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放牧の姫  作者: オキ
西都編
25/28

覚悟

(暇だぁ)


 鳥樺は叫びたいのを必死に抑えた。

 鷹はだらけた鳥樺の髪をいじる。


 今思えば西都での生活がいかに楽しいものであったのかがわかるものだ。

 既に二十日以上経つが、未だに昨日のことのように思える。


 羊笙が帰った後はまだ祭事をしていない村々を回り仕事をし続け、今に至る。

 激務のあとは暇が余計に暇に感じられる。


 ついでに偵察も兼ねて管轄外の村や遊牧民も見て回ったが、とくに変わった様子もない。盗賊に襲われたらしく壊滅していた村も一つあったが、大半は麦も豊作で、羊は元気で豊かであった。


 しかし数日すれば草原の祭事は殆ど終わり、鳥樺の仕事も必然的に減る。


 余談だが、鳥樺が祭事の準備をしている間に羊笙は周辺の村をいくつか回ったらしく、その過程で何人かの男が羊笙に恋をしていたらしい。

 鳥樺を見つけるやいなや飛びついてきて、あの美女は誰かと問う。

 羊笙の気を引きたいがため、羊に芸を教えていた者さえいた。

 その羊はいつか買い取るつもりだ。

 金になりそうだから。


 羊笙は殆ど覆面で顔を隠していたというのにこれは異常だ。

 漏れ出る輝きは隠せないらしい。


 日が経つに連れて生活はつまらなくなっていく。


(羊笙は何か面白い話をくれないだろうか)


 そんな期待とは裏腹に、鳩が来る気配もない。


 はあ、と深くため息をつく。

 しかし、運があるといわれる鳥樺。

 こういうとき、必ずと行っていいほど運良く求めるものがやってくる。


「鳥樺さま、来客です」


 鳥樺は陸に上がった魚のように跳ね起きた。



――――――――



 来客は然樢(ネンボク)という男だった。

 依頼は、婚姻に向けた占いである。


「―――というわけで、俺はこいつに惚れたわけだ」


 鳥樺は大きく欠伸したいのをおさえ、呆けたかすれ目で然樢を眺める。


 然樢は半刻ほど、止まること無く話し続けていた。

 体力は無限らしい。

 恐らく舞を舞っている時の鳥樺と同じ状態。

 舞を舞っている間は疲れというものを感じない。

 しかもその八割以上は惚気で、実にどうでもいい話である。


 男はそれなりの男前で、筋肉もしっかりと付いたいい漢だった。

 年若い娘は頬を染めてしまいそうなものだ。

 しかし羊笙というものを見たあとではこの男は荒んで見えた。


 しかし、力強さなどは間違いなくこちらだ。

 鳥樺的には夫にするなら間違いなくこちらである。


「そちらの方がお相手でよろしいのですね」

「ああ、明普(ミンシン)と言う。美しいだろう?」


 確かに美しい。


(どっかで見たことある気がするなぁ)


 思い出せないが、見たことはある。


「間違っているかもしれませんが、何処かでお会いしたことがありますかね?」

「な―――」

「済まないが、妻は人見知りで、今は喉を痛めている。声が出せないんだ」


 明晋は何か言いかけていたと思うが、然樢は少し慌てたように代弁する。


 勘違いだったらしい。

 気を取り直して愛し合う二人に向き直る。


「では占いですね」


 鳥樺は人間なので神の力は使えない。

 それっぽくしながら二人の性格を見るだけだ。

 それで相性など大体分かる。


(ふむふむ)


 いくつかの質問で大体読めてきた。


 まず、然樢は明普をかなり重く愛しているようだ。きっと、明普のことを大事にするだろう。


 それに対して明普は然樢の動き一つ一つにどこか怯えているように見えた。


(暴力か?)


 たまにいる。

 人当たりがよく周りからの評価は高く、自分の妻を愛していながら、何故か愛する者に暴力を振るう者。

 妻は己の所有物だと考え、こうして玉に傷をつけられるのは自分だけだという優越感に浸る者。


 一家の大黒柱が、妻を所有物として捉えるのは構わないが、だからといって痛めつけるのが良いわけではない。


 ぱっと見た限り、見えるところに傷はない。

 でも見えないところに痣があるのかもしれない。


 しかし、これは憶測にすぎない。


 確かに言えることは、明普は幸せそうではない、ということだ。


「お二人の相性を見させて頂きました。失礼ながら、今は時期が悪いかと。あと三月は待つべきです」

「そうか、仕方がないな」


 然樢はすんなりと引き下がり、明晋の手を握る。

 その時ちらりと見えた。 

 手首の入れ墨。


 鳥樺はそれを見逃すような間抜けじゃない。

 鷹使いもまた鷹のように鋭い目を持っている。


 入れ墨は罪人の印、それか―――


(壊滅していた村、あの入れ墨)


 鳥樺はすべてを察し、思い出した。


「明普さんでしたか、少しこちらの天幕に来て頂けませんか?」

「―――ぁ」

「ま、待ってくれ。明普は人見知りで、二人きりでは―――」

「彼女は今悪い氣を持っていらっしゃる。それを取り除くことで婚礼の儀も早めることができましょう。ご安心を」


 鳥樺は羊笙に負けないような有無を言わさぬほほえみを浮かべ、慌てふく然樢を無視して明普を連れて天幕を変える。

 然樢はついてこようとしたが、昌鐙に止めさせた。


 付いてきていないのを確認してから、明普に向き直る。


「やっぱり会ったことありますね?」

「ええ、そうです。数年前、私の舞の指南をしてくださいました」


 やはり声が出ないというのも人見知りだというのも嘘だったようで、明晋は普通に言葉を発した。


 見回った中で、一つだけ壊滅していた村があった。

 戦った痕跡から、盗賊に村が襲撃されたと見ていたが、恐らく明晋の村なのだろう。

 そしてそれを襲った盗賊の長が、然樢だ。


 あの盗賊団は団員皆が同じ草蔓の文様の入れ墨を入れていることで有名だった。

 中でも長一族は栄鴉の神を強く信仰しているようで、蓉の入れ墨とは墨の入れ方が違うことで一部の者の間では有名な話だから、知っていれば容易に見分けられる。


「然樢は父上の首を掲げながら言いました。このまま全員殺すか、私が彼と結婚して他の人間は生かすか、と」


(鬼畜生だ)


 選択を与えているように見せて、結局は選択肢は一つしかない。


 人当たりの良い好漢であったが、やはり賊はどこまでもが賊だった。人には誰しも裏がある。


「全ては風の神の信仰を辞めてしまったのがいけなかったのでしょう。神は我々に罰を与えた。そうでしょう、巫女さま?」


 明普は泣きながら問う。

 しかし、鳥樺には当然のことながら分からないし、ここで肯定するのも否定するのも違う気がした。


 眼の前にいるのが、ただ単に悲劇の娘ならもっとやりやすかったはずだ。

 声もかけやすかった。


 しかし、今眼の前にいるのは違う。


「彼の惚気ですが、嘘のようには思えませんでした。貴方に惚れたのは事実なのでしょう。聡明な貴方は大人しく結婚して世帯を持ち、これ以上被害が出ないように然樢を操ることもできた。しかし貴方にはそれができなかった。そうでしょう?」


 鳥樺の問に、明普は自虐気味に笑う。


「はは、流石、巫女さまは何でも知っておられるのですね。それも神の思し召しですか」


 鳥樺は無反応だが、その自虐的笑みは肯定だと見て話を進める。


「貴方は()ですね?」

「・・・ああ、そのとおりですよ」


 明晋は口調を変え、声もこころなしか低くなった。

 それでも少年のような高い声で、女とも聞き取れる。


 男性でも声変わりが来ず背も伸びないことがある。

 明晋はそれだろう。


 昔あった時は十歳ほどの少年で、声変わりもまだだった。

 それから五年、まさかほとんど見た目が変わっていないうえ女物の服を着ていたので、完全に女性だと思ってしまった。


 明晋は然樢に求められ、やむおえず性別を偽ってその話に乗ったのだろう。

 そっちのほうが都合が良かっただろうし、その場ではそうする他なかろう。

 男であることが分かれば、自然と交渉は決裂、その瞬間村は壊滅だった。


 だが然樢の交渉に乗ったはいいものの、婚姻後の初夜となればその正体は見破られ、残してきた村が襲われる。

 逃げようにも束縛が強く逃げられないし、逃げては同じく村が襲われる。


 かわいそうな話ではある。


「巫女さま、俺はどうすればいいのですか?」

「そればかりは私には分かりません」


 明普の問を、鳥樺はすんなりと回答を拒否した。

 どうすればいいかなど、他人が判断するものではない。


 しかし、これではあまりにも可哀想だった。

 だから言葉を付け加える。


「ただ、私ならば命と名誉をかけて自分の部族を守ります」

「だから、どうすれば守れるかと聞いている!」

「それくらい自分で考えなさい」


 突き放しているようで申し訳ない気もするが、仕方がないだろう。


 この依頼はあまりにも人任せだ。

 責任を押し付けられるのは御免なのだ。


 だが助言してやらんこともない。


「私ならばまず、然樢を殺します。そのあとは然樢の血族を、子供女限らず殺します。村がまた襲われるかもしれないなら、命を盾に、誇りを剣に戦い守り抜きます。相手がどんな大者であったとしても。私が死んだとて、村が生き残るならそれ以降の生活は平和だった頃とも何ら変わりませんよ。そんな()()()()()()()()()命しか、我々人間は持ち合わせていないのです」


 明晋は絶句だった。

 鳥樺の言っていることは酷な話かもしれない。


 どうでもいい命。

 君主でも領主でもない、ただ農民遊牧民である我々の命は、他からみればそんなものだ。

 いなくなったところで誰も気づかないし、唯一気にかけてくれそうな家族や友も、自分が生きていくので精一杯で直に忘れる。


 だがそんな風で吹き飛ぶような軽い命でも、賭けることに価値はある。

 命を賭ける、それは人が生きる中で最大の覚悟を示す。


 それに揺るがぬ人はいない。


 鳥樺とて例外ではない。


 もし仮に明晋が命を賭けて頼ってくるなら、鳥樺もそれなりに手を貸すだろう。


 だが今の明晋にそれはない。


 命どころか何かを賭けてすらいないのに、もうすでに勝てないと思い込んでいる。

 

 そんな人間に鳥樺が手を貸すつもりはないし、手を貸したところで勝ち目もないだろう。


「覚悟もなくして、私を頼るな」


 鳥樺はそう言って踵を返す。


 基本、鳥樺はどんな話であろうと引き受ける。


 だが、もし鳥樺がこの話を引き受けて手始めに然樢を殺せば、明普は鳥樺を責めただろう。

 勝手な話だが、人間とはそういうものだ。

 先も言ったが、責任を押し付けられて恨みを買うということばかりは避けたい。


 明普には悪いが、自分のことは自分で完結させる力無くして、この草原では生きていけない。


 頼るなら何事もそれ相応の覚悟を持ってからだ。


 覚悟がない頼りは、責任の押し付けに等しい。


 明普には、分かりにくく抽象的ながらにも覚悟の持ち方を教えたつもりだ。

 あとは明普がどうするかである。


「いいんですか?」


 然樢と明普が帰るのを見送ったあと、昌鐙が問うた。


「何が?」

「あの男は大者の盗賊ですよ。頼ってきたのでしょう?一緒に帰らせてよかったのですか?」

「知ってるでしょう?あの盗賊は、表では手広く商売もしていますし、西都の方でもそれ以上に顔広くやっているんです。下手に踏み入れば危ないのは我々です」


 明普が自分の家族仲間を守ろうとするように、鳥樺とて自分の家族仲間を守らねばならない。


 明普のように覚悟も計画もない依頼を受けた場合、間違いなくその問題は鳥樺の部族にまで飛び火する。

 その危険を犯すのに対して、鳥樺らが受ける利益が少なすぎた。


 鳥樺は何でも屋ではないのだ。

 対価があってこそである。

 そしてその対価は鳥樺が決める。


 羊笙の依頼は酒と衣食住と銀がそれに当たった。


 今回は値するほどの対価もなかった。

 だから追い返しても良かったのだ。


 だが、鳥樺にも情があった。

 だから明普と話をした。

 言葉を与えた。


「できることはやりました。あとは彼女の力がどれほどなのかといったところでしょう。我々は我々です。私達の生活は変わらない。これまでどおり羊を飼い、鳥を飛ばすだけです」


 鳥樺は天で自由に弧を描く鷹を眺める。


 明晋に自由と平和を手にすることはできるのだろうか?


(さて、どうなることやら)


 鳥樺はうんと背伸びして、己の天幕に戻っていった。

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