九、騒動後の日々(別視点 スーザン・バベリー)
(1)お詫び行脚
釈放された翌日、両親はそれぞれの知人のところに、情報収集するといって出かけて行ったわ。私も、ガルクを連れて、妹の失踪騒ぎの時に迷惑をかけた家々にお詫び行脚に出る事にした。
これから、我が家はこの国で貴族として生き残るのは無理だと思ったの。だとしたら、平民相手でも義理を果たさないと生きていくことさえ難しい。
外国に伝手でもあれば、逃げる事も出来るんでしょうが、生憎の男爵家ふぜいにそんなものはないもの。
そんなことを思ってのお詫び行脚だったけれど、どの家も門前払いだったわ。
ドアを叩いて、訪問の挨拶をするまではいいんだけれど、要件とこちらの素性を明かすとどの相手も露骨に態度が冷たくなったくなるの。軽蔑を隠さない顔もあった。
アンナが働いていたという紙職人の家では、門前払いされた後に、その家の男の子が追いかけてきて罵倒された。
「何しに来たんだよ。 アンナの事で迷惑をかけただって? 迷惑をかけたのはお前らだろー。 何で、怖がって隠れてるアンナを執拗に探さなきゃいけないんだよ。 何で、アンナをあれ程大事にしていたマリアさんの命を奪う必要があったんだよ。 二度と来るんじゃねえよ。 この馬鹿」
ガルクがその少年を咎めようとしたのを止めてその場を去ったわ。
「ガルク アンナの家政婦の名前は確か、マリアだったわね。 彼女はいったいどうなったの?」
「お嬢様 アンナお嬢様とマリアは隣国との国境付近で発見されました。私はアンナお嬢様の身柄を国境警備隊から受けとっただけで、マリアの事は関与していません」
「でも、あの子、マリアが亡くなっているようなことを言ってたわよ?」
「これは想像ですが、王宮騎士団が各家を訪問した時に、脅し文句でそのような事を言ったのではないかと」
「成程。 マリアのように死にたくなければ、居場所を吐け って言ったのね。品の欠片もないわね」
最後に向かったのは、アンナの親友がいるというトルースト薬店。
この店では、門前払いされることはなかった。
「奥へどうぞ」
店主が出てきて、奥の応接室で待たされることになったの。
しばらくして、妹の親友の祖母と思われる老婦人が出てきたわ。
「ようこそお越し下さいました。 わたしはリリー・トルースト。この店の店主の母親でございます」
「私はバベリー男爵家の娘 スーザンです。妹がこちらで大そうお世話になったそうで感謝いたしますわ。 それと、妹の行方がわからなくなったことで、こちらには迷惑をかけました。父になり変わり、お詫びします」
「お嬢さん、アンナお嬢さんの事は、迷惑だとは思っていませんよ。孫の友だちで、よく家の手伝いもしてくれてました。王都から逃げる時に相談してくれなかったのは、寂しい気持ちになりますが、あの娘が悪い訳じゃない。王宮の騎士達は貴族出身ですからね。平民の事を何とも思ってないから、家を壊すなんてことが簡単にできる。その報いを今、あの連中が受けている」
老婦人は、その後、私とガルクにお茶を勧めて一服した後、「私はお嬢さんと一度お話をしたかったのですよ。お隣にいる方が反対するので遠慮していたのですが、こうやって訪ねて頂いて、いい機会ですので話させてください」
とある伯爵家の過去について語り始めた。
(2)ガルクの過去
「お嬢さん、わたしは少女の頃、貴族の家に行儀見習いでお勤めしたことがあるんですよ。 その家がコリンズ伯爵家、五十年前の【神の花嫁】になったお方シャーロット・コリンズ様を出したお家です。旦那様は王宮魔術師の長官をされていて、とても豊かなお家でした。奥様も奇麗な方でしたが、お嬢さまは、それに加えて、とても柔らかい雰囲気をお持ちの方でね。傍にいるととても優しい気持ちになれる、私の憧れの方でした。当時、王家は、王弟の子息が婿入りできる家を探してましてね」
「おい。リリー 話過ぎた」
「坊ちゃん。今、話しとかないとこの事を知っている人がいなくなってしまいます。後生ですから、話させてください」
坊ちゃん?
「王弟は、公爵家を継いでいたんですが、子沢山でしてね。シャーロット様に王家と公爵家に目を付けられたのが、悲劇の始まりでね。跡継ぎに決まりかけていた弟君を【神の花嫁】に選んで追い出しにかかったんですよ。その当時は【神の花嫁】は、王家の血がわずかでも入っていることが不文律だったのですが、弟君を公爵家の養子に無理やりにして、【神の花嫁】に放り込むという荒業をやろうとしましてね」
「血統を無視したの?」
「ええ。 伯爵家には、王家の血は入っていませんから 」
「姉上は惚れられてしまったんだ。 公爵家の三男に。 どうあっても姉上を嫁にしたい三男と豊かだったコリンズ伯爵家を得たい公爵家の思惑のせいで、私は【神の花嫁】に選ばれたよ。 姉上は怯える私に「姉さまが何とかするから、心配しないで」といわれて、気が付いたら、姉が【神の花嫁】になっていた。 両親と姉が公爵家に乗っ取られるのを抵抗した結果だった」
「ガルク」
「その後、旦那様が不自然な事故に巻き込まれて亡くなり、王家は色々難癖をつけてまだ少年だった坊ちゃんから伯爵家を取り上げてしまいましたね」
「王家は、姉が国を守る為に命を捨てたのに、報いを与えるどころか仇を与えた。私は命を助けた貰ったのに、家を守れなかった。本当に嫌になるね」
「もはや今更ですが、五十年前のコリンズ伯爵家の事で、魔術師士官の家では、目端の利く人間は、既にこの国を捨てています。逃げられない土地持ち貴族も王家には警戒していたでしょう。王家は王家で、自分達以外に押し付ける気満々でしたね。この国の誰もが、誰かが犠牲にならなければならないという事を知りながら、何もしなかった」
「だから、貴女方を責める資格があるのは、アンナお嬢さんだけで、他の人間が何を言おうと無視していいんですよ」
バベリー男爵家の評判はかなり悪いのでしょう。
王家が自分たちの責任逃れで、こちらの悪評を流したのかもしれない。
王城で拘束されていた私たちには知りようもなかったけれど、トルースト家の老婦人がそれを心配してくれてた事はわかったわ。
ひとしきり、老婦人と話して、トルースト家をお暇したの。
老婦人は坊ちゃんの事をよろしく頼みますとずっと頭を下げていた。それを見る、ガルクはとても複雑そうな顔をしていた。
その日の夜、知人から情報収集した両親は、アラランド国の旧支配者階級への方針を聞いてきたわ。
ジェイソンは、お父様に色々質問をしていた。
「カッサロの国は遠方だと聞いたのですが、どういう土地柄なんでしょう?」
「カッサロ国は帝国領とはいえ、西の端にありほとんど未開の土地らしい。領土はこのアマウス国の十分の一程度で、その土地に、この国で領地を持っている貴族は全部そちらに移らないといけないそうだ」
「王家だけの話ではないのですか?」
「ああ。抗議した者もいたそうだが、アラランド国の執政官は、『貴方方に領土を認可しているのは、ニクラス・アマウスだ』と言って、立場を変えないらしい」
「領土を持たない我々のような法服貴族はどうなるんですか?」
「自由にしていいそうだ。但し、もう一度国に雇ってもらえるかどうかは本人の実力次第」
つまり、今現在、全員がこの国での貴族たる身分を失っているという事ね。
「でも、中には抵抗して領地に閉じこもる者も出るのではないかと」
「一地方の領主が帝国相手に闘うのか?」
「先祖代々の地を自分の代で失くすのは耐えられないのでは」
「そうだな。 アラランド国がどこまで本気かによるが、どちらにしろ我々は蚊帳の外だ」
(3)妹の来訪
【神の花嫁】の儀式から四か月、国にとっても、私にとっても激動の時間だった。
アラランド国は、最初は強気の意見を言ってたから、この国の者は警戒していたけれど、その統治は思ったより穏やかだったわ。
国替えさせられた貴族は、アマウス王朝で領土を与えられた貴族のみだったの。アマウス国の土地持ち貴族の半分は、アマウス王朝の以前からの領主だったから、前国王たちは実質、五分の一の土地に移ったってことね。
アラランド国の執政官エドワード・グリーンベッジは、アマウス国の貴族だった者の全員の魔力量検査を実施して、その結果を公表したの。
私は上から203番目だった。女性だけなら、91番目。
末端まで含めると一万人近くいる貴族のなかでは、かなり上位だったけれど、高位貴族の中では、上位にどうにか食い込むくらいの順位だったわ。
【神の花嫁】は、魔力量がより多い女子から選ばれるっていうのは、貴族社会では常識だったから、私が選ばれていたことに疑問を持つ人も現れたみたい。
『ケセラ』の儀式の失敗から、私に冷たく当たる人も多かったんだけど、お陰で、次第に軟化していってくれてるわ。
多分、アマウス王朝への人望を失くすための執政官グリーンベッジの政策なんだろうけど、私には有難かった。
後、アラランド帝国の帝王の名前で、『ケセラ』終焉の書という文書が発表されたの。 凄く長い文書なんだけれど、かいつまんだ内容は、『ケセラは、アマウス家の不徳に対し穢れとして現れたものだ。その原因となったアマウス家がこの地を去ったから、今後現れる事はない』っていうような事が書かれていたわ。
失職した元法服貴族には、その当主に年金が与えられることになって、お父様は、お母様が相続した別荘で暮らすことを選ばれたわ。王都より物価が安いことが理由ね。私も誘われたけれど、断ったの。
ジェイソンは、貴族学校が再開されたから、学校に戻ったわ。
後一年で卒業だし、卒業後は役人になる試験を受けるって言ってる。
私は私でトルースト薬店の店主の紹介で、魔道具に火の魔力を入れる職を得たの。
その魔道具はボタンを押したら着火するもので、火の魔力を持たない人たちには画期的な道具らしいの。一日に五つ辺りが限界なんだけど、どうにか暮らしていけるくらいの金額になるわ。
それはそうと、妹が訪ねてくれたの。
お母様と同じ位の年代の上品そうな婦人を連れて。
「姉さん ガルクいる?」
初めて、妹から姉と呼ばれたわ。
でも、その言い方が余りにも軽くて、感動はしなかったけれど。
「挨拶位したらどう?」
「硬い事は言いっこなし。 それより」
妹は、その上品そうな婦人と腕を組んで「ジャーン、この方、何とガルクのお姉さんなのでした」とシャーロット様を紹介してくれたの。




