不殺の女騎士は見た目に自身があるそうです
そんな無機質な日々を過ごしいてたある日、私の元にとある1通の手紙が運ばれる。
珍しいなと思い封を破ると、そこには丁度上階に住んでいるこの国の王子様からであった。ご近所もご近所なのに味な真似をしやがる。いっそ部屋まで来て話せば良いのにな。
手紙の内容は簡単に言うと、恋文に似た食事の誘いである。
一般的な女性なら王子様から恋文が来ようものなら、出来る限りの最大限のおめかしをし、気合を入れるのが普通ってものである。
そりゃあね、私も本当に物語から出てきた様な白馬が似合う王子様なら喜んでお食事へと向かうさ。でも現実は違うのだ。
うちの国の王子様と来たら完全なつるっぱげに異様に発達した筋肉。得意な事と言ったら重量挙げと筋肉理論なのだから会話に困る事間違いなし。男性には人気らしく、国民からも厚い支持を受けているから尚更不思議だ。
ご家庭にダンベルを一本いかがでしょうかって大きなお世話だよ。
テシン様は……この国で一番重いダンベルを贈らせて頂きますね……! とかなんとかきざったい事言っていたが、それが「俺の愛だ!!」と言う解釈を理解するまで一年以上掛かった。それ以降彼は若干女性不信になったらしく、部屋からあまり出なくなったのか、こうして手紙を寄越す様になった訳だ。
それ以降、私は王子様の求婚すら断る、鉄の女としての地位を得る事になる。
いやいや待ってよ気付く訳ないじゃん。しかも実際にくそ重い“想い”バーベルを贈ろうとしてたんだぜ? 配達員さんが「重い……運べない……助けてええええ」ってお城一階で叫んでたから何事かと思ったわ。
ハァ、とにかくお食事はどうしましょうかね。
厳密には二人っきりなんて稀である。
私は良くも悪くも有名になってしまっているので(て言うか国の兵器扱い)必ず複数の護衛が付くし、向こうは曲がりなりにも王子様だ。私の三倍以上は護衛が付くし、予約したお店は貸し切り。遠くで花火は打ち上がるし、指をパチンと鳴らせば噴水は勢いを増して飛び跳ね、ロマンチックな照明を焚き始めるのだ。
なんとか金を大量に使い、必死にアピールしてくるのは立派だし、素敵だとは思うんだが……。
私はあまり王子様には興味無いのである。
だって王族って辛いだけさ。
私はただの農園の娘だし、向こうはこの大陸を支配した一国の王子。
本来ならどこかの由緒ある家柄を嫁に入れ、さらなる発展を目指すのが道理である。
でも王子は言い放ったんだ。
この世は自由恋愛であると。私の顔を見てね。
とにかくお食事は保留にしよう、そうしよう。
もう一度封を閉じ、見ていませんよと言い訳のつもりで郵便受けの中に手紙を戻そうとしたとき、中にもう1通手紙がある事に気づいた。
差出人はなんと、王子様のお父上、王様からである。
面倒だなぁと思いながらゆっくり封を開け中身を読むと、そこには、時間のある時に謁見の間を訪れよと書かれた司令書であった。
一体全体何事だ。
こんな手紙で寄越すなんて王様らしくも無いし、かなり不自然である。
その時私はピンと頭が回りに回りまくった。
そうだ、これはきっと私にしかこなせない重要な任務なのだ。だとすれば遊んでる暇も、お食事を楽しんでる暇もないではないか!
そうと決まれば早速さっき郵便受けに閉まった手紙を出し、受領印を押し、適当なチラシ裏の紙に返事を書いて差し出し郵便ポストの中に放り込んだ。王子様に書く返事にしてはかなり適当な感じになってしまったし、安物の紙に書いてしまったがまぁ良いだろう。私はこの国でかなりの戦果を上げているのだ。ちょっとしたおっちょこちょいなんて可愛いものだろう?
もう一度部屋に戻り、王様に謁見する為の準備をする。
流石に部屋着で会う訳には行かないから、しっかりシャワーでも浴びて準備をする事した。
戸棚に仕舞っていた正装を久しぶりに取り出し、着用する。
流石に戦時中と違って平和な世の中だからか、もしかして太っていないだろうかと心配になったが杞憂に終わった。腰辺りはバッチリだし、背中も丁度良い。若干胸あたりがきついのは女である証拠なので、逆に胸を張って堂々と歩けるのだ。
最後に鏡と睨めっこをし、自分の姿を確認する。
返り血を浴びすぎて仄かに赤く染まったと噂をされている自慢の赤髪は今日も程よく反射し、敵の生き血を啜ったとされる唇は柔らかそうに白い歯を包み、天使と言われた透き通った肌はシャワーの後で熱を帯び、敵を油断させる童顔の瞳は今日もぱっちり開いている。
やっぱり髪を短めに切ったのは失敗だった。
と言うか、理髪師が私の髪を切るのにあまりに緊張しすぎて、ずぶりとざっくりイッテしまったのが悪いのだがな。でも土下座されて命乞いされた誰だって怒れない。
家族がぁ!! 家族がぁ!! ってその場で叫ばれたら尚更ね。
しかもまた私が脅してるみたいな感じで周りの兵達は見てくるし……泣きたいのはこっちなのだが。
結局、せめてものお洒落にと、一部分一本だけ後ろ髪が長い三つ編み、おさげ髪。
まぁまぁ気に入っているが、理想とちょっと違う形になったから満足とは言わないのである。でも私がここで満足と言わなければ、この理髪師は露頭に迷うことになるだろう。
あんまりにも可哀想だ。
七輪で鶏肉を焼いていた父の姿が目に浮かぶ。
私達家族は運が良かったが、誰でもそうじゃないのだ。
その時は、とても素晴らしい髪切りであったと一言添えて置いたのだが、結局その理髪店は潰れてしまう。
原因はもちろん私です。
あの破壊神、テシン・マサーカーの怒りを買ったと町で噂が広まってしまったのだ。
どうも私の顔は不機嫌を極めていたらしく、店から出た私を見た一般市民様が恐怖を覚えてしまい、それで噂が広まったそうだ。
まぁ、不機嫌ではあったよ。
その後、その理髪店と家族達を見かけた者は一人もいない。
理髪店での一件以来、皆が私を避けるようになっていた。
どこのお店を予約しようにも、テシン様お断りと文を貰い、項垂れる。
そりゃそうだ、自分の店を潰されるかもしれない客をわざわざ入れる馬鹿はいない。
ハァ。
軍に入る前は、町で噂の美少女と評判であったのに、どうしてこうも見た目を曲解されなくてはならないのだろう。
地位と名誉と財産を得る代わりに、大きな幸せを失ってしまったのではないか。
そんな事を考えていると、いつのまにか時間が経っていた。
早く王様との謁見に向かわなくては。