第3話
皆漠然とした不安を抱えて社会人をやってるのかもしれない。
「月山さん・・・気を付けた方がいいっすよ。」
またも不要そうなミーティング呼び出しで出社していた俺は、休憩のために社内の自販機でコーヒーを購入した頃、年もさほど変わらない後輩が愚痴からの流れで言った。
「例のクライアントの笹原さん?でしたっけ・・・さっき俺戻ってくる時に女子トイレの側を通ったら、なんか話し声したんでちょろっと耳に入ったんですよ・・・。そしたら『月山さんに会いたくてミーティングお願いしまくってやっと取り付けた。』とか言ってて・・・」
「・・・・どういうことだろう・・・」
「俺も『え?』と思って、ちょっと立ち止まったんですよ・・・。そしたら『連絡先知りたいのに、会社から支給されてるスマホの番号しか教えてくれない。』って愚痴ってて・・・。他にも『ミーティング終わった後に、さり気なく雑談して距離縮めようとしても、さらっとかわされちゃうし、その社交辞令の微笑みすらかわい~~』とか言ってました。」
「・・・可愛い・・・」
女性からあまり言われたことのない評価だ。
「食われないよう気を付けてくださいね。」
田山さんは、残業による目の下のクマに若干しわを寄せて苦笑した。
そんな彼も、将来へのスキルアップだとか、昇進出来るんだろうかとか、今の彼女とそのまま付き合ってて結婚する流れでいいんだろうかとか、あらゆる悩みを抱えているようだった。
「んじゃ俺、もうそろ戻ります。」
「うん、お疲れ様。」
重い腰を上げて、自販機の前のソファを離れた彼と、「おう」と入れ違いで主任が現れた。
「月山くん、悪いなぁ今日も。すんなり話進んでよかったわ。」
「いえ、特に支障なさそうなら何よりですね。」
「そうだな。」
主任も同じくコーヒーを購入して、湯気の立つ紙コップ片手に腰かけた。
「あの、今日のミーティングって、笹原さんにお願いされたからセッティングしたんですか?」
「あ?・・・・ああ、そうだな。」
「そうですか・・・」
田山さんの話に信憑性が増してしまった。
「何か、気になる点でもあるのか?」
「いえ・・・特に俺が来なくても大丈夫そうな内容だったので。」
「・・・まぁ・・・俺もそうは思うな・・・。けどあれかな?結構長いこと一緒にやってる会社だしさ、今のメンツはこういうゲームにも力入れてますし、新しいメンバーにも共有しておきたいとか、認知しておいてもらいたいなぁってことかもしれんな。」
主任普段は頼りになるのに、今回ばかりは勘が外れてて面白いな。
田山さんがたまたま聞いたことをでっち上げるメリットもないし、事実であればちょっと面倒くさい。
「確かにおっしゃる通りかもしれませんね。・・・たくさん資料もいただいてますし、俺自身興味あるジャンルだったので、十分研究してすり合わせも出来たので・・・もう大丈夫かなと個人的には思ってます。」
主任はふっと笑みを見せて、コーヒーに口をつけた。
「そうだな。もう極力呼び出さないよ、悪かった。」
「・・・はい。」
そう遠回しでもない言い方のせいか、伝わってしまったので話が早い。
「まぁそれはそうと・・・」
主任はまたカップを傾けて一口飲んでから言った。
「今日急に予定が無くなってさ、良かったら飲みに行かないか?」
「・・・・はぁ・・・」
今まで一度も無理な飲み会に誘われたことはなかったけど、何やら話があるような雰囲気を感じ取ったので、了承して日が沈みかけているビル街を出ることになった。
主任はタクシーを手配してくれて、少しお高そうな個室がある和食屋さんへと入った。
てっきり大衆居酒屋にでも行くのかと思っていた俺は、あっけにとられながらも予約席を取っていた主任の背中を淡々と追って歩いた。
「んじゃ、おつかれ~。」
熱燗のお猪口を掲げて乾杯を交わし、爽やかな笑みを向ける主任は、どこか複雑そうな心境を抱えているようにも見えた。
「・・・お疲れ様です。・・・いいんですか?こんな高そうなお店・・・」
「ん~?・・・ま~~・・・。嫁と来る予定だったんだけどね~・・・」
「・・・はぁ・・・」
落すように呟いた主任は、メニューを広げながら一気に哀愁漂っているように見えた。
どうしよう・・・・・これあんまり話聞かない方がいいかな・・・
「断られちゃったから、もったいないし・・・ね?だからおごりだし、好きなもん食べな!」
「はい・・・。」
本人は特に愚痴を聞かせようとしている感じではないので、その後少し仕事の話をしながらも、俺に将来の展望を聞いたり、こういうゲームを作って行きたい、という主任の理想像を話してくれた。
「ほんっと・・・社長はすげぇのよ・・・」
2時間ちょっと飲み食いした頃、少し酔いが回った様子の主任は、尊敬してやまないという社長の話を繰り返した。
とうとう面倒くさくなったので、適当に口車に乗せて主任を誘導して、帰りのタクシーに半ば無理やり乗せて差し上げた。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・」
クソでか溜め息を路上に落として、人もまばらに行き交う飲み屋街を一人でトボトボ歩き出す。
電車の時間を確認したスマホを、再びポケットへと押し込めて駅を目指した。
地下鉄へ乗るため店の灯りを避けるように階段を降りて、頭上の案内板を眺めて目当ての改札を見つけようとしていた時、ポケットで通知のバイブを感じてまた画面を開いた。
酔っ払い主任からの連絡かと思いきや、意外にも卯月さんからだった。
しかしメッセージに目を通そうかと思った矢先、メッセージは削除されました、という表示に変わった。
「ん・・・・?」
送り先を間違ったのかな?
特に気にせず目当ての改札乗り場を見つけて、まだ少し蒸し暑い空気に辟易しながら、ホームに降り立った。
すると再びポケットの中で元気に震えだすスマホが、今度ばかりは勝手に止まらなかったので着信だと気づいて手に取った。
「・・・え?卯月さん?」
どうしたんだろうと画面をタップして耳に当てると、忘れかけていた彼の声が機械音で聞こえた。
「あ、月山さん!前見て、前!」
「え・・・?」
人の少ないホームで、がらんとした線路の先、少し距離のある反対車線のホームに彼が立っていた。
同じくスマホを耳に当てながら、嬉しそうな笑みを浮かべて手を振っている。
「今日帰国したんだ。さっきメッセージを送信したんだけど・・・時差ボケしてて、まずい!今何時かわかんないんだった!とか思ってさ・・・もう帰ってきてるのに・・・慌てて消しちゃってごめんね。」
「ああ、そういうことだったんですね。構いませんよ。出張お疲れ様でした。」
様子は見えるのに声だけが耳元に届いていて、妙な感覚になる。
「ビックリしたよ。最寄りに着いてメッセージ送ろうとしたら、月山さんらしき人が向かいに居て・・・本人だったから良かったけど、ちょっと半信半疑だった。」
「ふふ・・・。あ・・・じゃあおうち近くですか?」
「うん、月山さんは?どこか出かけてた帰りかな。」
「俺は今日珍しく出社してて・・・。その後上司と飲みに行って、その帰りです。」
「そうなんだね。」
・・・しっかし・・・遠目で見ると卯月さんモデル体型だなぁ・・・足長い・・・
高身長で遠くからでもわかる整った顔立ちを、ある程度の距離があるからこそじーっと凝視した。
「・・・いきなりかけちゃってごめんね。」
俺が困っていると思ったのか、彼はそう言葉を漏らした。
「いえ、構いませんよ。後帰るだけでしたし。」
「そっか。・・・あのさ、もし週末空いてたら、食事にでも行かない?」
「・・・はい、行きましょう。」
二つ返事でOKすると、嬉しそうな表情が何となく見えて、声もそれに比例して明るくなる。
「仕事で疲れてたら無理をさせるつもりないし、面倒くさいなぁと思ってるなら断っていいんだよ。」
建前の会話をするのは嫌いだし、もっとめんどくさいことになる前に、俺の方から彼に断る理由を提示することにした。
「いえ・・・卯月さんみたいなイケメンに誘ってもらえるのは嬉しいですし、本当に行きたいですよ。・・・デートのつもりで誘ってくれてるんですよね?」
相手をよく知りもせず、こんな風に言うのはだいぶヤバイ奴だし、そんなつもりない人からしたら『この人はこういう人なのか』と一気に引かせる方法でもある。
正直飲み友達なんて求めていないし、そういう目線での癒ししか願望にないので、ハッキリ伝えるのが手っ取り早いもんだ。
「うん、もちろんそうだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・」
脳の思考が停止していると、急に電車のアナウンスが響き渡ってハッとなる。
「電車来るみたいだね。・・・じゃあまた連絡するね。」
「・・・は・・・はい。」
彼は通話を切って、ニコニコ手を振って改札へのエスカレーターに吸い込まれていった。
「・・・・・・・・?もちろんそうだよ・・・・??」
目の前に停車した電車を前に頭の中はプチパニックだった。




