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【連載版】彼の幻想のインテグラル  作者: おおとりことり
「貴女を守る」
2/10

上司と部下


 月に一度の定例会。 なんらかの役職に就いているものは絶対に参加せねばならないその会議で、太刀原イチイはチラリと隣に座っている男の様子を伺った。 まるで機嫌を気にしているかのように思えるその視線は男にも丸わかりだったらしく、ギロリとこちらを睨みつけるように見られる。


「なんだ、イチイ」

「いえ。 今日はいつにも増して、眉間に皺が寄っています」


 男はそう言われてウンザリとした様にため息を吐いた。 この男が何を言いたいかはわかる。 きっと定例会がさっさと終わって欲しいのだろう。 男は組んでいた脚の上下を変えて組み直すと、机の上にある資料を目線で促す。


「聞くに耐えん。 纏めておけ」

「もうやっています。 もしかして、また裏で研究をするつもりですか? ながら作業は良くないですよ」

「知らん。 幼稚な議題で意見を出すつもりはない」


 彼は、ここハイミリテリオン技術局の副局長の京ビャクシン。 歴代最年少で副局長に就任した天才技術者であり、戦闘でも優秀な成績を収める。 イチイが所属する技術探索科の統括を行なっている人物で、イチイの上司でもある。 優秀すぎる彼は少し他と変わった考えを持ち、こういった場所を好まない。

 イチイは十年間、彼に指導を受け教育された。 そのためビャクシンの考えていることがよくわかる。 イチイは声を顰めてビャクシンへ言う。


「また小言を言われますよ。 だって今回の司会進行は……」


 するとビャクシンは他人へ見えないようにイチイに向けて手を見せた。 言葉は一切ないが、これは「静かにしろ」というサインだ。 十年間彼に付き従っているので大抵のサインは熟知している。 イチイがすぐさま口を閉じた時。


「京副局長、まさかまた虚像で参加するとはね。 貴方の怠惰ぶりには本当に目を見張る!」


 嫌味そうな声が聞こえた。 イチイは眉を顰め、ビャクシンは薄らと目を細めて机の上に両肘をついた。

ビャクシンは虚像と言われる、偽物の自分を使って人前に出ている。 その姿は周りの人間といたって同じだが、触れることができない。 ただの映像と同じだ。

それを可能とさせているのが「コード」と呼ばれる存在だ。 人々が生活する上で欠かせない「コード」は、遥か昔に神が創り出したものと言われている。

 薄い長方形の形をしたコードと呼ばれる物は様々な場所で掘り出され、発見されてきた。 人はそのコードに力を注ぎ込み、便利な暮らしを送っている。

ビャクシンが使用しているのは虚像のコード。 彼にしか使用できない特別なコードだ。


「皆より優秀だからと、驕っているのか?」


 彼は副局長という座にいるが、ビャクシンが本来の自分の姿を全く見せない事に非難を上げる人も多い。 今日の司会進行を務めるララリィは特にビャクシンの態度を嫌っていた。


「まあ落ち着いてララリィ。 彼はいつもこんな感じだろう? 今に始まったことじゃない」


 ララリィを落ち着かせたのは局長のグミ。 彼女は人を纏めるのが上手く、言葉も巧みだ。 今回もすんなりとララリィを言いくるめると、咳払いをしてビャクシンを見る。


「さて話の続きだビャクシン。 先日、国王直々に命が下ってね。 γ地区にある廃施設の地下に奇妙な反応があると。 それを技術探索科に探ってほしいらしい。 頼めるかな」


 ビャクシンは答えない。 その代わりに瞳を閉じて、イチイを一瞬だけ横目で見た。 イチイはそれだけで彼が何を言いたいのかがわかる。 彼の代わりにイチイが口を開いてグミへ答える。


「恐れながら、γ地区の地下には未だにハイミュールエネルギーが豊富にあります。 その反応では?」

「国王陛下の言葉が偽りだと?」


 ララリィが声を張り上げる。 机を叩いて立ち上がる彼を、ビャクシンが面倒くさそうに見た。 イチイはララリィの言葉を聞いて冷静な態度のまま反論をする。


「我々技術探索科は危険がつきものです。 古代機械との戦闘、コードトラップの解除、どれも命を落としかねない。 探索において危険を排除するのは当然の行為。 ハイミュールエネルギーは謎が多く、少しでも衝撃を与えれば爆発する」


 怖気付くことなく堂々と発言をするイチイを、ビャクシンは無表情のまま聞いていた。 


「γ地区は国運営する電気開発工場群がある。 もし爆発など起こってしまえば、国の損傷が多い。 情報は確実でなければなりません」

「爆発をさせなければいいだろう。 国王陛下の情報を疑う前に、自らの技術を上げるべきだ」


 さらにララリィが反論してくる。 彼は別にイチイに対して文句を言っているわけではない、ビャクシンが気に入らないのだろう。 副局長、そして統括者という立場にいながら、イチイに全てを任せていることに腹が立っている。 その気持ちは十分にわかったが、イチイとしても八つ当たりされるのは気分が良いものではない。 イチイが口を開きかけた時に、隣にいたビャクシンが珍しく低い朗々とした声を張り上げる。


「その言葉は太刀原を越える技術者しか口にしてはならない。 ララリィ、お前には過ぎた言葉だ」

「この女が、僕よりも優秀だって?」

「たかが警邏科のお前に何がわかる? 太刀原には私の知識や技術を全て余さず吸収させた。 だからこの場にいる、違うか?」


 ララリィはただ黙ってビャクシンを睨みつけた。 この二人はいつも仲が悪いのだが、今日は特別悪いようだ。 


「他人に興味がなさそうなお前が、部下の何を知っているんだ?」

「そうか。 であれば、お前は太刀原の何を知っているんだ? 警邏科の所有している資料の上でしか、太刀原の能力を知らない、そうだろう」

「知っているとも。 お前の代わりに定例会で堂々と発言できるくらい優秀だ、お前が交友という仕事を丸投げしても良いくらいに」


 ビャクシンが珍しく舌打ちをした。 隣にいたイチイは肩を震わせて彼を見る。 いつもより眉間の皺が深く、ただでさえ機嫌の悪そうに見える切れ長で目つきの悪い目が、まるで人を殺してしまうのではないかと思うほど怒りに満ちている。 

ここまで怒っている彼は初めてかもしれない。 以前新人だった頃に不注意で貴重なコードを落としてしまった時があったが、その時よりも怒っている。 あの時は鼓膜が破れるほどの怒号を、身体の底から経験した。 あまり思い出したくない。

 彼がゆっくりと腕を動かした。 長く息を吐き出して、ゆらりと立ちあがろうとする。 

それを見た周りが恐怖を感じ取ったが、これ以上悪化させないようにと、局長であるグミが間に割って入る。


「はい! 大丈夫だ、あの場所にはハイミュールエネルギーは埋まってない。 だから探索科も安心して乗り込める。 頼めるかなビャクシン」

「…………」

「座ってくれビャクシン。 君のその態度はいつものこと。 アタシはそれを長い間許している、それが全てだ」


 ビャクシンはもうララリィに一瞥もしなかった。 彼は椅子に深く座り直し、いつもの険しい顔つきのままグミを見る。


「……局長。 私はただの技術探索科の統括者だ。 依頼ならば太刀原に聞いていただきたい」

「はは、信頼しているんだね? 任務の判断を仰ぐほどなんて、よっぽどのことがないと無理だ」


 グミはクスクスと笑った。 そして次はイチイに視線を向ける。


「どうかな、太刀原主任。 技術探索科で対処してもらっても?」

「国王陛下の意向に従います」

「ありがとう、きっと王も喜んでくれる」


 ビャクシンが立ち上がる。 これ以上この会議を聞いているつもりはないらしい。 彼はグミへ目線を配らせたあと、今度こそ立ち上がった。 隣にいるイチイへ声を投げかける。


「行くぞ、イチイ」

「はい副局長」


 会議室から出て行った二人。 経緯を見守っていた通信科統括者のカリンは冷や汗を拭いた。


「ビャクシンってほんと、太刀原主任がお気に入りなんだね。 あー怖かった」

「十年間愛情込めて育てた部下だから当然かな。 さて今日の会議はここまで。 ララリィ、君はビャクシンにあんまり喧嘩を売らないこと。 いいね?」


 グミに注意され、ララリィは悔しそうに唇を噛み締めた。 


「貴女はアレがあのままで良いと?」

「ララリィ。 君が一番分かっているはずだよ、彼がどうして虚像を使うのか。 そうでしょう」

「知っているのと理解するのと、受け入れるのはまた別の話だ」


 ララリィが異常なまでにビャクシンに反抗をするのには色々と理由があるのだが、その理由をビャクシン自身は知らない。 きっとビャクシンは「どうでもいい」と一蹴する。 それもララリィを腹立たせるのに十分だった。 ララリィも席を立ち会議室から出て行く。 グミはそんな彼を眺めて「青いねぇ」と呟く。


「とはいえ、アタシが放置するわけにもいかない。 アベリア」


 後ろに控えていた補佐官にグミは伝える。


「見張ってた方がいい。 ララリィはずる賢いからね。 ビャクシンに手を出すんじゃなく、太刀原主任に何か仕掛けると思う。 彼女に何かあったら、ビャクシンが怒っちゃう」


 アベリア補佐官は静かに頷くと会議室から姿を消した。 グミは自由奔放な部下達に頭を抱えるばかりだった。



             ∮



 無言のまま廊下を歩くイチイはビャクシンの後ろ姿を見た。 彼の大きな背中は昔から変わらない。 イチイがハイミリテリオンに入ったのは十四歳の頃。 ビャクシンは当時二十五歳だったが、その時はすでに副局長の座に就いていた。 あの頃はビャクシンの態度や言葉にいちいち度肝を抜かれ、意味を汲み取れず苦労した。 

今では大抵の場合はビャクシンの表情を見れば言いたいことがわかる。 しかし少しは会話をしてほしいものだ。

 それにしても。 とイチイはビャクシンの背中をじっと見つめる。 彼から直接褒められたことは一度たりともない。 実力も認めてもらえてないと思っていた。 

だがあの定例会で先ほど彼は言った。


「副局長。 質問を」

「手短に話せ」


 ビャクシンはきちんと自分の主張を言えばそれを聞くことはする。 ただ返してくる言葉と態度が強いだけだ。


「副局長は私のことを信頼しているのですか?」

「信頼していなければお前に主任など任せん」

「なるほど」

「お前は私のことを勘違いしているようだな」


 決して歩みは止めないが、ビャクシンは話を続ける。 彼にしては珍しい。 一つの質問や会話に対してビャクシンが二回以上会話を繋げるなどなかなかない。


「そもそも探索科にいる者達は私が自ら選んだ技術者だ。 私の管轄内にいるのならば、私が求める一定のラインを超えた者でないと許されない。 お前の部下達はそれをクリアした者どもだ。 理解したか」

「はい」


 それを普段から言ってくれればいいのにとイチイが思っていると、彼は足を止めた。 どうやら話をしていたら副局長室に着いていたらしく、彼は音もなく振り返ってイチイを見下ろす。


「国王の任務は必ず完遂しろ。 以上だ」

「会議の内容をまとめ次第、端末に送ります」

「ああ、今日はいい」

「え?」

「休め」


 ビャクシンはフィンガースナップを鳴らして、虚像を消した。 誰もいなくなったその場でイチイは首を傾げたが、何度考えても先ほどのビャクシンのいった言葉の意味が理解できない。


「……時間ができた。 コードの整理をして過ごそう」


 彼の気遣いだったとしても、彼に直接指導を受けて技術者として成長したイチイは、それに気づくことなどないのだった。 

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