挿話2 竜神の邸宅にて(オーブリーの溜息)
「おろろ~ おろろ~」
地下にある竜神の邸宅で、女の泣き声が屋敷中に響いてる。
泣き声の主は、竜神の娘サラ姫だ。サラ姫は、現在、地神に叱られて、謹慎中だ。竜神の側使えのオーブリーとしては、他の神に叱られる姫の姿を見たくはなかったが、今回ばかりは仕方がないと思ってる。
地神が怒った理由は、サラ姫がアマウス国の地を洪水で沈めようとしたからだ。
「馬鹿も~ん。 この地はお前だけの物か? お前が人間どもに何をしてもわしは知らん。 だがな。 この地には、わしが血肉を注いで育てた生物や植物がいーぱいー あるのだ」
セオドラが知らせたのだろう。
地神がいきなり、この邸宅に訪ねた来た時には驚いが、正直、助かったというのが正解だ。それほど、聞かん気モードに入ったサラ姫は手に負えない。
この場合、竜神様は役に立たない。
なぜなら、サラ姫と一緒に怒っているからだ。
まぁ、御二方共、息子、孫が人に利用されて殺されたとあれば、その感情や面子から言っても許すわけにはいかないのはわかる。
だが、この事を始めたのは、竜神様サイドで、結果、世界樹を巻き込んでしまった。世界樹を巻き込んでしまった以上、他の神々の目を避ける事はできない。
竜神様の好き勝手は出来ないのだ。
世界樹は、天空に御座す神がこの世界に持たされた始まりそのもので、世界樹が枯れたら、この世界も終わるとされる。とても特別な存在なのだ。誰しも世界樹の意向を無視することは許されていない。
何にせよ、他の神々を怒らせたら、竜神の姫と言えども、消滅されかねないし、比較的穏やかな地神が出てきてくれたのは、本来は有難い事だ。
竜神様はそれがわかっているから、今回は矛を抑えて、地神の言う通りにあの土地の水の動きを本来の通りに戻すことを約束した。
一人納得が出来ないのがサラ姫だ。
洪水が駄目なら、ヘドロならどうかと呪いをかけようとして、本格的に地神に叱られて、只今謹慎中なのだ。
「姫様、そうお嘆きあるな。 ライアン様は無事冥界に行かれましたから、すぐにでも生まれ変わられます。今度は姫が守護を与えれば、ライアン様の今度の生は災難とは別のものになりましょう。ライアン様を守れるような強い守護に成れるように精進なされよ」
「嘘を申すな。 ライアン様の魂は疲れ切っているから、冥界で永い眠りに入ると聞いた。私はライアンに会えるわけなかろう」
「人の寿命で考えればそうでしょうが、姫は幸い、竜神の娘。待てない時間ではないはずですよ。大体、姫は旦那を殺された、息子を殺されたと怒っておられるが、姫にも罪はあるはずでしょう」
☆ ゴッン ☆☆☆
「… 痛っ た 」
サラ姫が投げたブラシがオーブリーの頭に当たった。
「お前のような他人の気持ちがわからないのは、私の前から消えよ」
オーブリーは、サラ姫の部屋から追い出されてしまった。
「どっちが人の気持ちが分からないんだか」
サラ姫の罪とは、婚約者のいる相手と恋に落ち、相手の敵愾心を煽ってしまったことだ。オーブリーにしても、相手を庇うつもりはない。たが、幼い頃からの許嫁を突然現れた女性に取られてしまった相手の女性も気の毒だったと思うのだ。神の娘だという争いようがない立場の女性を連れてきて、その相手を追い出した王太子に、政略的考えがなかったとは思わない。だから、その女性の実家は、死に物狂いの追い落としにかかり、政敵として王太子を暗殺した。
言わば、どっちもどっちだ。
ただ、その後は、相手が明らかに遣りすぎだ。
王太子の子供だからって、ライアン様を捕まえたのだろうが、竜神様の血を引いているお子様に対して遣っていい事ではない。サラ姫が怒り狂うのも分かる。
だが、サラ姫は竜神様の娘だが、半分は人の娘だ。
余りに、怒りに凝り固まるとその人の部分の感情が、怨霊に変わるやもしれない。
みんなが懸念しているのは、この事で、相手を許すことも少しはやらないと、祟り神になるかもしれない。
サラ姫が祟り神になったら、面倒な相手になる事間違いない。
人故に弱い心と、竜神の娘故に強い力をもつ祟り神。あっという間に本当の魔に利用されるだろう。
「なぁ オーブリーさん。 ちょっといいか?」
声をかけられて振り向くと、竜神様の屋敷近くの鍾乳洞に住んでいるモーリだった。
「どうしたんだい? モーリ」
「あいつ煩い。 声帯切ってもいいか?」
どうやら、鍾乳洞の灯り役を仰せつけられた人間が騒いでいるらしい。
地下の鍾乳洞には、どこからも光が入らないから本来なら真っ暗だ。だが、一旦灯りを入れると、そこには幻想的な風景があり、竜神様のところに遊びに来る神々や精霊たちの憩いの場所になる。そこの灯りには、焔の精霊に頼んで、炎を分けて貰っていたが、サラ姫が連れてきた人間に役に立ってもらおうという事で、わざわざ灯りを炎ではなく、スタンドグラスに彩られた光を発する魔道具に変えた。その男は与えらえた部屋にいさえすれば、自動的に魔力がその魔道具に供給される仕組みだ。
「俺を解放してくれ。 文句はあんた方を傷つけた俺の先祖に言えばいいじゃないか」
オーブリーが見に来ると、確かにうるさい。
「静かにしないと、身体に傷をつける事になるがいいのか?」
「だったら、せめて違う部屋に移してくれ。この部屋にいるとぞわぞわして気持ち悪い」
「無駄だよ。違う部屋に移ったところで、その部屋でまたぞわぞわしてくるよ」
「どうして、俺なんだ?」
「どうして、お前じゃダメなんだい?」
「竜神の娘を傷つけたのは、俺じゃない」
「お前は、全然関係のない娘がケセラの犠牲になるって時は、それでいいと認めていたではないか。 だったら、お前でいいじゃないか。 少なくともあの娘より血縁関係という意味ではお前は関係がある」
「見てきたように言うんだな」
「ああ。見ていたよ。ある娘の目を通してね。 兎に角、お前の代わりが来るまでは、ここで灯し続けるんだよ。今度騒いだら、声帯を切るよ。わかったね」
「代わりが来るのか?」
「さあね。来るかもしれないし、来ないかもしれない。いい事を教えてやろう。お前の現状の元凶エレノアが現世に生まれ変わっているのさ。エレノアの生き方次第では、ここに連れてこられるかもしれないね」
「生き方次第?」
「ああ。 但し、今はあの娘は守られてるから、余り期待しない方が良いよ」
「俺にこんな苦痛を与えておいて、本人は守られてるのか?」
「当り前さ。言っとくが、お前も守られてたんだよ? ケセラの儀式の時に自分は関係ないという態度をしていたから、見放されたのさ。だから、私から言わせれば、自業自得だよ」
「……」
サンセスターの名を持つ男は悔しそうな表情を浮かべている。
今だ絶望していないその精神力に感心しながらも、同情する気は全くない。
神の怒りを買ったわりには、穏便に澄ましてもらってる方なのだ。
サンセスターの名前を持つ者たちに落とし前を付けさせているだけで、本当の地獄には落としていない。
後の事は、モーリに任せてオーブリーは、屋敷に戻った。
サラ姫の泣き声はまだ響いている。
あれはしばらく、そおっとしておくことにして、オーブリーは自分の部屋に戻ることにした。部屋着に着替えて、姿見を覆った布を取る。オーブリーが呪文を唱えると少女の姿が浮かんできた。
その少女は、薬草を天日干しするのにざるに広げている。
ディガーが、薬草の効能を詳しく教えているのが見える。
これは、オリビアによって、強引に結びつけられた縁だが、受け入れた以上オーブリーには少女を見守る義務があるのだ。
この少女は、オーブリーの水瓶を満タンにした。
エンセスター村の自分の水瓶を人が満タンにすることを許すという事は、精霊からするとその者に守護を与えるという事を意味する。諦めるように何度も空にするが、この少女はオーブリーが空にする前に満タンにしてしまった。水瓶を満タンにできるという事は、それだけ誠意があるということ。誠意には誠意で返すのが、精霊同士の約束。
嫌なものに巻き込まれたという思いは消えないものの、これが世界樹の意思なら受け入れざるを得ない。
オーブリーは、姿見に布を被せて、今夜はもう休むことにした。




