隠した出自
ビャクシン本人の姿を見た者は殆どいない。 だから、今日はハイミリテリオン全体が騒がしかった。 塔を出る際に何人もの技術者達が彼の姿を見て驚く。 大きな百足の尻尾、機械に差し替えた左腕と両脚。 その姿を見て誰もが納得した、彼が虚像を使うのは仕方がないことだと。
周りの騒めきを横目に見つつ、サザンカはビャクシンの斜め後ろに控える。
「統括、準備は整いました」
「ああ。 お前は手際がいい」
ビャクシンは普段羽織っている白衣を脱いだ。 彼の戦闘衣はあまり見ないデザインだ。 遠い国である東洋の特徴的なデザインをしている。
白衣の上からでもわかる身体つきだったが、いざ薄着となると凄まじい。 サザンカはビャクシンの鍛え上げられた身体を見てポツリと言葉をこぼす。
「私も鍛えた方が……いいのだろうか……」
「華奢な男の方が好かれる」
機械の腕を隠すように分厚い手袋をはめながらビャクシンが言った。 まさか聴かれているとは思っておらず、サザンカは慌てて口元を抑えた。
「それでも鍛えたくなったら私に声をかけるといい。指導をしてやる」
「……統括って、意外とお優しいですね」
「ふむ。 お前は意外と太刀原と性格が似ている」
二人はあまり話す機会がない。 そもそもビャクシンはイチイを通して技術者達と連絡を取っていた。 統括者と言えども、話したことのない者が多い。 サザンカのことは直接指導していたが、最近は顔を合わせることもなかった。 ビャクシンは自分の尻尾を動かして、根本から何かを取り外す。
彼が尻尾を動かした事に対して周りは警戒をしていたが、探索科の技術者達は全く別のことを考えていた。 サザンカも同じだ。 一体どんな原理なのか、どんな素材なのか、そのことばかり考えている。
「斎李、お前にこれを」
突然名前を呼ばれてサザンカは姿勢を正した。 ビャクシンから手渡されたものは鈍色のコード。 一目で上級コードだとわかる。 さらにビャクシンは腰に差していた剣もサザンカへ渡す。
「コードは太刀原と同じ分析。 剣は修復はできなかった。 違うものになるが、良ければ使え」
「あ、ありがとうございます」
両方とも大切そうに受け取って、コードは他の物と同じように収納した。 以前まで使っていたものと同じような形の剣をサザンカは確かめるように握りしめる。 凝った装飾の施された剣を鞘から引き抜くと、その剣身に刻まれた紋章を見てギョッとする。 近くにいた技術者からも同じような声が上がった。 皆でビャクシンをまじまじと見つめると、彼は眉を顰めた。
「……待て、ここじゃ都合が悪い。 行くぞ」
少し急いだ様子で金色のコードを発動させるビャクシン。 そのコードを使っている時点で周りには恐らく丸わかりなのだが、サザンカはあえて突っ込まなかった。
金のコードは上級よりさらに上の、いわゆる「古代のコード」だ。 彼が発動させたのは強制移動のコード。 あっという間にあの廃施設のエントランスへ移動してしまった。 何もかも以前のままだ。 銃弾の痕、血の跡。 全てが残っている。
「太刀原は焼却炉と言っていたか」
「はい、外にあります」
外へ出て大きな焼却炉の扉を開ける。 イチイの言った通り、中には地下へ繋がる梯子があった。
その梯子を降りると雰囲気が一気に変わった。 ビャクシンは警戒するように辺りを見渡し、尻尾に格納しているコードのうち一つを発動させる。
「解呪ですか?」
「こういう場所は罠が多い。 案の定、幾つか反応がある。 灯りを消すな、決して離れることなく着いてこい」
彼が先へ進む。 薄暗い地下を進みながら、サザンカはビャクシンの背中に声を掛ける。
「呼び名を改めた方がよろしいですか、殿下」
その言葉にビャクシンは足を止めた。 尻尾がウゾウゾとうねって、金属の触れ合う音が忙しく鳴っている。
「やめろ、ゾッとした」
「やはり王家の生まれでしたか。 この剣にある紋章が王家のものだったので」
「家にあったのを持ってきた。 以前兄から譲り受けて私が使っていた。 使い古しで良ければそのまま使ってくれ、埃を被るよりマシだろう」
「兄、というと……」
「現国王陛下だ」
つまり、ビャクシンは王弟にあたる。 彼は先へ進みつつも身の上話を始めた。
「王家に生まれた兄弟は四人だ。 一番上のイブキが現国王、二番目のヒムロは外交官、三番目のハクジは家を出て暮らしている。 一番下が私だ。 苗字は偽っている、バレたら面倒だからな。 お前達も態度を改めたりしなくていい、今の私はハイミリテリオンの副局長でお前達の上司。 そうだろう?」
確かに今更言われても実感がない。 ビャクシン自身も気にしていないのだったら、今まで通りの方が過ごしやすい筈だ。
「この大百足の機械尾は王家の実験によって取り付けられた。 昔暴走した守護機械の大百足をどうにか再起できないものかと数多の実験を繰り返し、適性の高かった私に植え付けた。 元々身体半分が機械だったから抵抗はなかった。 脊髄に機械端末を通して身体に融合させている。 収納することもできる、少し時間はかかるが刃と節を重ねて……。 って、なぜ皆メモを取っている」
技術者達の動きが遅くなったので後ろを見てみれば、彼らは思い思いにノートや端末を開いて彼の尻尾の情報を記入しているようだった。
「恐怖を和らげるために説明しただけだ、それなのにどうして興味が湧く?」
「いえ、恐怖など最初からありませんでした。 我々にあったのは知的好奇心のみです」
サザンカはキッパリと言ってビャクシンの尻尾を興味津々で見つめている。 ビャクシンはやれやれとため息を吐いた。 流石は技術者達と言ったところだ。
「お前達の前ならばもう虚像を使わなくても良さそうだな」
「……主任にはお見せしないつもりですか?」
「…………彼女には酷だろう。 私のこの機械尾は恐怖と殺戮の象徴だ。 最も醜い、私のコンプレックスでもある」
彼の尻尾が力無くしな垂れるのを見て、サザンカは「なるほど」と勘付いた。 そしてビャクシンのその考えがただの杞憂であることを、サザンカは一瞬で見抜いた。
「私には、人に恋をするという感覚がわかりません。 生まれてこの方、誰かを好きだと思ったこともないので。 ですが一つ言えることが、統括。 貴方は太刀原主任を勘違いしています」
「なに……?」
「主任はきっと貴方の尻尾を見て怖がったりしません。 むしろ喜んで、飛びつきますよ。 未知の機械だと言って離そうとしない。 だって私達の主任です、貴方の部下です」
「……ははははっ!」
珍しくビャクシンは声を上げて笑った。 彼の笑い声が地下に響く。
「それもそうだな!」
彼の様子を見て技術者達はさらにメモへ付け加えた。 機械尾は感情に合わせて揺れ動く。 と。