奇妙な茶会
「痛っ」
寝転がって天に向かって掲げて読んでいた本が鳥樺の消えかけた意識を叩き起こした。
まだ涼しさは残るものの、痛く眩しい陽光が差し込み、小鳥のさえずる音がする。
ここ数日、鳥樺は部屋に置かれていた小説にはまっていた。
一体誰が書いたのかは知らないが、鳥樺の中では尊敬対象としてなりつつあった。
よって、寝不足である。
なぜ小説に惹かれるのかははっきりと分からないが、おそらくその高い文章力だろう。
是非ともその文章力は欲しいものだ。
他部族に文を出すときにとても使えそうである。
それに読み書きの練習にもなる。
そんな考えもあって、読むのをやめられない。
分かっていながら睡眠時間を削ってしまうのはいけない。
草原ならばすることもなく暇なので昼間に寝ることもできるのだが、西都では昼間もしたいことがあって寝る時間も惜しい。
西都に来てからはだいたいいつも寝不足である。そしてそれは日に日に酷くなっているような気もする。
鳥樺には名に鳥がいるのにもかかわらず、夜型人間なのだ。
鳥樺は一旦寝るかと思い立つ。
その決意を邪魔するように、鳥樺は羊笙より呼び出しを食らった。
―――――――――
(何の真似事だろうか)
呼ばれて来た先では、なにやら奇妙な茶会が行われていた。
いや、一見、奇妙なところはなにもない。
卓上には見たこともない高価そうな菓子と紅茶が置かれ、甘い匂いが緑の豊富な庭に広がっている。
向かい合って座るのは、紛うことなき絶世の美女と、前の美女ほどではないがそれなりに顔の整った優男。
所作の一つ一つから品を感じさせる。
時折上品な笑い声が響き、建物の廊下を通る者の耳を大きくする。
そんな微笑み合う二人の仲睦まじい様子であった。
だが、彼らの正体を知るものは皆絶句し、状況理解に悶える者さえいるだろう。
現に、鳥樺がそうであった。
彼らの後ろについている従者はお馴染みの音繰ではなく、初めて見る若い従者であった。
一体どんなことを考えているのだろうか。
悟りを開いたような仏の顔をしていた。
鳥樺はああはならぬように仕事用の表情を浮かべ、表情筋を固定したのを確認してから前へ出る。
たしか、己より位の高い人間には膝をついて敬意をあらわす。
様子を見る限り、座っている人間は位が高そうだ。
「お呼びでしょうか」
「ほう。羊笙よ、この娘が神の民の巫女か?遊牧民の娘と聞いたが、なかなかどうして、しっかりとしているじゃないか」
「ええ、白鶯さまの仰るとおり、神の民の巫女ですよ。私も驚かされました」
羊笙は無礼にも咳をしながら答える。
だが、白鶯と呼ばれた男は咎めない。
白鶯。
白という字を持つ白の一族は西都を治める有名な一族だ。
白鶯はその一族の長で、現在の西都の領主であるということは、白の一族の領民では常識。
巫女などやっていれば、それこそ白鶯が次代領主となって名を挙げた二年前よりも昔からその名前を知っている。
噂話程度であるが、兄弟内での跡継ぎ争いがどうのこうのという話を聞いた。
白鶯は兄弟内では最も可能性が低かった男だったと思うが、どういうわけか領主となったらしい。
人の名前は覚えぬが、役に立ちそうな世間話は大体覚えている。
そして、そんな白鶯と向かって座る、か弱そうな人間がおなじみ、副官の羊笙であった。
(なんで従者が一緒に座って茶会なんてやっているのだろうか)
それに、どこからどう見てもお似合いの夫婦か恋人にしか見えないのはどういうことだろうか。
初見で羊笙を男だと見抜けるのはごく僅かに違いない。
羊笙を男だと理解する鳥樺ですら、意識がはっきりしない寝起きに見れば、二人は夫婦か恋仲であると勘違いしてしまいそうなものだ。
しかし実際は傾国の女顔の男と、歳の割に若く美しい顔立ちの男の二人の茶会だと思うとむさ苦しい。
「して、火浣布は用意できそうか?」
白鶯が問う。
「はい。大方の準備は整っておりますゆえ」
鳥樺は緊張で声が震えそうになりながらも、言葉に気をつけて堂々と応答する。
物の準備できている。
あとは演出の準備のみである。
「そうか。火浣布は私が冗談で言ったものが始まりだが、まさか用意するとはな。しかも噂の神の民の巫女まで連れてくるとは。いつも驚かされてばかりだ。きっと栄鴉の特使殿も驚かれるだろう」
(お前かよ)
事の元凶はこいつだったらしい。
この方にとっては冗談でも、下の者からすればそんな軽い話にはならない。
それくらい、上に立つ者として理解しておいてほしいものだ。
「それは何よりです。私の部下たちも精一杯頑張ってくれました」
「羊笙はいつも面白い物を見つけてくる。見た目も美しいし話も上手いから、話していて面白いし癒やされる。お前が女であれば間違いなく妻として娶っていた。なんなら、お前が望むなら男でも娶ってやるがな」
白鶯は羊笙の髪をひとふき手に取りながら微笑む。
顔は整っているので、年頃の娘なら頬を染めそうである。
ちなみに、鳥樺は例外だ。
「ははは、ご冗談を」
ころころと笑いながらやんわりと断る羊笙。
鳥樺は後ろの官の虚無の表情の本当の理由を悟った。
体中を百足が歩くような大変気持ち悪い鳥肌が立ち、背中に氷水をかけられたかのような寒気が体中に走る。
(こ、これは冗談じゃない。本気のやつだ)
間違いなく口説き文句だ。
もしや領主さまは男気がお有りなのではないかと疑いの目を向けてしまう。
いや、男気があると言い切れる。
たしか白鶯には妻がいたと思うが、ある意味これは浮気である。
羊笙の落着き具合を見ると、普段から口説いているのだろうか。
傍から見れば男が女を口説いている。
しかし実際は男が男を口説いている。
それに情報をもう一つ付け足すならば、領主の顔立ち整った既婚の優男が、副官の女顔の華奢な男を口説いているという状況だ。
(どこの小説だ)
なにやら、どこかの小説に出てきそうな展開だ。
男が男を好きになることはあると知っているし、鳥樺も文句は言わないし、むしろ反対もない。
昔自分を頼ってきた者のなかにそういうやつがいたので告白するのを手伝ったことさえある。
しかし、こうも堂々と口説き惚気て浮気するのを見て、なんとも思わないほうが難しい。
白鶯も見た目は若いがそれなりの歳で、その子息ももう成人を迎えていたはずだ。
「それより白鶯さま、そろそろ本題に」
「そうだな、たしか、別邸の視察の許可だったか?」
「ええ、特使さまに披露する舞です。失敗は許されません。この娘も現場は見ておくべきでしょう」
羊笙は鳥樺に目線を送る。
どうやら、鳥樺のために火浣布を披露する舞台となる屋敷の視察許可を取ろうとしてくれていたらしい。
鳥樺は仕事の頭に切り替える。
「そうだな、それもそうだ。本来は見せるべきではないが、お前の頼みだしな、許可を出そうか」
「感謝します」
(お前の頼みだしな、って)
羊笙は無視しているが、鳥樺は先程から体中の鳥肌が収まらない。
ある意味拷問だ。
隠れて接吻やそれ以上のことをしている世帯持ち男女を見たときと同じくらいに気まずいような、気恥ずかしいような、なんとなく腹が立つような、変な気分だ。
これは、悟りを開かねばやってられない。
こんなのに毎回よく耐えられるな、と羊笙と後ろの従者に密かに感心した。
そして白鶯に対しては、いろいろ思うところはありながらも楚々たる動きで頭を下げるしか無かった。




