宝石
まず、その変化した宝石というのが、紫晶。
その名の通り、紫色の水晶だ。
なんでも、知人の一族は水晶ならひに紫晶が採れる鉱山を所有するらしく、紫が一族の象徴だったそうだ。
紫は高貴な色だ。
蓉では、皇帝が金色、男系皇族が黄丹色、女系皇族が青色を使っていた。
もっとも、それはひと昔前の話で、今となっては金色が皇帝、杏黄色が男系皇族で、女系皇族に色はなくなり、黄丹は先の皇太后の象徴と言われるようになったが。
紫はかつて女系の皇族の象徴であった青の次に位が高い。その後、朱白黒などの色となる。紫はたいてい皇族の傍系に与えられている。
知人の一族もまた、皇族の傍系であった。
故に、紫晶のとれる鉱山を所有する権利が貰えたのだろう。
ああ、前置きは面倒だ。
勿体ぶらず、さっさと本題に入ろうか。
ある日、蔵が燃えたらしい。
その日はよく乾燥していて、そのうえ蔵には書物も多く、火はなかなか消えることがなかった。
必死の消火活動と、急な雷雨によって火は消し止められたが、蔵の掃除をしていた下女が死んでしまった。
それだけならばまだ不幸中の幸いだったといえよう。
蔵には、鉱山から取れた水晶やそれから作られた細工を多く保管していたのだ。
当然石が燃え消えることはなかった。しかし、そこにのこったのは紫晶ではなかった。
黄色、それも黄丹に近い。
すべてがそんな宝石に様変わりしていた。
まだ不幸は続く。
下女が死んでいたのは蔵の入口だった。
下女は首に、黄丹に変色した宝石の首飾りをかけていたのだ。
火事の一月ほど前、訳あって臣籍下降して知人の一族にやってきた皇族が亡くなっていた。そしてその皇族も、その蔵で亡くなっていたのだよ。
当時、知人の一族、そして臣籍下降をした皇族は時の皇太后一派と対立していいた。
皇太后は黄丹を好んでいた。
この意味がわかるか?
皇族と下女は、皇太后によって呪い殺されたのだよ。
●●●
貴人は話を終えると、二杯目の葡萄酒をゆっくりと飲み込んだ。
(くだらない)
鳥樺は呆れた。
いくら強い権力者でも、人を呪い殺すことはできない。
黄丹を好んだ皇太后ということは、前帝の母君に当たる方の時代の話だろう。
父からその皇太后の話は聞いたことがある。
自分が生まれる前の先の皇太后の時代に、鳥樺の一族の親戚になる一族がその方となんたらかんたらあって滅びたらしい。
一体、何をしでかしたのやら。
(いや、そんなことはどうでもいいか)
今考えるべきなのは、宝石が変わったことについてである。
くだらないと否定したからには、それなりの理屈がいる。
この貴人が何者なのかは知らないが、もともと鳥樺は博愛主義だ。
どこの民族の者であっても頼ってきたなら助ける。
今回も例外なくしっかりと解くとしよう。
「質問よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも」
貴人は自信あり気な表情を浮かべる。
何でも、というのは言いすぎな気もするが、あまり踏み込みすぎても怖いので曖昧に問うことにする。
「なぜ火がついたのでしょう?」
「それは分からない。燃え具合から蔵の外壁の柱に火がついたと言われているのが、なぜついたのかまでは分からん」
「蔵の構造と、季節はわかりますか?」
「二階建て、瓦屋根で壁は漆喰と松の柱だ。季節は秋頃だったと思う」
(よく調べているな)
お陰で、想像がしやすい。
二階の外壁から火がついたのなら、誰かが燃やしたわけではないのだろう。
火の付いた矢でも飛ばせばできるかもしれないが、流石に屋敷の中で気づかれずに火のついた目立つ矢を放つことは出来まい。
そうなると考えられるのは、自然発火だ。
記憶にある知識を探り、最も可能性の高いものを探す。
「では、近くに広葉樹があって、木も燃えていたというのはありました?」
「あ、ああ、そのとおりだ」
貴人は驚きつつ肯定する。
鳥樺は心のなかで箱の中身を当てたときの子供のように笑う。予想が当たったようだ。
種は揃った。火事の原因についての答えは出た。
「火がついたのは自然発火ですね」
「ほう?」
貴人は葡萄酒を嗜みながら反応する。
「秋、冬は空気が乾燥し、植物の水分も失われます。秋ごろでしたら、まだ枯れ葉が残っていたでしょう。その日は、風の強い日だったのではないでしょうか?風に揺れ、枯れ葉が擦り合わさることで火種が生まれ、乾燥した葉は勢いよく燃え上がります」
秋、冬の乾燥による火事はよく山などで起こるらしい。
多くが砂漠の栄鴉や草原では木はほとんどないので、そのような火事が起こることはないが、中央などでは比較的よく起こっているのではないだろうか。
「なるほど。その火が、蔵に燃え移ったのだな」
「ええ」
「お前は、質問いくつかをしただけで息をするように誰もわからなかった謎を解くのだな」
「その場にその知識を持つ者が居なかった、それだけの話です。知識は財産です。だから高貴な方々は大金を費やしてでも教養を受けるのでしょう?」
鳥樺は葡萄酒に手を付ける。
流石にもう飲んでいいだろう。
口にした瞬間にいっぱいに広がる甘みとほのかな酸味。
葡萄の旨味が存分に活かされている。
貴人の集まる宴の酒だ、それはもう高級なものに違いない。
鳥樺は盃を揺らして葡萄酒をもてあそぶ。
飲み干すには勿体無い。
「酒は好きか?」
「ええ、それなりには」
酒に見惚れて喋らなくなった鳥樺を見かねたのか、貴人は何となく碌でもないことが起こりそうな質問をしてくる。
「ほーん。ならばこれは相当欲しかろう?」
「こ、これは―――っ!」
出てきたのは黒色をした硝子の瓶。
しっかりと栓もされたその瓶の中には液体が入っている。
どこか品を感じさせるそれは、何を隠そう、葡萄酒であった。
「分かるか?この葡萄酒の良さが。哥淑では葡萄酒の女王、と言われる葡萄酒。その中でも最高級の品だぞ。優美でしなやか。私の一番好きな葡萄酒でもあるのだが」
鳥樺は思わずよだれを垂らしそうになる。
鳥樺が飲むのは大抵は麦酒で、苦味が非常に強い。
一方で葡萄酒は辛味の強いものから甘みが強いものまで幅広く揃っていて、どちらにしても麦酒などとは比べ物にならないほど美味だ。
葡萄酒は値段で変わると聞く。
粗悪品は辛い甘いを超えて酸っぱく、高いものとは別物らしい。
眼の前にあるのはそんな問題など考えるだけでも失礼な最高級品。
甘党の鳥樺は甘口の葡萄酒派。
眼の前にある高級品も見た感じ甘口だ。
「もししっかりと呪いを最後まで解いてくれるのであれば、礼としてこれを授けようと思う」
「本当ですか!?」
あまりの喜びに立ち上がってしまう。
想定外の提案だ。
夢かと疑ってしまう。
そんな高級酒の味など想像できない。
言葉では表せぬほどに美味であるに違いない。
最初から呪いは解くつもりだった。
最高の提案だ。
鳥樺は咳払いして座り直すと、全力で思考を回す。
松の木は燃えやすい。火はかなりの温度になったに違いない。
その温度が、宝石の色変わりに関わってくる。
宝石のことはだいたい予想していたが、火事の話でほぼ確定した。
「宝石の話ですが、火事の話を聞いて大凡分かりました」
「そうか」
「宝石は、熱することで色を変えるものがあるそうです。紫晶は、白乳色と、黄丹に似通った色になるかと」
師匠が見せてくれた宝石は先が紫がかった白乳色の水晶だった。
その白乳色の水晶は元は紫で、熱することで色を変えたものらしい。
温度によっては黄系の色になると言っていたのを覚えている。
しかしそれは、皇帝や皇族を表す黄系の宝石など、ましてや当時は皇太后の亡きすぐ後で、その力が未だに残っていた世。
持ち歩くにも保存するにも余る物だったため、実際には見ていない。
「蔵には書物があり、木材は燃えやすい松なのでしたら、宝石の変色には十分な温度になったはずです。黄色が都合が悪いのでしたら、更に高温で石を焼けばよろしいかと。石は白乳色となりますから」
一欠片でも危ういというのに、蔵がそれで埋まったのなら、かなりの問題だ。
見つかればその一族は滅ぶに違いない。
どうなったのかは知らないが、もし今も隠し持っているのなら、この助言は役立つだろう。
「なら、皇族と下女が死んだのは?」
「皇族がそこで亡くなったのは偶然か、殺されたのかは見ていないので知りません。ですが、下女が死んだのは、火事のせいです。火事が起こると、有害な気体が発生するので」
火事の場合、大概が火で焼かれ死ぬのではなく、煙の毒を吸って死ぬらしい。
下女は火事を察知し、蔵の出口に向かった。
だが、間に合わなかったのだろう。
年頃の娘ならば、宝石を身に着けてみたい気持ちも理解できる。
首飾りはそれだろう。
「呪いではないと?」
「ええ。呪いなどではありません」
「・・・そうだったのか」
貴人は面を上げて力ない声で呟き、勢いよく三杯目の葡萄酒を飲み干した。
どうやら相当な酒豪らしい。
「約束の礼だ」
貴人は約束どおりに酒瓶を鳥樺に投げ渡して、また独特の人を引き付ける力を持つ自信に満ちたような明るい微笑みを浮かべると、大勢の人混みの中に消えてしまった。
(結局何者だったんだろう)
豪快な女傑だった。
名前を聞けばよかった。
羊笙と鳥樺のことを知っているなら西都の政に関わる人間だと思うが、半月滞在していた領主亭内でも会った覚えはない。
鳥樺は不思議に思いながらも、酒が貰えたことに歓喜した。




