調査
「栄鴉の件が動きました!」
日の照りつける昼時、羊笙と同じ副官の音順は早足で羊笙の元にやって来た。
「外交官、および新駐在武官長の栄鴉との繋がりの確認が取れました」
「そうですか」
羊笙は音順を座らせる。
音順とは西都では同僚ということになっている。
だがこういう何気ない日常の仕草態度から身分が分かる、と、先日部屋に入り浸りながら漢殿に諭された。
気に食わないが、彼の言うことは一利あった。
最近は気をつけてはいるが、どうだろうか。
「それと、草原の商人、劉楼という者をこちらで調べましたが、それらしき人物は見当たりませんでした」
「そうでしょうね。語呂的に、中央から北寄りの名でしたので、中央にも調べてもらうように言っています。もうすぐ州の境目に検問などが置かれだすと思いますよ」
羊笙はそう言いながら先日鳥樺から届いた文を眺める。
羊笙は頼んでないので、自主的に動いてくれたということだ。
こちらとしては助かるうえに有益な情報だった。
音順も羊笙も、西都全体が栄鴉の特使の件で忙しい。
その中で協力者が出るのはありがたい話だった。
商人の件はとりあえず様子見だ。
商人の件が動く前に栄鴉の特使の件を落ち着かせたい。領主と特使との会談について中央の都に報告することをはじめ、仕事は山ほどある。
「栄鴉は交易を有利に回したいのですかね」
「それは一理ありますね」
今、白鶯は交易をある程度制限している。
色々と理由はあるが、羊笙はそれに対しては反対も賛成もない。
制限か自由か、どちらがいいかは分からないからだ。
しかし、それは栄鴉からすれば不都合なのかもしれない。
もちろん、これは憶測だ。
さらなる思惑があるかもしれないし、もっと別の目的なのかもしれない。
まだ判断はできないが、羊笙は領主の副官としてここでやるべきことをするだけだ。
羊笙が思考を巡らせていると、また扉を叩く音がした。
「げっ、兄上」
「何だ、弟。相変わらず休みと仕事では別人のようで気持ちが悪いな、お前は」
「・・・うるさいですね。兄上こそ、もう少し休みを満喫したほうがよいのでは?そんなだから、良い出会いもないんですよ」
「なっ、何を言うか!?大体、お前が―――!」
羊笙はそう小言を言い合う二人を見比べる。
兄弟らしくそれなりによく似ていて、人の顔を覚えるのが特に下手であった昔は、どっちがどっちか分からなかった。
音繰は音順を避けるように羊笙の前に出てきて新たな報告書を手渡す。
「何だ、次から次へと」
「最近力を上げていた盗賊が滅んだそうです。盗賊に加えて密輸も行っており、逮捕要請が上がっていた盗賊です」
羊笙は記憶の棚から何とか見つけ出して引っ張り出す。
密輸を通して大商会や有力一族、それに限らず栄鴉とまでも繋がっているという噂から中々手出しできず、それもあってここ一年で急激に成長した盗賊だったはずだ。
なぜいきなり潰れたのだろうか。少なくとも、羊笙らは何も手を回していない。
「草原の方で戦があったようです。壊滅させられた村々の人間や騙されて被害にあった人々が集まって盗賊の村を襲ったようで」
「詳しいな」
「仕事ですから」
盗賊は戦で生計を立てているようなものだ。盗賊に素人が戦を仕掛けて勝てるとしたら、それは数の暴力だろう。
だが、例の盗賊は巨大で、一人ひとりが現役軍人級の力があると考えれば正面突破は不可能。
だから勝つには、相当綿密な策が必要だと見た。
その策を考え実行することができるのは、やはり軍配の仕方や最新の情報を知り、そのうえ大勢から大いなる信頼を集めている者だ。
そんな者が、草原の農民の中にいるだろうか?
(まさかこれも鳥樺か?)
そう考えれば、ますます鳥樺が妥当に思う。
神の民は戦でも負知らずであるという話は鳥樺本人が自慢げに話していたのを思い出す。
直接な関わりはなくとも、少しは関わっているのかもしれない。
鳥樺が帰ってからまだ一月と数日だが、よくもまあ、ここまで沢山行動を起こせるものだ。
盗賊は商人の件とも繋がりがあるかもしれない。運が良ければその関係の話も明るみになってくるだろう。
「まあ、面倒な仕事が減ったことに変わりはない。良い知らせだろう。もうすぐ検問なども出始める。そこで尻尾を出すやつがいないか、目を光らせておくように通達してくれ」
「御意」
羊笙は背延びして体を伸ばす。
「では私は持ち場に戻りますね」
音順は一段落ついたのを見てそそくさと部屋を出ていった。
音繰はまだとどまっているということは、まだあるのだろう。
羊笙は音繰から追加で報告書を受け取る。この短時間で重要な報告書が多すぎる。
羊笙は引き続いて報告書を眺める。
羊笙が西都をでている間、音繰は別行動で神の民について調べていたのだ。
調査依頼のあった神の民の巫女である鳥樺は遊牧民の域を優に超えていた。
あれらの奇跡諸々が本当に天啓だと言えたら良かったのだが、どうやらそうでもないらしく、鳥樺の起こす奇跡とやらはすべて理由がつくものであった。ただ単に、其身に持った膨大な知識量を織り合わせて、それに準ずる物を見せていたのだ。
何よりおもしろいことに、神の代理だと名を挙げる張本人が神を信じている様子がない。
やはり実際に調べるのは大事である。
報告書にはどう書こうか、と模索中であった。
「調査の結果ですが、神の民というのは西都より東側での呼び名であり、草原地帯では鳥の民と呼ばれているようです」
「鳥の民か」
そんなことを言っていたなと思い出す。
鳥の民。
昔、そんな名前の一族がここらにいたはずだ。
その一族が滅んだあと、取って代わって羊笙の実家が栄えていったと聞いている。
「昔鳥の一族というのが西都にいたな?」
「はい。神の民ならぬ鳥の民は十数年前に滅んだ鳥の一族の生き残りだと思われます」
羊笙は素通りしそうになったのをなんとかとどまり、顔を上げる。
「え、本当?」
「はい。本当です」
羊笙は頭を抱える。
非常に大変な情報が増えた。
できれば聞きたくなかった。
なぜ生き残っているのだろうか。
女帝の横暴で滅んだはずだが、女帝の手から逃れられるなど考えられない。
しかし今思えば、納得できなくもなかった。
実際に訪れたことで分かったのだが、鳥樺の民族は放牧民族にしては人が少なく、それに対しても裕福すぎているほどだった。
衣服装飾にも気を使っていたのが見受けられた。
そして何より気になったのが一族内の形式だ。
名家でもなく、あそこまできれいに形式がはっきりとしているのは始めてみた。族長に補佐が付き、その一族の者は優遇されて、他との上下関係もしっかりとついていた。
名家も、族長に補佐が付き、その一族が権威を発揮し、それ以外との上下関係ははっきりとしている。
そう、同じ形式なのだ。
他の村を見ても、長の権限は強いが一族皆ではないし、長は纏め役であって権力がそこまで強くは見えなかった。
大きな違いだ。
そして多くの者が上を敬い、何より正しく敬えている。
普通は農民にあそこまでの敬語と礼儀は弁えられない。
羊笙が通る時、誰もが自然と頭を下げ、話しかけた際も正確な反応を示した。あれは西都に住む平民にもできない。
また、長一族は名前に鳥という文字をこぞって使っている。これは皇帝より与えられた「名」を持つ家のしきたりで、農民といった一般人にはまず関係の無い風習であるはずだった。
今思えば、これらはすべて名家の名残なのだろう。
「これ、報告したらどうなると思う?」
「わかりませんが、鳥の一族は女帝の横暴で滅んだ一族とも言われています。今更処分が下るとは思えません」
「だよな」
羊笙は筆をくるくると回しながら、どうするものか、と考える。
そのまま報告すればいい。いつもの羊笙なら間違いなくそうする。
だが、筆が進まない。鳥樺の顔が思い浮かぶ。万が一、処分が下れば、あの娘はどうなるか。
「隠蔽しますか」
「―――っ戌」
「羊笙さま」
羊笙は我に戻って咳き込む。
取り乱してしまっていたらしい。
「すまん。だが音繰、私がいつもしている隠蔽と、お前が言う隠蔽は話が違う。この調査の命が誰からのものか忘れたか?お前が言うのは、もはや主への裏切りではないか」
「そうかもしれませんね」
「どういうことだ」
「鳥の一族の存命を明るみにすれば、政治は乱れましょう。主の手で揉み消されるぐらいなら、最初から無かったことにしたほうがいいのです。主の美しい政治の影を操るのが部下の仕事です。主の手は何があろうと美しくあるべきです」
汚れ仕事は部下が負い、主の失態も部下が負い、主は一人輝いていればそれでいい。
たとえそれらによって己が罪に問われようとも関係ない。
忠実なる部下とはそうあるべきだ。
ときに、音繰はそう説いた。
音繰が言っていることは正しい。
人の下につく人間として、これほど優秀で正しい男はいない。
羊笙は肩ひじを着いて、ため息を付いた。
「お前は畏いな。そして優秀だ」
「羊笙さまが甘いのです。そして優秀なのは、私にこれほどのことを求めた主でしょう」
「お前がこれらをやればいい」
「貴方様がやらねばならぬ仕事です」
羊笙はまたため息を付く。
やはりこの男には敵わない。
「では、隠蔽できるのか?」
「お望みとあらば」
全く、優秀な部下だ。
「お前はすごいな」
「何のことでしょう?」
「よくもまあ、そんなきれいに休みと仕事の切り替えが出来ているな、と。休日のお前は隠蔽などは許さない正義感ある系統の人間に見えるが、仕事では真逆だ」
仕事をしている音繰は、悪を悪とも思っていなさそうだ。
音繰は仕事と私生活の性格の差が激しい。
休日と勤務時では別人のように人が変わる。
羊笙にはその切り替えが出来ない。
「仕事は仕事、それ以外はそれ以外です。しっかり割り切らなければしんどいだけです」
音繰は淡々とそう言うが、普通はそんな簡単に割り切れない。
やはり主人が特殊だとと従者も特殊だ。
幼い頃から主に仕えていたというし、似てはいけないところが似ているのではないだろうか。
「羊笙さまは今で十分ですよ。現に、領主さまとも上手くしておられるでしょう?」
「まあな」
「しいていうなら、もう少し気を抜かれてもいいのではないでしょうか?」
「馬鹿を言うな。お前のように、他人に見せれるような素は持ち合わせていない」
それなりに気に入られている自身はある。
西都の副官『羊笙』の評判は非常に高い。
だからこそ、その正反対である素は見せるわけにはいかない。
「ないこともありませんよ。現に、巫女の娘のことを気にかけておられるではないですか。他人に興味のない貴方様が」
羊笙はわずかに目をそらす。
音繰は見逃さない。
「本来は帰らせるつもりは無かったはずです」
「そうだったな」
「政にも関わらせるつもりも無かったでしょうに」
「まだ直接的には関わっていないだろう」
音繰は呆れたように息を吐いた。
「気に入ったのですか?」
「・・・まあな」
音繰はそれを見てくすりと笑った。
(解せぬ)
子供の頃から面倒を見られていると、こういうところで誤魔化せない。
音繰の言う通り、確かに羊笙はものに興味がない。
だから、仕事関係以外は基本的に覚える気もなく忘れてしまうし、人のことを見るつもりもなく、そのことについてもなんとも思わないのだが、鳥樺に関しては何か違った。
初めて興味が湧いた、というのだろうか。忘れたくないと思ったし、鳥別れるときには惜しという気持ちを感じた。
「昔から、羊笙さまはものに興味のない人でしたので、嬉しく思いますよ」
「父親みたいなことを言うな」
「僕は一人の息子を持つ父親です」
羊笙は、そうだった、と思い出す。
『音繰』は独身の男だが、『中央の彼』は妻子持ちの男である。
彼自身はまだ年をいくらか若くごまかせるほど若いのに、その息子は羊笙と大して年も変わらない。
「仕事も一段落するのですから、連絡してはどうですか?鳩は何時でも飛ばせます」
「なんと書けばいいか分からない」
音繰はまた呆れつつ微笑む。
これが、一年前までは部屋に籠もり、何事にも興味がない虚ろな目をしていた青年なのだろうか。
無理やり引きずり出すのも悪くないのかもしれない。主の考えには当時は反対だったものの、今ではそれが正しかった事がわかる。
強引ではあるが、それはそれで主らしいとも言える。
はじめは仕事は最低限のことしかしないうえに失敗ばかりであったのに、今では頼まれていないこともやって仕事を増やし、それでもすべて完璧にこなすようになった。
やはり子は親に似るのだろう。
その先見の明と仕事の速さは父方の実家、羊の一族の血を濃く引いている証拠だ。それに加えて、その思慮深さと人を引き付ける魅力は母方の一族の血も濃く感じる。
隠れていた才能が開花するとともに、羊笙自身もまた成長している。
羊笙が己を呪わず、正直になれることを主は望んでいた。難しいと思われた話だったが、それは近い内に実現するだろう。
音繰はそれらを思考し、微笑ましさを感じた。




