怪しい商人
「お久しゅう」
「お久しぶりです」
かなり老いたようすの村長の丁寧な挨拶に、鳥樺も淑やかに礼儀を示す。
こんな夜更けに申し訳ない。
これで四村目の訪問だ。
これまで行った三つの村と比べると、鳥樺の放牧地から最も遠い。
小高い丘に挟まれた地にある小さな村だ。
これまでのどの村も既に商人が来た後であった。
半ばもう諦めて、鳥樺のところに商人が来るのを待とうかと考えていたところだ。
「麦を買う商人が来ましたね?」
「商人、ですかな?来ておりませんのう」
鳥樺は期待を胸に食いつく。
「来ていないのですね?!」
「ええ。来てませんのう」
鳥樺は満足げに頷く。
「では、もし商人が来たら、南が先にある鳥の民も麦を買って貰いたい、と伝えてください」
「は、はい、分かりました」
村人は不思議そうに鳥樺を見つつ、快く了承してくれた。
ここに必ず商人が来るとは限らないが、地理的にはここを通るはずだ。
「あと、商人には麦を売らないように。売れる麦はない、とでも言ってください」
「それは・・・」
不満げだ。
今年はどの村も豊作。
売れるなら売っておきたいだろう。
貨幣の方が使い勝手いい。
だが、これ以上麦を売るのはリスクが高まる。
「神がそうする方が良い、と言っておりますがゆえ」
「それはそれは!神がわざわざ我々にお告げをくださったのですか!分かりました。そうすることにいたしましょうぞ」
村人は嬉しそうに深く頷いた。
騙しているようで申し訳ない気もするが、売らないほうがいいのは確かだ。
「では、話はそれだけですので」
日もとっくに落ちている。
狼の遠吠えも聞こえだした。
「せっかくですので、泊まっていかれては如何ですかな?」
村長の気の利いた提案。
鳥樺は素直にその話に乗ることにした。
「ありがとうございます」
「いえいえ、滅相もない。巫女さまから直々にお話を伺えるとは喜びですからのう」
村長は嬉しそうに語る。
一つの天幕を借り、今は軽食を頂きつつ村長と話をしている。
恐らくこの草原で一番歳をとっている。
少なくとも草原の三分の二を把握している鳥樺が知る中で一番の年配だ。
さすがに百はいかないだろうが、八十は超えていよう。
話していても鳥樺の知らない知識が多くあらわれていて勉強になる。
「巫女さまは両親の血をよく引いておられますな」
「そうですか?」
父はまだしも、母を知る人間は少ない。
鳥樺ですら、あまり覚えていないし知らない。
「ええ。父方の先見の明、人をまとめ上げる統率力、そして強い意志と行動力をお持ちです。そしてあなたの母方は東の方でしたが、その思慮深さと人を引き付けるあの魅力も、あなたはたしかに引き継がれております。あなたの騎馬を見ていると、かつての将を思い出しますのう」
「将を知っておられるのですか」
将は八十年程前の遊牧民族の英雄だ。
今は属国である亜北がまだ独立した国であった頃、将は遊牧民族を纏め上げて蓉に従軍し、二年続いた亜北と蓉の攻防を半年で蓉の勝利に導き、亜北を蓉に献上した。
鳥の民はその子孫だ。
蝗害を防ぐ役割を持っていて、その巫女がこの草原で多く信仰される風の神の信仰の元締めをしていたとしても、そこまで鳥の民が力を持ち崇拝される理由にはならない。
だが実際は、鳥の民は草原で王家のような地位で君臨できている。
それは将の存在があるからこそなのだ。
「私の父はまだ若き将の率いた軍に所属していたのです。私も五歳頃に将をこの目で見せていただいた。よく覚えています。あなた様の騎馬はあの力強く迷いのない将の騎馬によく似ておりますな」
どうだろうか。
何事にも大抵は結局は父には劣るし、あまり記憶にはないが恐らく母にも劣っているだろう。
にも関わらず将に似ているなど、信じがたい。
偉大なる将に失礼だ。
それでも多くを知るこの老人村長からはその血が見えるらしい。
認められたようで嬉しい話だ。
父には息子が生まれなかった。
私が長女として生まれてすぐに母は死んでしまったから。
本来男児がいないのは一家として恥であり、どうにかして解決すべき問題だ。
娘など大事にされるものでもない。
でも父は私を大事に育ててくれた。
だから私が生まれなかった息子に代わって父を支えると決めた。
そのために私は空席だった巫女になり、父の望む民族の統一を手助けしようときめた。
かつての将のようにはいかなくとも、かつてのような同じ民族としての纏まりが持てるように。
私も、早く父や母のような強く立派な人間になりたいものだ。
「ありがとうございます。これからもこの血に恥じぬよう、精進いたしましょう」
老人村長は微笑ましそうな優しい表情を浮かべた。
―――――――――
商人が来たのは、十数日後のことだった。
商人は何人かの人と馬車を引き連れてやってきた。
商人、それも馬を引き連れた隊商、馬幇のようだ。
「お初にお目にかかります。貴方が族長で・・・?」
「いえ、族長は父ですが、私では不満でしょうか?」
「め、滅相もない!まさかかの有名な神の民の方々が麦を売ってくださると聞きまして、嬉しい限りです」
商人は大袈裟な反応を示しつつ、抜け目ない鋭い目で探るように鳥樺を見た。
父は丁度狩りに出ていた。
大変都合がよい。
余計なことを言われては困る。
「こちらの麦、買っていただけますかね」
「ええ、もちろんですとも」
商人は喜々と袋数を数える。
怪しいところはない。
だが胡散臭い目をしていた。
商人は皆こういう目をしているのか、それとも他になにかあるというのか。
商人というものは基本的に胡散臭い。
だから見分けにくいのだ。
鳥樺とて人を見る目はあると思うが、そこめたくないがそこは父のほうが優れている。
この商人が何者か、見分けられたかもしれない。
しかし居たは居たで面倒くさそうだったので、結果的には良かったのかもしれない。
小麦は五十袋は用意しているが、馬を何匹も連れている上に馬車も持っているこの馬幇なら、小麦も一度にすべてを運べるだろう。
この商人が、この小麦をどこへ運ぶのか。
それを見たいのだ。
「では、こちらをお収めください。いやはや、これほど沢山売っていただけるとは、かなりの豊作でしたかな?」
「ええ、うちでも今年は麦を作りましてね。それにうちはお布施として他の村から麦が頂けるのです」
実際は作っていないのだが、作っていたことにする。
お布施は嘘じゃない。
嘘にも真実が混じっていればそれは真実であるという曲がった理論だが、鳥樺は迷わずそれを使う。
差し出された銭を数えて確認する。
買った値段よりも少し高い。
売るより買うほうが高いはずなのだが、売るほうが高くなるとは不気味だ。
しかし小麦を買った分の貯金の埋め合わせはどうにかなったのでそれでいい。
たくさん買ってよかった。
この商人を調べることと、金を稼ぐことはまた別の話である。
「ありがとうございます。是非ともこれからもよろしくお願いしたいですね。名をお伺いしても?」
「ほほう、それはありがたい。私は劉楼と申します」
(随分とあっさり答えるな)
渋るか迷うか誤魔化すかはすると思ったが、拍子抜けだ。
ここらでは聞かない語呂の名でどこから来たのか気になるが、あまり深堀りしたくない。
怪しまれては裏目に出る。
今日の目的は詮索することじゃないだろう。
むしろ早く帰らせたほうがいい。
劉楼らが征くのを見送ってから鷹を連れて来る。
それを飛ばして、鷹に商人が向かった方向を覚えさせるのだ。
もちろん、正確にはわからない。
鷹は賢いといえど、人間には及ばない。
鷹は鷹、鳥である。
だが今回はだいたい分かれば十分だ。
「さて。鷹が帰ってきたら手紙を書こうか」
鳥樺は天幕に戻ると、羊笙から貰った紙と墨を取り出した。




