝやうに動いてゐた。
【ⅵ】
だが、秘密裡に國王は、トンネル堀りの件、じろさんに打ち明けてゐた。カンテラには極秘条項である由、聞かされてゐたが、「なんだかカンさん、思ひ詰めた表情でしたよ」と、國王は云ふ。
「なんだ俺たち、仲間ぢやないか。秘密なんて水臭い」と、じろさん。國王「彼の後を追つてみませう。そしたらだう云ふ譯があるのか、分かると思ふ」
安保さんの許に、テオからメールが... 最近變はつた事はないか、と。使ひ魔「シュー・シャイン」が、逐次魔界の狀況を調べ上げてゐた。安保さんは、惡夢の件をテオに話した。
テオの靈妙な頭脳が働く。「大變だ! これつて、カンテラ兄貴の一大事ぢやないか!!」-話を総合すれば(一味には、伊達剣先の事は分からなつたけれど)、ルシフェルが、ロボット版カンテラを用いて、カンテラに挑戦して來る、その事が「讀めた」。
【ⅶ】
事件の中心となつてゐるのは、カンテラの思ひ詰めた心(鞍田の、カンテラ「冷血化計画」は、こゝにきて、打ち破れ去らうとしてゐた。何故ならば、今のカンテラには、仲間、と云ふものがあつたからだ)と、安保さんの惡夢に、あつた。
「安保くん、きみも魔界に足を踏み入れてくれ。だうやら、きみの夢がキイとなつてゐるやうだ」と、じろさん。と、云ふ譯で、じろさん・國王・安保、と云ふ珍しい顔合はせの連合軍が結成され、カンテラの後を追つた。
果たして、カンテラは、自分のオリジナルを忠實にコピーした(やゝこしいが)伊達剣先に、勝つ事が出來るのか。事態は錯綜の相を帯びた。そこには、剣と剣との應酬に依る、死闘が待ち受けてゐた-
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〈赤き髪剣士二人の春模様どちらが初手を制するものか 平手みき〉
詳しくは次回。そんぢやまた。アデュー!!