聞き取り
羊笙が知りたいのは、租税についてである。
収穫高がごまかされている可能性だ。
付き合いが長く、鳥樺を懇意にしてくれるこの村にそんな疑うようなことをしたくないのだが、仕方がない。
そこらにいる村人に聞いてみることにする。
もし収穫高を誤魔化しているのならば簡単に口は開かまいだろう。
そこはもうなんとかするしかない。
最終的手段としては、羊笙の美貌で籠絡させればいい。
そう思えば非常に使い勝手の良いものである。
顔を見せるだけでどうせ誰もが言うことを聞くのだから。
そう思うと羊笙の容姿がちょっぴり羨ましく感じられた。
鳥樺とてかなり美しい部類のだが、玻璃の鏡が無いため己の顔をきれいに見たことがない本人に自覚はなかった。
しばらく歩いていると暇そうな男がいたので話しかける。
何度か話したことがあるような気がする男だ。
「麦?見ての通り順調だよ。今年は豊作だな。税だって?そりゃしっかり納めるぞ。やっぱ、西都の貴人も役人は怖ぇからな。税なんて変にややこしい厄介事で関わりたくねーんだわ。役人は無情で貴人は傲慢だと聞くし、気をつけてないとちょっとしたことでいちゃもんつけられて全部持っていかれるって聞くし」
肩を回しながら文句を言う男は哀れである。
目の前に居るのがその役人と、貴人直属の副官であるとは気づいていない。
だが不幸中の幸い、彼の目の前にいる方々は温厚で寛大だ。
不幸なのか幸運なのか、よくわからない。
「・・・大変ですね」
「大変ですねって、全部巫女さまが言ってたことじゃねーか」
(ちょっ)
鳥樺の記憶の片隅に居るだけの分際でありながら妙に馴れ馴れしい男は余計なことを口走る。
確かに役人は怖い、関わりたくない、貴人は傲慢だ、とか言ったような気もするが、何もその役人の前でその話はしなくてもいいだろう。
見る限り悪意は感じないのがたちの悪い。
背中が痛い。
2つの目線が鳥樺に刺さっている。
「ん?後ろの奴らは何だ?」
「えっと、こちら、西都で―――」
「西都で鳥樺の友人をしている羊と李だ。たまたま近くを通ったので、鳥樺に会いに来た」
羊笙は鳥樺の紹介を遮って嘘の自己紹介をする。
確かに、ここで正体を言うとこの男の心が持たないかもしれないので、適切な判断かもしれない。
だが、鳥樺の友人と名乗ってはいけなかった。
男に雷でも落ちたかのような衝撃が走った。
「巫女さまに・・・友人?あの巫女さまに?男嫌いの巫女さまに!?」
「・・・失礼ですね。友人の一人や二人いますよ」
「そうだとしても・・・羊、さんは置いといて、李は男だろ?男嫌いじゃなかったのか?!」
巫女さま、と呼ぶくせに敬意の何も感じない。
別に構わないが、それなら普通に名前かなにかで呼んでくれた方がいい。
馬鹿にされているようである。
男は嫌いなわけじゃない。
求婚者を片っ端から追い返していたので、そう思ったのだろう。
その認識を訂正するつもりもない。
それにしても、羊笙は覆面をしていても美女という認識を受けているほうが面白い。
少しばかり頬を染めて、羊笙にだけさん付けと敬具をつけている。
だが、男がぶっ倒れる気配はない。
やはり覆面は正解だったようだ。
だが、羊笙は女と思われているのが気に入らないのか、むっとする。
「なんで私は置いておくのだ」
「えっ、は、そっ」
ずいっと顔を近づけて男を睨む。
男は顔を真っ赤にしてあわあわとしている。
これは羊笙が悪いと思うのは間違いではないはずだ。
羊笙は農民の美人に対する抵抗の低さを舐めている。
倒れられては困るので、仕方がなく男から羊笙を引きはがす。
羊笙は相変わらず不服そうだが、それは無視するしかない。
倒れられては、貴重な情報源が失われることになる。
「それで、残る麦は保存しているのですか?」
「いや、俺らが食べる分は保存して、残りは売って金にしてる」
「「ほう」」
羊笙鳥樺共に食いつく。
「何処に売っているんだ?」
「え、あ、っと、行商が通るからそれに。詳しくは知らねぇ、です。親分なら知ってるかもだけど、今はちょっと・・・」
男は羊笙に詰められると途端に小さくなって後ずさりながら片言になり、敬語となる。
初な男である。
そんな男にさらなる災いが降りかかる。
「おい、何してる?」
「げ、げえっ!親分!?」
頃合よく親分が現れた。
筋骨隆々、羊笙とは対照的とも言える。
男は顔を蒼白にする。
「てめぇ、また怠けてんのか?」
「ち、ちげぇですよ。巫女さまの質問に答えてたんすよ!なあ、そうだろ?」
「あ、違いますよ。怠けてたから声をかけたので」
余計なことを言われたので、そのやり返しである。
怠けるのはいけないことだ。
男はさらに顔を青くする。
親分は他人の関係ない鳥樺までもが恐怖を覚えるほど鋭い目つきで男を睨んだあと、鳥樺を見て顔をほころばせる。
「巫女さまじゃあねえですか!すみません、こいつが迷惑かけて」
「いえ、かまいません。でも少しお話を聞きたいのですが」
「なんと、そうですか!何なりとお聞きください」
「うわ、親分、顔が気色悪―――」
男がなにか言いかけたが、鋭く鈍い音が鳴り、次の瞬間には男は腹をおさえながら黙り込む。
だが、なんとなく何がいいたいのかはわかった。
そして、男の言いたいことには鳥樺も同感である。
先程の鬼のような姿とはまるで正反対の、物腰の柔らかさ。
だが普段から笑顔に慣れていないのか、にっこり優しい笑顔がなにやら不自然で気色悪い。
「麦を売っていると聞いたのですが、どのような商人に売っておられるのですか?」
「普通にここらを通る行商人ですよ。ですが、そう言われてみれば、それ以外のことは分かりませんね。名前も知らないですし」
(名前も知らないのか?)
親分の男はさらっと流すが、かなり怪しい。
羊笙も顎に手を当てて考え込んでいる様子。
「名前も知らなのですか?」
「字も読み書きできない私達には名前なんてどうでもいいものでしょう?麦を買ってくれるというのなら、どこの誰だって構いませんから」
「巫女様も俺の名前は知らないだろ?俺も巫女様のなまえ知らないし。そういうことだよ」
お前は喋るな、と拳骨を食らった男は放っておくことにして、彼らの話も、言われてみればそれもそうだろう。
実際、鳥樺の一族でも名前はそこまで重要なものではない。
鳥樺も巫女さまと呼ばれることが多い。
名前は大体は覚えているものの、基本は役職で名前を呼ぶのだ。
家族といった仲のいい間柄であったり、役職などが重複していればややこしいので名前で呼ぶこともある程度。
村人ですらない行商の名前なんて確かにどうでもいい。
麦を買ってくれるならそれでいい。
と、鳥樺はあっさり納得するが、羊笙や李武官は未だに納得がいかないようだ。
これは文化の違いである。
だが、きな臭さは変わらない。
商人による麦の買い占め。
まだ事実かは定かでないが、彼らの言葉が本当ならばこれが物価上昇の原因だろう。
商人の独断か、誰かの指図か、目的は何なのか。
わからないことだらけだ。
だが、鳥樺が考えることではない。
「羊、近隣の村も行ってみてはどうでしょう?新しい話があるかもしれません。申し訳ないですが、彼らを案内してくれますか?」
「巫女様の頼みとあらば、死してもお受けいたします。おまかせを」
羊笙と呼ばないように気をつけなければ。
ここでは羊笙は友人の設定になったのだ。
鳥樺は催事の準備がある。
親分も気分良く心得てくれたのでそれに羊笙らを預け、鳥樺は用意された天幕に戻ることにした。




