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放牧の姫  作者: オキ
西都編
13/28

 しゃらん、と雅な鈴が鳴る。


 栄鴉の特使は予定より少し遅れて西都に訪れた。

 黄金の髪と、鳥樺の奥深く翡翠よりも澄んだ蒼玉の瞳を持つ美女である。 


 名前を楼楠(ローナ)といい、少し発音しにくいので、多くの者が特使殿と呼んでいた。


(楼楠、ねぇ・・・)


 鳥樺は特使の視界に入らぬところへ避難する。


「お久しぶりです、白鶯さま」

「これはこれは、お久しぶりです。特使殿」


 領主の白鶯の斜め後ろには音隼。

 羊笙はいない。


 何故かといえば、羊笙は咳が酷く、体力もないからである。


 客人の前に咳をしながら出るのは不敬なので、代わりに音隼が出るらしい。羊笙は領主と管轄下の部下以外とは基本的に会わないとのこと。


 要するに、羊笙は副官という重要な地位でありながら引きこもりだそうだ。


(領主よりも露出を控えるのもいかがものか)


 身分の高いものほど露出は控える。


 咳がひどいとはいえ、領主を差し置いて引きこもるなど、いくら体が弱くとも不敬だ。


 こういう場は控えたとしても、普段は少しは顔を出すべきであろう。

 そんな羊笙を許す領主はかなりお優しいお方らしい。

 ただ単に、羊笙がお気に入りなだけだろうが、それでも優しい方であることに変わりはない。


 予定通り、宴は行われた。


 鳥樺の手番はもう少し後なので、今はそれなりの格好をして会場内を散策している。

 恐縮なことに、白鶯の客人という立場だ。


 羊笙に呼ばれて向かった部屋に入った途端侍女に囲まれ、いつの間にか誰か分からないほどに着飾られた。

 そんな身分でもないし、そのように振る舞得る自身もないと訴えたが、礼儀作法も一般以上あるからいつも通りで大丈夫だ、という理屈の下、鳥樺の反論が通ることはなかった。


 派手な化粧に、華やかな異国風の服に、身長を盛る厚底の歩きにくい靴。


 このような宴は初めてである。

 食事も美味しそうだ。

 礼儀に気をつけつつ美味しく味わう。


 宴は立食形式と言われる形式で行われているようだ。

 蓉では珍しいとのこと。


 着席形式にすれば、舞台に近い人間がどうしても身分が高い者と思われ、話せる人間も限られるからだろう。


 この宴は栄鴉を筆頭とした異国との交流、そして有力者同士の密談や取引、交渉など、繋がりを深める目的もあるようなので、それを考慮したうえでの形式なのだろう。


 その意図はしっかりと効果を発揮しているようで、誰が有力者なのかは分かる者しか分からない。


 栄鴉の特使を筆頭とした異国との交流が目的な会なだけあり、異国の言葉や料理も多く、衣装や髪型もまた、異国風となっていた。


 裙は大きく広がるもので、上着は胸元を強調するように開けていて、髪型も栄鴉風だ。


 また、栄鴉の客人は蓉の者に比べるとあからさまに女が多く、女の立場の強さが伺えた。


 ときに哥淑特有の韻が踏みにくそうな音楽が流れ、これまた蓉では珍しい男女での舞踊が始まる。


 この日のために練習したのだろうか、失敗する者はいなかった。


 独特な足踏みだが、踊ると案外簡単なものなのかもしれない。


 鳥樺は舞が得意だ。

 練習してみてもいいかもしれない。


 いいなあ、と思いつつも鳥樺は散策を続ける。


 卓上の料理は食欲をそそる匂いを放つ。


 あまり食べまくるのははしたないので、大概は見るだけに止めようとしているのだが、見るだけでよだれを垂らしそうになる。

 だから机にはあまり近づかないようにしているのだが、やはり吸い寄せられてしまう。


 いつの間にか鳥樺は料理に手を出してしまっていた。


 絶品料理を堪能していると、輝く硝子に注がれた葡萄酒が目に入る。


(酒は、駄目だよな)


 酔ってしまってはこのあとに響く可能性がある。

 しかし酒、特に葡萄酒は羊笙に少し貰って以来のお気に入りの酒類である。

 葛藤の末、いつの間にか酒に釘付けとなる。


「飲みたいのか?」


 白い衣装の女貴人に声をかけられたのはその時であった。


 鳥樺の顔が真っ青になる。


「い、いえ、そのようなことは―――っ」

「ははは、よいよい。禁酒中か?だが飲みたいのはわかるぞ」


 案外普通の反応に、鳥樺は首を傾げる。

 一拍開けて、今自分は白鶯の客として、それなりの格好をしていたことを思い出した。

 怒られると思っていたのでほっとする。


 今は自分が貴人と並んで立つことが許された立場にいる、というのは未だに実感がない。


 葡萄酒を片手に持った女貴人は女にしては豪快な笑い声を上げながら、葡萄酒をとって鳥樺に渡す。


(不可抗力だ)


 鳥樺は勝手に理由をつけて嬉しく思いつつも平静を装う。

 これではしゃぐのは稚すぎるし、礼儀がない。


「ありがとうございま―――」


 顔を上げて、鳥樺は言葉を失った。


 顔左半分が爛れていた。

 酷い火傷の痕だ。


 顔だけではない。

 掛布で隠れているが、よく見れば左肩にも火傷の痕が続いている。

 肩だけでなく、もはや全身左半分が火傷の痕で覆われているようだった。


 葡萄酒の注がれた洋盃を持つ左手は人差し指と中指がくっついてしまっているよに見えた。

 左目も色を失っており、視えていないのではないだろうか。


「・・・醜いか?」

「滅相もございません」


 鳥樺は慌てて答える。

 まじまじと見すぎていた。


「嘘は言わなくていい。醜いなら醜いと言えばいい」


(言えるわけがないだろう)


 互いの身分が分からないこの場では、多くの者が敬語を使う。


 それでも軽い口調で話しかけてくるということは、この宴における最上位の地位か、それに近い地位が在るに違いない。


 この宴では白鶯、栄鴉の特使、その他国の代表などが最上位で、彼らはそれ未満の者に対して敬語は使わない。この女性にはそれら最上位に準ずる地位が在るわけだ。


 だからそんなこと言えるわけがない。

 内心愚痴りながらも、なるべく正直に答えるために言葉を選ぶ。


 醜いとは思っていないのだから。

 

「嘘などついておりません。どちらかと言うと、醜くみえるように振る舞っておられるように見えますが」


 火傷痕も、白粉を使えばいくらでも隠せよう。わざわざ持ちにくく、醜いと言われそうな左手で洋盃を持たなくてもいい。


 しかし、選んだ言葉がこれである。

 相手によっては地雷になりかねない。


 それでもそうはならない。


 鳥樺の運は凄まじいのだ。

 神に守られていると言ってもいいほどに。


 貴人はきょとんとして、くつくつと笑ってみせた。


(美姫だったんだろうな)


 火傷のない右半分は、傾国ともいえるような美しさを保っていた。

 それなりの齢になると思われるが、それでも尚失われぬ美貌。

 若かりし頃は間違いなく周りを魅了しただろう。


 非常に残念に思われるが、火傷があっても尚、その優美さは失われていない。

 そしてその自信に溢れた笑みには、人を惹きつけるなにかがあった。

 これこそが上に立つべき者の持つ力なのだろうか。


 醜いと思わなかったのはそれらが要因だろう。


 彼女が女でなければ、大層な地位につけていたのかもしれない。


「正直者だな、気に入ったぞ。お前は神の民の巫女だろう?雌羊も、たまにはいい仕事をするではないか」


(雌羊?羊笙のことか?)


 随分と面白い表現だ。


 驚いたが、羊笙を知っているなら、鳥樺の正体を知っているのも納得がいく。

 軽口調で話しかけてきたのも、鳥樺の正体が分かっていたからだと思う。


 最上位身分なのかは不明だが、羊笙を雌羊とまで呼べるならそれなりの身分なのだろう。


 呼び方からして、羊笙とは親しいのだろう。

 雌羊というのは完全なる嫌味だ。

 そんなことは親しくなければ言うまい。


「神の民の巫女といえば、知っているぞ。奇跡を操るんだろう?まあ、生憎私は神など信じて居らんがね」


(神を信じていない人間とは珍しい)


 高貴な人間は大抵、皇帝を神として忠誠を誓う。

 神を信じていないとは、忠誠心に欠ける御方だ。


 蓉の顔立ちだし、名家の婦人か何かだと思っていたが、商人系なのだろうか。


「折角だ、そこの席に座って話そうではないか」

「いえ、それは恐れ多い―――」

「かまわん。座れ」


 怪しいので断ろうとしたが、無理矢理座らされる。

 鳥樺の本来の身分を知っている以上、もはやもう対等ではない。


 有権者の言葉というのは、断ったところで最終的には命令となるのだから、最初から素直に聞いている方がいいのかもしれない。


 貴人は新しい洋盃に葡萄酒まで注いでくれたのだから、嬉しいものだ。


 だが、この貴人の目的がわからない以上、葡萄酒を飲むのは危険だ。

 当たり前だが、毒でも入っていたら死んでしまう。

 それは当然嫌なのだ。


 羊笙の知り合いだと決まったわけでもないし、羊笙の知り合いだとしてもだからといって信用できるわけじゃない。


 貴人はそれを横目にふっと笑い、己の葡萄酒を一飲みする。


「ある知人から相談があってな。宝石が皇族の呪いを受けて色を変えたようなのだ。その呪いが何なのか、わかるなら教えてほしい」

「呪い、ですか」


 西都の人はその手の話が好きだな、とある意味感心しつつ、鳥樺は話を聞く体制となった。

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