市
火浣布の披露準備、演出等は鳥樺に一任された。
内容は当日のお楽しみだ。
必要なものがあれば遠慮なく言ってくれとのことだ。
羊笙は思っているよりも気さくな人だった。
「そう言えばお前は私を避けないな」
「なぜ避ける必要が?」
羊笙は応える代わりに咳をする。
その咳が原因で避けられた経験があるようだ。
鳥樺は呆れる。
「その咳は、伝染るものでは無いでしょう?」
喘息的な咳の仕方だ。
伝染るようなものではない可能性が高い。
肺炎や結核の可能性はあるが、それなら羊笙はもっと気を使うはず。
音繰の物言いでも、日常的であるのはあらかた予想がついた。
「そうだな。だが、それに気づける者は少ないし、知っていても恐れない者も少ない」
羊笙は持っていた資料を投げるように机に置くと、立ち上がって棚を漁りだす。
「部屋を用意しよう。基本自由に動いてもらって構わない。小遣いもあげるから、好きなものでも買っておいで。街に行くときは音繰に付き添って貰いなさい」
「羊笙さま、仕事があ―――」
羊笙は先程まで気配を消していた音繰の静かな抗議を咳の音で軽く掻き消して、棚から金属の音がする小さな麻袋を取り出した。
勿論、音繰の抗議は羊笙が無視した以上、鳥樺も無視である。
鳥樺とて、他より礼儀というものを知っているとはいえ、西の端の遊牧民の一端であることに変わりない。
どれをどうするのが正しいのかなどそこまで詳しく知る由もない。
だからこの場で一番偉い人に従うまでだ。
「これは小遣いだ」
「ありがとうございます!」
「ただし」
鳥樺は飛びつく勢いで金の入った麻袋に手を伸ばすが、羊笙はぱっと取り上げる。
かわりに、羊笙の顔がずいっと目の前に現れた。
「失敗はどうなるか分かるよな?」
目が潰れるほど眩しい笑顔。
李恭はふらりと後ろによろける。
音繰ですら眩しそうに目をかすめた。
誰も倒れなかっただけでも勲章だろう。
とにかく圧がすごかった。
美しさのせいか、迫力が違った。
鳥樺も笑顔の圧力はよく使うが、格が違う。
これは常習犯である。
顔の良さで何でも解決させているのだろう。
小遣い、というのも、どちらかと言えば雇用に対する前払いの俸給、口止め料のように感じられてきた。
羊笙は抜け目ない男らしい。
色々な意味で、怖いな、と改めて感じた。
●●●
「お―――っ!!」
「はぁ・・・」
目を輝かせて跳ねてはしゃぐ鳥樺とは対象的に、音繰は深く暗く溜め息をつく。
先程までの落ち着いた熟練の付き人感は跡形もなく失われ、若さが目立つ。
仕事と私生活は分ける人らしい。
器用なものだ。
「暗いですね」
「うるせーよ・・・あんまり目立つなよ。大丈夫だとは思うが、神の民の巫女は有名だし、余計な輩がお前に手を出しかねない」
(そこまで有名なのか)
思っていたよりも鳥樺の名前は広まっていたらしい。
なぜかは分からないが余計なお世話である。
沈黙かつ一定の距離が保たれた中で賑やかな街を歩く。
音繰は仕事ができないからか苛々しているし、なんとなく気まずい空間だ。
「音繰さまは文官というより武官のようですね。体つきもしっかりとしておられますし、元は武官でもされておられましたか?」
「ああ、中央では武官をしていた」
「道理で」
「「・・・」」
会話しようと話を振ったが、すぐに終わってしまった。
再び沈黙の気まずい空間が流れる。
元々ふたりとも会話が得意な方じゃないらしい。
用があったら話すが、それ以外は話さない。
鳥樺は会話を諦めて早足で露店の並ぶ通りを歩く。
西都は鳥樺の住む地域よりも気温が高く、とにかく暑い。
建物との間に天蓋が掛けられている場所もあり、そこは影のため他よりも涼し気だ。
しかし、既に人で埋まっており、鳥樺が入る隙間はなかった。
鳥樺が今着ている服も長い髪も汗でべとりと肌にくっつく。
涼しく新しい服も欲しい。
草原は比較的涼しいので厚手の服を着ている。
あまり考えずに着てきたが、当然今はとても暑い。
また、西都は美味しい水もあるという。
羊の乳を水分として飲んでいる鳥樺としては何が何でも手に入れたいものである。
汗をたくさんかく今は特に欲しいと思う。
街には肌が黄色っぽく黒い目と髪をした小柄な蓉人。
蓉よりやや白っぽい肌に明るい茶髪や黄系色の瞳をした大柄な栄鴉人。
見た目は蓉人と似つつ、それより掘り深い顔立ちをした亜北人。
色白肌で金や銀の髪と青系色の瞳をした誇り高い哥淑人。
そしてそれらの特徴を兼ね持つ人など、様々な人で溢れている。
街にもだいぶ慣れてきたので、ある程度落着きを取り戻していた。
よって、買いたい品があっても、他の店もじっくり見てから一番安いものを買う。
大切なのは賢い買い物である。
「裏道と、あと西の通りには行くなよ。治安が悪いからな」
「西の通りも駄目なんですか。何があるんです?」
「ああ、西の通りは花街だからな。お前みたいなやつが行けばすぐに飢えた悪漢共に裏路地に連れ込まれる」
花街というのは聞いたことはあるが、詳しくは知らない。だが、そこまで物騒なものだとは。
(金品でも取られるのだろうか?)
なんだかんだ言って説明してくれるあたり、粗暴で遠慮がはないが、音繰は面倒見が良い。
単純に人がいいのかなあ、と思いつつ後方を振り返り見ると、いつの間にか音繰は姿を消していた。
慌ててあたりを見回せば、しっかりとした店を構えた菓子屋につられていた。
「何してるんですか?」
「ああ、羊笙さまの好物だから、買って帰ろうと思ってな」
音繰はそう言いながら軽々と懐から銀を出し、大きな月餅を数個買う。
(銀!?)
鳥樺は声に出しそうになったのをなんとか抑える。
銀など始めてみた。
人生でお目にかかれただけでもすごいことだ。
貰うお釣りの量が半端じゃない。
店主が銀を見ても驚かずにそれだけのお釣りを淡々と出していることから、普段から銀を見ている高級店であることが分かる。
「あとは茶と蜂蜜と砂糖だな。茶は哥淑の大吉岭で、焼き菓子と饅頭も買っておくか。ああ、あと龍髭飴も」
飄々と言ってのけるが、おそらく全て高価な甘味であろう。
焼き菓子といえば、牛酪と砂糖をたっぷり使った砂欧の菓子だ。
蜂蜜も甘くて美味しいらしい。
饅頭と龍髭飴については知らないが、甘いものに違いない。
鳥樺の勘がそう言っている。
大吉岭?というのも聞いたことがないが、どうせ高い茶だろう。
遊牧民なんてやっていれば、蜂蜜やら砂糖やら、そのような甘味など人生で口にすることも無いと言っても過言ではない。
(とんだ贅沢だ)
鳥樺が貰った小遣いもそれなりの額だ。
西都の領主の副官とはかなりの高い給料がもらえているようである。
(所作とか覚えておいたほうが良さそうだな)
鳥樺はちらりと音繰を見る。
音繰なら、羊笙に失礼をかかないためだと言えば教えてくれそうだ。
後で頼んでみるとしよう。
それにしても、甘いものなど鳥樺は食べたこともないのだ。
そんなに見せびらかされたら、鳥樺も食べてみたくなる。
「音繰さま、私もそれ欲しいです」
鳥樺は音繰の袖の裾を軽く引っ張って主張する。
高そうだが、折角の機会なのでけちるつもりはない。
「月餅か?吴姐、この子に月餅をひとつ」
「まあ、小繰ったら」
店番の吴姐と呼ばれた小母さんはやたらににまにま笑いながら月餅を取り出す。小繰とは、随分と子供のような呼び名である。
「はい、一個おまけしといたよ」
「ありがとうございます・・・?」
鳥樺は喜々と月餅二つが包まれた袋を受け取る。何故か二個くれた。とてもいい小母さんだ。
「嬢ちゃん、名前は?」
「鳥樺です」
「えらく美人な子だねぇ。小繰は優しくしてくれてるかい?不器用だけど、とってもいい子なんだよ。これからも仲良くしてやってね」
(はて)
なにやら温かい目に疑問を持っていると、音繰は鳥樺らのやり取りを見てはっとなり、鳥樺を小母さんから引きはがした。
「吴姐、恋人じゃないからな」
「あら、そうなの?本当かしら」
「本当だよ。この子は上司の客人だから」
(ああ、なるほど)
鳥樺もようやく話の流れを理解した。
どうやらこの小母さんは鳥樺のことを音繰の恋人だと思っていたらしい。
恋愛とは夢があるな、と思いながらも月餅が一つ増えたことに喜ぶ。
音繰は誤解が解けたのか、ふうと息を吐きながら鳥樺のもとに帰ってきた。
音繰は若さのわりに地位を持っているようながら奢っていないあたり、女性からも人気に違いない。
もう結婚しても良い年だと思うが、恋人も婚約者もいなさそうだ。
そりゃ、あんな美人に仕えていては、そこらの女も醜女に見えてくるかもしれないが。
かなり優良物件である。
「少し外交大使館に用があるのだが、寄ってもいいか?」
「ええ、かまいません」
新鮮な地域はどこでも探索したい。
鳥樺は素直に音繰についていった。




