三、エンセスター村
(1)エンセスター村
ここどこよ?
目が覚めたら、知らない天井が見えてるんだけど。
昨晩は、確か、窓の外の大きな瞳があって、怖いんだけど、目が吸い込まれそうになって目が外せなくて・・・ 駄目だ それから記憶がないわ。
あれから、気絶している私をこの部屋に移したのかしら
明るい部屋の中を見回すけど、暖色系の壁紙に可愛らしい家具がある、とても女性らしい部屋。【神の花嫁】らしく、丁重に扱う事にしたのかしら。
よくわからないけれど、大勢いる気配はしないわね。
ベットの側の大きな窓から外をそっと伺ってみると、私より少し年下の男の子が向かいの家の水瓶に水を入れていたわ。私が見てると、その子は振り返って目があった。
「お前、寝坊助だな」
「え?」
「いいから、出て来いよ。 そろそろ昼飯の時間だから、飯食うぞ」
慌てて、部屋を出る。 部屋を出るとすぐにダイニングがあり、キッチンが見えている。ダイニングを抜けるとすぐ側に玄関がある簡単なつくり家のようだ。しかし、誰もいない。
外に出ると、男の子は待っていた。
「俺はリアム。 お前は何て名前だ?」
「アンナ」
「アンナ 今日の昼飯はエイブリー婆ちゃん家で食べる。 で、その後はお前も俺と一緒に水汲みだ」
「ごめんなさい。 まだ状況が良くわかってないんだけど」
「深く考えるな。 それがこの村で生きるコツだ。 お前が今することは、昼飯を食う事。 エイブリー婆ちゃん家に案内してやる。ついてこい」
私は自信たっぷりで話す男の子のオーラーの強さに圧倒されたのよ。その男の子 リアムの後をついていくと、直ぐ隣の家に入ったわ。
知らない家だし、そのままついて行っていいものかと一瞬悩んだけど、直ぐに我に返った。
今、絶好に逃げるチャンスじゃない?
見張りもいないみたいだし、こんな子供一人振り切れるわ。
私は走った。
小さな集落みたいで、直ぐに外に出ることできたわ。
村の外は木が生い茂っていて、私は迷うことなくその中に飛び込んだ。これだけの木があれば、私の身体を隠してくれるに違いないもの。木と木の間をくぐって、出来るだけ急ぎたいんだけど、足場が悪いから、何度も転びかけた。
あ~あ もう ここはどこなのよ~
同じような木しかないから、段々方向が怪しくなってくる。太陽の光も入ってこないから薄暗いし、変な鳥の鳴き声も聞こえる。何時間歩いたのかな? 見える景色が変わらないから、泣きが入ってくる。
どうしよう。 もう歩けない。 こんな所で留まってる場合じゃないのに
少し休憩しようと座ったら最後、立ち上がれなくなちゃった。
「お~い! いい加減に起きろ」
肩をゆすられて目が覚めた。
ハッとして、顔を上げると、リアムが呆れたような表情を浮かべて私を見下ろしている。
「お前さ~ 深く考えるなって、俺言わなかったか?」
「探してくれたの?」
「いや。 この村から逃げようと考えたら、この木の下に辿り着くことになってんだ」
リアムは、私がもたれていた大樹を叩く。
「大体さ 俺なんかな~ 99回この村から脱走しようとして出来なかったんだ。お前が初めてで出来る訳ないだろう」
「99回?」
「おうよ。 ここの水汲みの仕事は半端ねからな。 嫌になる度に今回こそはって賭けるんだけどもさ、一回も成功してねぇ~」
「あんたも逃げ出したいの。だったら、一緒に逃げない?」
「やだよ」
「え? 嫌なの?」
「ああ、俺はもう逃げるのも飽きたからな。同じ場所をグルグル歩かされるのは、もうごめんだ」
「同じ場所をぐるぐるって?」
「何だ、気付いてなかったのかよ。木や土の匂い、鳥の鳴き声、みんな同じじゃねえか」
「全然わからなかった」
「この閉じられた空間から抜け出せる力は、今の俺にはない。だから、水汲みで身体鍛えて、力付けるんだ」
「私には、そんな時間ないの。 急がないとマリアが死んじゃうの?」
「そのマリアって人は、どこにいるんだ?」
「わかんない」
「わかんないって」
「わかんないけど、テレテの町近くで拘束されてると思うの。そこに居なかったらバベリー男爵家で捕らえらえてるんだと思う」
「そのマリアって人、多分大丈夫だと思うぞ」
「本当?」
「そのマリアって人、多分 オリビア婆ちゃんの愛し子だ」
「愛し子?」
「俺もよくわかんねぇけど、オリビア婆ちゃんがあのままにできねぇって話していたから、婆ちゃん達に任せといたらいいんだと思うぞ」
「ほら立て」とリアムが差し伸べた手を取って、立ち上がる。
そして、自分がもたれかかっていた木を改めて振り返ると、見たことがない程の大樹だった。
「ここの爺ちゃん婆ちゃん達はいい奴だぞ。爺ちゃん婆ちゃん達が俺に何を思って、水汲みさせてるのかはわからないけど、多分何かしらの意味があるんだろうって思う。お前に何があったのかは知らんが、ここの年寄がお前に水汲みをさせようって言うんだったら、多分意味があるんだと思うぞ」
「帰るぞ」と一声、私に声かけて、リアムが歩くのに遅れまいと続いて歩いたんだけど、驚いたことにこの大樹は村のすぐそばに村を見下ろすように立っていたの。
(2)不思議村と不思議老人
その後、エイブリーお婆さんの家で昼食をご馳走になったわ。
そう、お昼ご飯なのよ。驚いたことにその日の。
私は、一日中森の中で彷徨っていたと思ったのに、実際には全然時間が経ってなかったみたいなの。リアムにどれくらい時間が経ったのか聞いたんだけど、
「う~ん。 十分か二十分位? 計ってないからわかれねぇけど、そんなに経ってないぞ」
「え? 本当?」
「だから、ここは不思議村なんだって。 深く考えるだけ無駄だって」
「あんた、怖くないの?」
「もう慣れた。それに世の中には、俺の考えの及ばない事があることを知れただけでも儲けもんだと思ってる」
リアムは、年齢に合わない大人びた発言をするのよね。見た目はクソガキなのに。
そうそう、見た目でいうと、お昼ごはんを食べさせてくれたエイブリーさんは、若い頃は大変美人だったと思うの。
銀色の髪を上品にアップで纏めていて、見るからに高級生地を使った服を着ていて、立ち振る舞いもとても優雅なの。
でも、話し出すと、途端に田舎のお婆ちゃんになっちゃう。
「婆ちゃん 今日のお昼は何?」
リアムの後をついて、エイブリーさんの家に入ったんだけど、ダイニングテーブルにはお皿が三人分並んでいたわ。リアムがキッチンに向かって声をかけると、鍋を持ったエイブリーさんが現われたのよ。
「今日はね、玉ねぎの中に、きのこと人参とすりおろしたレンコンと肉もどきを入れて、スープで煮込んだんだ」
エイブリーさんは、私に微笑みかけて、席に着くようにジェスチャーをしたから、急いで席に着いたわ。
彼女が鍋の蓋を開けると、美味しそうな匂いと共に私のお腹が鳴る。そういえば、いつからご飯を食べてないんだっけ。恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かる。
三人分の配膳してから、エイブリーさんは視線を私の方へ移した。
「オリビアから貰ったパンもあるから一緒にお食べ。 ところであんた、オリビアの所の預かり子だってねぇ 名前は何て言うんだい? 」
「オリビア?」
「アンナが寝ていた家の主だよ。オリビア婆ちゃん パンつくりの名人だぞ」
「あんたまだオリビアに会ってないのかい? あの婆さんも今、忙しいからね。わたしゃ エイブリー。 隣にセオドラっていう爺さんが住んでるから、後で、リアムに紹介してもらいな。この三人であんたらのご飯を用意するから、感謝して食べるんだよ」
出された食事はとても美味しかった。
スープがしみ込んだ玉ねぎも、玉ねぎとキノコの旨味を吸ったレンコンと鶏肉?も、今まで食べた事がない程美味しかった。スープの一滴も残したくなくて、パンにつけて食べる。そのパンも、白くて柔らかいのと、パリッと硬くて噛むと小麦の味が口の中に広がるものの二種類あって、両方とも捨てがたくて、つい二つ食べてしまった。
「仕事の開始だ。 山の泉へ行くぞ」
リアムに天秤棒と水瓶を渡された。
言われた通りに両肩で担ぐが、まだ水が入ってないのにもう痛い。
「直に慣れるさ」
私の顔色で私の気持ちが分かったようで、リアムが言う。
その後、リアムの真似をしながら天秤棒を担ぐ。バランスが大切で、狭い道を歩くから横歩きをしなければいけない。右を前にすると右半身にばかり負担がかかって非常に疲れた。左右を交互にしながら遅れないようにリアムの後に続く。「どこのシファカだよ」って途中、リアムに笑われたけど、「シファカって何よ」って聞くと、「サルの名前」だって。馬鹿にしてるわよね。
どこか神聖な雰囲気に包まれた山の泉は、いくつかの大きな岩に囲まれていて、教えてもらわないとわからない所にあった。幅は六人掛けのテーブル位で広いとは言えないけれど、非常に深いようで底が見えない。
落ちてしまったら、助からないわよね。
リアムは慣れた手つきで水を汲む。私も真似して水を汲んでみたが、桶が大きすぎて持ち上がらない。仕方なく、水の量を減らしたわ。
その後、村に戻って、私が入れる水瓶の場所に案内されたの。
その家は、オリビアさんやエイブリーさんの家と同程度の家に見えたけれど、なんだか暗くて不気味な雰囲気を漂わせていたわ。
私、この家では住めないわね。
「ここは、オーブリーっていう人の家らしいんだが、俺は会ったことはない。アンナは、これから毎日この家の水瓶を一杯にするんだ」
「この水瓶はどれくらいで一杯になるの?」
「知らん。 俺はいつも四往復分入れてた。でも、満タンにはならなかった。アンナはこれを満タンにしないといけないから、自分で数えたらいいぞ」
「リアムは四往復で良かったんなら、私も四往復でいいんじゃない?」
「俺は他の家の分も入れてるから、四往復で許されてるだけだそ」
「わかったわ」
何のために、水瓶を一杯にしないといけないのか、さっぱりわからなかったけど、断れる雰囲気じゃないから、仕方なく頷く。
「今日は半分しか仕事してないからな、満タンにはならなくても仕方ないんじゃないか?」
午後いっぱい、リアムの後をついていったら、疲労で死にかけたわ。
エイブリーさんが、声をかけてくれて、夕食もエイブリーさん宅でご馳走になったの。エイブリーさんの料理は不思議ね。食べたら、疲れが飛び去ったわ。
「オリビアは、今夜も留守してるようだから、あんたはここに泊りなさい」
その後、そう言ってもらえてエイブリーさんの宅のお風呂に入れてもらえたの。
「えー- アンナだけ、風呂ってずるいー」
ってリアムが騒いでいたけど、男の子と一緒に入れる訳ないよね。
用意してもらった寝間着に着替えて、ふかふかなベッドで横たわったら、夢も見ない程ぐっすり朝まで寝てしまったわ。
(3)オリビアさん
「いつになったら、この水瓶は一杯になるのよっ」
毎日、せっせっと入れてるのに全然満タンにならないの~
おかしくない? 他の家とは違って、ここの家の主は留守のようだから、水瓶の水は全然使ってないのよ。 でも、半分は入ったと思った次の日には、空っぽになってるの。
「誰か、意地悪をしてるんだわ~」
「そんな事する奴はいないぞ」
「だったら、何で水瓶の中が空っぽになってるのよ」
「誰か、使ってるんじゃないか」
「誰よ」
「そんなことは、知らん。 次の日に水瓶の水がなくなってるのは、他の家も一緒だぞ。俺の住んでる住まいも他の家も俺が毎日満タンにしてるけど、次の日にはなくなっているぞ」
そう言われて、納得は出来なかったけど、頑張るしかないから、次の日も次の日もせっせっと入れてたんだけど、全然ダメで、往復の回数も増やしたけど、疲れるだけで、絶望感に襲われた時に、
「しょうがねぇなぁ。 俺が今まで入れてた四往復分だけ助けてやるよ」
とリアムも手伝ってくれるようになったの。
リアムが手伝ってくれるようになって、往復の回数も増やしてようやく九割は入れれるようになったの。もうすぐで水瓶満たんになるから、もう一回って思う時分には大概太陽が沈みかけていて、エイブリーさんとセオドラさんに止められるの。この村では、夜は村の外に出るのは禁止なんだって。
そういえば、オリビアさんにはまだ会えていない。マリアの事を聞きたいから、ずっと帰りを待ってるんだけど、全然帰ってこないのね。だから、ずっと、エイブリーさんの家でお世話になっているの。 リアムの守役のマテオさんには会ったわ。リアムが勉強でしごかれている姿には、クソ笑ったわ。でも、羨ましくもあったわね。私の前では、いばりん坊な癖に、マテオさんにかかると年相応の子供に見えるもの。
マリアは無事かなぁ~ 早く会いたいなぁ。
マリアが恋しくて、マリアに教わった歌を歌う。
マリアは歌が好きで、即席でも良く作って歌ってくれてたけど、一番心に残ってるのは、子守歌。だけど、今マリアが側にいないら、私は私の為に歌う。きっと、マリアが今側にいたら、そうしてくれたと思うから。
セオドラさんはね、丸眼鏡をかけて、白いお髭を蓄えたなかなかダンディなお爺さまよ。手先が器用で、人参でバラの花や蝶を作ってくれたり、トマトやキュウリでお花畑のようなサラダを作ってくれたりするの。食べるのがもったいなくて、ずっと見てたら、リアムに取られそうになったけど、王都でお店出したら、絶対に流行ると思う。
このセオドラさんは、リアムの事が大好きみたいで、セオドラさんの料理はいつもリアムのリクエスト通り。 リアムが肉を食べたいと言ったとかで、肉もどきの料理のレシピを色々考えて、エイブリーさんにも教えてるみたい。
そうやって過ごしているうちに、私の体力が大幅アップしているのに気が付いた。
最初は重くて持てなくて水の量を減らしていた水桶が、普通に持てるようになったわ。持てる水の量が増えたから、リアムよりも早起きして、朝日が昇り始める前に出発するようにしたら、ついに、オーブリーさんの水瓶を一杯にすることが出来たの。
「アンナや」
水瓶を満タンにできたことに感激していると、後ろから声をかけられたの。振り返ると、会ったことがないお婆さんが立っていたわ。その人がオリビアさんだというのは、紹介されなくてもわかった。どことなく、マリアに雰囲気が似てるもの。
「アンナ よく頑張ったね。 私はオリビア。お前さんの大好きなマリアの遠い親戚みたいなもんさ」
「マリアは無事なの?」
「そうさの~、マリアの話は後でしよう。それより、お前とお前の国アマウス国の因縁話を解決しないか」
因縁話の解決?
そのことが、私が水瓶を一杯にしないといけない理由なのだろうか。
「リアムや お前さんもついておいで」
オリビアさんは、リアムにも声をかけて、三人で村の入り口に立ったわ。
オリビアさんは、左腕をリアムの肩に、右腕を私の肩に回して、三人で村の入り口から外へ出ると、そこは『ケセラ』を祀った祠だった。




