準備
翌日、領主の別邸に向かうこととなった。
ついてくるのはずいぶんと音繰に似た男である。
「初めまして、音隼です。領主の第二副官を務めております」
「こちらこそ初めまして」
つまり、羊笙と同じ立場の人間だ。
しかしか弱な羊笙よりも副官感がある。
それなりに筋肉もありがっしりしていて威厳がある。
ひょろい女顔の羊笙とは比べ物にならない。
羊笙は綺麗ではあるが、あれでは初対面で舐められてしまいそうである。
まあ、羊笙に舐めてかかると痛い目見そうだが。
羊笙の脅し方は静かで美しいので、普通の罵声圧力といった脅しよりもずっと怖い。
(それにしても、音繰とよく似てるな)
鳥樺がまじまじと顔を眺めていると、音隼は気を利かせて鳥樺のほしい答えをくれる。
「弟がお世話になっております」
「ああ、音繰さまの」
鳥樺は、ぽんと手を叩く。
改めて考えれば名前も同じ字を使っているであろうことから血縁であることが分かる。
「音繰さまはどちらに?」
「弟は、羊笙の仕事と、自分の分の仕事を片付けております」
(羊笙さまは、人使いが荒いようで)
あの従順な下僕のことだ。
仕事を押し付けられても呆れながらも嫌な顔はせずに黙々とやるのだろう、可哀想に。
「では、仕事を音繰さまに任せて、羊笙さまは今何を?」
「羊笙は、領主さまの誘いで狩りに」
(はあ?)
鳥樺は声が出る前に口をつむぐ。
草原で、やんごとなき緒方が狩りをしているのは見たこともあるし、自分たちの鳥が狩られぬように気を張っていたものだ。
だが、もうすぐ特使が来ると言っていたのにも関わらず、一体何をしに行っているのだろうか。
「羊笙さまはこちらに来たかったようです。しかし、領主さまの誘いを断るわけにも行かず」
「そう、ですね・・・?」
音隼は鳥樺の不満を読んで丁寧に説明してくれたが、やはり解せない。
どこに行こうと勝手なのだが、部下に仕事を押し付けて娯楽に行くのはどうかと思う。
いや、あのか弱い体では狩りは娯楽などでもないかもしれないが。
解せないものは解せない。
「音隼さまは行かれないのですか?」
「私は残れという指示ですので」
(さては白鶯が羊笙と遊びたいだけでは?)
そんなことが一瞬頭に浮かんだが、無理やり気の所為かと頭から放り出す。
考えても仕方のないことだし関係もないことだ。
鳥樺はとりあえず、仕事を押し付けられている音繰に手を合わせることにした。
それにしても、音繰と音隼が兄弟だとすると、兄弟そろって中央から西都に移動したことになるが、とても経緯が気になるものだ。
音隼はため息を付く。
目の下に隈がある。
疲れているのだろう。
遊びに行っている白鶯と羊笙のせいで。
しかし、音隼は音繰と同じで文句を言わない人間らしい。文句を言う暇なく淡々と完璧に仕事をこなしている。
今もこうして、鳥樺の案内をしてくれている。
音繰と違うところは、仕事裏での小言がないところだ。
音繰は羊笙が見ているところと見てないところとでは態度がまるで違う。
鳥樺が普通に接してくれと言ったのが悪いのだが、それにしても扱いが酷いほどにいい加減だ。
しかし音隼はそういう人ではなさそうだ。
「主が、申し訳ございません」
「なんのことですか?」
「火浣布など、あるわけもありません」
(ああ、そのことか)
確かに無茶な話だが、鳥樺も実はその話には久々にそれなりに楽しませてもらっている。
火浣布の再現など、本来楽しくて仕方がない話だ。
貴人の諍いに巻き込まれさえしなければ、の話であるが。
「いえ、楽しませてもらってます。あるわけない、という根拠もありませんし、火のない所に煙は立たぬと言うじゃないですか。火浣布が空想のものだとしても、それに準ずるものなら存在するんですよ」
鳥樺は軽やかな足取りで坂道を下っていった。
―――――――
領主の別邸は流石の一言の大きさと豪華さを持っていた。
邸宅から一里ほどの距離に立つ、これまた豪華な建物だ。
別邸でありながらのその大きさと豪華さは、権力の大きさを感じさせた。
柱に掘られているのは虎だろうか。
西を治める白の一族の由来でもあったはずだ。
(もし柱に酒でもぶっかけようものなら、次の日には首はないだろうなあ)
そんな物騒なことを想像してはぶるりと身震いする。
柱に限らず、至る所に白の一族の所有物であることが記されていた。
邸宅はどちらかといえば中央風だったが、別邸は栄鴉風の作りとなっていた。外交大使館は蓉の中でも都のある中央風の建物を無理矢理に栄鴉風にした感じだったが、別邸は建物のつくりから栄鴉風だった。
宝石の輝く大きな照明が高い天井についており、壁には大きな挂毯が左右対称に掛けられている。
机が置かれ、装飾もされていた。いつ特使が来てももてなせるように準備が完了している。
「これは、私が見てはいけないものでは?」
たしか、宴というものは位が高い者から入っていく。
完成した会場に一番に入るのは基本的に位が一番高い者でなくてはいけない。
これも昔、母に教えられたこと。
鳥樺の貴人への礼節や楚々たる所作、高貴な方々の習わしや一般常識などの知識はすべて母譲りである。
虎が白の一族の由来であることも母に聞いた話を覚えていたから分かった話だ。
音隼は顎をさすりつつ、神妙そうな顔つきでボソリという。
「そういえば、私の名において許された、と自慢気に言っていましたね」
羊笙は同僚に対して、なんの誇りにもならないことを誇らしげに語っていたらしい。
おそらく、名に免じられたのではなく、美貌に免じられたのだろう。
本人は気づいているのか否や。
聞きたいことはいくつがあるが、それを聞くのは勇気がいる。
(てか、すでに愛人だったりして)
なんとなくそんな気もする。
無いと信じたいが、それは分からない。
(さて、いい場所はあるかな)
鳥樺は思考を切り替える。
今のところ、鳥樺の予定では服に火をつけて踊ろうと思っている。
そうなると、室内はだめだ。
火が燃え移ればただじゃ済まない。
西都は乾燥しているので、火も広がりやすい。
ということで庭に出る。
庭でやるにも、風がないことが前提であるが、鳥樺の予想では暫くは雨も降らず風もない。
よって、心配も少なく計画を立てられる。
庭には乾燥する西都では大変珍しい大きな池があり、緑も豊富に仕込まれている。
池は川から引いてきた水を使っているようで、高低差を利用することで、滝のように水が入り込んでいる。
まず思いつきもしないような大胆で贅沢な構造であった。
「音隼さま、こちらに乗っても?」
「構わないかと」
許可を確認して、手前の大きな黒岩に乗る。
比較的平らなので、ここでなら舞が踊れそうだ。岩は黒いので、夜に見たら浮いているようにも見えなくもない。これに黒の染料でも塗っておけば尚良しだろう。
続いて池の中も覗き込む。
水面は乗っている岩より少し下で、落ちても衝撃は少なそうだ。
水は新鮮だからか、比較的透明で、薄っすらと水中の様子が伺えた。
とても深く、自然の池が利用されているのだと理解する。
更に入念に調べる。
(あれは)
乗っている石の裏。
洞窟のようになっていた。
使えそうである。
「もういいのですか?」
「ええ」
鳥樺は残りの用意を済ませるべく、屋敷をあとにした。




