第四十五話 封印されていた記憶……その二
夢の時間は進み、夢の中の俺は十歳に成長していた。
十歳。いまだに忘れもしないあの事件が起きた時だ。
どうやっても打ち破れない結界の前で力の限り泣いてそれを拒絶する玲奈と、それを押し付けようとしている雄三さん。
最初にその話をした時、親父は唇を噛み締めながらもそれを止めようとしなかった。
力を持つ者の義務。そして覚悟。
俺は名も知らない誰かを守る力を持つ親父の覚悟をこの時痛いほど感じたし、勇者という力と責任を持つ雄三さんの覚悟もこの時知った。
だけど、それを承知する程俺は大人じゃなかったし、俺の隣で泣く玲奈は受け入れる訳もなかった。
あの事件。
それは玲奈が十歳にある誕生日に起こった。
うちは結構大きな屋敷なんだけど、昔から空き部屋が多くてその殆どは親父がダンジョンで入手して来たお宝を保管する倉庫と化している。いや、ダンジョンリングのインベントリを使えよな。
その空き部屋の一つを親父が急に掃除し始めたんだが、天変地異の前触れじゃないだろうな?
「父さん。どうしてその部屋を掃除してるの?」
「ああ。明日から玲奈ちゃんがうちで暮らす事になるからな。この部屋を使って貰おうと思ってる」
「玲奈ちゃんが? どうして? おじさんに何かあったの?」
おばさんがダンジョンで行方不明になって以来雄三さんの家は父子家庭ではあるけど、特に問題はなかったはずだ。
料理の殆どはおじさんが作ってるけど、料理スキルを持っているからちゃんとまともなごはんを食べられるって話だし。
何か困った事があってときは母さんに助言を求めて来るけどさ。
ん? 親父の表情が険しいな……。唇から血が滲みそうなほどだ……。
「雄三は勇者としての責任を果たそうとしているんだ。俺は奴の覚悟を受け入れようと思う」
「勇者の……、責任。覚悟?」
「奴は勇者のクラスを玲奈ちゃんに引き継がせるつもりなのさ。ステータスカードに記載されるスキルはランダムで選ばれる訳じゃない。十歳までの努力、そして十五歳時の能力で本来得るスキルに着けるかどうかが決まる」
ああ。だから親父は俺を五歳から鍛えて来たんだろからな。
おそらく俺のクラスはヒーロー。
親父もヒーローだと聞いているし、そのクラスの付き方をある程度知っていたんだろうね。
親父の場合は異世界人で元々変身ヒーローだけどな。
「でも、どんなに覚悟があっても勇者の称号はひとりだけにしか与えられないんでしょ?」
「ああ。だから、覚悟が必要なのさ」
まて、よく考えろ。とてつもなく嫌な予感がする。
俺がここで選択を間違えれば、大切な物をたくさん失う。
勇者は世界に一人だけ。
そのクラスを引き継ぐには何が必要だ? 条件は……。
「まさか……。おじさん、死ぬ気なのか!!」
「これこそが本当の勇退だ。そして、勇者の務めなんだ」
「ふざけるな!! 玲奈が勇者のクラス欲しさにおじさんの死を望む訳ないだろう!! 逆に塞ぎ込んで、勇者の力を拒むかもしれない」
「その可能性もある。だが、こうしない限り勇者の称号はあいつが死ぬまで雄三だけのクラスになるんだ。引き継がせるためには仕方が無い」
引き継がせる?
玲奈から父親を奪って、そんな形で勇者の称号を引き継いで玲奈に何をさせたいんだ?
大体勇者ってなんだ? 前に出てきた魔王ってのは絶対に勇者じゃないと倒せないのか?
断じて違う!! 魔王が悪、それも巨悪であるんだったらそれを倒す存在はもう一つある。
人類の希望。我が身を犠牲にして誰かを守り、悪を挫く存在が……。
「おじさんもおじさんだし、父さんも父さんだ。魔王がいつ出て来るか分からないのに、今おじさんが命を絶ってどうするの。明日出てくる可能性だってあるのに」
「今このタイミングだとまだ全力で力を振るえる俺がいるし、俺はまだあと十年くらいは現役だ。その後は玲奈ちゃんが受け継いだ勇者の力で魔王に備えるようになるだろうな」
「玲奈はそこまで強くない。それに勇者のクラスは凄いと思うけど、幼い少女から父親を奪ってまで引き継がせるだけの価値なんてない!!」
「だが……」
「僅かな可能性にかけて幼い少女から父親を奪うなんて……、『心に輝く勇気を抱く者』が絶対にそんな選択をする訳がない!! 親父!! 違うのか!!」
「っ!! どうしてそれを……」
心に輝く勇気を抱く者。光の勇者にしてヒーロー、【シャイニングブレイブ】。親父のもう一つの姿だ。
ヒーローは我が身を犠牲にする事には躊躇わないが、誰かを犠牲にする選択はしない……。絶対にな。
「おじさんの力がこの先衰えるって言うんだったら、親父が力を貸せばいいだろ。魔王がいつ出現するかは分からないけど、五年後には俺もステータスカードを手にする。二人でダメでも、その時は俺も全力で魔王に立ち向かうさ」
一度心に勇気の灯がともれば、ヒーローは決して誰も見捨てない。親父も覚悟を決めたみたいだ。
「その時はお前が一番強いだろうからな。分かった、雄三の奴には孫の顔を見る時まで勇者を続けて貰おう」
「おじさんを止めるよ」
「ああ!!」
……こうして俺と親父は幾重にも張られた結界を破壊し、玲奈に勇者の称号を与える為に自ら命を絶とうとした雄三おじさんを説得た。
勇者って存在は死ぬ事も自分の意思じゃできないらしくて、そのシステムを阻害する結界を幾重にも展開する必要がある。一度破壊してしまえば、もう一度同じ結界を構築するだけの力は流石にないみたいだね。
しかし、変身した親父の姿をちゃんと見たのは初めてだけど、やっぱろヒーローってかっこいいよね。
「余計な事をしやがって……」
「すまんな雄三、俺はやっぱりブレイブなんだ。泣いてる玲奈ちゃんを放置する事なんて出来んよ」
「眩耀の差し金だな。ヒーローの性格をよくわかってやがる」
「こんな結末、絶対間違ってるから。死者蘇生が出来ないように、遺体を残す気もかったでしょ?」
この世界だと居んでも一次蟹内だと蘇生可能だからね。
生き返れないように本当に幾重にも手を打ってたって訳だ。
「俺の負けだ。玲奈、すまなかったな」
「バカバカバカバカッ!! お父さんなんて大っ嫌いっ!!」
「嫌われたな。ま、時間をかけて機嫌を直して貰うんだな」
……この後、今まで通りおじさんが勇者として魔王に備える事で決着がついた。
しばらくの間おじさんは玲奈にずいぶんとこの時の事を言われてたが、命を絶って勇者の称号を引き継がせようとした事が間違いだったとは言わなかった。
ただ、選んだ選択が正しかっただろうとは何度も口にしている。
◇◇◇
おじさんの自殺騒動から更に三年が経ち、俺も中学に上がった。
相変わらず体は鍛えていたが、なんとなくだが一番上がった能力は【運】なんじゃないかと思う。
クジ運もそうだけど、いろんな場面でその恩恵を感じるようになっていた……。
そんなある日、親父と雄三おじさんに呼び出されていつも組手なんかをしている道場に出向いた俺は、はたして運が良かったのか悪かったのか……。
「親父、いったい何の真似だ? ていうか、おじさん家の地下にこんな設備があったのか? 三年前の意趣返しじゃないだろうけど、説明位はしてくれるんだろうな?」
両手足を縛られ、何やら怪しい台の上に俺は寝かされていた。
俺を改造でもしようってのか?
「三年前の件はお前が正しかった。そりゃもう、圧倒的に正しかったさ。今まで魔王は出現していないし、俺はもちろん雄三も今日まで力が衰えていないとは予想外だった」
「流石に俺は冒険者としての能力が落ちると思っていたんだがな。この調子だとあと数年は全盛期の状態だろう」
「そりゃよかった。で、俺をこんな台に縛り付けて何をする気だ?」
「なに。お前には少々しゃべりすぎたんでな。ちょっとだけステイタスカードの秘密や色数の意味なんかを忘れて貰おうと思ってな」
「そういう事だ。今のお前だと、もし仮に灰色のカードを引いたら喜ぶだろう?」
「そりゃ……、喜ぶと思うよ」
灰色のカードはヒーローに至る唯一のカード。
はっきり言えば勇者以上の力を持つ唯一の色を持つカードだ。
親父も相当強いらしいしな。変身すれば当然その力が人類最強なのは知ってるけど、変身前でも相当に強いって話だね。
「それがまずいんだ。喜んでいる者はその本質を知っている僅かな連中だけだが、灰色のカード持ちは成長するまで時間が掛かるし、敵対勢力が灰色カードの存在に気付けばその過程で倒す事が可能だ」
「逆に灰色カードに失望している者はその意味を理解していない連中だけ。世間一般でも灰色なんて数年に一度出る最凶不遇な色として知られているしな。敵もそんな連中は相手にしない。勝手に自滅するからな」
「魔族やその勢力に加担する連中も、灰色カードを嘆いてる奴には見向きもしない。成長途中で挫折する者があまりにも多いからだが……」
なるほど、わざわざ自分で手を下して魔族の存在を知らせる事もないって事か。
勘付かれれば、何処から情報が洩れるか分からないもんな。
「灰色カードを喜んでいる奴って、もしかして」
「今まで三人くらいはその力に気が付いた。そして、成長途中でダンジョン犯罪者どもの手で……」
「殺されちまってるのさ。最後に殺された灰色カードの持ち主は十三年前だったか……」
俺が生まれた年?
そしてその前にも他に二人殺されてるのか……。
数年に一度しか現れない灰色のステイタスカード。その意味に気付いて力に手を伸ばせば成長しきる前に殺されると……。
レベル一桁の時には誰でも弱いだろうしな。
「それで俺に何をする気だ?」
「この機械でちょいと記憶に細工をな……。安心しろ、消すのはやばい部分だけだ」
「最初から五色持ちのステータスカードが勇者と魔王専用だとか、色数やクラスがステータスカードを発行時には決まってるとかその辺りもだな。後、灰色のステータスカードが最凶不遇の最低カードって認識も足してやる」
「そこまでなのか?」
「念には念を入れないとな。あいつもかなり力を持っていたが、ダンジョンで行方知れずになった。どこかで生きていると信じたいが」
おばさん……、玲奈のお母さんの舞莉愛さんの事か。
雄三おじさんや親父に比べればかなり力は劣っていたらしいけど、一般的な冒険者の中ではトップクラスだったって話だ。
確か四色持ちだったかな?
「安心しろ、痛みはない。ただ、今からほんの少し眠くなるだけだ」
「それ、死刑囚にかける言葉っぽいんだけど!! マジで大丈夫なんだろうな?」
「学力は少し落ちるかもしれないな。ま、しばらくは赤点を取ってきても見逃してやるよ。若干ステータスも落ちるだろうし」
「待ちやがれ!! 影響デカいじゃないの!! 俺が狙ってる私立深淵学院はそこまで偏差値高くないから問題ないだろうけどさ!!」
「という訳だ。今度はお前が覚悟を決めろ。これもヒーローの務めだ」
やれやれ。
そういわれると受け入れるしかないな。
そういえば最近はあまり玲奈と遊んだり一緒に居る時間が短くなってたか。
中学に入ってから……。いや、小学六年あたりから一緒に居る機会は減ってた気がする。
訓練の時間が多くなってたって理由もあるけど、なんとなく俺が玲奈を異性として意識してるからなんだろうな。
……冒険者になった後、一緒にパーティを組んでまた一緒に居られればいいんだけど……。
……。
◇◇◇
夢は此処で終わり、その瞬間俺はいろんなことを思い出した。
そうだ、俺は玲奈を守る為にヒーローの力を欲したし、実際今は人の身には余る力を手に入れる事が出来た。
この記憶の封印が解けたのは、もうダンジョン犯罪者の手で俺を殺すのは不可能だからなんだろう。
あの大邪竜ファフニールを倒したのが原因かもしれない。
アレを封じたのが二十年前の親父と雄三さんたちを含めたレイドパーティだったそうだしね。
実際は親父が来る前に当時一方的に親父たちをライバル視してたパーティが暴走。親父が現場に着いた時には他のパーティはほぼ壊滅していたって話だ。
皮肉な事に、そのライバル視してた相手ってのが虎宮のところのおじさんだったらしいけどな。
親父さんじゃなくて叔父さんだったそうだけど……。
さて、俺はこの先どうすればいい?
今パーティを組んでるのは桜輝さんだけだし、玲奈を誘って三人パーティにするって選択肢もある。
魔王がいつ姿を現すか知らないし、もう玲奈は勇者じゃないけど、俺には魔王を倒す義務があるしな。
いざって時の為に、一緒にパーティを組んでた方がいいのか?
というか、記憶を封じられてる間にかなり面倒な状況になっちまってるよな……。
特に玲奈の事を舞秦とか呼んでるのがそもそも違和感全開だ!! ここだけは早急に治さなけりゃいけない。
玲奈に嫌われてないかって所に関してはそこまで問題ないと思う。いやホント、面倒な状況になっちまってるよな……。
読んでいただきましてありがとうございます。
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