毒
本来鳥樺は発言できる立場じゃない。
だが、このままではこの事件が終わることはないだろう。
終わったとしても、その片づけられ方は間違っていて、真実は迷宮入りだ。
鳥樺は早くこの話を正しく終わらせて、無駄な気負いなく美味しく月餅を食べたいのだ。
鳥樺は野次馬にいた侍女らしき女性に話しかける。
貴人などはともかく、従者に話しかけたところで、鳥樺のことを咎める者はいないはずだ。
それに、誰もが鳥樺の言った事件の犯人とやらが気になっている。
鳥樺の発言を遮る者はそれこそ犯人である。
「そこのあなた、少しいいですか?」
「な、何でしょう?」
従者は戸惑いつつ前に出てくる。
「猛然さまは落花生や胡桃をよく食べられるのですか?」
「ええ。とくに落花生を。栄養価が高く体にも良く手も汚れないということで、仕事の忙しい最近は胡桃や落花生、果実などを仕事の合間に。近頃は主食のようになっておりました」
それだけで主食になるかは怪しいが、時期も時期で忙しかったのだろう。
しっかり食事を取ってなかったということだ。
不健康なものである。
「では体調の方は?」
「近頃は体調は優れなかったように思われますが・・・何か関係があるのでしょうか?」
「ええ、食事をとらねば免疫力は下がります。毒の影響も強まります」
鳥樺は澄ました顔でさらりと言う。
だが、誰もがその言葉を聞き止めた。
「どういうことだ?これは毒殺ということか?」
音繰は代表して誰もが思った疑問を眉をひそめながら迫る。
相手から聞いてくれると楽である。
「毒殺、というと少し間違っているような気がしますが・・・それ自体に毒はなくとも、人によっては毒となるものがあるのですよ。猛然さまにとっては、落花生か胡桃が毒だったのでしょう」
「そんな、ありえません!!」
鳥樺の言葉を遮り、そう強く否定するのは先程話した侍女の後ろにいた女中である。
皆の視線がそちらに向く。
「その落花生や胡桃は私の実家で育てているものです。市にも売りに出しています。毒なんてありません!!それになにより、猛然さまは昨日までは胡桃も落花生も普通に食べておられたのですよ!」
「ですが、猛然さまを殺したのはこれらの木の実であるのは事実です」
鳥樺のはっきりとした否定に、女中は言葉を失う。
女中にとって、その落花生や胡桃は自慢のものなのだろう。
鳥樺は卓上の落花生を割って中身を摘み、口の中に放り込んだ。
落花生は初めて食べる。
特有の濃厚な風味が広がる。
嫌いじゃない。
つまみにいいし、値段によってはうちで飼う鳩の餌にもよさそうだ。
「な、何をしているんだ、毒じゃないのか!?」
音繰含む一同は慌てるが、鳥樺は忠告を無視してごくりと飲み込む。
「言ったでしょう?それ自体に毒は無いと。問題があったのは食べた本人の体質です。私にとっては毒じゃありません、たぶん」
もし運悪く鳥樺の体質で落花生が毒になるならば、ひどい場合、次の瞬間に鳥樺は猛然と同じく死に至っているだろう。
だが折角の機会なのだ。
落花生が食べられるものなのか、試してみる価値はある。
逃げていては一生食べられない。
なんなら美味しかったのでもう一つ食べたいが、それは流石に遠慮しておく。
一応死体の前である。
「猛然さまも、はじめはなんともなかったはず。ですが最初はなんともなかった食べ物でも、同じものばかり食べていると、ある日突然その食べ物を体は毒だと認識し害をなすことがあります」
「なんだと?!」
音繰ははっとなる。
どうやら言いたいことは伝わったようだ。
物わかりがいい人間は説明が少なくて済むのでいい。
「その原因は様々ですが、一つは心的負荷や栄養、睡眠不足だと思われます。そこでしっかり休養をとればよかったのですが、猛然さまは体に良いとされる胡桃や落花生をさらに食べるようになった。それこそ、それらが主食に代わるほどに。違いますか?」
「そ、そのとおりです。食事をとる時間が惜しい、これでいい、と・・・」
侍女のお女はしゃがみ込んで深く泣き出す。
後悔しているのだろう。
あのとき、無理やりにでも休ませていれば、しっかりとした食事を食べさせていれば、と。
落花生は栄養価も高く体によいというのは正しい。
だが、どんな食べ物も食べすぎると毒になる。
次食べるときには、その食べ物は体内で毒と認識される。
「体に合わない物を大量摂取すれば、呼吸困難、最悪は死となります」
猛然の体には赤い発疹があり、首に手をやっていた。
また、体を引っ掻いたあとがある。
その人間が食べられないものを食べてしまうと、体に発疹ができたり、痒くなったり、腫れたりと、またはそれが原因で呼吸困難などで死に繋がる。
今回の死因はそれだ。
栄鴉ではそれを过敏症というらしい。
基本的にそれは生まれつきだが、稀に今回のようなことが原因で突然発症することがあるらしい。
音繰は顔を曇らせ、侍女や女中たちは顔を手で覆う。
野次馬はがやがやと騒ぎ始める。
「では、事故ということか?」
「ええ。この状況はそうでしょうね」
(それでもやはりきな臭い)
この事故が意図的ならば、それはたちまち事件に変わる。
そして仮にそういうことなら、悪知恵の働く者が考えた殺人だ。
この事件は無知な者からすれば毒殺だが、知識ある者から見れば真相はすぐに分かる。
そして分かるものはこれを事故だと思い込む。
事件は知識ある者が事故として片づけ、知識ないものもそれに素直に従い、それが意図的に起こされた事故、要するに計画的な殺人である可能性は忘れ去らせるのだ。
知識があるゆえに騙されてしまう。
裏の裏をかく性悪な作戦だ。
まあ、これはあくまで殺人である可能性下での話であって鳥樺の考えすぎだろう。
そこのあたりは鳥樺がどうこう言うことではない。
余計なことは言わないのが身のためだ。
もし猛然の死が、人為的に計画されたものならば、ある意味これも毒殺である。
もしそうならば、外交官の死もどうなのかという話だ。
そこを問い詰めるつもりはないし、それを考えるのはもっと上の人間の仕事だ。
(ん・・・?)
遺体に被せた布の隙間から手が覗いている。
その手は日焼けしていて荒れて分厚く、机に向かう執務官というより労働者のような手をしている。
武官にしても筋肉が少なく、剣を握る手じゃない。
『美食家の方だったのに、食事を拒むとはなあ』
(美食家だと?)
鳥樺は野次馬のひとりごとに反応する。
美食家が時間を惜しんで食事を拒み、同じものを食べ続けるだろうか。
『おしゃべりな方だったのに、最近は全く口もきかなかったのよ』
『人柄も変わったっていうか・・・流行を嫌う伝統的な人だったはずなんだけど、覆面なんてつけ始めるし、誰が誰だか分からないわ』
鳥樺ははっとなり、遺体の覆面に手を伸ばし、触る寸前で引っ込めた。
(やめよう)
事件は終わった。
もうあとは医官と上がなんとかするだろう。
ふと、鳥樺は街に来た訳を思い出す。
「それより音繰さま」
「なんだ?まだなにかあるのか?」
「いえ、早く帰りましょう。こんなつまらない事件にかまっていると月餅が傷みますよ」
鳥樺の本音に、音繰は絶句する。
自覚のない鳥樺はきょとんと首を傾げるしかなかった。
お読みいただきありがとうございます。
7話目の投稿です。
投稿をはじめてちょうど一週間になりました。
はやいものですね。
これからも何卒よろしくお願いいたします。