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不殺の女騎士は泣き出しそうです

 一旦部屋まで戻り、計画書の作成に当たった。

 情報収集はいつもの優秀な部下達に任せてある。小刻み良い拍手をするハムちゃんが、今回は張り切って自分に任せてくださいと豪語していた。何か特別な理由でもあるのだろうか。


 それはさておき、どうにかこうにか書類をまとめようと、各国の観光ガイドを手に取り、睨めっこを始める。


 周り方の順序としては、西の国から北の国。東に行って、最後に南の国と言う順番にした。本来なら一国を調査後は王様に報告しに行かなければならないのだが、折角の漫遊のチャンス。意地でも最後まで戻らない計画を立てるつもりだ。


 西の国のシーカイ。

 漁業が盛んな荒くれ者の国。至る所で喧嘩が行われているが、案外治安は良かったりするのが不思議な国である。

 国自体もその短気な文化を誇っており、喧嘩祭りと称し、その年度で一番強い荒くれ者を決める大会があるほどだ。なんて野蛮な文化、私みたいな乙女には少々息が詰まるってもんだ! 

 でも、名物の魚料理には目を見張る物がある。

 なんと彼らは生きたまま魚を捌き、それは刺身という切り方で盛り付け、黒くて塩っぽい液体に浸けて食すのだとか。

 なんとも贅沢な一品だ。闘技場で観戦しながらひとつまみ頂こうかな。


 北の国ユッキー。

 寒冷地に分類される土地で、年中雪が降っており、そこら辺に雪だるまが作られている遊び心満載の国だ。

 なんと言っても名物のお鍋料理は頬がとろける程の絶品。もう吹雪の寒さの中、カマクラの中で食す激辛お鍋の美味しいさったら言葉を失うほどである。

 ページを捲ると、そこには炊き上がった具材達に写真が掲載されており、食欲を刺激してきた。絶対に満喫するまでこの国からは出ない様にしよう。ていうか一生カマクラの中に閉じこもっていようかな。


 東の国ヤマー。

 山岳地帯に分類される、鉱石の名産地としても知られる、穏やかな国である。

 今は国中で山岳キャンプが流行っており、ロマンチックにも男女で星を眺めるのが一種の通過儀礼なのだとか。なんの通過儀礼かはそりゃあもう妄想の域を遥かに超えた聖戦なのだ。

 国の領土が一番大きいからか、蒸留所が至る所にあり、国の名物はその濃厚な蒸留酒。

 一口でフラフラになってしまうほどの度数は、一人で格好つけて飲んでいる女性には危険な物だ。なんたってお持ち帰りされてしまうかもしれない。

 でも大丈夫、私めちゃくちゃお酒強いから。


 そして、最後の国アツーイ。

 開放的なおうとつのない土地に、真っ白な砂浜、透き通る青い海。

 両親に家を買ってあげたリゾート地である。そういえば一年くらい帰ってないな。元気にしているかな。なんか不動産系の商売を始めるって息巻いてたけど、上手くやれてるのかしら。

 国の名物といえばその青い海! かと思いきや、案外人の穏やかさだったりする。

 皆のんびりした性格だ。下手すれば一日中仕事をサボるかもしれないっていうくらいのんびーりしている。

 ここではゆっくり過ごしたいな。多分、3国周って疲れてるだろうし。


 さて、それぞれの滞在期間はどうしようかな。

 目的は抵抗軍の排除だから、ざっと見て三ヶ月くらいが妥当ではないだろうか。

 そうだな、うんそうしよう。日数の根拠は何もないけど、それくらいマナーカに帰らなくても何も起こるまい。むしろ破壊神と呼ばれた私が居ない方が、皆も羽を伸ばせるのではないかな。


 根詰めて作業をしていると、いつのまにか日が暮れ夜になっていた。

 少しの息抜きにと、上着を羽織り外の夜風に当たりにいく。


 大きなお城から出ると、夜なのに街頭は明るく、文化の発展を感じる。

 前までは合間の間隔に松明を置いていたのに、電気外灯の登場で揺らめく炎は駆逐されているのだ。それがちょっぴり寂しくもあり、便利な世の中になった物だと感心せざるを負えない。


 腕の時計で時間を確かめる。

 目的地は歩いて十分のお菓子屋さん。

 自分が騎士になり、お城に住み始めた頃から通っている。

 百年以上続いている名店だからか、唯一私の噂などを跳ね除けていける、国中から愛されているお店なのだ。

 ま、店主は私がどういう人間かを知っている唯一の人物なのだけどね。


 道を歩いていると、野良猫が喧嘩していたり、街灯から外れた暗い空間で男女がいちゃついていたり、酔っ払いのおじいさんが大きな声で歌を歌いながらフラフラと歩いている。

 露店では大将が豪快な笑い声を上げていたり、犬の散歩をしている御婦人、兵士二人が上司の愚痴を履いていたりと。


 普段、城に籠っているからか、外の世界は刺激に満ち溢れているのを再確認する。

 自由に大通りを闊歩出来ない身としては、この時間帯でしか身分を隠すことが出来ず、密かな楽しみになっているのだ。

 

 またしばらく歩くと、目的地のお店に辿り着いた。

 大きな木目の看板に、マーナの故郷、と書いてあるこのお菓子屋さん。

 お店に入ると、ふわりとした甘い香りが漂っている。これを嗅ぐと、自分の立場を忘れることが出来るから好きだ。


 いらっしゃいと一言耳に添えるのは、昔からの知り合いの店主。マーナさんである。


 その一言で周りのお客さんが私の存在に気づき、そそくさと蜘蛛の子散らした様にお店から出て行ってしまった。

 皆引きつった模造な笑顔を浮かべながら、おほほと片手で口元を押さえるその姿は、なんだか滑稽でもある。


「すみませんマーナさん。お仕事の邪魔をしてしまって……」


 きっと、私が来るおかげで売り上げは下がっているはずだ。

 でも、マーナさんはそんなことお構いなしに、屈託のない笑顔を私に向かって浮かべる。


「いいのよ、それよりも新作のお菓子を作ったの。買って行ってくださるかしら?」


 動物の形をした、何かの素材か想像も出来ない丸い系のお菓子。

 単価も高くないので、とりあえずお金を払い、一つ口の中に放り込んだ。

 サクサクとした何層もある食感に、仄かに冷たく感じるミント系の舌触り。

 新鮮な感覚が脳を刺激する。


 あまりにも美味しかったので、先ほどのお詫びにと、大量に袋の中に詰め込んでもらった。

 紅茶の葉っぱもおまけで付けてもらったし、大満足である。さっきの出来事なんて嘘みたいに晴れやかな気持ちだ。


 それからしばらく世間話を交わした後、夜も遅くなったので、お城に戻る。

 夜道は少しだけ風が強く、寒さを感じたが、こうしてあのお菓子屋さんに赴くと心がほっこり暖かくなるのでへっちゃらなのだ。


 来た道を元に歩いていると、先ほどの露店に、見覚えのある背中が見えた。

 先日、訓練で弱音を吐いていた訓練兵と、それを厳しく叱責した副教官の姿である。


「副教官! 俺はもうあの鬼教官には付いていけません!!!」


 そんな怒声が聞こえてきたので、思わず反射的に近くの茂みに隠れてしまう。

 あの鬼教官なんて、私以外の人は当てはまらないだろう。


「まぁまぁそう言うな。あの時俺が出て行かなきゃ、お前殺られてたぜ?」


 そう言ってグビリとコップのお酒を飲み干す副教官。

 

「あの人やっぱりおかしいですよ!! 自分が強いからって弱い者をいじめる生き物なんです! 俺達は文化ある由緒正しいマナーカ王国の兵士なのに……! 許せませんよ、俺の友達なんてあいつの肩にぶつかったってだけで過呼吸になって病院送りですよ!? あんなのがのさばってたら真の平和なんて訪れるはずがありません!!!」


 介抱したのも私なのだけどね。

 当時は驚いたよ、怪我はない? って聞いただけなのに。緊張のあまり白目剥いて倒れるんですもの。


「ああ! 俺もそう思うぜ。くそ! 女の癖に偉そうに命令しやがってよー! ちょっと綺麗な顔立ちしてるからって調子に乗ってんだぜ? 王子様もあいつにゾッコンで噂じゃねーか。これはどこかでお灸を据えておかなきゃ気が済まねーよなぁ?」


「副教官! 何かいい案でもあるのでしょうか?」


「チーッとばかし痛い目見てもらうだけさ! 知ってるか? この近辺に毒花が咲いてるんだけどさ、それをあいつがいつも飲んでるお茶に混ぜ込んでやろうぜ! なーに、致死量混ぜなきゃ死にはしねーさ! 何日か高熱でうなされるだけ。それくらいの罰は受けて貰わねーとな!」


 大きく下品な笑い方をした後、その後も私に対する不満と悪口は続くのであった。

 

 想像もしてなかった。

 まさか部下からこんなにも恨まれていると言う事実。

 私は私なりに一生懸命仕事をこなしてきたつもりなのに、こっちの苦労も知らないで適当な事ばかり話す彼らに嫌悪感を抱く。


 その日は上手く眠る事が出来ず、朝まで枕を涙で濡らす日となった。

 こんなに悲しい気持ちになったのは、いつ以来だろう。

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