第1話
最後に会ったのはいつだろう・・・
と思う程、日常が淡々と過ぎていった。
別に倦怠期のカップルでもない。そもそも付き合ってない。
俺と理人は、単なるいとこ同士。
「はい・・・はい・・・承知しました。ではそれで進めていきます。はい・・・失礼します。」
上司からの通話を終えて、また自室のパソコン画面と向き合い、指を動かす。
仕事の内容が脳内にあっても、俺は一息つく度に理人のことを考えるようになった。
連絡用アプリを開いては、何か送信しようか迷って、距離を保つという目標を持ったがために、他愛ない会話すら自然に出来ない自分がいた。
俺と理人は、幼い頃から一緒に育ち、一緒に遊んで勉強して成長して、子供らしく恋愛感情に盲目になった理人に付き合って、体の関係を持ってしまい
その後疎遠になって再会して、また肉体関係を持って、なんやかんやあって甘い関係を断ち切る選択を下した。
けど正直今の心中としては、凪いでるなぁ・・・・という感覚。
諦め、とも少し違う。
会ってしまえば浮かれる程好きだと感じてるのに、離れていると現実と向き合って仕事をしている社会人でしかなく
無為で不毛な気持ちは、繰り返すべきじゃないと、もうこの年になればわかる。
それに・・・もう無理やり自分で終わらせたも同然で・・・
最後だと思いながらあの日、暗闇に囲まれた二人だけの場所で
好きな気持ちをぐちゃぐちゃにしながら捨てたくて、理人を抱きしめてキスをした。
きっともうそれから時間が経過して行けばいくほど、無かったことに出来る。
パソコンのタイプ音だけを部屋に響かせて、時々立ち上がって体を伸ばして
休憩にコーヒーを飲んだり、ご飯を食べたりしては、また机に戻って
そうしているといつの間にか、カーテンの隙間から見える外が暗くなっていて、朝に干した洗濯物の存在を忘れていることに気付く。
「ふぅ・・・今日はこのへんにするか・・・」
パチンとエンターキーを弾いて立ち上がり、カーテンを引いてベランダの窓を開けると、住宅街の町灯りが寂し気にぽつりぽつりと目につく。
近所のコンビニだけが、一際煌々と灯りを放っていて、ふと思い出した。
「そうだ・・・今日からだっけ・・・」
うちの会社のソシャゲの中では、一番代表的なゲームのコラボ商品が、今日から全国のコンビニで発売開始している。
俺はSEだから商品開発に関与しているわけじゃないけど、公式で見た感じじゃ、なかなかユニークなものも多くて、興味をそそられる食べ物が色々あった。
洗濯物をパパっと畳み終えたら買いに行ってみようかな・・・。
売れ行き具合も少し気になるので、片付けを終えてから身支度を始めた。
適当なスウェット姿にサンダルを履いて、自宅のドアを開けると、ポケットに入れていたスマホから通知音がした。
鍵を閉めながら片手で取り出して画面を開くと、なんと理人からのメッセージだった。
「・・・・」
一瞬脳内が停止したけど、指先を動かして確認する。
するとそこには『最近会ってないけど、元気にしてる?仕事無理してない?』と、気遣い溢れる文章があった。
頬が緩みそうになりながら、エレベーターまで足を向けつつ素早く返信を打った。
「大丈夫だよ・・・。ん・・・それ以外なんて返そう・・・・。いっつも返信考えるのに時間使っちゃうんだよなぁ・・・。テンポよく返信した方が会話続くよなぁ・・・。」
大丈夫以外の言葉がなかなか思いつかないまま、目の前についたエレベーターに乗り込み、尚もまごまごしつつ画面を眺めた。
会いたい、なんて素直に送るのはさすがに気持ち悪いし・・・
聞いてもない近況を長々と書き連ねても・・・どうでもいいかもだし・・・
はっ!そうだ!
「(大丈夫だよ・・・俺も・・・理人どうしてるかなぁって・・・思ってた・・・とこだよ・・・と。)」
これは最適解じゃないか?
タン!と送信をタップして、再びポケットにしまって、目の前に開いた外へと歩き出した。
生温い空気を肌に受けて、上機嫌に歩き進めると、コンビニ前の横断歩道を待つ頃にまた通知音がした。
さっとまた手元に画面を開くと、そこには短く返信が綴られていた。
『今度また遊びに行く~。』
「ふふ・・・可愛い・・・」
気兼ねない親戚同士の会話らしくて、甘えてくれてるのがよく伝わる文章。
理人は知らないんだろうな・・・こんな何気ないやり取りだけで、俺が浮かれてること。
青信号を渡って、煌々と辺りを照らすコンビニへと入った。ひんやりエアコンの効いた空気が心地いい。
また返事を送信して、店の商品を物色しつつコラボ商品を探した。
菓子パンや総菜、スイーツが並んでいる棚を見てみるけど、どうにもそれらしい物が見当たらない。
仕方なく近くのドリンクコーナーに目を向けると、一つだけ・・・コラボのコーヒーが残っていた。
もしかして・・・全部売れた・・・?
人気を侮ってたか、それとも特別ここのコンビニが仕入れる量が少な目だったか・・・。
いずれにしても、無くなる程だったら、もう少し明日からは追加発注してくれるかもしれない。
コンビニ前の幟にもコラボのイラストで堂々と宣伝されていたし、店内にもポスターやポップが見受けられる。
自分が担当しているゲームじゃなくとも、会社自体の売り上げに貢献されるものだし、上々な人気に安心した。
コーヒーだけを清算して、イラストがあしらわれているパッケージを確認しながら、ちゅーっとストローを吸って味わう。
うん、味もいい。甘すぎないし。
店の前で一口飲んで、また歩き出そうとした時、入り口の側にいた男性が呟いた。
「あれ・・・?」
視線を感じて反射的に顔を向けると、理人よりも背丈のある(恐らく180センチ以上の)男性が、じっと俺を見て思い出したように目を見開いた。
「・・・あの・・・電車で鍵拾ってくれた方ですよね?」
電車で鍵・・・・・・・
「あ~~!はい・・・えっと・・・」
その時のことを思い出しはしたものの、落とし主である男性の顔をぼんやりとしか記憶していなかったので、改めてスーツ姿のその人を凝視した。
「やっぱりそうだ!あの時はホントにありがとうございました。」
「いえいえ・・・」
ペコっと頭を下げたその人は、よくよく見るとかなり目鼻立ちの整ったイケメンだった。
等身も長くて、細身な体系にスーツ姿が映える。
「俺実は・・・その前も2回ほど自宅の鍵無くしてたことがあって・・・弟に散々怒られてたんで、あの時ホントに助かりました。」
苦笑いしながら言う彼は、恥ずかし気に頭をかいた。
「そうだったんですか・・・。それは・・・運よく拾えてよかったです。」
「ええ、ホントに。お礼したかったなぁって思ってたんです、こんなところで遭遇するなんて・・・」
「そんな・・・たまたま拾っただけですし・・・」
「でも・・・あ!!それ、カラレスのコラボ商品ですよね?」
「え・・・あ・・・はい。Colorless moonプレイされてるんですか?」
俺が買ったばかりのコーヒーのパッケージを見せながら言うと、その人はガサガサと目の前のコンビニで購入したであろう袋を探って商品を出した。
「はい!プリンと、焼きそばパンしか残ってないなぁって思ったんですけど、コーヒーあったんですね!」
「はい、一つだけ。・・・随分売れ行き良かったんですかね。またコンビニで見かけたら、他の商品買うことにします。」
目の前のスーツのイケメンは、ふふっと爽やかな笑みを見せて言った。
「俺も見かけたら買います・・・。・・・・そうだ、お礼って程じゃないですけど、良かったらプリンか焼きそばパン、もらってくれませんか?」
「え・・・いや・・・そんな・・・」
急な提案に遠慮すると、彼は尚も気遣いを見せて言った。
「どっちも嫌いじゃなかったら、ですけど・・・」
「・・・じゃあ・・・プリンを・・・」
断るのも何だか悪い気がして手に取ると、また彼は嬉しそうに微笑んでくれた。
受け取った商品のパッケージを眺めていると、彼はスーツの胸ポケットから名刺を取り出して続けた。
「俺、普段は名刺持ち歩くようなもんじゃないんですけど・・・。今日はたまたま仕事で人と会ってて・・・。生物学者をしていまして、T大で准教授をしてます、卯月 望奈人と言います。」
T大・・・
差し出された名刺を受け取って、中央に書かれているその名前をなぞるように目を通した。
「・・・仕事ばっかりだとゲーム友達なんてなかなかいなくて・・・・良かったらカラレスの話したいし、もし時間があって機会をもらえるなら・・・そこに書いてる電話番号に連絡もらえないですか?・・・もしくはショートメールでも。」
特にソシャゲをプレイしているわけではないし、自社コラボの偵察だったけど・・・何だかイケメンにお誘いいただけるのは、まんざらでもなかった。
「ありがとうございます、ご丁寧に・・・。では都合がつきましたら連絡します。」
社交辞令のような返事をしてしまったけど、卯月さんは一つ頷いて、それじゃあ・・・と駐車していた車に乗り込んで去って行った。
蒸し暑さの中、もらったプリンを袋に入れて家路につく。
何というか・・・こんなことも起こりうるんだなぁ・・・。
別にナンパされたというわけじゃないし、向こうは普通にお礼と挨拶プラス、社交辞令ってとこだろうと思う。
けど正直、マッチングアプリでもあんなハイスペのイケメンと知り合えることはそうそうない。
かと言って・・・
閑静な住宅街で、一人トボトボと歩きながら、ぶり返すモヤモヤした気分に息をついた。
けどイケメンは大抵裏がある。それは経験上わかってる。
だとしたら・・・一番いいのは・・・・「気の合う友達になる」っていうのがベスポジかな。
イケメンからのお誘いに、早々に結論を出して、もう次に考えていたことは仕事の事だった。




