第四十二話 たまには真面目に社会貢献というか、美味しい回復薬でも作ってみるか
俺のステータスはカンストしてるし、そのおかげで生命力と魔力の数値も兆を越えてるので通常の回復薬なんて意味がない。先日のレベルアップ後に入ったステータスポイントを使って生命力と魔力をそれぞれ二十兆まで上げてるからどんな攻撃を喰らっても死ぬ事はないだろう。
各二十兆の生命力や魔力に対して一番効果が高い生命力回復薬と魔力回復薬でも一万まで。
エリクサーとか呼ばれている万能回復薬ですらその程度なんだ。
普通に売られている回復薬は生命力五十程度回復するもので約一万ダンカ。
二百回復する薬は百万ダンカするって話だ。その薬でも三十ミリリットルくらいの瓶で、あまり連続で飲むにはちょっと抵抗あるって話だ。
良薬は口に苦しじゃないけど、大体回復薬はまずいってのが世間の常識らしい。
今売られている清涼飲料水の中には万能薬というか、手軽に飲める薬的な発想で売られていたものも多いし、この回復薬が美味しくてもいい筈だ。
「という訳で、作ってみようかな? 飲みやすい回復薬」
ダンジョン協会にレシピを売る事もできるって話だしな。
回復薬の開発をするには錬金術か薬師のスキル持ちに限られるけど、薬師も割とレアなスキルの一つって聞くし。
それにこういったグレーな商品。飲むだけで傷を治せる回復薬だとかは絶対に個人で販売する事はできない。無償の譲渡でもやりすぎると通報されるし、本当にそのあたりはグレーでもかなり厳しいって話だ。
だからパーティ内で使うか、レシピをダンジョン協会に売るしかないって事だね。
世間に広めるにはレシピそのものを売るのが一番なのさ。
という訳で俺が今いる場所は初心者用ダンジョンのレンタルスペース。
鍛冶スキルなんかを使って装備を作ったり、クリエイト系スキル持ちがいろんな効果のあるアクセサリ-を作ったりできるように用意された場所だ。
レンタル代は一時間五千ダンカとかなりぼったくり価格、おかげで放課後にいきなり訪ねてもだいたい空いてるんだよね。
「まず錬金術スキルを発動させて、使える素材を選んでみる。回復薬の基本材料はモリヨモギやダンジョンアロエ、それに治癒の実って呼ばれている木の実だね」
特にこの治癒の実が渋くておいしくないって聞いている。効果は断トツなんでこれを入れないって選択肢は無いし、そのおかげで世に出ている回復薬が揃って激マズって事だな。
……こいつを何とかアク抜きして、ダンジョンアロエなんかも薬効成分だけ残して渋い部分は極力排除してみよう。
かなりえぐみは消えた筈だけど、このままだと青汁っぽい何かに化けるのは間違いない。
モリヨモギも加工して、更に風味を良くするには……。
「お!! ウサギ用に買ってた果物の中に柑橘類が結構ある!! レモンとオレンジ、それと炭酸を加えてみるか?」
調合開始!!
元々は薄い緑色だった液体に黄色が混ざり、そして全体的に色が薄くなってゆく。
そしてしばらくすると反応が収まり、専用の瓶に入って完成!! って、何処から出てきたその瓶!!
「爽快!! 元気回復レモンスパーク!! ……勝手にラベルが張られているうえに、商品名が決まってるってどうよ?」
で肝心の味は……、美味い!! まだ冷えてない状態だけど十分に旨い!! ちょっと控えめなオレンジの風味にレモンがアクセントとして加わり、そこに炭酸がシュワっと口の中を洗い流す……。これ冷やしたら普通にジュースとして飲めそうだ。
ただ、一本二十ミリリットルなんで飲みごたえはないかな?
「鑑定スキルを使ってみたけど、大体生命力を百回復させるのか。今までの回復薬を飲むことを考えたらまさに革命だよな」
薬って面が前面に出てるからなのかは知らないけど、どのメーカーが発表するレシピも味までは考慮されていない。
その辺りが薬師の限界なのかな? 調理スキルとか錬金術スキルを持ってるとそっち系に加工出来るみたいだけど、この手の生産スキルを幾つも習得してる人なんていないだろうしね。特に錬金術は条件厳しいし。
複合スキルの強み? というか、複合スキルでないと出来ない事も多い気がする。
「この調子で中級回復薬と上級回復薬も造るか……」
問題なのは勝手に商品名が決まるところだよな。
っていうか、ガラス瓶が何処からか出てくるところもおかしかったけど、そこに日本語でラベルが張られてるのもおかしくない?
……加工日というか、作った日が自動的に刻印されてるし使用期限とかが細かく書かれてるんですけど……。
「いったい誰がこれを? ダンジョンはホントに謎だらけだな」
常識が通用しない場所。それがダンジョン。
気にしたら負けってよく言われるしね。
「とりあえず中級回復薬と上級回復薬も完成!!」
中級回復薬は炭酸抜きでパイン味のジュースとして完成。
おおっ!! 元気大爆発パインスプラッシュ!! って名前になってるけど、これ角度次第でおおっパインって見えるからな。
ホント、誰が考えてるんだろ? このデザインと名前。
回復量は僅か二十ミリの小型瓶一本で大体五百。中級回復薬としてはかなり上質に仕上がってる。
「上級回復薬が驚異の二千!! 普通の冒険者だったらこれでほぼ生命力全快する筈」
上級回復薬だけはドリンクじゃなくてゼリー状になってる。細くて平らなチューブに入ってて、上の方を切って口の中に押し込む感じかな?
味は割とありきたりなリンゴ味。というか、ヤバい状況の時に飲む薬だし癖の無い味の方がいいよな。
商品名は、生命力全快!! 回復力ア~ップル!! だって。
これを冒険者同士でやり取りされてる状況を想像したら笑えるけど、実際には商品名じゃなくて上級よこせとか言われるんだろうな。
「回復薬はこれでいいかな?」
この後で魔力回復薬も作ったし、これで準備は万全だ。
さて、これをダンジョン協会に売りに行くとしますかね。
場所はすぐそこだし。
◇◇◇
過疎ダンジョンと違って初心者用ダンジョンにはダンジョン協会の職員が何人も配置されている。
ここはうちの学校の生徒しか利用していないかと言えばそうじゃなくて、卒業した生徒も使用可能って話だ。やらかしたりすると出禁になるっぽいけど。
ダンジョンにはいろんな施設があるけど、ダンジョン産のアイテムの買取とかこういったレシピの買取を専門にしている窓口もちゃんとある。
「ここか……。すいません、回復薬のレシピを売りたいんですけど」
「えっと回復薬のレシピの買取ですね。現物を用意できますか?」
「はい。これが作った初級回復薬で、こっちがレシピです」
まずテーブルの上に初級回復薬と作成用のレシピを並べてみる。
というか、現物用意せずにレシピだけ売りに来る奴もいるのか?
「こちらの機械でレシピが登録されていないか調べます。しばらくお待ちください」
「登録されてたらあんな不味い回復薬なんて売られてないと思うんですけどね」
「……この回復薬は美味しいんですか?」
「冷やして飲めばジュースと変わらない味だと思いますよ。常温でもそこそこ美味しいですし」
回復薬系の一番の悩みというか、薬だから多少不味いのは仕方がないと思われているところだろう。
回復薬を開発している企業の人間が元冒険者だったら分からないけど……。いや、元冒険者だからこそこの状況を放置している可能性があるね。
自分たちが我慢して今まで不味い回復薬を飲んできたんだから、お前らも飲め的な理由でさ。
「これもですか?」
「初級は炭酸入り柑橘系飲料って感じですね。飲むのをためらう事は無いと思います」
「それはすごいですね……。あ、調べ終わりました。今までに登録の該当なしです」
「よかった。登録して売るのをやめてる企業がある可能性もゼロじゃなかったので……」
嫌がらせの類でね。
まずい回復薬を飲ませる目的でさ……。
「鑑定の結果。回復力は約百!! 凄いですね」
「試飲してみます?」
「いいんですか? これ売ると高いですよ?」
「回復薬の個人的な販売は禁止されてますしね。使い道も無いですし」
「使い道がない? 回復薬ですよね?」
ダメージを受ける事もないし、今更俺が百とか二百程度の生命力を回復させる必要性か……。
今は以前よりさらに生命力と魔力をあげたから、それぞれ各二十兆ある。
少なくとも億超えないとダメージなんて入った気にならないだろうな。
「いろいろありますので。どうぞ……」
「それじゃあ……、凄い!! こんなに飲みやすい回復薬は革命ですよ!! 絶対飛ぶように売れちゃいます!!」
「よかった。不味いのが問題だと思ってたんですよ」
「本当に革命です!! 凄いですね、大金持ちになれちゃいますよ」
そういえばレシピを登録すると売り上げに対してマージンが入るんだっけ?
最高四割まで要求出来るらしいけど、当然要求分売値は上がるし購入者の負担が増える。
それじゃあ意味が無いんだよね。
「えっと、そのレシピの使用料なんですが、最低どのくらいまで落とせますか?」
「え? あげるんじゃなくて落とすんですか? ……最低一パーセントですね」
「一パーセントか……。その設定にして、利益は全額ダンジョン救済基金に寄付って事でお願いします」
「全額ですか?」
「はい。レシピ使用料が少ないと売値を安くできると思いますし、安くてもたくさん売れればダンジョン救済基金に行く寄付もけっこうな額になると思いますから」
薄利多売じゃないけど、レシピ使用料はそのまま値段に反映されるって聞いてるしな。
今の回復薬の値段も高すぎるんだよ。
もっと気軽に飲める値段に落として欲しいけど、色々あるから最低限の値段にしかできないんだよね。
上級回復薬とかを気軽に使われると、主に医療関係にダメージいくし。
「貴方みたいな方が本当にいるんですね……。分かりました、そのように手配いたします」
「回復薬の値段が安くなって、ダンジョンで命を落とす人が減ればいいんですけどね」
「おそらくこのレシピで作られた回復薬はすぐに売り出されると思います。市場を独占する気もしますが」
なんでも今までのレシピ使用料は三十パーセントくらい取ってるらしい。
あのくそ不味いレシピに三十パーセント? そりゃ値段が高くてまずけりゃ売れなくなるだろう。
製造メーカーの方もレシピ使用料が安い方が助かるしね。
「この回復薬の出現で、美味しい回復薬のレシピに舵を切ってくれることを祈ります」
「ここまでいいレシピがある訳ですし、しばらくはこのレシピで生産されると思いますよ」
まあそうだろうね。
この量であれだけ回復できるレシピなんてそうそう考えつかないだろうし、回復薬にどのくらい魔力を注げばいいかなんてのも分からない。
俺のレシピは製造にそこまで魔力を要求しないけど、高威力だからね。
さて、これであの不味い回復薬とはおさらばだ。あのくそ不味い回復薬が二度と市場に出て来る事は無いだろう。
めでたしめでたし……。
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