奇妙な茶会 其の二
昼下がりの頃。女傑は茶会と決まれば鳥樺の首根っこを掴んだまま茶会のための用意を済ませ、揃うとも思わぬ変な人選の茶会が催された。
謎の高貴な女傑に、領主白鶯に、西都副官羊笙に、何故か平民の鳥樺。おかしな集まり。
「楊嵐、久しいな」
「お呼びにあつかり、光栄です。楊嵐様」
領主の軽い挨拶の後、羊笙は優雅に笑いかけて丁寧な言葉遣いで礼を述べる。
(はて?)
いつもはもう少し自然なのだが、今日は心なしか羊笙の頬が引きつっている。
女傑の名は楊嵐というらしいが、羊笙は楊嵐のことは苦手なのだろうか。
「相変わらず面がいいなあ、羊笙は」
「そうだろう?」
「なぜ白鶯貴様が自慢げなのだ?」
何故か自慢げな白鶯に、楊嵐は鳥樺がずっと言いたかったことを言ってくれた。こういうふうに真っ直ぐ言える人は貴重である。
だが、言葉遣いは悪餓鬼二人のようなもので、とても高貴な御方々の茶会とは思えない。
羊笙は不服そうにしつつ、にこにこと笑っていた。
否定したいがどうやら思考回路が似てるのか、なんとなく羊笙の機嫌が分かる。
(いい面、ねぇ)
皮肉にも聞こえる。外面がいいな、という。
それにしても、この上級の茶会に、何故鳥樺が含まれているのやら。
いつの間にか羊笙と白鶯はすでに二人の世界に入っている。羊笙が白鶯の世界に巻き込まれているのだ。羊笙は特に難色は示していないが、口説く白鶯がはっきり言って気持ち悪い。
こんな茶会にまさか自分も混ざることになるなんて考えてもいなかった。
「どうした?元気ないな?」
「いえ、何も」
眼の前の女傑はその荒い口調に似合わぬ礼儀正しい仕草で茶を嗜む。
「まあ、気持ちはわからんでもない。気持ち悪いからな、あれは。羊笙も拒めばいいものを」
(相手がなぁ)
白鶯は羊笙の上司だ。拒めるものじゃない。西都で最も位が高いであろう白鶯相手に物怖じせず言いたいことを言う楊嵐が特別なだけだ。
「なに、あの雌羊ならどうとでもできよう」
(それはそうだな)
変に納得してしまう。
羊笙ならどんな状況でも上手く交わして誤魔化しそうである。
「おい、羊笙。そんな男に構ってないでこっちに来い」
「そんな男とはなんだ。その言葉は心外だ」
「部下を口説く領主など、民に顔が出せるのか?」
「ふん、私はこの国の名持ちの領主の中で一番民からの信頼を得ている自信がある」
「戯言を。私はお前がこの国の名持ちの領主の中で一番気持ちが悪い男であると断言できる」
鳥樺はだんだんと小さくなる。流石に無礼過ぎる。怖すぎる。
いつの間にか羊笙は鳥樺の横に立ち、言い合う二人の傍観者となっていた。
どうやら楊嵐には、独特の世界を作って人を巻き込むのが上手いらしい。その才能はいいのか悪いのか。
(怖いな、これ)
いろんな意味で。
流れてきた羊笙が、鳥樺にこっそり耳打ちする。
「安心しろ。白鶯さまはなんだかんだ言って奥様のことが大好きだから、領主さまが本気で怒ったことはない」
「なるほ―――っ、お、奥様!?」
いきなりの情報に驚きが隠せなかった。大声を出さなかった良かった。
「知らなかったのか?親しそうだから知っていると思っていた」
「知りませんよ。名前もさっき知りました。宴で少し話をしただけですので」
楊嵐が一方的に鳥樺を知っている形だった。白鶯といい、楊嵐といい、一方的な形式が好みなのだろうか。
羊笙はやれやれとため息を付く。
「そう言えば、そういう方々だったな」
(羊笙も可哀想に)
こんなのにいつもつきあわされているのだと思えば、妙に人を交わすのが上手いと思えばそういうことらしい。
言い合っているのを見れば、なんだかんだ楽しそうなので良い夫婦ではあるのだろう。
何故妻持ちの白鶯が羊笙を口説く必要があるのかも、何故楊嵐も夫が浮気まがいのことをしても怒らないのかも、今後理解できる予定はないが。
「それで、羊笙さまは楊嵐さまのことが苦手なのですか?」
「は?え、は、いや?そんなことは・・・」
(嘘下手かよ)
呆れを通り越して面白い。
笑顔の裏の素が見えた気がした。
(相当苦手らしい)
羊笙は白鶯相手にも難色示さないほどであって、ここまで露骨に嫌がると逆に珍しく思える。
「な、何故笑う?」
「いえ、羊笙さまにも苦手な人がいるのだな、と」
「あの人は特別だ」
羊笙は恨みがましい目を向ける。何か弱みでも握られていそうだ。本当に可哀想に。
そう言えば、鳥樺が羊笙を怒らせてまだ半日も経ってないが、羊笙はいつも通りだ。怒らせていては次合うときが怖かったので、それはよかった。
そんな感じで話していると、楊嵐が気づいてこちらに来る。
「おいおい何だ、陰口か?そういうのは良くないぞ」
「滅相もない」
「ええ、滅相もありません」
羊笙に揃えて鳥樺も否定する。
「まあいい。茶会の続きをするか」
「おい、まだやるのか?もう三刻四刻はして居るぞ」
「馬鹿め。茶会というものは時間を忘れるためにやるのだ」
白鶯は不服そうだが、大人しく席に座る。
夫婦間では女性の方が強いと聞くが、それはどこの場所でも同じらしい。
集まってから四刻後、ようやくまともな茶会が始まった。
上品で落ち着いた時がゆっくりと流れる。
しかし鳥樺の心の中は全くそのようではなかった。
楊嵐は、普段の荒い言葉遣いや豪快な振る舞いとは相対して、見ているものが見惚れて時を忘れてしまいそうな、それほどまで完璧な作法。
羊笙、白鶯はそれほどまでではなくともその動きの優雅さきらびやかさは言わずもがな。
一方で鳥樺には上流階級の教養はない。多少は母から学んだから知っているしやろうと思えば形だけなら少しはできるが、彼らに並べるはずもない。
このような上流階級の茶会など、作法はあっているのか何を話すのか、分からなすぎて不安が充満し気が気でないのだ。
とりあえず笑っていればどうにかなると信じて、鳥樺は人生最大の危機とも言えるこの場を乗り切ろうとしていた。
そういうところ、実は羊笙に似ているが、鳥樺はそのことに気づいていない。
暫くの沈黙の後、白鶯が口を開く。
「お前は黙っていれば美しいなぁ」
余計な一言だった。せっかく黙っていた楊嵐もまた口を開く。
「そうか?だが黙っていては面白くなかろう?」
「庭の小川のせせらぎと自然の落ち着きを愉しみ、時の流れを忘れつつもまた感じるというのもそれはそれで一興かと」
羊笙は危機を察知したのか、直ぐに口挟む。
(上手いこと言うなぁ)
羊笙は楊嵐が黙る方向へ誘導しようとしている。白鶯の一言から上手く繫げている。
目上の者に物申すのは難しいが、楊嵐が言ったこととも繋げることで楊嵐も反論しにくくなる。ここで楊嵐が反応すれば、前言との矛盾が生じるのだ。
こういう言い回しは日常生活で使うこともないのであまり得意ではない。とても勉強になる。
「ふむ、それも良いな。鳥樺はどちらが好みだ?」
(なぜ振ってくる!?)
羊笙白鶯に対する楊嵐。どちらについたとしてもその後が恐ろしすぎる。いや、本人たちからすればたかが雑談程度のものなのだろうが、鳥樺はそれを楽しんで話す余裕はない。
「・・・私は話はうまくありません」
「そうか。なら、話す練習をしないとな。何か小話はないのか?」
回答を間違えた。何故か鳥樺が話をする流れになっている。わけがわからない。
羊笙も白鶯も、楊嵐の興味が移ったことにほっとしている。腹が立つ話だ。
(何を話そう)
こういう無茶振りは初めてではない。だが今回は相手が相手。鳥樺は頭を悩ませる。
鳥樺は話は得意ではない。だからせっかくなので本業である神の奇跡と呼ばれる何かを見せたほうがいい。
小話だから、子供騙し程度でも良い気がする。そもそも難しいのは道具が必要だ。
(今すぐできるものと言えば・・・)
「では、小話ではないですが、神の奇跡を一つをお見せしましょう」
「ほう」
楊嵐らの関心は掴めたらしい。鳥樺の本業はこちらである。謎解きではない。
鳥樺は近くに立つ従者に必要なものを頼み、すぐに持ってきてもらった。
持ってきてもらったのは平で大きな石の板だ。
「これをこちらに置きます」
庭が広くて助かった。貴人たちが座るところからなるべく離れ、なおかつしっかりと見える位置を探して石を置く。
「では、私が神の意志をここに降ろしましょう」
そういいながら、鳥樺は席に戻った。
すると、石の上には水が現れた。
「はははっ!面白いな!!」
「興味深いなあ」
楊嵐は笑い、白鶯も興味深げに髭をさすりつつ目を細める。
羊笙は仕組みを知っていたのか、二人と違って呆れたような顔に変わる。
「お前はいつも、こうやって人を騙しているのか」
「失礼な、騙してなどおりませんよ。この法則は神が世界を生むと同時に作ったものなのですから、神の意志と呼べるでしょう」
羊笙は納得していない様子だ。しかし、羊笙だっていつもその顔で人を誑している。やってることに大差はない。
それにしても、羊笙は博識な男らしい。この芸を披露して、驚きもしなかった人間は初めてだ。
「鳥樺、早く仕組みを教えろ」
「待て。自分で解きたい」
楊嵐は白鶯を制止した。自分で解きたいらしい。その気持ちは十分理解できる。鳥樺だって、初めて見るものがあれば種明かしは自分でやりたい。
「あの石に細工はないのか?」
「あの石自体には何の細工もありません」
楊嵐は石に歩み寄る。
「おい、水が逃げ、消えてしまったがどういうことだ?」
「そういうものですから。その石には触られぬようお願いしますね」
楊嵐は楽しそうだ。少年のようなその姿は、服装がそれなりのものでなければ、とても高貴な方とは思えない。
「この石は熱いのか?」
「左様です。よくお分かりに」
「手をかざしてみれば、暖かかったからな」
楊嵐は自慢げに答えてみせた。
同じような芸を鳥樺が師匠に初めて見せてもらったときも、楊嵐と同じ方法で細工に気がついた。
「逃水といいます。真夏に稀に見られる現象です。石が熱せられ、石付近の空気が暖められ、他の温度の低い空気とで層ができることで光がねじ曲がり、水面のように見えるのです」
「それは面白い!西都の大通りは今は土であるが、思い切って石づくりにしてみれば、見られるかもしれんな!なあ、白鶯!?」
白鶯は呆れたようにため息を付く。
楊嵐は発言が相変わらず少年のようである。しかし行動は反対に白鶯以上の品がある。だから違和感があるのだ。
元気な楊嵐に、落ち着いた白鶯。喧嘩は多そうだが、相性はいいのだろう。夫婦というよりも、友人のようにも見えるが。
そのお互いを信頼しているからこそであろう身分を取っ払ってしまったやり取りは、鴛鴦夫婦だからこそと言えるだろう。
そういう存在がいることは、少し羨ましく思う。
さて、楊嵐は気分が上がったのかその後黙ることはなく、茶会終了時には楊嵐を除いて皆気が疲れ果てていた。




