第八十話 ダンジョンの暗部
夜中の十時になったので各自簡易型コテージに自室に移動し、いちおう明日探索予定になっている牧場型ダンジョンの地下九階以降をどう攻めるかって話し合いが行われている。
俺のコテージには俺と虎宮の二人だけだが、男が二人だからこうなるのは仕方がない。
次回のバーベキュー大会に備えて海エリアまで行ってアワビをいくつか確保しようかなとかいっていたけど、アワビは一回のバーベキューで最大三つまでしかスキルポイント増加の効力が無く、しかも一つ一つが結構大きいので古龍のヒレ肉ステーキをあまり食べられなくなるというリスクもあるんだよね。
虎宮姉弟や依理耶先輩はアワビを三つ食べた後で、五百グラム程度のステーキ位余裕で食いそうだけど、流石にアリス先輩や紫峰田さんたちはそこまで大きな胃袋をしていないみたいだ。
「まだすべての食材を試した訳じゃないし、ヒレ肉以外の部位のステーキがの方がポイントが上かもしれない。ポイントが増えるパターンと、ステータスが直接増えるパターンもあるみたいだしな」
「二百からのポイントひとつにはポイント三の価値がるからな。さっき入手したポイントはもう振ったのか?」
「まだだが……、何か言いたそうだな」
「ラストレベルリセットの状態じゃない限り、運を先にカンストしておいた方が絶対にいいよ。二百五十六まで上げればレベルアップごとに六ポイントボーナスポイントがはいるしな」
「運ステータス五十でボーナスポイント一って話は本当だった訳だ。やけにサイコロ運がいいと思ってる奴らもいるらしいが」
「入手ポイントを割って六を越えたら気が付くんだけどな。残念ながら増えるのはステータスポイントだけだけどさ」
だから入手できるステータスポイントとスキルポイントにものすっごい差が出る。
俺みたいに自由にやり取りできる奴は他にいないだろうしね。
「だから今回蛍川先輩が気が付いたんだろう。あの人は昔っから何も無いのにスキルポイントやスキルを確認する癖がある」
「今の生徒会のパーティメンバーって、虎宮もよく知ってるのか?」
「あの三人はよく家に遊びに来てるし、泊りがけで何やらする事も珍しくないからな」
「今日も同じコテージに泊ってるしね」
以前から妙に仲がいいし、姫華先輩が依理耶先輩に言ってた男嫌い発言……。
もしかして、四人ってそういう関係でもある?
「邪推は無しだぞ」
「了解。四人の名誉の為に俺は何も聞かないし言わないさ」
「助かる。そんな関係じゃないとは思うんだ……。少なくとも姉さんはな」
「残りの三人は?」
「世の中には知らない方がいい世界があるらしい」
生徒会メンバーがいつからの付き合いかは知らないけど、全員三色持ちって事はステータスカード発行時までにある程度鍛えて来たって事だろう。その際泊まり込みで修行する事もあるだろうし、その際に羽目を外す事もあるんじゃない?
最低でも家に三色持ちか四色持ちが何人かいないと冒険者系の家系とはみなされないみたいだし……。そんな真似ができるのは冒険者に詳しい家の人間か、親父たち位だろうしね。
親父とおふくろが揃って能力を秘匿してる上に隠蔽までしてるうちの家は、揃って勇者パーティの一員なのに国からの援助が入る家の候補から弾かれてるしな!!
親父たちは補助金の事なんて気にもしやしねえし、国も馬鹿高い補助費を払いたくないらしくて勇者パーティなのにそこそこしかないステータスに納得してやがる。
あれも俺を守る手段の一つかと思ってたけど、ヒーロー表記のステイタスカードって他人に見せても冒険者としか表示されないからな。多分スキルで色々と偽装してるんだろうし……。
国の方に補助金貰う為にステータスなんかを多目に申請してる冒険者もいるらしいし、そのあたりを面倒がったのかもしれないけどさ。
うちにしてみたらそこまで大した額じゃないし。
「冒険者家系って、家同士で仲がいいのか?」
「あ~、仲がいい所と悪くて敵対しているところの差は激しいぞ。裏で殺し合いくらいはしてるしな」
「やっぱり金が絡むと酷いな……。雄三おじさんの家とはどうなんだ?」
「勇者さんとは顔見知り程度だが、奥さんの件があってあまりダンジョン探索に乗り気じゃないのが原因だろう。それでも依頼はキッチリ熟すのが流石だが」
玲奈を一人にしたくなくて家を空ける事を嫌ってたみたいだし、俺の両親も一緒のパーティだから代わりに俺たちの面倒を見る訳にはいかないからな。
おじさんの家は国からたっぷり補助金が出てたみたいだし、そこまで冒険者として活動しなくても父娘二人が暮らしていくのは楽勝だったみたいだ。
おかげでおじさんも玲奈を十分に鍛えられた。とはいえ、俺の記憶を弄ったおかげで、中学三年分の努力ポイント? が貰えずに、三色止まりだったけどさ。
玲奈も本来だったら四色持ちだったろうに。
「家を空ける危険性は子持ちの冒険者について回る問題だよな」
「舞秦の家だと護衛兼のヘルパー位雇えるんだろうが、絶対って訳じゃない。酷い奴らも一定数居るし」
「育児放棄か?」
「それに加えて空き巣紛いだ。多くの冒険者はダンジョンリングに収納しているからそこまで家には何も置いていないんだが、それでも一般人や下級冒険者には宝の山だからな」
俺が何気なく打った武器ですら、置いていれば普通の奴らには宝剣に見えるだろう。レベル五以上の武器なんて滅多に市場に出ないし、魔道展開型の武器を打てる鍛冶屋になるとホントにごく一部だけだからね。
このアクセ類だって、鑑定されたら絶対に盗まれるだろうし……。
そうならないように、いろいろ対策してあるけどさ。
……ん?
「……。ちょっと遠いが他の冒険者の気配?」
「この距離の気配が分かるのか。魔剣士で気配察知系のスキルを手に入れた俺でもギリギリの距離だぞ」
「悪意というか、殺意が無ければ気が付かなかったかもしれないけどな。これだけ悪意が濃厚だとおそらく神域に阻まれてここまで辿り着けないと思うよ……」
「悪意ある人間も魔物扱いされる訳か。悲しいが元冒険者崩れの犯罪者も多いからな」
現実の壁に打ちのめされたというか、元々冒険者になるまでに何も努力をせずに単色とか二色を引いた奴の自業自得なんだけど、レベル二十あたりで現実を理解して冒険者を引退する人も多いらしい。
単色レベル二十でステータスボーナス最大百二十。運をどの段階で五十まで上げるか知らないけど、流石に一レベル最高六しか入らないボーナスポイントでそこまで運に振り分けられないだろう。
で、仲間や知り合いとの差に絶望して冒険者を辞めるらしい。
中途半端に能力が上がってるから、それを使って犯罪行為に走る人が多いのも仕方が無いのか?
「レベル十くらいの冒険者でも、再就職には困らないよな?」
「いきなり何を……。ああ、そういう話か。ステータスと持ってるスキル次第だ。特にそのレベル帯だとスキルだな」
「スキルの方が重要なのか?」
「極端な話になるが、時間制限があるとはいえ絶対に火傷しない人間にはいくらでも仕事があるからな。白色持ちでヒール系が使える元冒険者も引く手あまただ」
回復系魔法持ちは何処でも人気だからな。
というか、そういう人は冒険者を辞めたりしないだろ。
「神域内に入れなくて諦めた? いや、二人だけ入ってきたな……。入れる奴もいるの?」
「もしかして、脅されたり巻き込まれたりした冒険者がいるのかもしれないな。悪意の有無で判別できそうか?」
「今入ってきてる人を含めて四人だね。この気配、一人は何となく覚えがあるんだけど」
多分、奥さんのために頑張ってたあの冒険者だ。
残されてる二人もあの時の冒険者たちだな。ん~、どういう事?
「知り合いなのか?」
「以前このダンジョンで見かけた冒険者たちの筈だけど……、悪い人じゃない筈なんだよね」
「神域内に侵入してきているし、脅されてるとみて間違いないな。で、どうする?」
「この四人は助ける方向で。最悪巻き込んでも絶対に生き返らせる」
「お前の場合はそれがあるから怖いよな。破壊と再生が思いのままだ」
緋色の魔法以外には死者蘇生に一時間って制限があるからな。
しかも死体の状態が悪すぎるとアウトだしさ。
究極の蘇生だとその辺りは問題ないけど、ダンジョンに遺体が吸収されてると流石にどうにもならないからな。
……もしかして、究極の蘇生だとその辺りも何とかなるのか?
「俺の手にも負えない状況はあるだろうさ。それより、そろそろ向かって来る二人と合流するぞ」
「姉さんたちは出てこなかったみたいだ。俺達が動いたから足手纏いになると思ったんだろう」
「邪魔になる事は無いと思うけど、もしかしたら今回は人死にが出るかもしれないからあまり見せたくはないよね」
「お前はその……、経験があるのか?」
「人殺しか?」
「ああ。冒険者をしてると割とある事なんだが、俺はまだだったりするんだ」
人を殺すなんて本来はしたくないのが普通だ。
俺はヒーローではあるが、悪人まで救おうとは思わない。あいつらを救ってしまうと真面目に生きている人に申し訳ないからだ。
だから悪に対しては死が俺が出来る最大の救済だ。来世に期待して貰おう。そんな物があるんだったらな。
「その方がいいと思うぞ。俺もまだ人を殺した記憶は無いな。魔族は倒した事があるけど」
「魔族か……。奴らも見た目は人とあまり変わらないだろ?」
「全身から染み出る禍々しい魔素というか魔力ですぐにわかるぞ。アレは確かに別種の生き物だ」
魔族の事で知ってる事はその位だけどね。
キャンプから戻ったら雄三おじさんに魔族の情報を貰うつもりだし……。
「おなじ人型でもアンデッドとかは良いんだがな。……来たぞ」
「奥の女性は知らないけど、手前の人はやっぱり以前見た人だな。武器は……持って無い?」
武器を手にしてないのは敵対する意思がないのか、それともほかに何か事情がある?
向こうもこっちに気が付いたみたいだな。
「すまない。こんな浅い階で頼むのは申し訳ないんだが、食料を少し分けて貰えないか?」
「確かに浅い階ですよね。で、こんな浅い階なのにそんな理由で近付いて来いって命令した馬鹿は盗聴とかしてます?」
「……バレていたか。盗聴はされていないが、仲間が二人ほど人質にされている。こいつを連れてこれたのは運がよかったんだが……」
「その人があの時言ってた奥さんですか? ……まだ、病気が治ってない気がするんですけど」
男が驚いて俺の顔を見た。
素顔を見せた事は無いから、記憶にはないだろうけど……。
「あんたまさか」
「今日は素顔だから気が付かないでしょうけど、普段はこれを被っていますよ」
「菅笠? という事は、この人があんたの言ってた……」
「ああ。仕掛ける前に気付いてよかった」
男は地面に短剣を放り投げた。
多分刃には毒が塗られていたんだろうね。
こんな武器だとどっちみち俺には傷一つ付けられないけどさ。
「理由を聞いても?」
「運が悪かったんだ。今回はこいつと仲間二人を引き連れてこの牧場型ダンジョンに狩りに来てたんだが、俺があいつの顔を覚えてたから無意識に反応しちまってな」
「トレインですか?」
「あんたも気付いてたのか。こいつに大怪我をさせられたって事もあるが、魔物を擦り付けられて俺達も死にかけたからな。運良く生きてたんだが、向こうもなんとなく覚えてたんだろう」
トレイン行為を仕掛けた相手を覚えてるなんてマメな奴だ。
生きてたら復讐しに来るかもしれないしな。
「それで、奴の取り巻きと一緒に囲まれてあんた達を殺す手駒にされちまったって訳だ。抵抗しようとしたんだが、やけに強くてな」
「ダンジョン犯罪者どもは何故か最低でも覚醒してるらしい。下手に手出ししてたら殺されてた所だろう」
「危ない所だったな。で、どうする?」
「予定通り、ダンジョン犯罪者は一応投降を呼びかけて、応じれば捕縛してダンジョン協会の警備部に引き渡しだな」
「応じなければ?」
「ダンジョンの地面に染みが人数分増えるだけだ」
トレインやそのシンパの犯罪行為で犠牲になった人の数は結構多い。
この辺りであの連中の勢力を削いでおきたかったんだけど、向こうから来てくれるとは本当にありがたいぜ。
「怖い顔になってますよ」
「そんな顔もするんだな」
「おっと、滅多にこんな顔にはならない筈なんだけどね」
トレインとその仲間……、ダンジョン犯罪者を一纏めに処理できるんだ。
そりゃあ、悪い顔にもなるさ。
「とりあえず、あいつらを処分する前に奥さんの身体を治しておこう」
「……奇跡の再生でも治せなかったんですけど」
「そりゃ、奇跡の再生はそこまで強力な治癒魔法じゃないからね。病気とかも含めたら最低でもパーフェクト・ヒールじゃないと」
「本当に一部の人しか使えない治癒魔法じゃないですか!!」
「……で、病気となるとさらに別の魔法が必要になるんだよね。口外無用で頼むよ」
「もちろんだ。で、治るのか?」
トレインに襲われた時の傷も原因だけど、この奥さんには元々遺伝的な疾患もあったっぽい。
この辺りの病気もダンジョンが見つかってから出てきた物も多くて、いまだに解明されてない病気も多いんだよね。
「究極の治癒」
「俺もか?」
「ついでに三人ともにな」
三人共に結構な数の光の粒子がまとわりついている。
あれだけくっついてるって事は、やっぱり知らないうちに何処か悪い所があったんだろう。
……収まったな。
「体が軽い……、ステ―タスが微妙に上がってるんだが?」
「身体に問題があるとステータスが落ちるって聞いた事がある。加齢による能力低下と同じらしい」
「これが本当のステータスだったのね。筋力と走力がこんなにあがってる……」
「知力とかも含めて全体的に上がったみたいだ。元気だと思っていたが、やっぱりいろいろあったんだろうな」
加齢でステータスの上限が落ちる事は有名だけど、それ以外の状態でも落ちる事は多い。
片足を失ってそのままだと走力のステータスが激減するっぽいしな。
「さて、そろそろトレインの顔でも拝みに行くか」
「別にそこまで珍しい顔じゃ無かったぞ」
「だからいいんだろうな。よく言えば特徴のない顔だろ?」
「あたり。それでもなんとなくだけど覚えてたみたいでな……」
そりゃ殺されかけた奴の顔は忘れないだろ。
その僅かな反応で気付いたトレインが流石というか、記憶力がいいだけだ。
さて、これでまたダンジョン犯罪者が減るだろうて……。いい傾向だね。
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