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放牧の姫  作者: オキ
西都編
3/28

西都からの遣い

 遊牧民の朝は早い。


 遮るものも何もなく標高も高いので、他と比べても冷涼で陽光も比較的早く満遍なく当たる。


 だが、それよりもはやく起きるのが遊牧民である。

 地平線から明るくぼんやり光っている頃に起きて、必要な分だけの毛を刈って、牛乳を搾り、必要ならば肉にする。

 それらが終わると朝食を食べ、売りに行く者は売りに行き、肉を分解するものは血抜きをはじめ、洗濯をするものは洗濯をし、畜生を飼うものは畜生とともに草原に出る。


 一方で族長の娘で女で巫女の鳥樺がすることといえば、まずは神に祈りを捧げることぐらいだ。

 だが神へ祈りを捧げる時間も神を信じていない鳥樺にはつまらない時間だ。


 それも終わったらついにやることがなくなる。


 いや、他の手伝いをすればいいのだが、なぜか周りがやらせてくれない。


 だから鳥樺は馬に乗って周辺の村や部族まで行く。

 手伝いをして回るのだ。


 早速最寄りの部族へ行こうと馬を走らせていると、ふと、草原の先を見た。


 少し離れたところに、ふらつく人影が伺えた。


(なにしてるんだろう)


 警戒しつつ近づいていくと、その人影が男であることが分かった。

 服装はここらの一般的な服であるが見ない顔で、荷物どころか近くには馬などもつれている様子はない。

 はっきりいってとても怪しい。


 だが、考えたところで意味はない。

 あのまま死なれたほうが面倒だ。

 死体に狼が集まってきてしまう。


 鳥樺は警戒しつつ声をかける。


「何をしているのですか?」

「道に迷って―――って、貴方は?」


 最もな質問を返す男。


「ここ近くで遊牧をしている一族の者です。気になったので様子を見に来たのですが」

「貴方様が神の民の巫女ですか!」


 いきなりの大声に馬から落っこちそうになる。


 神の民とはなんのことか知らないが、一応鳥樺は巫女で、ここらで巫女がいるのは鳥樺の一族だけだ。

 だから恐らく神の民というのは自分たちのことだろう。


 話があるなら、話に乗るか乗らないかは別にして基本聞くだけ聞く。

 神の民というのも気になる。

 どこでどう捻れればそんなたいそうな名前になるのか。

 鳥樺たちはそんなたいそうなものではなかろう。


 何か裏を持っていそうなものだが、普通に困っているなら助けるし、もしなにか企んでるならそれはそれで聞き出したいところだ。

 仮に男が本性表し暴れ出すとするなら、それが起こるのは村についてきてからだろう。 


 うちには腕っぷしが揃っている。

 いざとなればそいつ等が助けてくれるだろう。


 鳥樺は警戒は解かず馬から降りる。

 とりあえずこの哀れな男を案内してやることにした。


―――――――――――



 男はあっさり正体を口にした。

 どうやら西都の役人らしい。

 役人の持つ玉を見せてもらったので、それが奪ったものでないかぎり役人であるという話は本当だ。

 名は音繰(オンソウ)という。


 本人曰くそこそこの高官らしく、領主の副官の補佐という地位を持つ人間だった。

 西都の役人の階級など知らぬので本当かは分からないが、今はどうでもいいのであえて追及はしない。


 元中央の文官らしく、このあたりの土地勘はまだ把握しきっていないらしい。

 だから道に迷ったと。


 だからといってわざわざ遊牧民の格好をして、何も持たずに草原に出るだろうか。


(とりあえず話を聞くか)


 一応西都の高官だ。

 昔習った礼儀というものを思い出し、いつもの台の上の椅子ではなく、同じ目線になるよう座る。


「案内役はどこへ?それに徒歩でここまで?」


 まずもっともな話、西都の高官が、この地域で徒歩での移動などあり得ない。


「馬で移動して、案内役も武官も付けていました」

「ああ、盗賊にでも襲われましたか」

「災難でした。案内役の男が、盗賊と繋がっていたようで」


 それはよくあることだが、最近来たばかりなら、この男にとっては初めてのことだろう。

 だとすると、そう言う割には落ち着いている。

 やはり何かありそうだ。

 だがこちらに危害を加える気配はない。


 鳥樺はあえて突っ込まずに話題を変える。

 音繰が役人であるのは本当らしい。

 音繰の目が語る。

 察しろ、と。


 どうやら知らぬが仏らしい。


「敬語はやめてください。貴方のほうが身分は高い」

「じゃあ遠慮なく。だが俺はそこまで身分を重視しない。お前も気はそこまで使わなくていい」

「今が素ですので」


 音繰の中で何かが切り替わったらしく、気さくな感じの空気に変わる。

 口調も変わり、別人のようにすら感じられる。


「ところで、私に用がお有りで?」

「ああ、西都に栄鴉(ロウヤ)の特使が参られることは知っているか?」


 栄鴉は鳥樺らの住む国、(ヨウ)の西にある隣国だ。

 西都は栄鴉との国境に近いことから、そことの関わりが深く、貿易の中心地として栄えている。


 年に一度、栄鴉の特使との交流が行われる。

 それが数日後にあることは鳥樺らも知っていた。

 栄鴉の特使らは鳥樺が遊牧するこの地を通るからだ。


 鳥樺らは鳥を使い、親戚に当たる一族などと情報を共有する。

 栄鴉の特使の話も当然耳にするものだ。


「その栄鴉の特使が招かれる宴会の余興に、火浣布を要求されている」


(そんな無茶な)


 思わず口に出しそうになったのをなんとか抑える。 

 火浣布は別名火鼠の皮衣。有名な伝説だ。


 それは単純に、火で燃えない衣である。

 だがその内容は単純じゃない。


 伝説は伝説だ。

 簡単に手に入るならそれは伝説じゃない。

 栄鴉の特使からの要求だとしても、とんでもない挑発だ。

 できないと分かって言っているのか。


「断らないのですか。それは伝説で、実在するわけがありません」

「もちろん断った。しかし、栄鴉の特使は、昔それを見たと言う。ならば既に失われたといえばいいものを、それを聞いた領主も乗り気になってしまった」


(阿呆な領主だな)


 少し不安になる。

 領主の評判は悪くないが、そういう遊びは辞めてほしい。

 最悪、戦である。


 領主が乗り気になっては、もう火鼠の皮衣を用意するか、うまく誤魔化すかするしか無いのだろう。

 この男も、見知らぬ土地に飛ばされ、こんな何も無い草原に行かされるなど、かなり可哀想だ。


 鳥樺に同情心が芽生えた。

 最初は聞くだけのつもりであったが、同情心と、昔見た、ということに興味を持ってしまった。


 鳥樺は己の頭の引き出しを片っ端から探っていく。

 やがて、鳥樺の翡翠の瞳がきらりと光る。


(確かに無茶だが―――)


「神の民の巫女は神の力を宿すと聞くからな。火鼠は神の化身と聞いたこともあるから、心当たりはないかと―――」

「ええ、ありますよ。心当たり」


 鳥樺は当たり前かのようにさらりと答える。

 音繰は呆気に取られて口を大きく広げる。


 それもそうだろう。


 音繰は中央出身だ。

 中央には皇帝がおり、皇族は神の子孫とされる。

 そのため、皇族を差し置いて他の神を信ずるものは殆いない。


 そもそも神を信じていない人間も多かったりする。

 音繰も例外ではないはずだ。


 西都は中央から離れており、多くの宗教が信仰されているが、中央出身の者がこちらに来たからと言って改宗するわけでもない。


 神を信じていない人間からすれば巫女という存在自体が怪しさ満点であり、神の化身である火鼠に心当たりがある、というのは本当にふざけた戯言である。


 だが、鳥樺は止まらない。


「火鼠の皮衣でしょう?火に燃えない衣ならば知っているどころか、持っています」


 鳥樺はにまりと口角を上げる。翡翠の瞳がきらりと光った。


 鳥樺は火鼠の住むと言われる火山になど行ったこともない。

 火鼠など知りもしない。

 そもそもそんな生物がいるとは信じていない。


 それを覆させるのが楽しいのだ。


 己が持つ知識で、あらゆる不可能をこの世に顕現させ、それを使って人々を導く。


 それが巫女たる鳥樺の仕事なのだと考えている。

 ここまでわざわざ話が来た以上、鳥樺が断ることはない。


 来るもの拒まず去る者追わず。

 鳥樺の信条だ。


「その仕事、私にお任せ下さい」


 鳥樺は力強く言い放った。

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