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放牧の姫  作者: オキ
西都編
23/28

送り

 鳥樺は頭に挿された簪を抜いて眺める。

 いきなり頭皮に冷たいものがあたって驚いた。

 というか、羊笙が舞を見ていたのも驚いた。


 呆けていると、帰ったはずの李武官が羊笙と入れ違いで戻って来る。


「何か?」

「・・・いえ、何も。これは、なんというか、それは大事にしたほうがよろしいかと」


 李武官はそれだけいうと羊笙を追うように天幕に戻ってしまった。


(なんだったんだ?)


 怪奇でも見たかのよう表情を浮かべていたが、何だったのかはよくわからない。


 鳥樺は改めて簪を見る。

 銀の、いかにも高価そうな簪だ。

 質素な意匠(デザイン)で、男物だが十分に使えそうである。


 簪にはいくつか意味があるが、別の意味になってくるとその瞬間に対応が求められるため、手渡しが普通だ。


 手渡しではないから、感謝の意味で取っていい。

 そして、その場合は簪の使い方は自由である。


 鳥樺の母はそういうことには詳しく、そして巫女をやってると贈り物も多い。

 対応を間違えると面倒になる簪の扱い方を覚えるのは必然だった。


(大事にしろって言われたしな)


 鳥樺はとりあえず、その簪で乱れた髪を結直した。

 


――――――――



 鳥樺は西都の入口に立っていた。

 西都に帰る羊笙に同行したのである。


 馬車は盗賊に襲われやすいため、盗賊避けとして鳥樺がついていったのだ。


「世話になった」


 羊笙は馬の上から鳥樺を見下ろす。

 何度も登った領主邸宅までの坂は、馬車は登り辛いため、あとは馬で帰るらしい。


「羊笙さま、こちらを」


 鳥樺は馬車に積んで持ってきていた籠を取り出す。

 中には鳩を入れていた。


「また話があらば教えてください。鷹が返答を持って飛んでくるでしょう。可能ならばそれでお答えします」


 西都にいる間、羊笙は鳥樺が好むような話をして鳥樺を楽しませてくれた。

 きな臭く面倒な話が多かったが、それでも鳥樺がなにかに巻き込まれることが無かったのは、裏で羊笙が巻き込まれぬようにする働きかけがあったからだと思っている。


 羊笙にはそれなりに感謝していた。


「わかった。ではまた」


 羊笙は馬で走り去っていった。


(またいつも通り)


 もう会わないというわけではない。

 だが何やら物寂しさというものを感じた。


 鳥樺は馬に跨り草原に出ると、あたりを一瞥した。


(麦の買収、ね)


 興味ないといえば嘘になる。


 その買われた麦はどこへ行ったのだろうか。

 何を目的に麦なんて買い占めているのだろうか。


 そして何より、これは数年もしないうちに村の人間にとって大きな問題になると、鳥樺の勘が警告鐘を鳴らしていた。


 蝗害。

 飛蝗の飛来。


 ここ数年に大きな蝗害は無いが、年々その群数を増やしているように感じられた。


 そして、今年は雨が多い。

 卵が孵化しやすい。


 近い内に、大きな蝗害が起こるだろう。


 鳥樺たちの部族は鳥を使い、飛蝗の卵を鳥に探させて食べさせる。

 それによって飼う鳥たちの餌代は浮くうえに、飛蝗も生まれず他の村の農作物は守られた。


 だから鳥樺たちの部族は「鳥の民」として草原では崇拝された。


 昔は傍系で同じく「鳥の民」と呼ばれる部族も多く存在し、それによって蝗害も殆どなかったらしい。


 しかし「鳥の民」の中でも一番大きな遊牧部族が帝を抑え権力を握った暴君であった先の皇太后によって滅ぼされたことにより、同じ部族だと勘違いされて一緒に滅ぼされるような飛び火を嫌った多くの部族が遊牧を辞めて定住し、鳥使いを辞めた。


 そしてその影響は年々増している。


 父の鳥赦はそう言っていた。


 しかし、鳥の民と蝗害の関係性を知るのは今や数少ない。


 鳥使いであったことなど、飛び火を嫌って定住した者からすれば知られたくないことだからだ。

 鳥使いの過去など、無かったことにしたいのだ。


 鳥の民は元々狩猟のために鳥を飼っていた。

 そして鳥の餌取りのために地中の飛蝗を食わせたのが、偶然飛蝗を減らすことに繋がっていただけなのだ。

 だから、ほとんどの鳥の民は自分たちが蝗害を減らしていたという自覚すらなく、鳥の民の存在の重要性が理解しきれていない。

 だから鳥を飼うのを容易に辞めるし、伝え継ぐこともない。


 関係性を知るのは鳥樺等含む一部の族長一族、年配の老人たちぐらいだろう。


 そのため多くの人間は、蝗害が鳥の民によって防がれていたことも、蝗害の規模が年々大きくなっていることも、知る由もないのだ。


 だから麦を売ってしまう。

 鳥の民の役割とその能力の低下を理解している者なら、絶対に売らないのに。


 蝗害が起こったのは数十年前、それは大きな災いをまねいたらしい。


 だが鳥の民によって蝗害はここしばらく起こることは無く、人々は蝗害の恐ろしさを忘れた。

 今そこにその大災害が近づいていることにも気付けない。


 時の流れが、知ある者を亡き者にし、そうして人々は昔にあった同じ過ちを犯す。


 歴史とはそういうものだ。


 麦を売るということは、貯蓄分が減るということだ。

 それは蝗害時に飢餓が起こりやすくなるということを示す。


 そこで、鳥樺に一つの可能性が浮かぶ。


(蝗害のときに売るつもりか?)


 麦を買い占め、蝗害で麦が不足したときに高値で売る。

 それは相当な利益であろう。

 そして、村々は当然金も麦も足りず困りはてる。


 その可能性は十分にある。

 もちろん、もっと別の理由があるのかもしれない。

 むしろ、鳥樺からすればもっと大きな理由があるように思えた。


 蝗害に便乗した次の売買による儲け目的、本当にそれだけなのだろうか。


 どうも腑に落ちない。

 なんの根拠もない勘だが、鳥樺の勘は大抵当たる。


 どちらにしろ、この草原の守護者として、鳥の民の残党として、怪しげな商人を黙って見逃すことはできない。


 羊笙はこれから調べてゆくのだろう。


 だから何か情報が出れば、羊笙に伝えればいい。


 知らなくていいことだったなら、羊笙に言わずに墓場まで持っていけばいい。


 力が足りなければ、領主にでも助けを求めればいい。


(金はちょっと余ってたかな)


 鳥樺は袋に入れた金額を確認する。


 使うのは勿体ないが、あとで元を取ればいい。

 うまくいけばいい情報が手に入り、それを持って羊笙のところに行って報酬をねだればいい。


「よし」


 鳥樺は馬を降り、西都の市場に向かった。



――――――



 買えるだけの麦を買い、うちの暇そうな奴を使い、何往復もしてようやく全てを運び終えた。

 ざっと五十袋。

 思っていたよりも金はあった。


 全て銅銭だから分からなかったが、羊笙がくれた金は総額銀一枚おどあると見た。


 しかし馬には悪いことをした。

 しっかりと安ませなければならない。


 鳥樺は近くにいた男共を使って麦を小屋に入れる。

 鳥樺が頼めば基本的に何でもしてくれるのでとても助かる。

 今日も彼らがいなければ麦を運び終えることはできなかった。


 日が落ちるのも近いので、鳥樺も全力で急いで運び込みを進める。


 そうこうしていると、父、鳥赦が不満げな顔をして近づいたきた。


 後ろに侍る昌鐙は眉間の皺を抑えていた。

 鳥樺に付いたり鳥赦に付いたりと大変である。


「おい、鳥樺!それはどこから取ってきた?まさか金を使ったのか?!麦は十分にあるだろうに」

「煩い」


 どうやら見ていたらしい。

 面倒くさいので軽く突っぱねると、鳥樺はその麦は食べないように言って次は近隣の村へ行く。


 まだ商人が来ていない村を探さなければならない。


「鳥樺さま、この麦、どうするんですか」


 昌鐙も気になっていたのか、不思議そうに聞いてきた。

 どうせ煩いと言ったところで話さなければ父も黙ってくれないので、仕方がないので答える。


「売るんですよ」

「はあ?!」


 鳥赦がさらに怒るが、無視だ。


「買った値段より高く売れます。利益になるでしょう」

「そんな美味しい話はないですよ」

「いえ、あります。だからその商人を探しに行ってきます」


 鳥樺はそれだけ伝えると、先程とは別の馬で一つ目の村へ向かった。

 一言伝えるだけの目的だから、時間はそこまで有しない。

 月が真上に登るまでには帰ってくれるだろう。


「娘が・・・遠のいている」

「鳥赦さま・・・」


 そんな父の悲しみも、鳥樺は知るわけもないし、知ろうともしない。

 昌鐙も鳥赦に同情し、鳥赦とともに去っていく鳥樺の背中を眺めていた。

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