第七十六話 楽しいキャンプのお昼ご飯
牧場型ダンジョン地下二階のキャンプエリア。魔石を混ぜ込んだコンクリートで水場を用意してあるし、テントを張る場所はちゃんと整地までしてある。
流石にここでキャンプをするのは俺達位っぽい、多くの冒険者が転移ポーターを利用してそれぞれ目的の階に移動してるみたいだね。ここは三階に向かうルートから外れてるから、冒険者が周りをうろうろすることは無いみたいだけど。
「天井は高いし、開放感が最高だね。疑似的な空を形成してるのも最高!!」
「ダンジョン内なのに大自然を堪能できそうです」
「ここにベースを作ろうと思うんですけど、配置はどうしましょうか?」
「生徒会長たちが奥で、その左右にわたしたちでいいかな?」
「そうですね。とりあえずこんな感じで設置してみます」
俺達の簡易コテージだけ少し離して設置してるけど、女性陣の簡易コテージは少し近くに建ててある。
そっち側に簡易シャワーを二台設置してあるから、汗をかいた時とかに使いやすいだろう。
俺達の方にもひとつだけあるけど、これはダンジョン攻略とか言い出した時に必要だからだ。
「凄い簡易コテージですね。魔道式の最新型じゃないんですか?」
「魔道ロック付きの最新型だよ。一応ここはダンジョン内だから、安全面にはかなり気を使ってるんだ」
「……この後、この辺りを神域で囲っちゃんだよね?」
「眩しくないように魔力の光を極限まで抑えた神域を張る予定だよ。ここはダンジョンの二階だし、アクティブタイプの魔物なんてほんとに少ないけどさ」
俺が神域を張ると赤火竜クラスでも中には入れない。
展開している神域の強さはそれを展開した冒険者の能力でかなり内容が変わるからね。弱い冒険者がギリギリ展開した神域だと魔物が体当たりして破壊しようとしてくるくらいだ。
当然の事だけど俺が展開した場合は、赤火竜クラスでも神域の傍まで近付いても来ないぞ。
「その規模の神域を十二時間維持できるのが流石ですよね……」
「この魔力光の少なさとか、細かい調整が難しいのに」
「張り慣れてるからかな? 神域って覚えると割と張る機会も多いから」
神域は魔物を寄せ付けないセーフティゾーンの構築って面より、魔力回復能力の方が地味に強力なんだよね。
ダンジョン内で魔物に襲われない安全地帯なんて、すべての冒険者が渇望する場所ではあるけどさ。
「その覚えるまでの道が茨なんですよ!! 金スキルですよ!!」
「高純度の魔素の籠ったイエローダイヤ辺りでも掘ればいいじゃないですか」
「それが出来るのは眩耀だけだよ~」
流石にあれだけでかいと気配が変わるから分かるだろ。
逆に言えば、鉱石掘りで一番難しいのは売るのにちょうどいいサイズの魔宝石の原石を探し出す事なんじゃないかな?
「そんな事より今日はキャンプなんだから楽しもうよ!! それで、この後の予定は何なのかな~?」
「とりあえずお昼にしますか? その後は……」
「その後は?」
「流れでと言いたいんですけど、多分昼ご飯を食べたみんなの反応が読めてるんでどうするかなって所です」
いや、今日のお昼ご飯にはこのダンジョンで獲れたダンジョン野菜やダンジョン魚なんかをかなり豪快に使ってるんだよね。
最終的に全員ダンジョンの八階を突破する事になりそうだけど、あの赤火竜のリポップタイムは二時間だから全員が通行証を手に入れるには結構な時間が必要だ。
俺がバフかけるとして、三人ずつしか戦闘に参加できないから最低でも三回か……。あの装備で固めた姫華先輩たちだと赤火竜程度は俺抜きでも勝てるとは思うけど、万が一は避けたいしね。
「ん~、また常識が迷子になりそうな物を出すつもりかな?」
「今回はちょっと材料が特殊なだけですよ」
「……判定」
「真っ黒っぽいですね~。今まで、ちょっとが本当にちょっとだったことってあります?」
「え~、みんな厳しいですよ。もうちょっと眩ちゃんを信用してあげません?」
今回、幼馴染の玲奈だけは俺の味方だった。
流石は幼馴染だ。いいぞ、もっと言ってやれ。
「あまいっ!! 大甘だよ」
「そうだな。眩耀のちょっとがどんなものか、舞秦は今から思い知ることになるだろう」
「うんうん。幼馴染だからこそ、見えてなかった部分がいまから見れると思うよ~」
最近散々俺から常識の概念を破壊されるようなものを渡され続けてる姫華先輩や桜輝さんたちは相変わらず容赦がなかった。
ん~、玲奈には神域カンスト後にあまり関わってなかったからな~……。
「いいでしょう。今から用意する料理を食べてから言っていただきましょう」
「美味しいのは間違いないんだろうけど、ちょっと心配なわたしがいたりするんだよね」
「そうですよね。毎日ご飯を作ってもらえるんでしたらともかく、このキャンプ中だけってのは正直キツイです」
「そういえば、最近は眩ちゃんにご飯を作って貰ってなかった……」
記憶を封印してから俺は玲奈の家に呼ばれる機会が極端に減った。
おじさんが家を空ける時は俺が玲奈の家に泊まり込んでご飯を作ったりしてたんだけど、最近は玲奈がうちに泊まりに来るようになったしな……。
「最近は?」
「家が近所なんで昔からよくあるんですよ。ほら、玲奈の家も色々ありますんで」
「ああ。ごめんなさい、そこはデリケートな問題だったね」
流石に姫華先輩は生徒会長だけあって玲奈んちのおばさんが小さい頃から行方不明な事や、おじさんが勇者をしてる事が原因で特殊な家庭事情だって事を知ってるみたいだ。
うちの両親も勇者パーティのメンバーだから、似たような家庭状況なんだけどさ。
「それじゃあ、今から俺の料理を味わってもらいましょうか。確かに驚く点は多いと思いますが」
「どう思う?」
「真っ黒ですね」
「……そのやり取り、さっきも見ました!!」
いいでしょう、今回用意してる料理はそこまででもない筈。
晩御飯に用意してあるバーベキューに関しては、そりゃもう常識が裸足で逃げ出しそうなラインナップだけどさ。
ドラゴン肉の串焼きなんて、何処に行ってもまずお目にかかれないだろうし……。
◇◇◇
大きなテーブルの上には今しがた俺が仕上げた三種類のパスタが大きな皿に盛り付けられて鎮座している。
パスタは色々好みもあるだろうし、ごく一般的なミートパスタの他にクリーミーで濃厚なカルボナーラ。それに海鮮系でアサリとイカがたっぷり入ったボンゴレビアンコ。
副菜は手作りチーズと完熟ダンジョントマトのカプレーゼ。それとメートル越えダンジョン真鯛のカルパッチョ。
イタリアンじゃないけど、先日お礼に貰ったダンジョン鴨を使った北京ダックも用意したし、それとダンジョン鶏のモモ肉を使った唐揚げも用意してあるぞ。
ライス系が無いけど、主食はパスタでいいかな?
「……やっぱりね~。すっごくおいしいよ!! パスタは全部手打ちの生パスタだし、どのパスタもあり得ない程美味しいんだから」
「確かに美味しいが過ぎる。料理の腕も異次元だが、このカプレーゼに使われているトマトとチーズの濃厚さはあり得ないレベルだ」
「うぅっ、眩ちゃんが昔よりものすっごい料理の腕をあげてるぅ」
そういえば、料理レベルが十超えてから玲奈に何かを作ってやった事は無いしな。
中学に入ってからは母さんが玲奈の家に数日分お料理を用意してたみたいだし、玲奈もまるっきり料理が出来ない訳じゃないからね。
以前の場合でも、俺の方が料理の腕が上だっただけでさ……。
「ねえ、真ちゃん。このトマト、わたしでも食べられるんだけど……」
「野菜嫌いな唯奈がトマトを食べられるなんて凄いな……。確かにこのトマトは異常だ。あの青臭さというかトマト独特の風味が無くて、代わりにまるで果物の様なさわやかな香りとちょうどいい甘さが……」
「このタイのカルパッチョもすっごいよ~。こんなに薄切りにされてるのに、タイの旨味も凄いし」
流石にダンジョン産の野菜や魚類、旨味もそうなんだけど地上で獲れたものとはホントに別物というか……。これだけでもダンジョンの価値って相当なものだと思うぞ。
幾ら乱獲しても決して枯渇しない動植物、勝手に成長する上に収穫しまくっても無限に生えて来る田んぼや畑の作物。虫食いひとつない最高の実の生る果樹園。ここは海もあるから塩だって作り放題だし本気で無限に湧き出る食料供給源って凄すぎだろ。
どこのダンジョンに何があるのかは調べないと分からないし、ここの最強農園だって俺が赤火竜を倒すまで存在が知られてなかったんだよな……。
「ん~、説明が欲しいかな?」
「説明も何も、これ全部ダンジョン産だろ? この小麦もそうだとしたら相当苦労しただろうが……」
「そこは色々と秘密があってな。その辺りは後で話すよ。今は料理を楽しまない?」
「そうですよ。いつの間にかボンゴレが無い!! あんなにあったのに!!」
パスタの一番人気はダンジョン産小麦で作られたもっちもちで濃厚なパスタにダンジョン産魚介類の旨味がたっぷりと絡まったアサリとイカのボンゴレビアンコだった。
十人前くらいはいる馬鹿でかい皿で用意したのに、いつの間にか麺一本残らず食べ尽くされてたみたいだ。
意外な事に一番残ってるのは定番のミートパスタで、カルボナーラも後僅かを残すのみとなってるみたいだね。
「ミートパスタもおいしいけど、あのボンゴレは反則だよ……」
「アレは余裕で店が開けるレベルだ。ただ、ダンジョン産の食材となると値段が難しいな……」
「一皿何十万のパスタ?」
ダンジョン産の食材だけでパスタを作ると一人前でも数十万はするよな。
普通はこのダンジョンみたいに小麦が群生してる農地なんてほとんどないから、パスタなんて夢のまた夢だし……。
食材もそうだけど料理レベル十の人間なんて俺以外にはいないだろうし、そこも価格上昇ポイントか~、それでも食いたいってやつはいるだろうね。
「……話してると、どんどん料理が無くなるよ?」
「ああっ!! 最後のミートパスタまで……」
「美味しいっ、さいこうっ!! ほら、コンビニパスタとかでも最安値だしさ、ミートパスタは後でいいかなって思ってたけど間違いだったよ」
「綺麗に食べて貰えると嬉しいよ。デザートにケーキとプリンもあるけど」
「食べる!!」
全員綺麗に手を挙げたな。
虎宮も遠慮がちに手を挙げてるしさ。
「イチゴのショートケーキと、こっちはモンブラン。こっちのクリームが乗ったのはカスタードクリームパイでこっちが季節のフルーツタルト。あ、こっちはプリンだね」
「季節のフルーツタルトに乗ってる果物の季節について……」
「このダンジョンには一年中どの季節になる果物でも生えてるからね。乗せてる果物は甘みとか食感とかを考慮してチョイスしてるつもりだよ」
そこも反則だろうな。
常に旬の果物が収穫可能!! 当然ダンジョン産だから虫食いや傷なんてひとつもないし、熟れすぎてない最高の状態で収穫できるときた。
果樹園や畑の大きさなんかの問題はあるし、リポップ時間もあるから一度に収穫できる数は限られるけど、それを考えても凄まじい状況だ。
「姫、太りますよ?」
「わたしはいくら食べても太らないから問題ないんだよ~。それより、アリスの方が心配じゃない?」
「流石にこれは譲れない。このイチゴのショートケーキをホールで貰えたら恋人になってもいい」
「ショートケーキも旨いが、このフルーツタルトも絶品だぞ。乗っているフルーツも最高だが、中に隠れているカスタードクリームも程よい甘さでたまらない」
おかしい、さっきかなり大量のパスタを食べた筈なのにケーキを出した端から食べ尽くされていく。
虎宮の奴は紫峰田さんの為に激しい争奪戦を繰り広げているけど、姫華さんたち生徒会メンバーに対抗しきれてないな。
玲奈と桜輝さんは共同戦線を張って確実に数個ずつ確保してるのが流石だけど……。
「ご馳走様でした~。この昼食だけで今回のキャンプに参加した甲斐があったよ~」
「そうですね。……このケーキ、定期的に提供してくれたりしません?」
「暇な時に追加で作ったりはできますけど、定期的って事になると難しいですね」
俺は基本冒険者だからさ。
料理ばかりしてる訳にはいかないし、材料だって無限じゃないからね。
普通の食材で作れない事は無いけど、流石にかなり味が落ちるしな……。
「眩ちゃん。お誕生ケーキとクリスマスケーキはお願い」
「その位だったらいいけど、どんなケーキがいいかはリクエストしてくれよ」
「チョコ系のケーキは無理? ガトーショコラとか」
「チョコか~。カカオ豆はまだこのダンジョンで見かけてないんだよね。見つかればチョコ系も作れるんだけど」
女性陣の顔つきが一斉に変わった。
女性ってチョコ好きだし……、って、虎宮お前もか……。
「明日は探索だね。いろいろ確保しておきたいものもあるし」
「異議なし!! 今日はキャンプで英気を養って、明日はダンジョンで色々採集して帰りましょう」
「とりあえずこれを片付けたらその為の準備の話でもしますか。キャンプ中にはしようと思ってた事ですけど」
「準備?」
「装備とかその辺りの事かな? 姫華先輩たちにはいくつか渡してますけど、玲奈や虎宮には渡してませんでしたからね」
玲奈がどんな装備をしてるのかは知らないけど、あいつの懐事情から考えてもそこまで高価で強力な装備で身を固めてるって事は無いだろう。
過保護な雄三おじさんがハリネズミみたいにガッチガチに武装させてるかと思えば、意外にそこまで強力な装備は渡してなかったみたいだし……
「ねぇ、今のうちに常識を探しておいた方がいいかな?」
「手遅れなんじゃないですか?」
「え? あの、生徒会長たちの様子がおかしいんだけど」
「大丈夫、すぐに戻って来るよ」
玲奈は姫華先輩たちのあの状態を見た事が無いし、混乱するのはよくわかる。うん、すっごくわかるぞ!!
まったく、俺だって渡す武器の加減くらい弁えてるし、俺が使ってるような神殺し級の武器なんて渡さねぇよ!!
今回は魔力回復用のリングとかアクセも用意したけど、俺が使ってるようなぶっ壊れ性能じゃないから問題ない筈だ。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。




