挿話1 ケセラ騒動のその後で (黒髪の貴公子 フィリップ・サンセスターの場合)
(1)緊急会議
「どうすればいい。 誰か案はあるか?」
開かれた緊急会議で、王太子の声のみが響く。
参加している者は、アマウス国の重要地位に立つものだけでなく、その子息や有能とされる官僚など、この王城に入城が許されている貴族全員に課して開かれた会議である。五百人はいる参加者の誰も口を開ける者はおらず、王太子のみが声を荒げている。
議題は二つ。 竜神の怒りを解く方法と、それが出来なかった場合にイムル河の枯渇をどうするかだ。
緊急会議が開かれたのは、それがアラランド帝国からの使者が突き付けた要求であるからだ。
帝国の使者は、「五十日以内にイムル河の枯渇を解消できなければ、この地の統治能力がないとみなして国替えを命ずる」と帝王の名で書かれてた書を突き付けてきた。
アマウス国は、帝国を宗主国として一応敬っているが、国自体建国したのは自分たちの祖先だし恩はない。国替えを命じられる謂れはないと思うが、それを撥ねつける力は今のアマウス国にはない。
フィリップ・サンセスターは、冷めた目でこの議論を眺めていた。
竜神の怒りは、あの老婆の言う通りなら二百五十年前に原因がある。こんなところで議論をする前に、歴史を調べるべきだと思うのだが、フィリップ自身、手掛かりが見つけられていない。
公爵家である自身の家の歴史を書いた年譜の記述にも、それらしいことは書かれていなかった。王室の史録も調べてみたのだが、不審なところは見つけられていない。辛うじてあるのは、バロン王の王太子の夭逝の記述ぐらいだ。バロン王とは、二百五十年前位に在位していた王の名である。
バロン王の王太子マザラは、バロン王の最初の王妃との間の王子であり、中々勇敢な人だったらしい。一軍を率いて隣国ランネルと戦ったと記述にある。だが、その後の記述が見つけられず、次の代のマスタマス王の時代の記述に軽くその死が触れられているだけである。マスタマス王は、バロン王の側室の子に当たり、その妻はサンセスター公爵家の出身である。
王妃となったその女性については、公爵家の年譜の記述にあるのは、エレノアという名前と年齢のみだ。三十歳近くになって、王家に嫁いでいるのを少し奇異に思うが、無事に王子を産んでいるから、問題がなかったのだろう。
手掛かりの一つであるケセラの儀式については、古い家柄の貴族であるほど、距離を置いているように見える。それには理由があるはずなのだが、残念ながらそれを知る者にまだ会えていない。
折角開かれた緊急会議であるが、発言をする者もおらず、王太子の焦る顔を眺めるだけで、 結局のところ、議論はそのまま進まずに終結した。
フィリップは、王城を出て、タウンハウスに帰る事にした。
王太子が話をしないかと遣いをよこしてきたが、断った。
今、王太子の部屋に行って、彼の愚痴を聞いたところで、事は進みやしない。
フィリップとしても、王太子とは幼馴染みであり、身分を離れても友人関係にあるから、出来るだけ助けてやりたい。が、一緒に泥船に乗るつもりはなかった。
今、王都を囲むの城壁の周りには、ぎっしりと群衆が囲んでいる。
イムル河の枯渇を直すようにとの哀願の集団だ。今はまだ、哀願で済んでいるが、これがいつ暴徒化するかわからない。それに加えて、今回の帝国の勧告だ。
いつ事が起こってもいいように、サンセスター公爵家では、王都のタウンハウスを閉めて領地に帰る準備をしていた。つまり、サンセスター公爵家では、竜神の怒りの原因を突き詰める事と王室を見捨てる準備を同時にしているという事である。
「若君、領地からの知らせが参ったのですが、」
フィリップが、屋敷に着くなり、執事が報告に来た。
「どうした?」
「領地に反乱分子の兆しありとのことです。 サンセスター公爵の廟堂が壊滅的に被害を受けていると」
「廟堂が?」
「サンセスター公爵家に対しての徹底的な反抗の意思表明だと思われます」
「父上は何と言われている?」
「旦那様は、まだ城よりお戻りになられていません」
「解った。父上が戻られたら教えてくれ」
フィリップは自室で各家に送ったケセラについての問い合わせの返事を読んでいると、公爵の帰宅の知らせを聞いた。
「父上、お聞きになられましたか?」
「ああ。フィリップ、悪いが一足先に領土に戻ってくれないか? お前の力を知れば、反乱など無意味だと分かるはずだ」
「分かりました。反乱分子を見つけ出し、私の魔法で八つ裂きにしてやりましょう」
その翌朝早く、フィリップは領土へ旅立った。
故郷の地を踏むのは、実に五年ぶりだった。
(2)サンセスター公爵家領地 セスター
サンセルター公爵家が治めるセスターの地は、アマウス国の最西端にある。
アマウス国の西隣には、アラランド国を宗主国とは仰がない強国イベルトがあり、その位置柄、セスターはイベルト国との交流があるアマウス国にとって重要な土地である。
その重要な土地に、アマウス国の始祖王は自身の次男に守らせることにした。サンセスター公爵家の始祖はこの王子であり、公爵家の廟堂の中心に祀られている。歴代の公爵家の後継者は、この廟堂に参ることで跡継ぎの地位を認められ、やがて、この廟堂の中の一員となる。その廟堂を破壊するという事は、サンセスター公爵家にとっては、極めて重大事件である。
フィリップは、セスターの地に着くなり、すぐに公爵家の廟堂のあるセントフル神殿に向かった。 神殿の入り口には、神官が数名待っており案内される。
「ようこそ、お越しくださいました」
「ああ。ご苦労。 言葉はいらん。廟堂に行く」
フィリップは、話しかけてきた神官の言葉を遮り、廟堂に向かう。
廟堂はレンガ造りで壁面にはサンセスター公爵家を守る守護獣たちが描かれ、天井には星空が描かれてる美しい建物である。記憶通りに建っている廟堂を外から眺めてフィリップは少し安心した。壊滅的な被害と聞いていたから、建物自体にも何かしらの被害が出ていると思っていたからだ。
だが、一歩中に入ってみると、壊滅的だという言葉が大袈裟でないことが分かった。何故か壁画の守護獣たちは消えていて、天井絵は真っ赤に塗りつぶされていた。奥にある祖先の眠る墓は、唯の石に成り変わり地中に埋もれている。端に寄せたある割れた石板だけが、墓の形跡を残しているのみだ。
「土魔法か」
神殿には、魔法を遮断する魔法陣が張られているはずだが、それが容易く破られたのだろうか。廟堂に張り詰められてたはずの石畳は残っておらず、土が剝き出しになっている。土魔法で地下と地上の土をかき混ぜたかのようだ。
領内にいる土魔法の遣い手を報告させよう。だが、その前に神殿にいる者の話を聞かなければ。
神殿の講堂に現在神殿に住んでいる者を集めてもらった。
延べ五十人くらいの聖職者たちに、事件が起こった日に見聞きしたことを話してもらう。が、かんばしい話が聞けないかった。誰もが首を傾げるばかりで話し出さない。
「どんな小さなことでもいい。 気になったことを話してくれ」
フィリップが再度促すと、神殿長が皆を代表して話し出した。
「小公子、我々も内部での聞き取り調査はしていますが、不思議な事に誰も変な物音や人物を見てはいないんですよ」
「そんなことを信じられると思うか? あれだけの事をするのに、大きな雑音があったはずだ」
「我々も不思議なんですよ。小公子、私たちは、ご存じの通り、朝は日の出と共に祈りの場に集まり、神に祈りを捧げます。その後、それぞれが与えられた役目をこなして、休むのは夜が更けてからになります。 それまでの間、絶えず複数で行動することが義務付けられています。つまり、単独で動ける者はいないという事です。あの日に不審な動きをした者はおらず、外部からの不思議な人物を見た者もいない。いくら尋ねられても、わからないとしか答えようがない」
神殿長と神殿長の答えに納得がいっていないフィリップが睨みあう。
神殿長は強気の態度に出ている。今までにない態度にフィリップは苛立つ。何か言ってやろうと口を開きかけた時、子供の声が響いた。
「やったんだとしたら、リンド卿だよね」
声の方を見ると、修行を始めたばかりのような十歳くらいの子供が、隣の同僚に話しかけたようだ。自分が思うよりも声が響いたようで、その子供は両手で自分の口を押えている。
「坊や。 詳しく話してくれないか。 私の叔父が何をしたのを見たのか、一部始終、お前が見たことをね」
「ごめんなさい。 僕は唯、リンド卿が廟堂を訪ねられたのを見たから…」
「リンド卿は私の父の弟だ。 自分の祖先の墓参りに来ることがおかしいかね?」
「いえ、唯、リンド卿は、その後帰られる姿を見てないというか、行方が分からなくなってるって話を聞いたもんだから、関係があるんじゃないかなって思っただけで」
「叔父上が行方不明?」
フィリップの問いに、同行した臣下の一人が答える。
「はい。若君。この十日あまり、リンド卿は職場にも屋敷にもその姿はありません。しかし、リンド卿が殿に歯向かうとは思えません」
「ああ。 私もそう思う」
「小公子 お茶を入れますので、私の部屋で一服しませんか」
神殿長に声を掛けられ、フィリップは頷く。神殿長に何かしら話したいことがあるのだと思った。
「小公子 悪い事は言わないから、この地から逃げなされ。名前を捨てて、出来るだけ遠くに行くのです」
「いきなり何を言う」
「公爵家は、人に非ざる者に目を付けられておる。それは強大な存在で、私のような者では祓はしません。 リンド卿が行方不明になる前に、廟堂に見たことがない女性が訪ねてきましてね。 一つ一つ墓を確認して、『あの女の墓はここにはないのね』と呟いていたのをついていた神官が聞いております」
「我が家の廟堂に、そんな得体のしれない女を入れたのか?」
「小公子、人で非ざる者に、人の理は通用しません。彼の者を祓うだけの巨大な力がなければ、受け入れざるを得ないのです」
「その女が廟堂を壊したのか」
「わかりません。 その時はその女は大人しく帰りました。 その女が強大な存在だとわかったのは、リンド卿が訪ねて来たからです」
「叔父上に何があった?」
「夢を見ると仰った。子供の夢だそうです」
「ただそれだけか?」
「リンド卿はそれ以降眠れなくなり、食を取れなくなりました。体の自由もままならずこちらに助けを求めてこられたのです。 癒しの魔法をかけても効果はなく日々窶れていくばかり。呪いをかけられている疑いがあり、イベルト国の聖女に助けを求めました。解呪の魔法が使えるのは聖女だけですからね」
「聖女でも叔父上を助けられなかったのか?」
「神の呪いは、聖女にも解けないと言われました」
「神の呪い?」
「心当たりがあるのではないですか。サンセスター公爵家は、かつて神を恐れぬ事をされたではないですか。 私が言えるのはここまでです」
「それは竜神の事か? 」
「小公子。 私はこれ以上口にしません。下手に神の名を口にすれば、この声が神に届き、こちらが呪われるかもしれない。唯、私が貴方に言える事は、今すぐに貴方の目印になっている名前を捨てて、違う神が治める土地まで逃げなさいということです」
その夜、フィリップはサンセスター公爵家の居城に入った。
そして、彼は、「今すぐに逃げよ」というセントフル神殿の神官長の言う通りにしなかったことを、その生涯を終えるまで後悔した。
(3)そして、殿下は途方に暮れる
フリップ・サンセスターの失踪は、直ぐに王都にも知られた。
フィリップ・サンセスターはその美貌と優れたパフォーマンスによって、若い女性を中心に凄く人気があった。勇敢な騎士であると広く信じられていた。その分だけ、その失踪に人々は落胆し、その人気は暴落している。
王太子自身、竹馬の友であり、自分の側近としても頼りにしていたフィリップの失踪に心から落胆していた。
フィリップでさえ、自分を裏切るのだから、これから誰を信頼すればいいのか
人間不信になりつつも、自分は逃げる訳にはいかないと王太子ロバートは自分に言い聞かす。
「殿下、帝国の密使を名乗るエドワード・グリーンベッジ大佐が訪ねてきました。如何なさいますか」
「会わないわけにはいくまい」
エドワード・グリーンベッジは、アラランド国の話をするときによく出る名前である。帝王の信頼が厚く有能な男らしい。
「殿下、私はアラランド国大佐エドワード・グリーンベッジといいます。これからどうされるべきかアドバイスをさせて頂きたいと思いまして参りました」
「せっかくの申し出だが、貴公に助言を頼むつもりはない」
「フィリップ・サンセスター 公爵家の御子息ですかな。 今どうしているか教えてあげようと思いましてね」
「あいつは、アラランドに亡命してるのか?」
「いえいえ、義理はないですが、彼の名誉のために言いますが、サンセスターはこの国から出てませんよ」
「うん?」
「彼の場合は、親の因果が子に報いといいましょうか。 何代も前の大伯母と自身の祖先が、竜神の娘と孫にした報いを受けてます。彼の祖先がしたように、彼は自身の魔力をこの国の為に使われる魔力装置の魔力源として生きています。竜神の孫はそれを二百五十年近くさせられた挙句、亡くなっていますからね。彼も死ぬまでは解放されないでしょう」
「それはいったい」
「貴方方王家にも残っているでしょう。バロン王の王太子マザラと竜神の姫サラの悲恋の話とその恋を妨害してマザラを殺し、マザラとサラの間にできた子供を殺したサンセスター公爵家の娘で後のマスタマス王の王妃となったエレノアの話が」
「昔の話だ。確かに祖先の話かもしれないが、フィリップには責任はないではないか」
「そうですね。しかし、彼らが起こした財産で生きているのだから、負の財産も負わないといけないものらしいですよ。神や精霊の目線で言うと、我々の人生なんてあっという間過ぎて、同じ人間だと混同してる可能性もありますがね」
「殿下。この地を離れなされ。それしか竜神の姫の怒りを逸らす方法はない。精霊たちも今、苦労しているみたいですよ。竜神の姫を祟り神にする訳にはいかない。が、貴方方がこの地にいたらそれも上手くいかない」
「どうして、竜神の娘が今頃になって、怒り出したのだ? やった当時ではなく」
「子供が攫われて、竜神の娘は、人であることを辞めて、ずっと、子供を探していたそうです。ケセラの魔法は竜神とは違う神域の中になるから、感知できなかったようでね。それが、その魔法が解除されたことによって、骨が出てきた。やっと、子供を見つけたが、酷い目に遭わされて亡くなっている。怒らない親はいませんね。明日、一万の兵がこの王都を囲みます。その現状を見せれば、貴方の臣下も納得せざるをえないでしょう。王と臣下への説得をお願いしますね」
ロバートは父王を説得して、国替えの話を受ける事にした。
神にも民にも嫌われたのなら、この国で生きてはいけないのだから。




