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アラランド帝国物語  作者: レオレオ
アマウス国とケセラと竜神との約束
6/13

六、竜神の怒りと王家の怠慢


(1)ケセラの復活とマリアの死

 あの後、エンセスター村に戻ってきたの。

出た時は、夕方だったけど、戻ったら、夜も更けてたわ。


 『ケセラ』の祠にいた時は、朝だったから、こことは大分時間軸がズレてるのね。


 戻って来て早々、リアムがお腹すいたって騒いだから、エイブリーさんとこで食べさせてもらったの。エイブリーさんは来ることが分かってたみたいで、三人分の食事が用意されてたから、直ぐに食べることが出来たわ。

 その日は、そのままエイブリーさんの所で泊めてもらって、翌日、オリビアさんの家に来たの。最初に寝かされていた部屋は、私が自由に使っていいと言われたわ。


 その後、『ケセラ』の祠から連れてこられた一人と一匹に会いに行った。


 オリビアさんに、あの女性はどうしたのかって聞いたら、エイブリーさんの家の屋根裏部屋で繭に包まれて眠っていたの。どうやら、エイブリーさんは、回復の名人みたい。


「この繭は魔力で出来ているのさ。この娘がこの繭の魔力を吸収しきったら、目が覚めるよ」


 リアムと私は、エイブリーさんの説明を聞いたの。


「時間はどれくらいかかるんだ?」

「そうさね。この娘は究極に弱ってるから、最初は極わずかしか吸収できないだろうから、しばらくは掛かるね。魔力を吸収するたびにこの繭は薄くなるから、時々様子を見に来ればいいさ」


 私は、毎日様子を見に来る事を約束した。


 ケセラは、山の泉にいたわ。泉の中で気持ちよさそうに泳いでいた。身体なんて、あんなに大きかったのに私の手のひらに収まるくらいに小さくなっていて、とても大きな目を持ってるの。蛇だと思ってたけど、小さな手足を持っててトカゲの方が近いのかな。薄い紺色をしていて、鱗に光が当たる度に反射して本当に奇麗よ。

 

 ケセラってね、本当はとても可愛いの~。

 ケセラは私たちを見ると、身体全身を使って挨拶してくれたわ。

先ずリアムの頬に頭を擦り付けて、親愛を示して、次に私の唇に可愛い口づけをくれたの。


「あんた 本当にケセラなの?」


 いくら、これはケセラだよって言われても信じられなくて、本人に聞いたわ。

 そしたらね、


「キュイ」


 ってかわいい泣き声で返事をくれたの。


「この子は、この村の水の管理人さ。可愛い姿をしているけど、持ってる力は強いからね」


「いたずら仕掛けたらいけないよ」って、リアムが一緒に来てくれたセオドラさんに言われてた。

「そんな事する訳ないだろう」って、リアムは不服そうだったけど。



 それからね、私とリアムは、水汲みの仕事を失職したわ。 ケセラが戻ってきたから、村の井戸が復活したの。大きな井戸は村に一つしかないんだけど、各家にポンプで汲む小さな水汲み場があるみたいで、水瓶に水をためる必要がもうないんだって。


「あんた達、お疲れだったね」


 オリビアさんとエイブリーさん、セオドラさんにマテオさんの四人が珍しく揃って、私とリアムの前に現れて、離職式をしてくれたの。

 式とは言っても、単なる食事会なんだけど、それぞれが料理を持ち込んで、自家製のお酒まで出ていたわ。もちろん、私とリアムは「まだ早い」と言われて、果実水だったけど、オリビアさんとセオドラさんは陽気になって、ダンスまで披露してくれたのよ。



 会がお開きになって、酔っ払ったオリビアさんを手引きしながら、家に戻ったの。

今夜もまだ、マリアママの事を聞けないかと思ったんだけど、酔っぱらって、リビングのソファで横たわっているオリビアさんに駄目もとで聞いてみたわ。


「マリアママに会いたいんだけど、私が迎えに行ける場所にいる?」

「迎えにはいけないね。マリアはね。遠いところに行ったのさ。お前さんが人であるうちは、中々会えないだろうね」


 オリビアさんは、さっきまで酔っぱらってたとは思えない、冷静な顔で答えてくれた。


「それって、まさか・・・」


 脳裏に浮かばないと言ったら噓になるけど、信じたくなかった事を言われようとしていることが分かったわ。


「そうさね。 人としての寿命は終えたね。だけれど、別に存在がなくなったわけではないよ」

「そんな … …… ママは私のせいで」


 私が、あの時ママに相談さえしなければ、良かったんだ。一緒に逃げようと言われた時は、凄く嬉しかったけれど、それにのったらダメだったんだ。


「そうだね。 マリアはお前さんに出会わなかったら、今も人として生きていただろうね。でも、だからどうだっていうんだい。 あの子はお前さんに会えて満足していた。 どうして、私がお前さんを迎えに行ったのか、わかるかい? あの子が自分の身体から抜け出せた時、アンナの事をよろしく頼むと私にお願いしに来たのさ」


 嘘 そんなに、 ママは、私の事を………


「……… オリビアさんに … ママが… 頼みに? 」

「ああ。 血は繋がってないだろうが、お前さんはあの子に深く愛されてたんだよ。それでいいじゃないか。その後、あの子は次のステージに行った。お前さんという後跡ぎを残してね」

「 跡継ぎ…? 」


 オリビアさんは、私の目を見て、少し笑った。


「跡継ぎって言葉はおかしいね。 アンナ、お前さんはマリアがこの世でするはずだった役割を引き継いでいるんだよ」

「ママの役割。 それは、一体何?」

「歌の承継だね」



「ずいぶん昔の話になるんだが、あの子の祖母は山の民でね」

「山の民って、山で暮らしてる人のこと?」

「そうさね。 山深いところに隠れるように住んでるから、そう呼ばれてるの面もあるが、本当の所は、真神を信仰する民の事をそう呼ぶのさ」

「 真神? 」

「真神を知らないのかい?  狼の姿をした神獣のことをそう呼ぶんだ。一旦自分の身内と認めたものには優しいが、敵と認めたら最後、徹底的に攻撃してくる怖いところもある神獣だよ。 まぁ、山の民に悪さをしなけりゃ、そんなに恐れる神獣ではないがね。 マリアの祖母さんは、そこでシャーマンをしていたのさ。シャーマンはわかるね?」

「巫女の事でしょう?」

「ああ そうさ。  あそこの巫女はね、魔力を歌にのせてね、真神と会話をするのさ」

「マリアもシャーマンだったの?」

「いいや。 残念ながら、あの子にはそんな力はなかったよ。マリアはその母親から、子守歌として承継しただけで、自分にそんな役割があるなんて知らなかったからね。 山の民のシャーマンの歌は、不思議な歌でね。互いに愛と信頼がある間柄でないと承継されないのさ。承継されたからと言って、使いこなせれるわけではないんだけどね。お前さんは、マリアから歌を預かった。 マリヤへの感謝の気持ちとして、本来のシャーマンの承継者に渡してやんな。それがいい供養になると思うよ」


 愛と信頼………。 ママ… 私は家族から離されて、寂しかったけど、孤独になることはなかった。 ずっと、ママの優しさと温もりに甘やかされてた。

 

 私、感情が抑えられなくて、涙が止まらなくなってオリビアさんを困らせたみたい。

  

「それと、永遠にマリアに会えないわけじゃないからね。あの子はお前さんの一歩先を行ってるだけなんだから、辛気臭く泣くんじゃないよ」


 私が泣き止むまで、ていうか一晩中、背中を撫でてくれたの。

それは、ママの手の動きに似ていて、余計に涙が出てしまったんだけど。

 泣いている私に困ったのか、オリビアさんは、今度、ママが眠っている場所に案内してくれるって約束してくれた。 ママは、お父さんとお母さんの横で眠っているんだって。

 ママの故郷は、余所者が入れないそうなんだけど、歌を承継している私は、いつか行けるから大丈夫だって、そう言ってくれた。





(2)竜神の怒りと王家の怠慢

 離職式から二日後に、リアムが帰国するって、挨拶に来たの。

「妹が出来たんだ」


 リアムは、嬉しそう報告してくれたわ。

リアムの横に控えてるマテオさんは、それが可笑しいみたいで笑ってる。


「なんだよ?」

「いや~。赤ん坊にお袋さんの膝を取られて拗ねてる姿が想像できてね」

「え? 何それ」

「お嬢さん、ここにいるこの男はですね。十歳になるのに、母親の膝枕を離れず、父親に追い出された男です」

「それの何がいけないんだよ」

「いや。 悪いとは誰もいっておらん。実際、お前の親父さんもお袋さんの妊娠が分かるまでは、黙って見てたしな」

「お母さんのお腹の中に妹さんがいるから、駄目って言われたのね」

「そうじゃねぇ。 親父にさ、『お前の母親の膝の上は、俺とこれから生まれてくる子供のものだ。いつまでもエラの膝に座ってるんじゃない』って母ちゃんの膝の上から、放り出されたんだけどさ、その後、親父は空いた母ちゃんの膝の上を枕にして寝転んだ。俺は、親父が母ちゃんに膝枕して欲しかったから、俺を放り出したんだと思う」

「じゃあ、帰ったら、お母様に膝枕してもらうのね」

「いや。もうそれはいい。母ちゃんの膝は妹のもんだ」

「よかったわ。 リアムがお母様の膝枕をしてもらうって言ったらなんて答えようと考えちゃったもの」

「駄目なのかよ」

「駄目っとは言わないけど、絶対に女の子にはモテないと思う」



 その後、オリビアさんは、リアムに持たせる土産としてパンを焼いたの。


 オリビアさんのキッチンは、大きなオーブンがあって、パンを焼くのに最適に作ってあるみたい。棚に色々な材料が所狭しと置いてあるんだけど、オリビアさんはちゃんと場所を把握してて、大きなボールにパッパッと入れちゃうの。あっという間に、いろんな種類のパンが出来た。

 もちろん、私も手伝ったわ。生地を叩いて捏ねたの。 言われたとおりにしただけだけど。


 出来立てのパンと、エイブリーさんが持ってきてくれたトマトスープ、セオドラさんが作ったナスやかぼちゃ等の焼き野菜とサラダ菜のサラダで、リアムとマテオさんを囲んで昼食をとったわ。


 リアムってね、食事の際、まずはその料理を褒めるの。凄く素直な感想でね。もちろん、オリビアさんたちが料理上手な事もあるんだけどね。セオドラさんがリアムを可愛がるのもそれが嬉しんだと思う。


 でも、この時は違ってたのね。

多分、帰国するから、疑問を解決したかったんだと思う。席に着くなり、料理そっちのけでオリビアさんを捕まえて質問をしたの。


「なぁ~オリビア婆ちゃん、昔のアマウス国の王様は、どうやって竜神を怒らせたんだ?」

「大人の話さ」


 オリビアさんはその話に触れたくないようだった。


「何だよ、それ。 大人は言い辛い事をそう言って直ぐに、ごまかす」

「オリビアは嘘を言っておらんぞ。じゃが、子供も知ってて悪くない。わしが教えてやろう」


 答えてくれないオリビアさんにリアムが拗ねてみせたら、セオドラさんが教えてくれたの。


「単純な話じゃ。あの時の王太子が竜神の娘に惚れてな。竜神の許しを得ずに結婚しちまったんじゃ。娘は、竜神と人間の娘の間にできた子供だったから、竜神としては、別に人間に嫁にやることはやぶさかではなかったようなんだがね。直ぐに娘をつれて詫びにいって、それこそ、三つ指立てて、『娘さんを幸せにします』ってやればよかったんだが、相手が竜神だから、ビビったんじゃな。 そのままぶっちしちまったもんだから、竜神が怒って、イムル河の水を枯らしちまった。あくまでも、舅と婿の揉め事なのに、起こる結果は甚大だ。事情を知った、アマウス国にかかわりがある精霊たちは、出来るだけ、早くに竜神に挨拶に行けと言いよったのに、王太子が姿を隠したりしたから、実現せんでな。あの時の王様は何ていう名前じゃったか。世界樹にお願いをしたんだな。世界樹は、揉め事を好まない。そこに暮らす民には全く関係ないことだからって早々に竜神へ挨拶に行って許しを請う事を条件にケセラを貸し出したんじゃ」


「昔は、精霊と人間との距離が近かったのね。私、ここに来るまで存在すら知らなかったのに」

「アマウス国では、聖霊界と人間との関係が、微妙になっちまったからね。よっぽど親しい間でないと精霊も姿を見せないさ」


「っていうか、爺っちゃんと婆ちゃん達は、不思議老人じゃなくて、精霊なのかよ」とリアムが口を挟むと、「似たようなもんじゃな」とセオドラさんが笑った。


「でも、そのまま放っておくなんて、あり得ないと思うだけど」


「行けない理由があったんじゃないか?」

 

 マテオさんが呟いたセリフにみんな固まったの


「いや。 平穏無事に暮らしているんなら、舅に挨拶行くのにそこまで避ける理由がない。特に、イムル河の枯渇という国にとっては、喉元に匕首を突き付けられている状態なんだから。あそこの精霊も途中で黙っちゃったしな」

「そうだよね。 世界樹と竜神とに挟まれて、どうすればいいのか、あの精霊()たちも分からなくなったんだよ。 イムル河の水が、本来の水より上質になってしまったのも良くなかったね」


「どうしよう。 その当時の人は誰も生きていないよ。挨拶もお詫びももう出来ないよ」


 イムル河は、アマウス国にいるみんなのものよ。

誰なのか知らないけれど、何てことしてくれてるのよ。


「竜神からすれば、人の命はあっという間だからの。子孫をつれて挨拶をするしかないんじゃが」


「子孫なんているのかね。 この前、この子たちをつれて、ケセラを迎えに行った時に子供の遺体があったんだが、その子は明らかに竜神の娘の血を引いていたよ。竜神の血を引く子供を魔力の補充係にする。私には恐れ多くて理解できないよ」

「あらら 竜神に挨拶さえ行っていたら、その加護で手出しなんて出来なかっただろうに」

「兎に角、彼らがどうするのかしばらく様子を見ようじゃないか」


「オーブリーはどうするだろうね?」


 ずっと黙って聞いていたエイブリーさんが、オリビアさんに向けて問う。

 オーブリーさんって、私が水汲みをしていた家の主だ。ずっと留守にしているから、会ったことはないんだけど、どんな人かずっと興味をもってたの。


「オーブリーって、あの大きな水瓶の持ち主か?」


 リアムも同じらしく、オーブリーさんの話をもっとしてくれるように、エイブリーさんを見た。


「ああ、あの精霊()は竜神の側使えでね。今も地に籠ってしまった竜神の側にいるよ」

「竜神の側使えがこの村に家を持ってるのは、変じゃないか?」

「変じゃないよ。 あの精霊()はこの村で生まれたんだから。 あんた達が運んだ水瓶の水も、無事にあの精霊()の元に行ってるだろうから、あんた達なら会えると思うがね」


「俺、オーブリーって人に会いたい。ついでに竜神にも挨拶する」

 リアムが元気よく答えたんだけど、


「駄目だ」とマテオさんの反対にあったわ。


「どうしてだよ」

「今はその時ではないからだよ。お前たちで解決できる問題ではないからね。お前たちが行ったら邪魔なんだよ。 ここまでこじれたら、荒療治が必要だし、お前たちにそんな力はない。大人の仕事の邪魔をするな」


 って、私は別に竜神様に会いに行きたいなんて言ってないのに、リアムと一緒に反対されたの。


 

(3)セオドラさんの畑


 リアムがマテオさんと村を去ると、村は凄く静かになったわ。

エイブリーさんたちも、本来の仕事に戻っていったの。


 今思うと、リアムがいるから三人の精霊さんが常駐してくれてただけで、この村は、時々精霊が訪れる精霊たちの社交場のような場所なのね。


 オリビアさんだけは、ずっといてくれるけれど、寂しいと言えば寂しいわね。 

 

 

「お前さんは、将来、何になりたい?」


 オリビアさんに、水汲みの仕事はなくなったけれど、何か仕事をしないといけないと言われて、薬師になりたかったことを思い出したの。マリアママに薬草学の本を作る約束もしてたしね。そのことを伝えたら、オリビアさんはキッチンの棚から鍵を取り出したの。


「薬草を育てるんだったら、やはり専門家に指導を仰いだ方がいいだろうね」


 エンセスター村には、住宅地しかないんだけれど、明らかに取り立ての野菜がふんだんに使われた料理を振舞われてたから、どこかに畑があるとは思っていたんだけど、探しても見つからなかったのね。

 リアムは、畑に行ったことがあるみたいだったけど、以前は水汲みの仕事で一日が終わってたから、聞く暇がなかったからそのままにしてた。その謎が、オリビアさんが取り出した鍵で解けたの。


「これは不思議なカギでね。ある男の畑に直通するんだよ」


 オリビアさんが、その場でドアの鍵を開けるようにそのカギを回したら、本当に鍵が開いて扉が開いたかのように、空間が開いたの。切り取られたように室内に浮かんだ場所は、青空に一面の小麦畑が見えた。


「ここは、私のための畑だよ。私は、パンが好きだから、小麦を植えてくれてるのさ」


 小麦畑に一歩踏み出す。

明らかに、きちんとした地面と青空だわ。


「ひろ~い。 こんな量の小麦を使ったら、凄くたくさんのパンが作れるね?」

「いや、それはさすがに無理じゃな。食べきれん。余った分は鳥たちや他の小動物の餌にしているようだよ」

「へぇ 何か贅沢~」

「我々の目から見ると、人も鳥も同じようなもんだがね」


 畑道を歩いていくと、トマト畑に出てきて、その向こうにキュウリがなっているのが見えた。


「ほら、あそこにセオドラがいるよ」


 オリビアさんが指したところに、バケツ一杯にモロコシを抱えたセオドラさんがイノシシを前に座ってた。


 セオドラさんはすぐにこちらに気付き振り向いた。 


「どうしたんじゃ?」


「この娘の未来の仕事の相談をしたくてね。 おや、その()は妊娠してるね」

「ああ、いい仔を産んで欲しいからの。 ご飯を分けてたんじゃ」

「セオドラが気に掛けてるってことは、父親は山の主かい?」

「ああ。 よりによっての。 この()は初産でな。主の仔は気が荒いのが多いからの。腹をけ破って出ようとしないか、心配なんじゃ」

「あんまり、手助けをするのも考えもんだと思うけどね」

「ああ、分かっておる。助けるのも、仔が生まれるまでじゃしな。この()が生れた時も、立ち会ってての、こうして頼ってくれると放ってはおけんよ」 


 セオドラさんは猪を愛おしそうに見てる。

猪は食事を終えるとセオドラさんに頬を擦り付けたお礼をいい去っていった。

不思議な事に、猪が去る方向にそこにはない筈の木々が生い茂っているのが見えた。


「あの()はなぁ。 山の自分の住処に帰ってるんじゃ」


「わしはな、地神に仕える土の精霊じゃ。 地神はこの地に生命溢れる種を植える事を使命にしておられる。それを手助けするのがわしの仕事じゃ。鳥や小動物は、あちらこちらと動いて種まきを手伝ってくれるからな。わしの友だちなんじゃ。だが、一つの種族を贔屓にするとやがて、全部が滅んでしまう。だから、一つの種族の一つの家族を選んで贔屓しておるんじゃが、どうも下手くそでな」


「セオドラは愛情過多だからな。突き放すことができない。いっそ、贔屓はやめればいいと私なんかは思うがね」

「可愛がりたいんじゃ」


「その一つの家族にリアムが入ってるんだ?」


 と私が問うと、オリビアさんとセオドラさんはびっくりした様だったわ。


「あれは、また違う理由じゃな。 第一、わしの仕事の担当に人は入っておらんよ」


「オリビアさんも仕事があるの?」

「私は、見ての通り、エンセスター村に住処を持っている唯の隠居だよ」


「それよりセオドラ、この()は薬草学の本を出す薬師になりたいといっているんだが、植物の専門家として何かアドバイスをしてやってくれんか」

「オリビア、わしには、贔屓にするなと言いながら、あんたも随分な贔屓じゃないか」

「まぁいいじゃないか。 お前さんもこの()の将来が心配じゃろ?」

「それはそうじゃな。 アンナよ。 本来わしらは、人の生活には深入りせん。してもいい事は何にもないからの。 少し距離のある方がお互いの為じゃ。 但し、例外は何事にもある。 リアムもそうじゃし、アンナもそうじゃ。 自分が例外だという事を忘れるでない。 それが理解できんとわしはお前の手伝いはできん。 わかるか?」


 わかったような、わからないような …… う~ん ??


「はっきり言ってやらないとわからないよ。 アンナ。 このお爺さんはね、この畑の事も、お前さんに教えてあげる事も誰にも内緒だよって言いたいのさ」


「そこまでは言っておらん。 わしが教えたことで、人の役に立つのなら伝えても構わん。 こんな場所があるという事と、ここで見聞きした出来事、アンナが来ることが出来たという事を人に話すでないと言っているじゃ」


「という事らしいよ。 わかったね。 アンナ」


「いまいち、分かってないようじゃから、具体的にいうとだなぁ。アンナが、さっきの見た猪の話を知り合い相手に軽く口にするとしよう。 土の精霊であるわしの保護を受けているあの猪は、どういう目に合うと思う?」


「それは、その話が本当かどうかわからないから、そのままで……」


「全部が全部とは言わないが、人は強欲じゃよ。 そんな猪がいるのかと精霊の力を我がものしようと猪を捕まえようとする者もいるじゃろうし、その猪を見張って、この畑に辿り着こうと考える者もいるじゃろう。わしらには思いつかない酷い事を思いついて実行する者いるやもし得ない。どちらにしてもあの猪が酷い目に合う事は間違いない」


「わかった。 ここで見聞きしたことは、外には持ち出さないわ」


「それと、友達連れてくることもなしじゃよ。その友達がどんなに信用できる者でも、どんな知り合いがいるかわからないからね」


「セオドラは過去に色々痛い目に合ってるからね。口煩くなるのも仕方がないんだよ」


「マリアママに、『言葉は不思議なもので、口から出ると風に乗って、思わなところに広がって、一番聞かせてはいけない相手に運ばれる』って言われたことがあるの。相手が善意でも、最悪な結果が持たされるってことも、エミリーの事で知ったわ。セオドラさんの心配は、もっともだと思う」


「よし、そうとなったら、アンナに畑を貸してもいいが、アンナは自分の魔力を土魔法に染めてもいいのかね?」


「ああ、そうだ。 その問題があったね。アンナの魔力は、まだ何色にも染まっていないから、色を決めないといけないんだが、お前さんは何色に育てるんだい? 土魔法でいいのかい?」



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