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【連載版】彼の幻想のインテグラル  作者: おおとりことり
「貴女を守る」
3/10

人の罪

 灰色の空を見上げて、イチイは良くない天気だと感じた。 探索に出る場合に好ましい天気は晴れよりの曇りだが、今日の天気は今にも雨が降りそうで心もとない。 普段ならば探索の日程を変えることも視野に入れるのだが、今回の任務はそう言ってられない。 王命ともなれば迅速さが求められる。 

 この国の名は『ロペレシオン』 科学技術の発達した国で、人々は皆コードを扱って暮らしている。 コードの中には危険なものや希少性の高いものが存在していて、王族はそのコードを管理している。 上級コードと呼ばれているそれらは鈍色や金色をしていて、一度使うと壊れてしまうものもある。 

生活を少し豊かにして人を支援できるものは初級や中級のコード。 空間を転移させたり、非常に攻撃性の高いものは上級コードとされている。

 普段は王族に謁見することも、話をすることも殆どない。 国の人間は皆、国王陛下のことを好いているが、実際に国王陛下を自分の目で見た者はほぼいないはずだ。 彼は存在していると言われているものの、表に出ることはない。 そんな国王陛下が直々にハイミリテリオンに声をかけたのだ、失敗は許されない。

 イチイは鞄に入れた物資を再確認して背中に背負う。 ずっしりとした重さがあるが、もう慣れてしまった重さだ。 探索用の頑丈なブーツを履いて、現地へ先に向かっている隊員達に追いつくため、転送のコードを使う。

 γ地区にある廃施設。 ここは元々コードを保管する施設だったらしい。 今からおよそ百年ほど前に、当時の国王が廃棄処分を言い渡したようだが、保管したコードを展示して一般向けに公開していたこともあり、施設の地図も簡単に見つかった。 黒い石でできた大きな建物の中に入り、薄暗いエントランスを見渡した。 


「主任、お疲れ様です」

「お疲れ様。 どう? 地下には守備よく入れた?」


 イチイの右腕的存在でもあるサザンカに尋ねると、彼は首を振る。 予想外の答えにイチイは眉を顰めた。 サザンカはイチイより後に技術局に入ったのだが、同期に近い。 十年間ここにいるイチイに対して、サザンカは八年半だ。 指導もビャクシンが直接行っていた。 そのため手際も良く、ベテランの技術者。 実際彼は技術者としてよりも戦闘要員として探索科にいる。 探索に危険は付き物だ、時折現れる暴走した機械獣達を率先して倒すのがサザンカの役目だった。


「地下に繋がる階段があったと記憶しているけれど」

「フェイクでした。 たしかに階段自体はあったのですが、下に降る階段の先は壁で、位置的に見て壁の向こうは外かと……」

「コードで秘匿されている可能性は?」

「解呪のコードを行使しましたが、反応があるのは地下そのもので壁には一切」

「……なるほど」


 やはりサザンカは手際が良い。 全てできる限りのことをやった上で『現状のままでは地下に行けない』と結論づけたのだろう。 しっかりとビャクシンの教えが活きている。 

イチイは地下に繋がる階段の前に立った。 地図上でもこの階段は描かれていて、地下にも五階まで階層があると載っていた。 国王陛下の言う奇妙な反応が、その階層の中にあるのかもっと下にあるのかは分からない。

 

「掘りますか?」

「いや、ちゃんと地下に通じる階段はあるはず」


 腰に下げていたホルターから鈍色のコードを取り出す。 それをリーダーに差し込んだ。 

鈍色のコードは上級コードだ。 使える者は少なく、所有者登録の必要なもの。 イチイが扱える上級コードは透明化、分析、アクセスキー。 どれもビャクシンから与えられたものだが、もう十年間ずっと使用してきた。

有用なコードは王家からハイミリテリオンに提供される。 そしてそのコードを各科の統括者が管理、分配を行う。


「分析コードですか」

「サザンカも副局長に言って貰うといいよ」

「畏れ多いです」

「気持ちは分かる。 でも探索がし易くなる。 今は私がここにいるから良いけれど、もし複数の任務が並行していた時、君は地下に繋がる階段を見つけれずに穴を掘るつもり?」

「……」


 分析は周囲のあらゆる障害物や脅威を見ることが出来る。 そして同じようなコードは多く存在する。 そのどれもが上級コードだが、探索科の統括であるビャクシンが管理をしているものだ。 イチイがビャクシンからこのコードを与えられたのも、探索をスムーズに行うためだ。 イチイ以外の探索科の技術者は上級コードを持っていない。 もしもイチイがこの探索に参加してなかった場合、階段が繋がっていないからと立ち往生することになる。


「……主任の言う通りです。 帰還後、統括に話してみます」

「うん、そうして。 私の負担も減る」


 コードを発動させたイチイの前にいくつもの青い画面が広がって行く。 そのうちの一つを指で選ぶと、3Dマップが大きく表示される。 


「…………外だ。 ここに、何かあった?」

「この場所には焼却炉が」

「多分そこ。 中は梯子になってて地下に繋がってるみたいだね。 なるほど、ここまで厳重に隠すなんて」


 普通の人間ならば焼却炉の中など入らないだろう。 大きな焼却炉ともなれば扉も重たい。 イタズラで開いたりできないし、まさかこの中に地下へ繋がる梯子があるなど思わない。 そこまでして隠したい何かが地下にはあるのだろう。 国王のいう奇妙な反応、が現実じみてきた。


「……ん?」


 イチイがマップを見ていると、ふとエントランスの外に三つの反応があった。 


「……サザンカ、何人で来た?」


 そう言いながら自分も周りを見る。 今日来ている技術者はサザンカも合わせて七人。 七人分の反応はエントランスに固まっている。


「今回は七人で……」

「っ!」


 やはりそうだった。 ではこの外の反応は自分達のものではない。 危険を察知した時、3Dマップのその反応が赤く点滅した。 これは敵意のある存在を知らせるものだ。 サザンカがそれを見てハッと息を飲んで帯剣していた剣を抜き、イチイは咄嗟に透明化のコードをもう一つのリーダーに差し込んで声を張る。


「隠れて!」


 しかしその声を抑えるように、サザンカは彼女の口を手で塞いで大きな柱の後ろに隠れた。 扉が開く音がして、すぐに銃声が鳴り響く。 聞きなれた仲間の声がいくつも聞こえて、何かが倒れる音がした。 

柱のすぐ近くに仲間が倒れて、二人は息を潜めてそれを見た。 赤い血が床に広がっていく。


「……! そんな、なにが」


 小さな声でイチイが言う。 サザンカは剣の柄を握りしめ、敵の出方を探っていた。


「全員手を上げろ」

「ハイミリテリオンの探索科だな? 主任を出せ。 どこにいる」


 銃口を突きつける音がする。 イチイは出て行こうとするが、それをサザンカが止めた。 


「サザンカ、どうして」

「主任、貴女は決して声も出さず、動かないで」

「何を言ってるの! 奴らは私が狙いで……」

「私は主任を守る。 何があっても必ず」


 彼はそう言いながら、イチイのコードに触れた。 通常の場合、コードを発動させるためにはリーダーに読み込ませて任意のタイミングで起動する必要がある。 イチイは透明化のコードをリーダーに差し込んだだけだった。

 しかし、リーダーを必要としない発動条件がある。 それが『身体の機械化』だ。 サザンカは右手を機械へ差し換えている。 その機械でコードに触れて読み込ませることで、リーダーを必要とせずに起動することができるのだ。

 イチイの意思に反して透明化のコードが発動した。 彼女の姿は一瞬で透明になり、何処にいるのかが分からなくなる。 イチイはサザンカを止めようとしたが、彼はすぐに柱の影から出て行ってしまう。


「太刀原主任は来ていない。 私では不満か?」

「……お前は斎李サザンカか。 まあ良いだろう。 同行を願おうか、我々の拠点で罰を下さねば」

「罰? 一体何の罰だ? 私達技術探索科は国王の命で……」


 再び発砲音がした。 そしてサザンカの呻き声と、床に倒れ伏す音も。


「お前達はコードを使っている、何と不敬な! コードは神が作り出した神聖なものだというのに!」

「そのため、ならば……! 人を殺しても、良いと……?」


 サザンカの掠れた声が、彼の状況を物語っていた。



            ∮



 ……それからのことを、イチイは鮮明に覚えている。 仲間達が撃たれ、殴られ、痛めつけられる様をただ見ているだけしか出来なかった。 何度も透明化を解いて出て行こうと思った。 しかし出来なかった。 サザンカに言われたことを守りたかった。 彼との約束を守らねばと、ただ蹲って耐えた。

 やがて辺りが静かになって、それからしばらくしてイチイは立ち上がった。 誰もいなくなったエントランスから出て、駆け出す。 透明化のコードを解除して、初級コードの身体強化を発動させた。 

真っ暗な空から大粒の雨が降り出す。 イチイは雨に打たれながら走った。 自分の頬に流れるのは、雨なのか涙なのか分からなかった。


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