悪役令嬢武闘伝 ~婚約破棄されましたが、その場で王子を打ち負かします~
とある王立学園の卒業パーティー。
会場であるダンスホールでそれは起こった。
「アシュリー・スカイゼル。貴様との婚約は破棄させてもらう!」
卒業生やその縁者が集まる中、金髪の貴公子……ジェイド王子はアシュリー公爵令嬢に堂々と言い放った。
彼の胸元には一人の令嬢が抱き寄せられており、腕の中でフルフルと怯えていた。
「なぜですか、ジェイド殿下! 説明をしてください」
丁寧に手入れされた銀髪をたなびかせながら、言い渡された貴族令嬢……アシュリー・スカイゼルは愕然とした面持ちで王子へと問い詰める。
「しらばっくれるな。貴様がこのミランダ嬢に度重なる嫌がらせをしてきた事はわかっているのだ!」
「嫌がらせ? ――いったい、なんの事ですの?」
周囲からも嘲りと憐憫の視線に晒され、困惑するアシュリー。
どうやらここに彼女の味方は1人もいないようだ。
それでも、とアシュリーは凛とした態度で声を張り上げる。
「殿下、お聞きください。誓って私はミランダ嬢に何もしておりませんっ!」
「黙れ! 既に証拠は挙がっているのだ。おいっ!」
ジェイド王子に促され、現れたのは学園からの殿下の取り巻きであった宰相の息子スクラー、そして騎士団長の息子ミゴンである。
彼らはその手に持っていた紙束をアシュリーの前に放り捨てる。
アシュリーはおそるおそるその内の一枚を拾い読んでみる。
「御覧なさい。そこに記されている通り、あなたがミランダ令嬢を呼び出して恫喝や暴力を振るった、または悪評をでっち上げてばらまいていたと多数の目撃証言があがっています」
「そんな馬鹿な……」
アシュリーにはどれもこれも身に覚えがないものだった。
確かにとある事情からアシュリーは付き合う人間についてジェイドやミランダに一言二言付け足した事はある。だが誓って、
先の彼らが挙げたような下賤な真似はしていない。
……これは明らかにでっち上げによるものである。
「私は皆と仲良くなりたかっただけなのに……。平民のくせに生意気だ、身分の差をわきまえろ、といつもアシュリー様は脅してきましたの」
ジェイド王子の腕の中にいるミランダは涙ながらの声で、身に覚えのない事を騒ぎながら、より深く彼の胸にすがりつく。
一瞬だけ、彼女はアシュリーに向けてこっそりほくそ笑んだ気がした。
「決まりだな。思えばいつも貴様はその優れた容姿と能力を鼻にかけて傲慢に振舞ってきた」
ジェイド王子はずっと彼女に劣等感を抱いてきたのは彼の事を良く知る者は周知の事実であった。
ずっとアシュリーを煩わしいと思っていたのだろう。
だがそれももう終わる、とばかりに彼はさらに声を張りあげる。
「お前のような性悪女は我が伴侶としてふさわしくない。即刻出ていくがいい!」
「……しかし殿下! この婚姻は他でもないあなたの父君である国王陛下が取り決めた事。あなたの一存では破棄する事は出来ません!」
「黙れと言っている! ならば第一王子である私は次期国王だ! むしろ病に臥せった父君や愚妹弟など今すぐ私の手で引導を渡してやってもいいくらいだっ!」
どよっ、と王子の言動にさすがの周りの者らもざわめき立てる。
不敬を通り越して国家反逆罪として捕まってもおかしくはない暴言であった。
「さあ衛兵よ。この女を追い出せっ!」
ジェイドの言葉に従い、現れた衛兵がアシュリーをホールから追い出そうと手を伸ばす。
「いやっ! 離してっ!」
アシュリーは必死に抵抗するが、所詮はか弱い貴族の令嬢。
連れて行かれるのは時間の問題だろうと、その断罪劇を見ていた観衆らは思っていた。
「離してと言っているでしょうがっ!」
だが次の瞬間、アシュリーは衛兵の腕を掴んで、そのままもう一人の衛兵に投げつける。
「ぐわぁっ!」
「なあっ!」
力任せではない。衛兵の体重を利用し、己の身体を軸にした背負い投げ。
その筋の人間が見れば、感嘆のまま思わず拍手してしまうような洗練された動きであった。
「……アシュリー。貴様正気か?」
「正気でございます殿下。私は今ここで追い出されるわけにはございませんっ!」
底冷えするような声を出すジェイドに、アシュリーは毅然とした面持ちでを睨みつける。
「ええい。貴様ら何をしている! その女をどうにかしろぉ!」
王子の怒声。
観客たちは困惑する。
殿下の命とはいえ、こんな公の場で公爵令嬢に無礼を働くのは、いくらなんでも彼らとて勇気がいった。
「ハッ、お任せをっ」
「ククッ。このようなゴミ女、秒で掃除してやりますぜ」
しかし、それでも動ける者はいた。側近のスクラーとミゴンだ。
スクラーは魔法用の杖を、ミゴルは腰にさしていた剣を抜き、嗜虐心を満たすように舌で舐める。
その姿はどう見ても悪漢であった。
「悪く思うなよアシュリー嬢、キェエエエエ!」
奇怪な声と共に先に仕掛けてきたのはミゴル。
彼は勢いよく剣を振り上げ斬りかかる。完全に命を奪る気マンマンである。
「体格と腕力に任せた力任せ。身のこなしがなっておりませんわよ」
しかし、アシュリーは酷評と共に、体を僅かにずらしただけでその剣閃を回避。
さらには避け様に、カウンターで掌打を顔面に喰らわせた。
「ごはあっ!」
ミゴンは鼻血を拭きながら昏倒する。
「き、貴様ぁ!」
スクラーが攻撃魔法を撃とうとするが、アシュリーはミゴルの身体を盾にする。
ミゴルが倒れ伏した直後、アシュリーの姿は完全にいなくなっていた。
「後ろがお留守ですわ」
「――ほぁっ!?」
背後に現れたアシュリーに首へ腕を回され血管をキュッと絞められる。
あっという間に意識を失うスクラー。
「あ、あわわ……。ど、どうしましょう殿下……」
「チッ! 役立たず共めっ。どけい! こうなれば俺自ら決着をつけてくれるわっ!」
「ええっ⁉」
顔を真っ青にしているミランダだが、そんな彼女をよそに剣を抜くジェイド。
こっちも殺意全開の本気である。
さすがのミランダもドン引きであった。
「本気ですわね、殿下。……わかりました。私も受けて立ちましょう」
アシュリーの方も覚悟を決める。
倒れているミゴルの剣を拾い、公爵家由来の剣の構えを取る。
見下ろすジェイドに見上げるアシュリー。
階段を挟む二人の間を静寂が支配する。
彼らの気迫にあてられた観衆たちの誰かが思わず唾を飲み込む。
「うぉおおおおおおお!」
「せいやああああああ!」
そして、二人の剣がぶつかり合う。
――ズガガガガドガバギギャンギリィガギン!
凄まじい剣戟による剣風圧で嵐が吹き荒れる。
既に二人の実力は上級騎士やA級冒険者のそれを遥かに凌駕していた。
「よくぞここまで剣の腕を磨かれましたわね殿下」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえぬなっ!」
ジェイド王子は確かに文武共に天才であるアシュリーに劣等感を抱いていた。
だが同時に、彼はアシュリーを超えようと今日まで死に物狂いの努力を続けてきたのだ。
その鬱憤が、積み上げた努力が、この決闘という形で爆発していた。
「これで終わらせます。スカイゼル流剣術――断罪の爪牙!」
意外にも決着を急いだのはアシュリーであった。
――瞬間、四方からのほぼ同時に繰り出される剣の閃きがジェイドを襲う。
「ぬるいっ!」
だが、ジェイドはそれらを全て見事さばききり、アシュリーは瞠目する。
「まさか我が秘剣を……!」
「ずっと私はお前を見てきたのだ。学園の時からずっとお前の剣を……! 俺とてこれぐらいはできるっ!」
お返しとばかりに、ジェイドは打突を繰り出す。
シンプルかつ渾身の力を込めた一突き。
「ぐぅっ!」
アシュリーは刀身で受ける事は出来たものの、衝撃を殺しきる事は出来ずに壁際まで後退る。
「お見事に御座います、殿下。ですが小手調べはここまで。少しばかりギアを上げますわよ?」
「望む所だ。今宵こそ俺は貴様を超える!」
『えっ。まだ続くの⁉』という観衆たちの心の声など知らぬとばかりに、二人は身の内からから魔力を迸らせる。
オーラのように巻き起こるソレはホール全体にさらなる暴風嵐を巻き起こした。
壁や床には亀裂が入り、ガラスは割れる。
「うわああああああああ!」
「ひいいいいいいいいい!」
「お助けえええええええ!」
当然、見物人共はタダではすまない。
そのまま吹き飛ばされるか、必死に身を低くして嵐が過ぎ去るのを持つかのどちらかである。
「アンタたち、やるなら外でやりなさいよおおおおおおお!」
腰を抜かして動けないでいたミランダがそこにいた者ら全ての心の声を代弁して叫ぶ。
それを聞いたか、聞かないのか。
二人は壁を破壊して、風魔法の応用による飛行術で外へと飛んでいく。
もっともダンスホールは既に跡形もなく破壊されており、残された彼らはポカンと立ち尽くしながら、彼らの戦いを見守るのみであった。
「ようやく邪魔者がいなくなったな」
「ええ。やっと本気が出せますわ」
月下の下、星空がよく見える夜天。
しかし二人が交わすのは愛の言葉ではなく全力の剣戟。
最早、縛るものは何もないとばかりに二人の本気の攻防が開始された。
「あのような横暴な振る舞いで民がついてくると思っているのですか!」
アシュリーはさっきのお返しとばかりに刺突の連撃を繰り出す。
「関係ない! 貴様を倒せるほどの圧倒的な力があれば、民など勝手についてくる!」
対して、ジェイドはそれらを下からの振り上げで弾く――のみならず、風魔法を込めた斬撃を繰り出した。
「力に溺れた暗君の最後は歴史が証明しております!」
アシュリーはその斬撃を己の風魔法で中和して、――どころか水魔法を加えて渦を作り出しジェイドを飲み込む。
「俺は違う! 力を使いこなし新しい覇王となるのだっ!」
飲み込まれたジェイドは全力の炎魔法を全方位に発動。
強引に蒸発させて吹き飛ばした。
「さっきから自分を偽るのはおやめください……」
そこでアシュリーは剣を下ろす。
「な、なにを言っている?」
「わかっていますわ。殿下が全ての罪を背負おうとしていることぐらい」
痛々しいと、もう見ていられないとばかりにアシュリーは語る。
「スクラーとミゴン、あの二人の父親……宰相は賄賂や横領で私腹を肥やし、騎士団長は隣国と内通してクーデター画策していましたわ。それだけではありません。あなたの周りいる者らも、その親たちも己の地位を悪用して好き勝手しておりました――」
学園にいた時から、アシュリーは何度もたしなめてきた。
付き合う相手は選べ、と。
しかしジェイドは聞く耳を持たず、アシュリーも彼の事だからきっと何か深い考えがあると信じた。
だって、他でもない。
この国の黒い部分に憤りを感じていたのは彼だったから。
「この国の闇と戦い続けてきたあなたは遂に限界を思い知った! だからこんな茶番を演じた! 彼らとあえて仲を深め、あえて暴君となり、時が来れば自分ごと奴らを巻き添えにするためにっ!」
愚かな王子を演じ、最後はアシュリーや自分よりも優秀な弟妹に断罪される。
それがジェイドの筋書きであった。
「何を根拠に……」
「わかりますわ。私だって、ずっとあなたを見ていましたもの……」
その言葉にジェイドは思わず頬を紅潮させてしまう。
しかし、今の彼にもうそれに応える資格はない。
「――ところで、そろそろ魔力も体力も限界ではないか?」
「ええ。お互いに」
許される言葉は剣に乗せるのがふさわしかろう、と二人は握り直す。
そこには偽りも取り繕いもない。
ただ、互いに持てるべき全てをぶつけ合う。――ただそれだけ。
この甘美な時間がずっと続けば良いのに、と二人は思った。
せめてこの最後の刃が互いの身体に消えぬ傷となって刻まれますように、彼らはそんな想いを込めて残りの力をそこに集約させる。
「スカイゼル家戦闘術奥義――蒼穹閃光!」
「極限魔法ギガフレイボルト!」
二つの高密度のエネルギーの塊が激突し、一瞬だけ夜天が星光を超える極大の赤と青の光に照らされた。
――。
「うぐっ!」
「お目覚めになられたようですわね」
ジェイドは目を覚ます。
真上にはアシュリーがこちらを覗き込んでいる。
後頭部には柔らかい感触がある。どうやらずっとアシュリーに膝枕されていたようだ。
「……そうか。俺は負けたのか」
「ええ、そうです。私の勝ちですわ」
戦いの余波でボロボロの学園の前で、アシュリーは優雅に微笑む。
それなりに距離を取ったつもりだが、どうやら結局巻き込んでしまったようだ。
……何人かは気を失って、衛兵に運ばれている。
「ご安心ください。死人は出ていませんわ。少しばかりあてられてしまっただけです」
「――そうか。良かった」
決して善人とは言えない者らであるが、無下にして良い訳はない。
罪があるなら法廷で裁くべきだ。
「しかし、また負けてしまったか。まったく一度くらいはこちらに花を持たせろと言うのだ」
「手加減なんて殿下が一番嫌う事でしょう?」
不貞腐れたように顔を逸らすジェイドに、アシュリーはおかしそうに微笑む。
「巻き込まれただけのミランダ嬢には悪い事をしたな」
「あら、一瞬の仮初とはいえ殿下といい仲になれたのです。むしろ身に余る光栄ですわ」
スクラーたちが自分を篭絡するために、色々と吹き込まれてあてがわれてきた男爵令嬢へと謝意を示すジェイド。
そんな彼に対して、どこか拗ねたように頬を膨らませるアシュリー。
ちなみに、そのミランダ令嬢は瓦礫の山の上で泡を吹いて気絶していた。
「なんにせよ、これで私は廃嫡だ。後の事は……フロードにでも任せるとしよう」
面倒事を押し付けるようで、いささか気が引けるがな、とジェイドは第二王子に当たる生真面目な弟の顔を思い出しながら苦笑していると、アシュリーは首を傾げながら問いかけた。
「あら。さっきから何をおっしゃっていますの?」
「何?」
「あなたは今夜この国を蝕む奸臣たちを一網打尽にしたのです。私はそれを手伝った。そういう筋書きですわ」
気を失い、運ばれていくスクラーやミドルを尻目にアシュリーは付け加える。
「ふふ。彼らも驚くでしょうね。目を覚ましたら牢の中で、しかも父親たちの事も含めた今までの悪事や不正が明るみにされているのですから」
「アシュリー、お前……」
「殿下が彼らの目を集めてくれたおかげで、こちらは上手く動けましたわ」
混乱してしどろもどろになるジェイド。
アシュリーはそんな彼の姿もたまらなく愛おしかった。
悪役勇者が婚約破棄される連載作品もやってます。よければ是非。
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