何をしてでも守りたい人
技術者達が探索する様子を遠隔で見守る存在がいた。 彼女は砂糖のたっぷり入ったコーヒーを飲みながら、鼻歌混じりに映像を眺めている。
「それにしても、見えるようになってよかったね太刀原主任」
「ご心配をおかけしました、局長。 それで、なぜここに」
「え? だって気になるでしょ? 大丈夫だよ、これはちゃんと許可をとって、ビャクシンの戦闘服につけたカメラだから」
局長のグミはニコニコと笑ってまた映像を見る。 なぜかイチイの病室に来た彼女は、イチイも巻き込んで探索の様子を見守っていた。 音声までは聞こえないし、ビャクシンの姿は見ることができない。 それでも地下の様子はよく見える。 イチイも少し気になっていたため、実のところ嬉しかった。
今は探索を始めて三時間経過した頃だ。 順調に地図に載ってある五階層目に到達したようで、イチイは安心して退院の準備をしている。
「……太刀原主任、ちょっと様子がおかしいかも」
「え?」
グミから促されてモニターを見ると、奥へ繋がる大きな扉の前に立っていた技術者が、一人また一人と頭を押さえて倒れていく。 グミが素早く画面の解析を進めて、イチイはその画面を一緒に覗く。
映像には巨大な蜂のような機械が現れ、サザンカが剣を抜いて交戦していた。 ビャクシンも同じように戦闘に加わっているようで、画面の揺れが激しい。
「倒れた技術者の関係性」
キーボードを叩きながらグミが早口で言う。 イチイは言われている意味を理解し、先ほど倒れた技術者を思い出す。
「身体を機械に差し替えた部分があります。 一人は脳、一人は身体の三分の二」
「なるほどね、ウイルスだ。 機械の部分が多い者ほど感染しやすい。 我を忘れて暴れる可能性も……」
ウイルス、機械の部分が多い者。 イチイはゾッとした。 視界の端に映った映像は、動きの止まったビャクシンにサザンカが駆け寄っている。 恐ろしくなって目を逸らし、そして髪を強く縛り直した。 コードを保管している鞄を掴み、上着を羽織って駆け出す。
「太刀原主任!?」
「仲間を助けます!」
医療塔の廊下を駆け抜ける。 本来ならば怒られてしまうがそんなこと言ってられない。 彼女は止まらず走り続け、同じ塔の一階にある警邏科のドアを勢いよく開く。 警邏科に知り合いは一人もいない。 まだ勤務時間のため、警邏科のフロアが騒ついた。 イチイは息を整える暇もなく、知っている者の名前を呼ぶ。
「ララリィ・ファズフト副隊長はいらっしゃいますか!」
警邏科で知っている者の名前は彼だけだ。 辺りは突然の訪問に騒然としていたが、奥から黒い制服を着た美青年が現れる。 黒い髪に緑色の勝気そうな瞳をした彼こそララリィ・ファズフト。 ビャクシンと仲の悪い警邏科の副隊長だ。
「……何の用だ? 非常識にも程がある」
「突然の訪問、無礼なのは承知してます。 でも時間がないんです。 お願いします、ウイルス抑制剤をください。 仲間を助けるには、それが必要なんです」
イチイは深く頭を下げた。 ウイルス抑制剤と聞いて、周りはもっと騒つく。 ララリィも当然、片眉を顰めた。 ウイルスというものは珍しいものでもない。 機械にとっての天敵であり、犯罪の手段として幅広く使われている。 機械に入り込み悪さをするそのウイルスを抑え込むのが抑制剤。 警邏科でのみ扱いが出来る、注射式の遺伝子薬だ。 取り扱いには十分な注意が必要と言われている。
「お前、言ってる意味が分かってるのか? 警邏科でもないお前に渡す義理はない」
当然の返答だった。 だがここで引き下がれない。
機械の部分が多い者はウイルスの侵攻が激しい。 恐らくビャクシンはそれに抗う筈だ。 抵抗すればする程、身体は暴走をする。
「……王の命で探索をしている廃施設の地下で、ウイルスを撒き散らす機械に遭遇しました。 探索科は特に機械の身体を持つ技術者が多い。 サザンカや他の技術者達は部位が少ないから気を失うだけで済むけど、あの人は」
イチイはアクセスキーのコードに触れて拳を強く握った。
「ビャクシンさんは身体の殆どを機械に差し替えている。 お願いします、私は彼を救いたい」
「僕が、アイツを助けるとでも?」
「渡してくださるなら、貴方の言うことを一つ聞きます。 どんな要望にも答えます」
イチイの言葉にララリィは笑った。 その笑みはただの嘲笑だった。
「どんな要望にも? 素晴らしい忠誠心だな」
ララリィはそれ以外何も言わなかった。 彼は聡い。 ウイルス抑制剤を渡さないのは、それがどんなに危険なものなのかを知っているから。 警邏科以外の人間を危険な目に合わせないため。
「探索科の主任だかなんだか知らんが、上から目線で気に入らねえなぁ」
「ほんとだぜ、土下座して強請るくらいしねぇとなあ」
どこかからそんな言葉が聞こえてきた。 イチイはすぐに膝を折り、太腿のベルトに付けていた大ぶりのナイフを外した。 武器も持たない丸腰になって、彼女は土下座をして額を床スレスレまで下げる。
辺りがシンと静まり返った。 その中でララリィが不機嫌そうに舌打ちをする。 イチイが頭を下げたまま言葉を発そうとすると、カツカツとララリィの靴音が遠ざかっていく。 そしてガン!と大きな物音がする。
「関係のないお前達が、余計な口を挟むな」
イチイには状況が分からない。 だがすぐに彼が近づいてくる気配と足音がした。
「顔を上げて立ってくれ。 君が僕に跪く義理はないはずだ」
「……」
言われた通り顔を上げると、ララリィがイチイにアタッシュケースを突き出した。
「部下が無礼を働いた。 これはその詫びだ」
「ファズフト副隊長……」
「早く立てよ、二回も同じことを言わせないでくれ」
イチイは立ち上がった。 彼が機嫌を損ねないうちにケースを受け取り、頭を下げる。
「この礼は必ず」
「待て、どうやって行くつもり? もしかして走るつもり? 間に合うわけがない」
彼は黒い制服の外套を翻す。 「着いてきて」と言うので、イチイは大人しく後を追う。
ララリィは自分の机から鍵と隊員証を取ると、襟元を正した。
「出る。 各自持ち場に戻れ」
「はっ!」
彼の指示に、他の警邏隊員達は散らばって行く。 ララリィは奥にある扉を隊員証で開けると中へ。 どうやらその場所は格納庫らしく、警邏科が使うバイクが並んでいた。
「出来るだけスピードを出す。 だから特殊大型バイクを使う」
「他のより大きいですね、屋根もついてる」
「一番スピードが出る。 でも内緒にしてて」
いわゆるコックピットと呼ばれる場所の扉を鍵で開けて、ララリィは乗り込む。 座席は二人座れるようだ。 イチイも彼の隣に座る。
「僕、特殊大型の免許を取ってないんだ」
「……はぁ?!」
「死んだらごめん。 でも死なせないから」
「ちょ、えぇぇ?!」
エンジンをつけてアクセルを踏む。 阻止する間も無く彼はものすごいスピードでバイクを走らせた。 バイクに乗るの自体が初めてだったイチイはコックピットの窓部分に映し出されるメーターや画面を見て、少しワクワクした。
ララリィは運転自体が上手なようで、特に危険な様子もない。 彼は慣れた様子で画面を操作して、また隊員証をかざす。 何かの起動音がして、ララリィは運転を続けながら声を上げる。
「スミレ、聞こえる?」
『───はい。 こちらハイミリテリオン技術局、通信科の警邏担当オペレーターの春露スミレです』
画面に映し出されたのはふわふわの可愛い女性。 通信科の制服を着ている。
「ナビゲートしてほしいんだ、γ地区の廃施設」
『分かりました』
スミレと呼ばれた女性はイチイを見てニコリと微笑む。
『ヘイブの巡回に遭遇しないルートで、なおかつ最速で辿り着くものを随時ナビゲートします。 安心してください』
「ヘイブの巡回がいるの……?!」
イチイが驚愕の声をこぼした。 自分が熱とジャミング弾で寝込んでいる間に、ヘイブは活発に活動する様になったのだろうか? 心配するイチイをよそに、画面に映し出された順路に一瞬目を通したララリィは一気にスピードを上げた。
『特にγ地区には巡回が多いようで、ララリィはそれを知ってて、わたしにナビゲートを頼んだのだと思います。 えっと、イチイ主任。 ララリィは実はとても優しくて……』
「スミレ、僕の安売りはしなくていい。 どうして僕と話す時より口数が多いの?」
不機嫌そうにララリィが言うと、スミレは話を逸らすために間髪入れず言葉を重ねる。
『前方五百メートル先、三時方向にヘイブの探知機を感知』
「ルート変えて」
『この信号を左折してください』
「イチイ、掴まって!」
すでに信号を通過しかけていた。 彼はブレーキを思い切り踏みながら進行方向を変えた。 安全運転とは程遠くなってしまった。 イチイは一瞬だけ命を危機を感じた。
『右方向、ヘイブの探知機を感知───』
スミレがそう言った瞬間、ララリィは窓を開けて、運転席に備え付けられていた大型拳銃で、信号機を通り過ぎた瞬間に撃った。 本当に一瞬だったが、弾はしっかりと青い信号機の液晶を粉々に砕いている。 彼の噂は聞いていた、たった二年で警邏科の副隊長に就いた天才。 美しい見た目とは裏腹に、戦闘技術が凄まじいと。 まさか銃まで天才的とは。
「面倒だったからつい撃ってしまった」
「ええ……」
『……ララリィ、もしかして気づいてたの?』
スミレがそう尋ねると、彼は何が?と答える。
『さっき撃った探知機、親機だったみたいで周囲の探知機の動きが止まってます』
「あははっ。 僕は運が良い」
別に狙っていたわけではないらしい。 運も実力の内ということだろうか、それにしても偶然だ。
「ビャクシンのこと頼んだよ」
「あの、どうしていつも副局長に怒っているの?」
「僕とアイツ、義兄弟なんだ。 アイツは知らないだろうけど」
話を聞けば、ララリィの姉の夫の弟がビャクシンだと言う。 それでも彼はその繋がりを知らない。
「僕にとって、京ビャクシンは憧れだった。 奴は天才で、追いつきたくて毎日訓練をした。 でも終ぞ、彼は僕を見てくれなかった、存在すら知らなかった」
廃施設に着いた。 ララリィはバイクを停めてコックピットを開く。
「行け」
「ありがとうございます、必ず恩を返します!」
イチイはすぐに駆け出して行った。 その後ろ姿を見送って、ララリィは鳴り止まない通知音にうんざりした。 無免許でバイクを運転したのは、恐らく隊長と統括者にバレている。 言い訳の言葉も探したが、思いつかない。
「スミレ~。 反省文、何枚書かされると思う?」
『十枚、かなあ。 それに追加で二枚かも』
「追加ぁ?」
『わたしだって、ララリィのこと止めなかったから怒られちゃうんだよ。 でも、ララリィに無理やり脅されましたって言おうと思って』
「なんてひどいことを」
『ふふ、ララリィはわたしのことをいつでも守って甘やかしてくれるくせに』
青く晴れ渡った空を見上げると全てがどうでもよく感じた。 ララリィは通知をオフにすると、コックピットに乗り込んで扉を閉じる。
「もちろんスミレの事は守るし庇ってあげる。 僕はお前のことが大好きだからね」
二人は恋人同士でもある。 エンジンをかけてアクセルを踏み、通信は繋げたまま帰路についた。