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【連載版】彼の幻想のインテグラル  作者: おおとりことり
「貴女を守る」
8/10

貴方の隣

 右手がズキズキと痛む。 同じように頭痛もする。 サザンカは初めて感じる痛みに耐えきれそうになかった。 あの蜂のような機械が現れて十五分程度が経過したが、いまだに傷ひとつ付けれていない。 代わりに自分の身体には赤い傷跡がいくつも。 サザンカはコードや機械に対しての技術ではなく、戦闘面の技術を買われてハイミリテリオンに入った。 そのためその辺にいる技術者よりも遥かに強い。 だが相手が悪かった。 

 今彼が相対しているのは機械の蜂ではない。 その蜂によってウイルスで支配されたビャクシンだ。 彼は機械の部分が多い、我を忘れて操られてしまっている。


「統括! ウイルスに支配されてはいけない!」

「ッ、にげ、ろ……!」


 彼は苦しそうに呻きながら時折そう呟くが、こちらへの攻撃の手を休める事はない。 鋭い機械尾の刃で斬りつけられ、サザンカは焦りを感じた。 このままでは負けてしまう。 

ビャクシンは本気だ、先程から剣で尻尾を弾くたびに衝撃でビリビリと腕が痺れる。 今は辛うじて動きについていけているがいつか限界が来るだろう。 剣は折れる心配がなさそうなほど丈夫なのが、唯一の救いかもしれない。


「どうすれば……!」


 もちろん自分にも機械の部分がある、ウイルスがいつ全身を蝕むかわからない。 ビャクシンは逃げろと言ったが自分だけ逃げることなど絶対にできない。 

 彼の尾が力強く振り下ろされた。 咄嗟に剣で弾くが、その瞬間に右腕からバチンと何かが切れる音がした。 腕に力が入らなくなり、剣が滑り落ちる。


『まずい、導体が焼き切れた……!』


 想定外の質力をしすぎたのが原因だろう。 利き腕が使えなくなってしまうなんて。 サザンカはすぐに左腕で剣を拾おうとしたが、すぐにビャクシンが飛び込んできて機械尾を叩きつける。

 終わりだと、そう思った。 しかしその間に入ってきたのは濡羽色の髪の女。 急いで来たのか、息が上がっている。 頑丈なアタッシュケースでビャクシンの尻尾を防いだ彼女は、近くに転がっていたサザンカの剣を足で後ろに蹴る。


「白煙のコード! 私のリーダーで発動させて!」


 サザンカはコードを取り出して彼女のリーダーに差し込む。 辺りに白い霧が立ち込めて、その隙にサザンカは剣を拾い上げ、そして彼女を片手で抱えて後ろへ退避する。


「太刀原主任、どうしてここに?! 目は……!」

「詳しい話は後でする。 今は、副局長を助けないと」


 アタッシュケースから取り出してあったウイルス抑制剤を握りしめる。 細い注射器の中は薄緑色の液体が入っている。 これを打てばいいのだが、それには危険が伴う。

サザンカは彼女の持っているウイルス抑制剤を見て、次はビャクシンを見た。 


「動きを止めないと」

「副局長は呼び掛けには答える?」

「いえ。 こちらからの声には何も……!」


 薄い霧を裂くように、機械の尻尾が鋭く伸びてくる。 サザンカはイチイを脇に抱えたままその場の地面を蹴り、岩陰へ隠れる。 サザンカの腕が片方使えない事が惜しい。 彼が辛うじてビャクシンを抑えてくれていたら、少しの隙をついて抑制剤を打てた可能性がある。 

イチイはサザンカの腕に触れた。 殆ど信号も通っておらず、振動さえしない。 すぐに修理できるものではないようだ。


「サザンカはそこにいて」


 イチイは上着を脱いで身軽になると、太腿に付けていたナイフを取り出す。 


「主任、危険です!」

「このままのほうがもっと危険。 いざとなれば透明化のコードを使う。 あの人の前じゃ、本当に少しの時間稼ぎだけど」


 サザンカの呼び止める声がしたがイチイはそれを無視した。 岩陰から飛び出て、大きな声で彼の名前を呼ぶ。


「副局長!」


 最後まで言い終わる前に彼の鋭い尻尾の刃が迫ってくる。 それを前方へ転けるような形で避けて、イチイは全速力で走った。 ビャクシンは追いかけてくる、だが彼女はこれが狙いだったらしい。


「貴方は操られても、任務を完遂しなくてはいけないということは、わかるはず……!」


 息を切らして、イチイはフックショットを構える。 狙いはあの大きな機械蜂の身体。 標準を定めて撃つと真っ直ぐと針が飛んでいき、カンッ! という音を立てて針が突き刺さった。 針は一度刺さると簡単には抜けない。 イチイはトリガーから指を外してワイヤーを巻き、蜂に向かって飛んでいく。

 ビャクシンがそれを追って飛び込んでくるが、彼は目を大きく見開いた。 イチイではなく機械蜂を見て、ほんの一瞬だけ理性が戻る。 その一瞬の間に彼は狙いを機械蜂の動力部分に切り替え、力づくで尻尾を突き刺した。 


「やった……!」

「……!!」


 喜んでいたのも束の間、ビャクシンはすぐに狂気に満ちた眼に戻ってイチイをギロリと見定める。 彼は大きく尻尾をしなり、地面に着地したばかりのイチイの足元を抉る。


「っ、あ!」


 体勢を崩して地面に叩きつけられる。 肌を擦りむいて痛みがあるが、危険を感じてすぐさま転がってその場から離れた。 自分が倒れた場所に、ビャクシンの脚が力強く踏み下ろされた。 彼の脚は機械でできている、踏み抜かれたらひとたまりもないだろう。

 

「正気に、戻ってください!」

「わた、し、は……!!」


 聞いたこともない彼の声。 怒りと後悔と様々な感情が混ざったような濁った声。 イチイは痛みを堪えて起き上がって、コードを手に取る。 アクセスキーのコードだ。 父からビャクシンへ預けられ、そして自分へ渡されたコード。 これがなんなのか、何のために父が預けたのか、それを知るまでは。

彼に教えてもらうまでは、自分も五体満足でなければ。 

 ビャクシンに十年間教わったこと、探索の基礎、技術者としての心得。 それらの中でも一番心に残って、今でもイチイを奮い立たせるものは「未知への探究心」だ。



『自分が求めるものには貪欲でいろ。 全てを賭しても求めろ。 だが死ぬなよ、死んでしまうと、結局は何もわからないままだ』



 それが技術者、そして探索者なのだと、ビャクシンはそう教えてくれた。


「……怖くなんてない」


 イチイは一歩踏み出してビャクシンを迎え撃つように立った。 彼の尻尾が滑らかに動いて自分に狙いをつけているのがわかる。 その鋭い刃が近づいてきても何も思わなかった。 両親を殺した大百足の尻尾だとしても、何も怖くはない、憎くもない。 

 顔面に迫った刃をナイフで弾き飛ばす。 力比べではやはり負けてしまって、ナイフは根本から折れて飛んでいく。 軌道がズレた尻尾の刃がイチイの頬と左肩を抉って、赤い花のように血が噴き出す。 


「ッ、ここ、だ!」


 イチイはビャクシンの服を必死で掴み、引っ張って距離を縮める。 彼の金色の瞳が揺れ動くのを一瞬だけ感じた。 

抑制剤の入った注射器を、ビャクシンの首筋に突き刺した。 注射器は高い電子音を小さく鳴らして、自動的に薬剤を投与する。


「う“、あ、あ”ぁ……!」


 ビャクシンが頭を抑え、首に刺さった注射器を引き抜く。 注射器は手のひらで粉々に砕け散った。 サザンカは岩陰から出てきてビャクシンを見る。 彼は脊髄に機械端末を通していると言っていた。 奇妙な機械音が鳴って、尻尾が暴れ狂う。

 

「副局長、しっかり……!」

「あ、っ……?! なぜ、どうしてッ!」


 駆け寄ってきて体を支えたイチイの姿をしっかりと捉えたビャクシンは、髪をかき上げて頭を抱える。


「いやだ……みないでくれ、来るなァ!!」


 気の動転した彼の尻尾がイチイを取り巻くように素早く動いて、赤く光った刃が彼女の後ろから心臓を突き刺す勢いで振り上げられる。

 

「私は大丈夫。 だから、貴方も大丈夫です」

「なにが、なにが大丈夫なものか! 私は、こんなに醜い、お前の仇を宿した、お前の……ッ!」


 彼がイチイを振り払う。 だがイチイも負けずと、すぐにビャクシンの手を取った。


「は、離せッ! 殺されたいのか、お前の、母親と父親と、同じようにッッ!!」

「貴方はそんなこと出来ない!」

「だったらどうして、お前は怪我をした! それは、それ、は……わた、しが…………!」


 喉をかき切らして叫んでいたビャクシンの声が少しづつ小さくなっていく。 目を見開いて激昂していた彼の表情が、次第に何かに怯えるように変わる。


「違う、わたしは、お前をただ傷つけたくないだけだった……、なのに、なのに……!」


 尻尾が力無く項垂れて、ガシャンと音を立てて地面に落ちる。 ビャクシンは苦しそうに、尚も頭を抱えたままだ。


「どうすればいい、どうすれば、なにをしたら、私は…………! 傷つけてしまった、こんなにも大好きなお前を……!」

「ビャクシンさん」


 自分を呼ぶ声は、赤子をあやすように優しい声。 それは心地よく沁みていく。


「もう一度言います、私は大丈夫。 だから貴方も大丈夫」

「イチイ…………」

「貴方がどんなに凶暴な機械尾を持っていたとしても、それが親の仇だったとしても、私は平気、私は大丈夫、私は問題ありません」


 イチイは微笑む。 


「帰りましょう、一緒に。 貴方の隣には私がいないと」

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