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放牧の姫  作者: オキ
西都編
6/28

死体

 外交大使館と呼ばれる場所は、街が見渡せる程度の高台にあり、近くには羊笙と会った屋敷が視えた。

 羊笙のいた場所は領主の邸宅らしい。


 このあたりの地域では貴重なはずの木が豊富に使われており、中庭にはみずみずしい葉を携えた木も生えていた。

 街の騒がしさも無い、凛とした空間だ。


 外国大使館は、流石に領主の邸宅には多少劣るが、大変贅沢な建造物であった。


 見たところ、高台には政と外交関係の建物が立ち並ぶ区間が広がっているようだ。


 外交大使館はその名の通り外交用の建物で、普段は交流のある外国外交官の滞在場所兼外国貴族の別荘となっているらしい。

 国ごとにあるらしく、今鳥樺がいるのは栄鴉の大使館だ。


 音繰は今回、ここの猛然(モウネン)という外交官に用があるとのこと。


 外交大使館になんの用かは知らないが、知るつもりもない。

 ついて行ってもいいようなのでついて行く。


 栄鴉の大使館の中は栄鴉風で栄鴉の言葉が殆どで、異国にいるのように感じられた。


 だが、話を聞いていると、不穏な話が伺えた。

 音繰は分かっていないのか、表情一つ変えずに廊下を歩いているのでそっと耳打ちする。


「音繰さま、死人が出たようですが」

「何を言っている?なぜ分かるんだ」


 音繰は怪しむように鳥樺を見下ろす。


 やはり異国語は理解できないらしい。

 西都の人間ならば多少は理解できてもいいものだと思うが、中央から来た人間なのだから仕方がない。


「使用人らの会話でそう言っています」

「言葉がわかるのか?」

「ええ、大体は。知っての通り、私の住む地域はここよりもさらに栄鴉に近いので」


(師匠は栄鴉出身だったしなあ)


 師匠とは、鳥樺に知識を与えた旅人だ。

 師匠と接するうちに、記憶力の良い鳥樺は栄鴉の言葉は書いて話せるようにまで成長した。

 栄鴉と近いこともあり、鳥樺はかなり流暢に話せる。


 他にも哥淑の言葉が少し分かる。

 我ながらかなり有能だ。


 師匠は今どこで何をしているのか、それは知らないが、もし西都にいるならば師匠に会いたい。

 旅人のようであったし、都合よくいるとは思えないが。


 豪邸の長い廊下を進んでいると、一人の男が異国語で話しかけてきた。

 必死に訴えかけるが、音繰はまるで何も分かっていないようで、難しい顔をしてちらちらと鳥樺を見る。


(通訳しろ、と)


 このままでは話も進まないので仕方がなく異国語で男に話をつける。


『医官さまですか!?早くこちらへ!早く!!』


 男はどうやら音繰のことを医官だと思っているらしい。


『すみません、この方は医官さまではありません。こちらにいらっしゃる外交官の猛然さまに用があって来た者です』『そうなのですか、客人ですか、猛然さまの・・・。申し訳ございません、猛然さまは今少々立て込んでおります』


 男は一瞬顔を曇らせ、何事もなかったかのように話す。


 しかし反応からして死んたのはおそらくその猛然だ。


 誤魔化しているが、鳥樺は騙せない。

 巫女の鳥樺にとって、人の心を読むのは難しいことではない。

 稀に羊笙のようなわかりにくい人もいるが、今回は素人でも分かる反応だ。


 少なくとも音繰も鳥樺の訳を聞いて猛然の死を察したらしい。


「猛然殿とは約束をしていた。そんなはずはない」

「ですが今は忙しいのです」


 音繰が蓉の言葉で話すと、男もこちらの言葉で答えた。

 話せるなら最初から話してくれれば、通訳する手間も省けたというのに。


「では死人が出たというが、亡くなったのは誰なんだ?」


 音繰が遠回しに猛然の死を悟っていることを伝える。

 男は顔を暗くして、奥に向かって歩き出した。

 ついてこいということだろう。


「音繰さま、私もついて行ってもいいものですか?」

「ああ、構わんぞ。訳者がいないと困るしな。それに、巫女なんてやってるなら、守秘義務というものも知っているだろう?」


 確かに知っている。

 どうやらこれからは守秘義務が働くらしい。

 怖いものだ。


「それとも、ここに置いていかれたいか?」


 鳥樺ははっとなってあたりを見回す。

 異国の見知らぬ人間が行き交う広場。


 多くの者が鳥樺を見ている。

 気のせいかもしれないが、何者だ、部外者、女が何のようだ、というような目線が感じられる。


「つ、ついて行きます」


 鳥樺は小走りで音繰の影に隠れるようにしてついていった。


 廊下の先には人だかりがあり、倒れた一人の中年男性が皆の視線を釘付けにしていた。


 死体の顔は布が被せられ、見ることができない。

 しかし音繰は腰につけた紐を見て顔をしかめる。


「駐在武官長は昨日まではとても健康にしておられました」


 男は顔を伏せて暗い声で状況を説明する。

 駐在武官とは、軍人でありながら外交官でもある役職らしい。外交官なら、殺された可能性がないこともない。


「ったく、こんな時に・・・」


 音繰は頭を雑に掻きながら、さらに顔を歪ませる。


 なにか特に困ることでもあるのだろうか。

 死人は面倒であるが、人というのはいつか死ぬものだ。

 珍しいことでもあるまい。


「なにか困ることでも?」

「ここだけの話、今回の栄鴉の特使との会談は軍事についての話が主だ」


 その言葉だけで、政治など分からぬ鳥樺でも、面倒なことであることはわかった。


 要するに、今回最もと言ってもいいほどに重要であった高官が死んだというわけだ。

 栄鴉との交渉があるのならば、こちらが不利になる可能性が高い。


 そんな重要そうなことを勝手に鳥樺ごときに話していいのかは分からないが、勝手に聞かされた鳥樺に罪はない。


『先日は蓉の外交官が死んでしまったと聞くが』


 野次馬の中からそんな声が聞こえた。


(外交官も死んだのか?)


 特使が来る前に重要な役職である外交に関する人間が二人も死ぬとは、どうもきな臭い。


 鳥樺は野次馬を見る。

 外見からして、全員栄鴉の人間だ。


(なんで死んだんだろう?)


 病気には見えない。現役軍人ということは、寿命というのは流石にないだろう。


 胡散臭さからすれば、殺人ということもあり得る。


 そもそもなぜ音繰が駐在武官長に呼ばれていたのだろうか。顔見知りというのもあるだろうが、いまいち分からない。


 本来、鳥樺が突っ込むところではないが、気になってしまったら仕方がない。


 鳥樺の知的好奇心を止められるものは数少ない。

 今のところ止められるのは、鳥樺の父親と、鳥樺に知識を与えた師匠のみである。


 そしてこの場にはその二名は存在しない。


「音繰さま、音繰さま」

「なんだ?」


 鳥樺は音繰の服の袖をくいっと引っ張る。


 小柄な鳥樺、音繰は筋肉質な大男である。

 だが、なんだかんだ言って無視することなく、それどころかわざわざかがんでくれるのだから、やはり音繰は優しい好青年らしい。


「あの面布からはみ出ている黒い布はなんですか?」

「あれは覆面だ。口元だけを隠すもので、最近高官の内で流行っている。なんてったって、暗殺されにくくなるのだと」


 確かに、顔が見えなければ無闇に殺しにかかれないだろう。


 だが、それはあくまで大勢が集まる集会などで役立つものであって、特定の人間しか使わない部屋でこれをしたところでわかってしまうだろう。


 少し考えればわかることだが、世の中、馬鹿は沢山いるものだ。外交官とはいえ脳も筋肉でできている武官なら尚仕方あるまい。


(それより、死因が気になる)


 苦しんだあとのように見える。

 首に手をやり、引っかいたあとがちらりと見える。

 首元が赤くなっているのは引っ掻いたのもあるだろうが、発疹にも見える。


 首を絞められたようには見えない。


(殺されたなら、毒殺か・・・?)


 部屋の物は少なく、机と椅子と本棚、散らばった大量の資料。


 机上には燭台と炭と筆、茶菓子としては珍しい胡桃や落花生などが置いてある。

 横の小皿には大量の殻がある。


 茶は無い。

 茶はとっくに飲み終わって下げられ、茶菓子のみが残されたのだろう。


 つまり、使用人の類がこの部屋に入ったのはそれが最後。


 症状は毒っぽいが、しかし肝心な毒を接種した形跡が無い。

 毒物も見当たらない。


 もし毒を接種したならば、毒が混入していた食事が近くにあるはずだ。


 だが、それがない。

 ある食べ物は胡桃(クルミ)落花生(ラッカセイ)のみである。


(・・・ああ、なるほど)


 鳥樺はぺろりと舌を出す。

 猛然を殺した原因が見つかった。


 何らかの方法で直接口に毒が入った可能性もあったのだが、これだけ状況が揃えば、今気付いた説のほうが答えとして有力である。


 それと同時に、はあ、とため息をつく。

 もっと面白みのある事件であれば、と。


 過去に見たことがあるものだった。

 直接口に毒を入れる方法のほうが面白みがありそうであった。


 鳥樺は野次馬たちと音繰の会話に聞き耳を立てる。

 どうやら話は毒殺の方に流れているらしい。


 間違った答えを見逃すのは気分が悪い。


「音繰さま」

「なんだ。今話を―――」

「犯人がわかりました、と言えば?」


 鳥樺の言葉で、一同に衝撃が走った。


 もしこれが殺人ならば、犯人の動揺が見られたと思ったのだが、残念ながらそれっぽい反応を示すものはいなかった。


(煽れるだけ煽っておこう)


 鳥樺は上目遣いに口角を上げ、余裕の表情を見せた。

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