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アラランド帝国物語  作者: レオレオ
アマウス国とケセラと竜神との約束
4/13

四、スーザン・バベリー(別視点 姉の言い分)

(1)生い立ち

 私は、スーザン・バベリー。

チャールズ・バベリーとシルビア・バベリーの長女で、年が二つ離れた弟ジェイソンと五つ離れた妹アンナがいるわ。


 私の一番古い記憶は、泣いているお母様の胸にぐっと抱きしめられいて、お父様の声がそれを必死に慰めている光景ね。

 その時、何がこんなにお母様を悲しませているのかわからなくて、私も泣きたいんだけど、泣いたらもっとお母様を泣かせてしまうと思って、一生懸命我慢するんだけど、我慢しきれなくて大泣きしたわ。


 その時からかしらね。 お母様の心はずっと不安定なの。

 お母様の方のお祖母様は、我が家に訊ねてきては、「可哀そうに」ってお母様をお慰めになるの。理由は誰も教えてくれなかったけれど、お母様にどうしようもない悲劇があるのだと幼い心にもそう思ったわ。


 ジェイソンが生れた時の記憶はないんだけど、アンナが生れた時の事は覚えてるわ。私を抱きしめて大泣きしてしばらくしてから、お母様は妹を身ごもったの。妹がお母様のお腹の中にいる間、お母様はずっと怖い顔をしていたから、妹が生れてきたら優しいお母様に戻ると期待していたんだけど、優しいお母様に戻るのは、少し時間がかかったわ。 赤ん坊の妹が泣き声をあげるたびに物にあたって、手が付けられなくて、放り投げたそれが私やジェイソンに当たりそうになったら、我に返って、私たちに必死に泣いて謝ってたわ。


 その内、妹の泣き声が聞こえなくなって、やっと元通りのお母様が帰ってきたの。妹はどこに行ったのだろうと探したら、庭の奥に離れが出来ていて、そこで乳母と二人で暮らしていた。乳母は夫と子供を亡くしたばかりの可哀想な人で、妹は本当の娘のように慈しまれて過ごしていたの。妹にとっては、そこで暮らす方が幸せよねって、ホッとしたのを覚えてるわ。

 でも、気が付いたら、その乳母を見なくなったの。執事のガルクに聞いたら、「あの乳母は、まだ若いのでいい人が出来たみたいですよ」って、とっくに男爵家を去っていることを教えてくれたわ。


 それからは、住み込みの使用人ではなく、通いの家政婦を雇う事にしたらしいの。「妹は悲しんでいるかしら」とそっと、離れの様子を伺ったら、妹は相も変わらずに幸せそうな顔をして、その家政婦、マリアって名前だったかしら、に凄くなついていた。タフな妹を心配したことも馬鹿々々しくなって、それから妹のいる離れを覗くことは止めたわ。


 でも、お母様は違ったみたい。

時々見に行っては、平和に暮らしている二人を見ては、イライラしていたわ。


「あの女を辞めさせて」


 ってお母様はお父様に頼んでいたけれど、


「無理を言うな。何の落ち度もないのにこちらの勝手な都合で辞めさせたりしたら、もう二度と使用人を紹介してもらえなくなるよ。田舎とは違って、この王都では、口利き屋同士が組合と作ってて、あこぎな雇い主から雇われ人を守ってるからね。本人が辞めたいと言わない限り、こちらからは辞めさせられないよ」


 我が家は男爵位で、魔術師士官として代々王家に仕える法服貴族ですものね。土地持ちの貴族は、代々譜代の家臣を持ってるけど、我が家には、せいぜい庭師の親子くらいが代々勤めてくれてるくらいで、後は王都の口利き屋を通して紹介された者を雇っているの。


「本人に辞めたいと言わせればいいのよね?」


 お母様はちょっと暗い笑みを浮かべてそう言ってたわ。


 それから、お母様は他の使用人に命じて、妹の家政婦に色々意地悪をしていたみたい。家政婦の賃金は契約にあるから、どうしようもなかったみたいだけど、離れで使えるお金を極端に減らしたり、現物で渡す約束をしていた二人が食べる食材をきちんと渡さなかったりね。でも、二人の様子に変化はなかったわ。妹が着ている服は、とても男爵家の娘ものではなかったけれど、清潔に保たれていたし、妹は元気に走りまわっているしね。時間に追われている私とは違って、とても自由で楽しそうだったわ。家政婦と二人で楽しそうに歌を歌ってるのも見たわ。

 

 妹は、幼い頃は私たちを切なそうな顔で見つめていたけれど、ある時からこちらには近づいてこなくなったわ。下町に遊びに行っているって話も聞いていたけれど、実際の所は知らないわ。私は私で忙しくなって、妹に構っている暇はなくなっていたから。


 アマウス国では、貴族の娘は十三歳から十六歳の三年間、貴族学校に付属した女子学院で学ぶの。

 男子が学ぶ貴族学校が、十歳から十七歳までの七年間学ぶのと比べると短いわね。貴族学校では、普通の学科や魔法技術の習得の他、王家に対する忠義心や、愛国心、敬神の心に撫民思想などを教えられるようだけど、女子学院は良妻賢母になるべく教育されるの。

 でも、本当に教育されるのは、身分関係の厳しさね。

私は、家ではお嬢様なんて言われているけれど、女子学院では、一番下の階級になるわ。男爵家の子が一番数が多いから救われるけれど、少しでも上の階級の令嬢をお相手する時は大変に気を遣うのよ。これが、王女殿下や公爵家の令嬢相手なら、雲の上過ぎて関係ないんだけれど、子爵家や伯爵家の令嬢相手は難儀よね。

 

 だけど、最初の一年は大変だったんだけれど、段々と私は特別視されるようになったの。

 きっかけは、アメリア王女殿下からのお声掛けだったわ。何を話されたという事はないんだけれど、私の名前を御存知だった事と、お茶会にご招待をくださったことで、皆の中で私は殿下のお気に入りと思われるようになったの。


 王女殿下のお茶会は素敵だったわよ。

もう既に女子学院を卒業なさって、お会いできない身分のお姉さま方もいらっしゃたし、その方々をお迎えに王太子殿下や公爵家のご子息などもお姿を見せになって、夢の世界ね。


 洒脱な冗談に、流行先端のドレス。 芸術的に美しいお菓子に、異国のお茶や珍しいペット、尽きる事のない豊富な話題とそこに参加する一流の方々とのふれあい。

 

 経験不足の娘が夢中になるのは、仕方がないじゃない。

羨望の眼差しもするより受ける方が気持ち良くて、次第に得意になってたんだけど、段々と様子が可笑しい事に気付いたわ。

 視線の中に哀れみというのかしら、可哀想な子を見る視線が混じるようになったの。


「姉上が、『ケセラ』の【神の花嫁】に選ばれたというのは本当ですか」

 

 ある日、ジェイソンに言われて、視線の意味を知ったの。


「何の話?」

「姉上の耳には入ってないんですね」

「ええ、初耳よ」

「みんな噂してるよ。次の【神の花嫁】はバベリー男爵家の長女だって。だから、王家の人たちも姉上には優しいって。僕は、クラスの連中に、『これでお前の将来は安泰だな』なんて、嫌味を言われてるよ。姉上も、アンナみたいに魔力を持たずに生まれてきたらよかったのに。そしたら… そしたら 死なずに済んだのに・・・」

「泣かないで、ジェイソン。 私は大丈夫だから」

 

 ジェイソンと話した後に、お父様に確認したわ。


「そんな話が出回っているのか。心配するな。お前とジェイソンだけは、シルビアとふたりして守るからな」


 お父様は、大丈夫だという言葉を繰り返すだけで、真面な返事をくれなかった。でも、三人姉弟の内二人だけを守るというお父様の言葉や、幼い頃の母との思い出。妹が生れてからの日々の出来事。全てが私にあることを教えてくれていたけど、気付かない振りをしたわ。

 だって、気付いたところで私にできる事なんてないもの。


 私が【神の花嫁】に選ばれたのは、随分と昔の筈なのに、どうして今頃そんな噂が出回っているのかという不信感があったわ。ただ、アメリア王女との交流は私の喜びであり、誇りでもあったから、それが本来私のものではないのだと思うと少し後ろめたさもあったわね。

 それから、絶対に断られないお誘い以外はお断りすることにしたの。私は彼女たちが求める悲劇のヒロインではないもの。



 女子学院を卒業すると大抵の令嬢は結婚するんだけど、私にはそんなお話は来なかったわ。 


 いい感じのお付き合いが始まりそうな方はいたのよ。

でも、本格的な話になる前に遠慮されてしまうの。


 まぁ、当然よね。


 でも、結婚だけが人生ではないようと思う事にしたの。

お父様と相談したら、「お前の人生だから、好きに生きていいんだよ」という言葉を頂いて、『生まれ持った多い魔術量を使って、何ができるのか』って一生懸命考えていたわ。このアマウス国には、貴族階級の娘の就職口てあまりないのよね。 あるとしても、王宮で勤める侍女くらいかな。でも、私には無理ね。

 本当は、平民として生きていこうとしてるアンナの方が、この国では生きていきやすいんだろうなと思うわ。妹はタフそうだから、力強く生きて行くでしょうしね。でも、私はお母様の為にもそんな考えに染まる訳にはいかないと思ったわ。


(2)誰が誰のために

 先月、我が家に神殿の神官長がお見えになったの。

 応接室でお父様とお話をされていたわ。私も呼ばれると思って、部屋で待っていたんだけれど、呼ばれなくてお見送りだけさせて頂いたわ。


「スーザン嬢。お国の為とは言え、大切な妹御を【神の花嫁】に捧げでいただき、バベリー男爵家には感謝の言葉もない。 この先はご両親をくれぐれも大切にしておくれ」


 お見送りの際、神官長の言葉に、【神の花嫁】が私からアンナに移っている事を神殿が認めていることを知ったわ。その時、神官長と同行された王宮騎士の方からも両親と一緒にご挨拶を受けたの。


「私どもは、【神の花嫁】を『ケセラ』の祠にお送りする役割を仰せつかった者です。この度は役目の前に挨拶させて頂きたく参った次第。祠までの道中は、我らの命も代えてお守りすることを約束いたしましょう」

「どうぞよろしくお願いいたします」


とお父様とお母様と一緒に挨拶を返したけれど、『この騎士は馬鹿なかしら?』と内心、腹が立ったわ。

 

 誰のために守るの? 

 決して、【神の花嫁】に選ばれた人の為じゃないわよね?

それどころか、【神の花嫁】からしたら、死への後押しをする存在。

それなのに、よろしくお願いいたしますと返さなくてはいけない家族。

 まさにこれぞ お貴族様のお約束。


 でも、妹を身代わりにする私には怒る資格もないんだけど。



 父がどういう風に妹に話したのかは知らないわ。

でも、妹にとっては許せないことだったみたいね。

それから直ぐに妹は姿を消したもの。たった十三歳の女の子にそれだけの決意をさせた。それはお貴族様には許されない失態なんでしょうね。


 妹がいなくなったことに気付いたのは、ガルクだったわ。

家政婦から病欠の連絡は受けていたので、毎日取りに来る食材がなくならない事を変には思わなかったのだけど、それが三日続くと流石に妹の様子が気になって、離れを覗くといなくなっていたそうよ。

 

 ガルクが妹の行先を探るために、妹が親しくしていた家々を訪ねて、二人して家政婦の田舎へ行ったという話を聞いてきたの。

 家政婦の故郷がどこなのか、誰も知らなかったけれど、少し前に隣国のノールベルク辺境伯家が、我が国を訪れたことがあって、家政婦が会いに行ったという話が出てきたの。

 ノールベルク辺境伯に保護を求めて、隣国へ行ったのだとすぐに分かったわ。辺境伯の保護下におかれては、我が家ではどうしようもないものね。

 お父様は悩んだようだけど、神殿と王宮騎士団に報告したみたい。


 それから、二週間ほどして、お父様の名代として王宮騎士団と行動を共にしていたガルクから、妹が見つかったと連絡が来たわ。

お父様もお母様もホッとされたみたい。 ジェイソンだけが、妹の家出に王宮騎士団が出てきていることにびっくりしていたけれど、家政婦に誘拐されたのだと説明されれば、納得したようね。


 ジェイソンだけは、「妹に魔力がないから、家族扱いしないのだ。それは平民として生きていく妹の為だ」というお父様がついた嘘を信じてるみたい。


 そのまま気が付かないでいてくれたらいいのにって、姉としては思うわ。私の為っていうより、ジェイソンの心を守るために。


 だって、この世界は嘘に塗れていて、嘘から自分を守る力がなければ、騙されていた方が幸せだもの。無理な話なんでしょうけれどね。


 それから、ガルクは、妹の身柄を騎士団の方へ引き渡して、王都のバベリー男爵家へ戻ってきたわ。もう老人の域に達しているガルクには無理をさせたと思うの。疲労困憊な様子だったから、休ませてあげるのが一番だったろうけど、お父様の発案で、その日の夜は、ガルクを主賓にして、バベリー家で静かに晩餐をしたの。


 誰も、妹の様子を聞かなかったわ。お父様なんて、積年の大荷物を降ろしたかのようなほっとしたような、気が抜けたような顔をしてワインをずっと飲まれていたし、お母様も感情が抜けてしまったように静かに座っていらっしゃったわ。

 私とジェイソンも、ガルクが訪ねた場所やガルクが乗った馬の話題はしたけれど、それ以上の話はしなかったし、静かな晩餐だったわ。



 我が家としては、これで普段通りに日常が帰ってくるはずだったわ。

 【神の花嫁】の花嫁は私より、妹の方がその魔力量から相応しかったと神殿から公表される予定だったし、その妹の身柄は既に引き渡しているしで、我がバベリー男爵家としては、国に対する義務を果たしてるはずよね。

 

 それが予想外の出来事が起こったの。王宮騎士団の失態というのかしら。

 妹が行方不明になってしまったらしいの。

 場所は、エスト山脈にある『ケセラ』の観察のために、王宮騎士団が常駐しているスタミー城。妹が収容された捕虜用の部屋の格子のはまった窓は壊された形跡はなし、ドアの鍵は掛かったままなのに、妹だけが消えてしまったそうなの。


 王宮から、妹の所在確認の連絡があった後、王宮騎士の集団が我が家に押しかけてきたわ。妹を匿っていないか、屋敷の全部の部屋を見た後、見つからないとなると、それこそ床まで剥いで屋敷を丸裸にしたわ。その後、妹の交流ある家全部に同じことをしたみたい。妹はどこにも居なかった。


 それから、突然、神官長の名代を名乗る神官が神官長の書簡をもって我が家を訪れたの。

 お父様相手に、その神官は、妹の所在がこのまま不明の場合は、【神の花嫁】の変更の件はなかった事にするという神官長の言葉を読み上げたの。つまり、いなくなった妹は唯の男爵家の娘で【神の花嫁】ではなく、ここにいる私が【神の花嫁】ということね。


 当然、お母様は発狂したわ。

「国は私から一人だけでなく、もう一人の娘も取り上げようというのですか。どうして我が家だけがそんな犠牲にならなければならないんですか」


 お父様も、神官に付き添った聖騎士相手に訴えていた。

「下の娘のアンナは、鍵のかかった部屋からいなくなったんでしょう。どう考えても本人の意思からの失踪ではなく、スタミー城にいる誰かが攫ったに違いない。我が家を訪れた王宮騎士は、命を懸けるとおっしゃった。約束が違う。王宮騎士団の失態なのだから、そちらの身内から【神の花嫁】を出して頂きたい」



 両親の徹底抗戦の意思は、王家にも伝わったみたいで、翌日には、アメリア王女殿下が我が男爵家に御なりになったの。


「スーザン アンナ嬢の事は、そのままにしないいわ。その場にいた騎士たちは拘束しているし、王家の名に懸けてアンナ嬢に何が起こったのか、何年かけても解明して見せるわ。 だけど、『ケセラ』のことは、もう待てないの。我が国を潤すイムル河はもう底が見えてる状態で、このままにすると、植物は全て枯れてしまい、多くの餓死者を出すわ。この国を生きる全ての国民を代表して、貴女に平に伏すから、どうかお願いさせてほしいの」  


 わたくし、殿下に平にお願いされてしまいましたわ。


『ノブレス・オブリージュ』 


 うふふ  殿下にこそ相応しい言葉ですのにね。


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