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放牧の姫  作者: オキ
西都編
21/28

巫女の意義

 鳥樺は天幕にて食事を摂る。

 場所が無かったので羊笙や李武官とは同室だが、仕切りも作ってもらったし天幕自体が広いので大きな問題はなかった。 


「なにか収穫はありましたか?」

「周辺の村にも、商人は訪れていた。その商人は調べるべきだろうな」

「左様ですか。でしたら私も調べておきましょう」 


 普通に返したつもりだったが、羊笙の粥をすくう手が止まる。


「何やら今回は積極的だな」

「私達にも関係のある話ですから」


 その商人が何かを企む犯罪者だったから、麦を売った私達にまで罪疑いが回ってくるかもしれない。

 当然ながらそれは困る。


 草原のことなら鳥樺のほうが詳しい。

 調べるくらいなら暇な時間でいくらでもできる。

 なんだったら鳥樺のところにはまだその商人は来ていないようだから、来たら探りも入れられる。


「協力してくれるのはとても助かる。頼んだぞ」

「おまかせを」


 そんな感じでゆったりと過ごしていたのだが、その空間は次の瞬間崩された。


 突如鳴ったその乾いた音は、驚きと困惑で静まり返った天幕の中に、そして外へ向かって大きく響き渡った。


 反響する音が消えた頃、頬が段々と熱く火照ってくる。

 たらりと血が垂れ、服に赤い染みをつけた。

 痛みはなく、感覚は麻痺している。


 女は息を切らし鳥樺を叩いた平手を上げたまま、責め立てるように鳥樺を鋭く睨みつけた。


「お、おい!何をする!?」


 羊笙が我に返って、慌ててまた手を挙げる女の手を掴んで止める。

 その隙に李武官は女を地面に押さえつけた。


「離せっ、部外者!なぜ止める!!こいつは、こいつは私の吾子を殺した!!」


 羊笙は困惑するように鳥樺を見た。

 鳥樺は表情を変えず、李武官に女を開放するように言伝る。


 女は立ち上がると、鳥樺をまた引っ叩いた。

 鳥樺は思わず目をつむる。


「お前はなぜ私の吾子を助けなかった!」

「申し訳ございませんでした。私は巫女であって、人の生死を操れるわけではないのです」

「お前は、吾子は助かると、そう言っただろう!?何故嘘をついたんだ!?」

「申し訳ございませんでした。神は気まぐれなのです」


 今度は鈍い音がなる。

 鳥樺は後ろに倒れ込み、女は鳥樺に馬乗りして、そして勢いよく殴りつけた。


 李武官が流石にと止めようと手を伸ばすが、鳥樺は手を上げてそれを制止する。


 これは鳥樺が受けるべき仕打ちなのだ。


「息子を返せ!!」

「それはできません」

「何故だ!私の命を差し出すから、だから!!」

「神が望んだのはあなたの子の命。私にはどうともできません」

「それをどうにかしろと言っている!!お前は巫女だろう!?神と話せるのはお前だろう!!?」

「私は神でもない人間。神に命令はできませんし、神の決定に物申すこともできないのです」


 女は泣き喚き、声にならない叫び声を上げた。

 鳥樺を殴る手が次第に弱くなる。


「返してくれ、頼むから。何でもするから、私の坊やを返してくれ・・・」

「・・・申し訳ございません」


 女の嗚咽だけが天幕に響いた。

 悲痛な叫びは、夜の闇に消えてゆく。


 やがて慌てて女の夫がやってきた。

 夫は鳥樺に謝罪し、詫びにと自宅で取れたであろう作物を手渡すと女を支えて去っていった。


 鳥樺はそれを見送り、血だらけとまではいかないが血と土で汚れた服を見てため息をつく。

 これは洗濯で落ちるだろうか。白い服なんているものじゃない。


 羊笙は李武官に指示を出し、慌てて鳥樺に駆け寄る。


「なんですか、羊笙さま――――っ!?」


 羊笙は鳥樺を抱きかかえると、寝台の上に寝かせる。


「何を―――」

「寝ておけ。今李恭が薬を取りに行っている」

「必要ありません」

「いや、だがそれは」

「必要ないのです!」


 鳥樺は力強く言い放つ。

 羊笙の驚いた顔を見て、鳥樺は我に返った。


「申し訳ございません。お気遣いには感謝しますが、この傷に薬は濡れません」

「・・・何故だ?」


 羊笙は不安げに問う。


「羊笙さま、何故神という存在ができたと思いますか?」

「・・・いきなり難しい問をするな。何故だ?」

「神がいたほうが都合がいいからなんですよ。天災や病というのは誰のせいでもない。だからその悲痛な叫びを向ける対象が欲しいのです」

「なるほどな」

「巫女の存在意義はそれです。私は神の代理人として、行場を失った民の悲痛を受け留めなければならないのです」


 鳥樺に神の声は聞こえない。

 しかしだからこそ、神の代理人として人々の行場のない怒りと叫びを受けていく必要がある。

 どんなに理不尽であろうと、それが巫女の義務で、真の存在意義なのだ。

 それは神の声が聞こえなくともできることであって、巫女として生きる責任だ。


「この傷も、薬を塗ってしまえば痛みを感じること無くすぐ治ります。しかし子供を失った悲しみはすぐには治りません。私は神でもなく神の声すら聞こえませんが、その痛みを共に感じ、苦しむことはできる。ただの自己満かもしれませんが、私にできることはそれくらいしか思いつかないのです」


 鳥樺はまた垂れてくる血を袖で拭う。

 段々と痛覚が戻ってきた。

 鈍く鋭い痛みが体の奥まで染みてくる。


 鳥樺の嘘は、酷い嘘だ。だが、意義はある。

 故に、完璧である必要がある。

 神は存在し、鳥樺はその使徒であると、その嘘は何があっても信ずる者に知られてはならない。


 巫女のこの義務は単なる罪滅ぼしでもあるが、これで少しでも人々の心が休まるならそれだけでいい。

 巫女が存在する理由はそれである。


「・・・お前は本物だよ」

「は?どういう―――」


 鳥樺の頬がずきりと痛む。

 羊笙が鳥樺の頬に触れていた。


「自分が偽物の巫女であるような口振りだが、私から見ればお前は本物の巫女だ。要するに、巫女の存在意義と義務は人々の心を鎮めることだろう?お前はそれをしっかりやっているのだから」

「私は神の使徒だと言っておきながら、神を信じてすらいないのですよ?」

「信じていないからこそ、お前は神の代理人として成り立っている。お前まで神を信じていれば、神の代理人なんて仕事はできないだろう?」

「それもそうですが」


 解せない。

 羊笙の言うことも一理あるが、だからといって鳥樺が人々を騙しているのは事実だ。


 羊笙は続ける。


「たしかに嘘はついているが、その所業は神が見えようが見えなかろうが変わりない。お前に救われる者は沢山いる」


 やがて李武官がやってくる。

 羊笙は薬を手に取ると、鳥樺の頬に薄らと塗った。


「だからいらないって!」

「お前はあの女の傷を癒したんだから、お前も少しは癒やされてもいいだろうが。お前は言っただろう?自分は神でもない人間、と」


(こいつ・・・)


 言い返せないが、納得したわけじゃない。


 だが、せっかくの厚意には従うべきだろう。

 

「ありがとうございます」

「よし、早く着替えてさっさと寝るぞ。催事も近いのだろう?」

「はい、そうですね。お騒がせして申し訳ございません」

「お前は今日はよく謝るな」


 羊笙は軽く微笑むと、李武官とともに仕切りの奥に消えていった。

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