第六十八話 牧場型ダンジョン地下七階で待っていた現実
地下六階。
無数にレッドチャージブルが走り回り、こいつらの食糧である超高品質な牧草や大麦などの穀物があちこちに群生している。
この牧草も人気というか、この牧草そのものが普通の競走馬とか乳牛の餌としてもかなり人気が高かったりするんだよな。
ここは地下六階とそこそこ深い場所に生えてるけど、他の牧場型ダンジョンの二階あたりに生えてるこの牧草を専門に刈ってる冒険者もいる位だ。
乳牛がこれを食えば生産される乳の品質がグンと上がり、競走馬に食わせれば健康状態や仕上がりにかなり影響するとまで言われている。
この世界の場合、骨折でも魔法で治せるしね……。
続いて足を踏み入れたのは地下七階。流石にあのサイズの鶏がここまで集まってるとぞっとするよね。あそこから卵を失敬するのは相当な覚悟が必要だろう。マジであっという間に突き殺されそうだ。
「今回は急いでるから上空から見下ろしてるだけだけど、目的の場所は……。あそこか」
ダンジョン七階の端にあるダンジョン八階へとつながる移動用ポーターのある部屋。
この階に限り最下層のボス部屋前の様な待機室が用意されてるんだよね。いわゆるフロアボスである赤火竜対策?
他のパーティが赤火竜に挑戦してたら八階への移動用ポーターは作動しないし、現在使用できませんって警告文も出る。
俺はその部屋の前に降りて、ゆっくりとその中へ足を踏み入れた。
「……誰もいない? いや、あそこに一人だけいるのか?」
八階から七階へと戻る移動用ポーターの転移場所。
そこに下半身の無い女性の遺体が三つ横たわっている。酷いな、どんな攻撃を受けたんだ?
その遺体の前に座り込んでいる男は魂が抜けたような顔で虚空を見つめている。……一応生きてるみたいだけど、ありゃ半分死んでるよな。よほどにひどい負け方をしたんだろうけど、完全に心がポッキリと折れてるって感じだ。
……っていうか、もしかしてこいつ覚醒してなくない? 他の三人も覚醒している様な感じはない……。覚醒してる人って若干オーラが違うんだよな。親父とか雄三おじさんは流石に覚醒してるから分かりやすい。
竜種に圧倒的に有利な竜狩人とはいえ、四色持ちで覚醒もせずに強化種のドラゴンの勝負を挑んだの? ばっかじゃない?
毎回六が出てる条件で初めから運に振りまくっていないと四色持ちだと覚醒まで至る事は無い。
レベル五十の時点で運によるボーナスポイントが無ければ、入手可能なポイントは最高でも二千三百五十二。覚醒には四百ちょっと足りないんだよな。
途中で一色足せば何とかなるけど、それでも相当に運がよくないとオール二百五十六まで上げる事なんて無理。
悪いけど、冒険者は色数の格差が酷い。パーティで活動したらクラスでそこそこカバーできるとはいえ、それでも超えられない壁はいくつもある。
ダンジョン協会も冒険者に無謀な行動は慎むように警告してるし、自分がどのくらいの実力なのかを把握せずに冒険者なんてするもんじゃないよな。
「ナム……」
「……」
反応なしか。普通はこれをされると怒るか自傷気味に乾いた笑いをしてくるんだけどな。
赤火竜がどんな攻撃をしてきたのかは知らないけど、下半身を此処まで奇麗に吹き飛ばす魔法なんて聞いた事もない。
あれか、魔族が使う闇魔法の外に竜種が使う竜魔法があるとか聞いた事があるけど、これがその竜魔法なのか?
一応ほとんどの魔法の状態は記憶してるつもりだけど、こんな状態にする魔法なんて知らないしな。
で、こいつはいつまでそこで放心してる訳? その死体をダンジョンリングに収納して帰還するなり色々と選択肢はあるだろう?
死後どの位経ってるのか知らないけど、多分パーフェクト・レイズでもギリギリ蘇生が可能かって所だぞ。
「どの位経つんだ?」
「……え?」
「死後どの位経つのかって聞いているんだ。蘇生魔法に制限時間がある事くらい知ってるんだろ?」
「あ……、どの位? そうだ、俺はあれからどれだけこうしていたんだ?」
そんな事は知らんよ。
どれだけ悲しくても、どれだけ苦しくても、一縷の希望を抱いてるんだったらその時間だけは忘れちゃいけない。
この世界で死者蘇生が可能な時間は僅かに一時間。それはパーフェクト・レイズでも変わらない。その時間を一秒でも過ぎたら、後はもう諦めるしかないんだ。
俺の場合は究極の蘇生があるけど、この魔法は存在自体が知られてないからね。
「……一応ダメもとで使ってみるよ。パーフェクト・レイズ」
「え? 金色の上位蘇生魔法……」
いけるか?
俺は全力でここまで降りて来たし、遺体の状態からそこまで時間が経ってるとは思えない。
おかげで上の階じゃ殆ど肉類を入手できなかったけどな。
お、光の粒子が三人の下半身を形成していく。何とかパーフェクト・レイズが効果を発揮したようだ。
一時間以上経過してるとこの反応そのものが無いからね。
「何とか間に合ったみたいだね。ずっとそこにいると、下手するとまた赤火竜と戦う羽目になるけど大丈夫?」
「そうだ!! 急いでこっちに……」
男は急いで寝ている三人を転移用ポーターから放し、ポーターの有効距離から遠ざけた。
よっぽどショックだったんだろうけど、転移ポーターの近くで放置してるなんてどうかしてるぜ。
再転移して再戦してたらどうするつもりだったの? 今度こそ骨も残らずドラゴンブレスで炭の欠片も残さず焼き尽くされるよ?
というか、この程度の事も分からないで強化種のドラゴンに勝てると思ったの?
勝てると思ってたんだろうな……。
「生き返れただけでも運が良かったと思って、このまま上まで引き返す事をお勧めするよ。そこに一階まで直通の転移用ポーターもあるし」
「そうだな……。その格好、あんたあの有名な菅笠侍か」
今の今までそんな事も分からない位に放心してたの? っていうか、ようやく瞳に僅かに光が灯ってきてるね。
仲間を三人も一度に失いかければ仕方ないと思うけどさ……。
「本物のな。最近は偽物も多いらしいぜ」
「こんな真似ができる偽物が居るかよ。恩に着る」
「再戦する気があるんだったらまず覚醒を目標にした方がいい。それと、今は何色かは知らないけど、最低でも一色増やす事も最低条件だね。増やしてたらそれ以上は増やせないだろうけど」
下手な四色持ちよりも、赤抜きで三色持ちの方が条件が上なんだよな……。というか、赤持ちが大外れの部類だって事実が酷すぎる。
勇者は必ず赤が混ざるし、その辺りに何か秘密があるのかもしれないな……。
金か銀持ちの四色持ちだったら金銀揃えてかなり強力なスキル持ちになれるけど、レベルリセットを一回しか使えないのが痛い。
「再戦か……」
「竜種は強い。特に強化種はレイドモンスターだと思って複数パーティで挑まなきゃ」
「分かってたさ。俺は竜狩人の力を過信して、あやうく大切な仲間を三人も永遠に失う所だった。だが……、あんたは竜狩人でもないのに古龍種を倒しただろう? しかも一人で」
「勝てるだけのステータスをしてるからね。あのクラスの魔物を倒そうと思ったら、運とかの入り込む余地はないよ。相手を超える実力を身に着けるか、それとも超がつくほどに強力な武器を手に入れるかだ」
レベル十の魔道展開型太刀をかざして見せた。俺が魔王用に用意している武器はこれよりはるかに強力だけど、この太刀だって古龍種程度の魔物だったら真っ二つにできる能力を持っている。
よほどの馬鹿でない限りこの武器がどれだけの物かはわかるだろう。
「なんだよその太刀。そんな武器が存在するのか?」
「この武器があって、赤火竜と近接戦闘が可能な身体能力を持ってればほぼ確実に勝てるよ。でも、あんたはこれがあったとして、赤火竜の首までこの刃を届ける事が出来る?」
「……その武器があっても、俺では奴の魔法すら防げないだろう。近接戦闘どころか、奴を地上に引き摺り下ろす事すらできまい」
「その為に覚醒した仲間が必要で、強化種のドラゴン討伐となるとその三人も覚醒してそこそこ能力をあげる必要がある。多分それでもギリギリの戦いだろうけど」
「ステータス不足だと石刃の竜巻ですらダメージを与えられないしな」
「逆に十分なステータスがあると、ロックバレットでもダメージを与えられるよ。それにステータスはあげる事が出来るでしょ?」
姫華さんたちのパーティだったら、覚醒していない今の状態でも何とか勝てる手段がある。
依理耶先輩がドラゴンブレスをシールドで防いだ後でショートランスを魔道展開させた状態で投擲するって荒業が使えるし、俺が打ったショートランスの威力だと当てる事さえできれば一撃で倒せるから、覚醒していようがいまいが関係ないしな。
ショートランスの投擲は重騎士専用の必殺技で、急所に当たればそれだけで決着がつく。もし仮に外れても、翼にかすりでもすれば飛行能力を奪えるし、翼を破壊して地上に引き摺り下ろせば、後は姫華さんの姫騎士スキルで斬り刻めばいいからね。
覚醒してレベルリセットしてればもっと楽勝だろうけど。
「その話をしてどうするつもりだ? 頑張って再戦しろと?」
「おそらくだろうけど、あなたがその先に進もうとした場合、この赤火竜との再戦は避けられない。負けっぱなしで先に行けるほど、冒険者って強くないしね」
「そう……、だな。あの薄ら寒い赤火竜の顔を思い出しただけで腸が煮えくり返りそうだ。よし、まずは覚醒、そして色数を増やしてレベルリセットだ」
「たぶん先に色数を増やした方がいいけど、増色の魔石や魔宝石は高いからね……」
狙うのはおそらく金だろうし、数億は軽く飛ぶしな……
「鉱山型ダンジョンにでも籠るさ。これでも運は良い方なんだぜ」
「あそこだったら割とイエローダイヤが産出されてるしね。幸運を祈るよ」
「……赤火竜を狩る気なのか?」
「九階より下が気になるからね。赤火竜は高難易度ダンジョンのあいつよりは戦いやすいだろ?」
「そりゃあな」
あっちは古龍だしね。
能力的にも数倍は上だ。
「今回は配信無しだから赤火竜の最後は見せられないけどね。倒してもフロアボスだからどうせ数時間で復活するんだろうしな」
最下層にいるダンジョンボスに比べて中間層にいるフロアボスは復活が早い。
倒さないとその下の階への許可証が手に入らないからなんだけど、どんなに遅くても数時間で赤火竜は復活するだろう。
「奴の死に顔はいずれ自分の目で拝むさ」
「そうだね。それは自分の目で直接見た方が楽しいだろうし」
さっき言ってた、あの薄ら寒い赤火竜の顔がどんな顔なのか知らないけど、知能の高い魔物だと割と下種っぽい笑い顔するんだよね。
その態度の悪い赤火竜は俺が倒すとして、リポップしても記憶とかを少し継承する事もあるんだよな。
だから何度もフロアボスやダンジョンボスを倒していると、部屋に入った瞬間逃げ出したり障害物の陰に身を隠したりすることもある。
ここの赤火竜も十回くらい討伐したら、流石にこの菅笠を見るだけで隠れだすだろうな……。
ようは倒し方次第なんだけどね。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。




