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繰り返す日常の中で。  作者: 理春


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第5話

卯月さんが連れて来てくれたのは、都内の商店街沿いにある、お洒落なイタリアンレストランだった。

ギラギラした装飾がされている入り口ではなく、素朴な木目が目立つ外装と控えめな看板、心地いいドアベルを引いて入店すると、内装のテーブルや椅子も、簡素なデザインの家具が揃えられた、落ち着く雰囲気の店だった。

空間を邪魔しない程度に観葉植物があって、騒がしくなく、店員さんたちがニコやかに応対しながら、窓際の席へと案内してくれた。

さっと椅子を引く彼の向かいに腰かけると、卯月さんはチラっと俺の表情を窺いながら、ゆっくり腰を下ろした。


「・・・どうかしました?」


わずかに視線を泳がせる彼に問いかけると、またその綺麗な瞳を細めて何気なく微笑む。


「ううん。・・・・以前イギリスに行った時ね?向こうの教授と会合があって・・・食事をしてる時に言ってたんだけど・・・『日本人はデートの時、女性が座る椅子を引いて差し上げないのか?』って聞かれてさ・・・それが当たり前だと思ってたって。」


「ああ・・・まぁ英国の方は、レディーファーストが染みついてるのかもしれませんね。」


「そうだね・・・。」


「・・・俺にはしてくれなくて結構ですよ?」


「・・・そっか。」


「ふふ・・・」


何だかまごまごする様子が可笑しくて笑うと、彼も同じように笑みを落とした。


「・・・デートなんてする機会ないから・・・どうするものだっけって、今朝色々考えてたんだよ。」


自分も同じように思ってはいたけど、卯月さんが思うには意外で、まずは手始めに無難な会話をチョイスした。


「そうなんですか・・・。卯月さん、お誘いを受けることなんて多いんじゃないですか?」


すると彼はビー玉みたいに澄んでキラキラした目で、真っすぐ俺を見た。


「・・・そうだね・・・誘われることは多々あるけど、一緒に遊びたいなって思う人がいないから、断ってきたかな。」


「そうですか・・・。じゃあ、俺はラッキーなんですね。」


そう言いつつメニュー表を手に取って、ランチに良さそうなセットにいくつか目を通した。

苦手な食べ物は特にない方なので、知らない店では目についたものを適当に頼むのが常だ。


「・・・俺このランチセットにします。・・・卯月さんどうぞ。」


「ありがとう。・・・どうしよっかなぁ・・・。」


頬杖をついてワクワクした様子で目移りさせる彼は、一生懸命こちらの呼吸を計ろうとしているのかもしれない。

けどこちらはあくまで、自分の姿が見えず、イケメンを前に選択肢を吟味しながら、セリフを選ぶ主人公。

恋愛ゲーム系のSE担当も何度かしていたし、個人的にもプレイしたことは多々ある。

難しい点があるとすれば、選択肢のセリフは即興で作成しないといけないということと、選ぶ際に時間が止まる、あの考える場面がないこと。

俺はシナリオライターではないし、それ系の才能は一切自分に感じてこなかった。

けどプログラムを組み立てることは専門だ、適切なセリフを瞬時に選び出すしかない。

彼がメニューに悩んでいる間に、いくらか会話を脳内シュミレーションしておくか。


「ん~と・・・これにしようかな。すみませ~ん。」


彼が店員さんにスムーズに注文をしている間、次の質問を選んだ。

あまりにこちらが受け身ではつまらないし、そつない会話でリズムをつけるのは大事だ。

店員さんがテーブルから去ると、彼は手元のおしぼりを開けて手を拭った。


「卯月さん、イギリスへの出張はどういうお仕事だったんですか?」


単純に国立大学の准教授が、どういう目的で海外出張に行くのか知らないので尋ねた。


「ああ、ちょっと気になる論文があってさ・・・その界隈では有名な教授なんだけど、詳しく知りたかったし、講義を受けてみようと思って行ったんだ。」


「・・・そうなんですか・・・。あの・・・無知で申し訳ないんですが・・・生物学者って、どういう仕事内容なんですか?」


「えっとね・・・俺はT大で准教授として授業もしながら、研究所で基礎研究をやってるよ。簡単に言うと・・・遺伝子とか細胞の研究かな。」


「へぇ・・・。」


あまり凡人の俺が考える程、複雑な職業ではないのかな・・・?


「月山さんは・・・どうしてSEになったの?」


「あぁ・・・えっと~・・・単純にゲームが好きで・・・プログラミングもそこそこすぐに出来るようになったので・・・何とかスキルつけて就職出来ないかなってやってみたのがきっかけですかね。」


「ふぅん・・・そうなんだ。・・・・ところで、前に電話かけた時から・・・俺ため口で話しちゃってるんだけど、大丈夫?」


「・・・?特に気にしてません。」


「そっか。」


彼はまたニコリと笑みを返して、お冷にそっと口をつけた。

そして少し考えるように目を伏せてから言った。


「・・・生物学者だって自己紹介すると、少し物珍しがられるんだけど・・・雇われて勤めてるサラリーマンなのは変わりないからさ・・・。そうだ、俺もゲーム好きだから、月山さんのこれまで携わったゲーム製作の話とか聞きたいな。」


至って真面目で、興味深そうに目を輝かせる彼を見て、何だか興を削がれてしまった。

その後仕事の話を簡単に説明しているうちに料理が運ばれてきて、また何気ない会話をして、何でもない質問をしあった。

想定していた会話デッキではあるけど、何ともつまらない、俺が嫌いな普通のやり取りだった。

けれどどうしてか、そんなそつない会話を繰り広げても、いまいち彼の人となりが不透明で、誤魔化したり装っている風でもないのに、生真面目な印象が逆に不自然に思えてきた。


「今日はありがとう、月山さん。」


「いえ・・・美味しかったですね。ごちそうさまでした。」


「どういたしまして。たまたま調べて見つけたところだったけど、いいお店だったね。」


彼はまた爽やかな笑みを浮かべて言うと、気遣って助手席のドアをさっと開けてくれた。

結構長居していたけど、時刻はまだ14時で、外も人通りが多く、週末の雰囲気で賑わっている。


「送っていくよ。」


当然のようにそう述べる彼は、一切の下心を感じさせない純粋な目をしている。

そしてはたと、この間ミーティングで聞いたミステリーゲームの内容を思い出した。


主人公は冴えないサラリーマン、或る日イケメンな青年と知り合って友達になったが、彼には実は大きな秘密があって・・・意図せぬ事件に巻き込まれていく、という・・・

結論を言うとイケメンがシリアルキラーだったという内容だ。


無きにしも非ず・・・?いや・・・流石に妄想が過ぎるな。


とりあえず脳内の妄想を閉じ込めて、礼を言いながら再び車に乗り込んだ。

けど疑う根拠もなければ、いい人だと決めつけられる根拠もないんだよな・・・。

というかまだ日も高いし、どこかで買い物して行こうかな。

そう思い立った矢先、隣でシートベルトを締めながら彼が言った。


「月山さん、今日はまだ時間ある?」


「・・・はい、大丈夫です。」


「良かった。じゃあ・・・買い物でも行かない?どこか行きたい所があれば一緒に行きたいし。」


「・・・ありがとうございます。じゃあ・・・適当に服とか雑貨とか・・・ブラブラしてウィンドウショッピングしたいです。」


「オッケー、じゃあ表参道か・・・銀座にでも行こうか。」


「はい。」


表参道に銀座ぁ・・・??お洒落過ぎるチョイス・・・というかセレブが買い物する街のイメージなんだけど・・・

どうしよう・・・ファッションセンスないの露呈するし、そこまで服に予算かけたくないんだけどなぁ。

・・・ま、いっか・・・。


見栄を張っても仕方ない。

自分をよく見せて後々良いことなんてないし、見てくれやファッションで幻滅するような浅はかなイケメンなら、こっちから願い下げだ。


「月山さんさ・・・」


「はい」


独り悶々と考えている時間を停止して、彼の柔らかい声に反射的に返事をした。


「最初、緊張してる?って聞いて、何も答えなかったけど、たぶん・・・緊張してたわけじゃないんだよね?」


「・・・・どうしてそう思うんですか?」


「ん~・・・何となく・・・緊張して焦ってる様子じゃなかったし、店内にいたときの動作も所作も綺麗だったし、会話も合わせようとしてる俺に、わざわざ合わせてくれてたように思って・・・。逆に気を遣わせたのかなぁとも思ったんだけど・・・もしかして、あんまり楽しくなかった?」


彼のその芯を喰う問いに、どう答えるべきかと、今だけは考える時間を停止してほしかった。



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