第2話
忙しい期間に突入すると、時間感覚は無くなってくる。
俺みたいな在宅のSEは正直まだいい方だと思う。
社内でのピリピリした空気や会話に巻き込まれずに済むし、必要な時だけ連絡が来て、すり合わせのミーティングするだけで
職場の人とも、クライアントとも、コミュニケーションは最低限だ。
黙々と一人でこなしていく仕事が得意で、周りに干渉されたくないという人向けだと思う。
「ふぅ・・・」
一区切り終えて、椅子の背もたれをしならせて体を預けた。
しばしボーっとした後、重くなった腰を上げて洗面所へと向かう。
何時間パソコンに張り付いてたかわからないけど、もう夕暮れ時だった。
頭の中をリセットしたいし・・・シャワー浴びよ・・・
もう外出する予定はなかったので、適当にスウェット上下を引っ張り出して、タオルと共に脱衣所の洗濯機の上にドサっと置いた。
パパっと服を脱ぎ捨ててカゴに放り込み、風呂場でいつもより少し熱めのシャワーで体を洗った。
ゆっくりしたい時は湯船に入浴剤を入れてリラックスするのだけど、最近はもっぱらシャワーだけだ。
それでも湯浴みは好きな方なので、一日に何度も入ることがある。
「ふぅ!・・・はぁ・・・」
湯気の立つ風呂場から上がって、タオルで体を拭きながらいると、ふとリビングの方で着信音が鳴っていることに気付いた。
仕事の電話だといけないので、裸のまま急いで取りに行くと、画面には理人の名前とビデオ通話の着信表示だった。
「え・・・?」
一瞬思案したけど、とりあえず急ぎだといけないので通話ボタンをタップした。
「もしもし」
「あ!と・・・・・あれ、灯くんもしや風呂入ってた?」
「あ~うん・・・どうしたの?何かあった?」
画面に映っている裸の俺を見て、理人は露骨に焦っている様子だ。
照れくさそうに視線を動かしながらはにかんで言った。
「や・・・さっきまで友達とグル通してたからさ・・・そういや灯くんにビデオ通話とか今までしたことなかったなぁって思って・・・興味本位でいきなりかけちゃったんだよね。驚かそうと思って・・・俺が驚いてるっていう状況・・・w」
「はは、そうなんだ。」
「いやでも、とりま着替えてもらって・・・風邪ひくし・・・」
可愛く照れ笑いしてる理人が尊くて、緩む頬を抑えられないまま、彼の言う通り一先ず通話を切った。
「あ~あ、かわい・・・。仕事終わりのご褒美だよこんなの・・・」
独りニヤニヤしながらそんなことを呟いて、再びかけ直したけど、通話中なのか理人が出ることはなかったので、しょうがなく夕飯の支度にとりかかった。
「あ・・・・」
理人からの着信で、数日前名刺をもらった卯月さんのことを思い出した。
「ん~・・・」
鍋で湯を沸かしながら、何と連絡するべきか悩んだ。
深く考えてもしょうがないのだけど、いまいち彼がわざわざ連絡がほしいと言った理由が、腑に落ちていない自分がいる。
けどそもそも卯月さんは初対面・・・?だったし、どういう人なのかわからない。
ゲーム友達がほしいってのは、別にネット内でいくらでも済む話だし、偶然が重なって再会した成人男性に、積極的に仲良くなろうと声をかけるもんだろうか・・・
運命的な再会だと、ロマンチックに感じるタイプの人だったとか?
「まぁいいか・・・」
何はともあれ、連絡を取って一度食事にでも行って、真意を探ればいいだけの話だ。
イケメンは目の保養だし・・・・
「案外スーツ補正かかってただけで・・・昼間に会ったらそうでもなかったりしてね~。」
値踏みするような立場じゃないけど、あっちだって何か俺を特別親切でいい人と思ってる可能性だってある。
理想を抱くタイプの厄介なイケメンだった場合は、早々に打ち砕いてあげなきゃ。
「後はあれだなぁ・・・」
そこそこ俺は平均身長より高い方だけど、彼が高身長だったから・・・ワンチャン俺を中性的な女性と勘違いしてるパターン?
もしくは中性的で従順そうな男の子(*´Д`)ハァハァって思ったとか?
実はあのお誘いナンパだったのかな・・・?
何にしても想像ばっかで真実はわからない。
指先を画面に滑らせて、適当な挨拶文と、『その後コラボ商品は買えましたか?』と送っておいた。
その後休憩を取りつつも、なんだかんだパソコンに向かって仕事の続きをしてしまっていた時、手を止めたデスク隅のスマホから、静寂を破る通知音がピコンと鳴った。
時刻は深夜1時を回っていたけど、卯月さんからの返信だった。
丁寧な文章とともに、連絡が取りやすいように連絡アプリのIDが添えられていた。
追加しようと画面に触れようとした時、また追加でメッセが届いた。
そこには・・・
『すみません!今仕事でイギリスにいまして・・・日本が何時か確認せずに送信していました。お休み中でしたらごめんなさい・・・。』
「イギリスに・・・。出張かな?・・・結構おっちょこちょいな人なのかな。」
送られてきたIDで彼を連絡アプリに追加して、在宅ワークなのでまだ仕事中だった旨を伝えた。
その後は労いの言葉と気遣い溢れる文章が返ってきたので、疲れていたし向こうも仕事中だろうから、会う予定を立てるのは後日にすることにした。
ん~眠い・・・今日はもうおしまい・・・
パタっとベッドで眠りについて、翌日は休みだったため、何度か鳴るアラームを止めながら、意識が戻った時は、もう外の日は高かった。
「ん~~~~・・・・」
半ば無理やりに頭を起こして、ベッドに座り込んだままボーっとする。
このままだと永遠に目は覚めないので、スマホに手を伸ばして動画サイトのアプリを立ち上げる。
適当に登録しているチャンネルの動画を再生して、音量を大きくした。
それで何となく脳が起きてきて、目も覚めてくる。
9月も終わりがけ・・・これ以上台風が来ないことを願いながら、そろそろ理人は夏休みが終わる頃だろうかと思い耽る。
自分自身、大学生活は2年で中退してしまったために、履歴書に書く学歴としては中途半端なものになってしまったけど
理人に関しては、国立大学法学部の2年生だ。
そういや・・・いつだったか、意中の男の子の話を聞いてから随分経ったけど、今現在付き合ってるんだろうか・・・
想像しても答えは出ないけど、何というか・・・社会人になってから時間の進むスピード感が違い過ぎて、自分の知らないうちに周りは変化していくばかりだった。
そこまで交友関係が広いわけではないけど、数少ないかつての学友は、もう結婚した人もいるし、SNSを覗けば子供の写真を載せている人もいる。
他には、転職しただとか・・・恋人と別れただとか、はたまた新しい出会いがあったとか・・・さまざまな転機が訪れる20代半ばを、皆謳歌してるように見えた。
学生を終えてから、ある意味激変していく時期でもある。
洗面所で淡々と歯を磨いて、洗顔をして、朝のシャワーを浴びて
移り変わる季節の中、仕事をこなして、周りの変化に目を向けても、実はさして何の感想も思い浮かばない自分がいた。
心の中は、何かが足りなくて乾いていく。
だけどそれが何だと言うんだろう。
理人に対しての恋心が、燻っている火が、何度も再熱しそうになっても
その度に、俺のためを思って在り方を変えようとする理人を見ていると、健気で愛おしくて仕方なかった。
だからもういっそ、どれ程会いたいと呪文のように心中で繰り返したとしても
フェイドアウトするように、この気持ちが消えればいいと、そう思っている。




